「今年はゼロベースでいく」と号令が出た年の予算編成は、たいてい途中で形が崩れる。各部門に「前年実績は見ずに、必要性から積み上げてほしい」と依頼書が回り、様式が配られる。十一月に集まってきた資料は例年の数倍の厚さになり、読み切れない。締切が迫り、最後は主要な費目だけを見て、残りは前年比で丸める。翌年、ゼロベースという言葉は誰も口にしない。ZBBが失敗するとき、失敗しているのは思想ではなく運用だ。

POINT
ZBB(ゼロベース予算)は、前年実績を出発点にせず費目ごとに必要性を証明して積み上げる手法だ。思想は正しいが、証明コストが費目の大小に関わらず一定してかかるため、全社一律で回すと工数で崩れる。効くのは、裁量性が高く・惰性が溜まりやすく・削っても短期の事業運営が止まらない費目に限られる。対象は「年間額 × 想定削減率」と「棚卸に投じる工数」の損益分岐で選び、毎年全部やるのではなく三年で一巡させる。一度きりのイベントにすると、効果は初年度で消える。

崩れる原因は思想でなく工数

ZBBの理屈に反論する人はいない。前年に使ったという事実は、来年も使う理由にならない。この主張は正しい。

崩れるのは、証明という作業のコスト構造にある。ある費目がなぜ必要かを説明し、代替案を検討し、削った場合の影響を見積もる。この一連の作業にかかる工数は、対象が年間五千万円の外注費でも、年間三十万円の購読料でも、大きくは変わらない。費目の数だけ一定のコストが積み上がる。全費目に一律で適用すれば、削減余地の小さい費目にも同じ工数がかかり、総工数は費目数に比例して膨らむ。

もう一つ、削れない費目に工数をかけてしまう問題がある。売上に連動する変動費、法定福利費、契約で拘束された賃借料やリース料。これらは「ゼロから考える」対象ではない。契約を切らない限り金額は動かないし、契約を切る判断は予算編成の枠を超えた事業判断だ。ここに証明作業を回すのは、答えの決まった問いに時間を使うことになる。

効く費目の三条件

対象を絞る基準は、三つの条件を全部満たすかどうかで見る。

  • 裁量性が高い——支出額を経営の意思で増減できる。契約や法令で固定されていない
  • 惰性が溜まりやすい——毎年同じ予算が同じ部署に付き、必要性を問われた記憶がない
  • 削っても短期の事業運営が止まらない——止めた翌月に納品や出荷が止まる類ではない

三つ揃う代表格は、広告宣伝費、外部委託・コンサルティング費、会議費・出張費、社内システムのライセンスやサブスクリプション、各種会費・購読料、間接部門の運営費だ。特にライセンス類は、契約更新が自動で走り、使っていない席数が積み上がっていることが多い。

ZBBは適用する費目を選んで初めて効く
効く裁量費・間接費
裁量性
惰性
短期影響
広告宣伝、外部委託、会議・出張、ライセンス、会費・購読、間接部門の運営費。必要性を問われた記憶がないまま毎年付いている費目ほど、掘る価値がある。
効かない変動費・拘束費・安全関連
裁量性
惰性
短期影響
売上連動の変動費、法定費用、契約で固定された賃借料・リース料、製造原価の直接費、安全・品質・コンプライアンスの費用。ゼロから問い直しても答えが動かない。
適用対象は全体の費用のごく一部で構わない。効かない費目に工数を配ると、効く費目の分析が浅くなる。

安全・品質・コンプライアンスの費用を対象から外すのは、単に削りにくいからではない。ZBBの様式は「必要性を証明せよ」と求めるため、証明が難しい予防的支出——事故が起きていないから効果が数字で出ない類——が真っ先に削られる構造を持つ。ここは意図的に対象外に置く判断が要る。

損益分岐で対象を決める

条件で絞ったあと、最後に金額で線を引く。判断は単純な比較だ。

棚卸に投じる工数を上回る削減が見込めるかで、対象を決める
対象費目の年間額
×
想定削減率
=
期待削減額
期待削減額が、棚卸と証明に投じる工数コストを明確に上回る費目だけを対象にする。例えば年間三百万円の費目に一割の削減余地を見ても三十万円で、担当者数人が数日かける工数と釣り合わない。

この線引きをすると、対象費目は思ったより少なくなる。それでいい。全社の費用の一割にも満たない範囲でも、そこが数年間まったく問い直されていなかったなら、掘り出せる額は小さくない。逆に、対象を広げるほど一件あたりの分析は浅くなり、「必要です」という一行の回答が並ぶだけの資料になる。

なお、間接費をどう配賦しているかが曖昧なまま裁量費を削ると、削った効果がどの事業の利益に効いたのかを追えなくなる。間接費の見え方そのものに問題がある場合は、削減より先に配賦の設計を見直したほうが早い(ABC(活動基準原価計算)を導入すべきか)。

一巡させる運用にする

ZBBを一度きりのコスト削減イベントとして使うと、効果は初年度で終わる。二年目には削った予算が新しい前年実績になり、そこからまた惰性が始まる。

現実的な運用は、対象を毎年入れ替えるローテーションだ。裁量費を三つか四つのグループに分け、年に一グループずつゼロベースで棚卸す。三年で一巡し、四年目には最初のグループに戻る。各年の工数は一グループ分に収まるので編成が破綻せず、どの費目も三年に一度は必ず必要性を問われる状態になる。「今年はうちの番だ」と分かっていること自体が、期中の支出判断にも効く。

現場では
ある会社は、初年度に全社一律のZBBを掲げて着手し、集まった資料を読み切れずに主要費目だけの査定で終えた。翌年は方式を変え、対象を「外部委託費」と「社内システムのライセンス」の二つに絞った。ライセンスの棚卸では、退職者分の席が解約されずに残っている契約と、部門ごとに別々に契約していた重複が見つかった。金額そのものより、その二つが数年間誰にも問われずに更新され続けていた事実のほうが、経営会議では重く受け止められた。

ZBBは万能の手法ではないし、全社で回すべきものでもない。効くのは、問い直しの機会がないまま毎年更新されてきた費目に、三年に一度きちんと問いを立てる仕組みとしてだ。削減額そのものより、「必要性を説明する回が定期的に来る」という運用が入ることのほうが、長い目では効く。

まとめ
ZBBが崩れるのは思想ではなく工数だ。必要性を証明する作業のコストは費目の大小に関わらず一定してかかるため、全社一律で適用すると総工数が費目数に比例して膨らみ、締切に押されて結局は前年比の丸めに戻る。効くのは、裁量性が高く・惰性が溜まりやすく・削っても短期の事業運営が止まらない費目に限られる。広告宣伝、外部委託、会議・出張、ライセンス、会費・購読、間接部門の運営費が代表格だ。逆に変動費、法定費用、契約で拘束された賃借料やリース、製造原価の直接費は対象から外す。安全・品質・コンプライアンスの費用も意図的に外す——効果が数字で出ない予防的支出は、証明を求める様式では真っ先に削られてしまうからだ。対象は「年間額×想定削減率」が棚卸の工数コストを明確に上回るかで線を引き、範囲は狭くてよい。そして毎年全部をやるのではなく、裁量費を三、四グループに分けて三年で一巡させる。一度きりのイベントにすると、削った額が新しい前年実績になって惰性が再開する。

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