有価証券報告書の作成が、毎年経理の少人数に集中して回っていないだろうか。決算作業がようやく終わったところに、事業等のリスク、コーポレート・ガバナンス、役員報酬、そして近年はサステナビリティの記載まで降りてくる。財務諸表は経理の仕事でも、これらは本来、経理が一次情報を持たない領域だ。それでも「開示物だから経理担当」という慣性で抱え込み、他部門に頭を下げて数字と文章をかき集める。有報の負荷が特定の部署に偏る原因は、作業量ではなく分担の設計不在にある。本稿は、有報の記載項目を二軸で割り、どの部門が主管し、どこがデータを集約するかを分担表として設計する方法に絞る。
「開示物だから経理」が生む偏り
有報を経理の担当と決めつける発想は、開示物の中身が財務諸表だけだった時代の名残だ。実際の有報は、第2【事業の状況】に事業等のリスクや経営者による分析(MD&A)を、第4【提出会社の状況】に株式・役員・コーポレート・ガバナンスを、第5【経理の状況】に財務諸表を置く。さらに企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、2023年3月末以後終了事業年度からはサステナビリティに関する考え方及び取組の記載が求められるようになった。財務諸表はこの構造物の一部でしかない。
にもかかわらず作成事務局を経理に一本化すると、経理は自分が一次情報を持たない項目まで、各部門から材料を集めて文章化する役回りを負う。リスクの実態は事業部門が、ガバナンスの運用は総務・法務が、投資家への語り口はIRが最もよく知っているのに、それを経理が伝聞で書く。締切だけは決算後の短期に集中する。偏りは、こうして構造的に生まれる。
二軸で、主管を割り出す
負荷を散らすには、記載項目を性質で分類し、それぞれの主管を割り当てる。有効なのは、情報の源と記載の型という二軸だ。
この図が示すのは、経理の守備範囲は左下の一象限――帳簿を起点にした定型記載――に限られるという事実だ。上段の書き下ろし系(強調した二象限)は、論理を毎期組み直す必要があり、経理が伝聞で書くべきものではない。事業分析とサステナビリティ・リスクは、経営を語る当事者が主管する。ここを経理から返すだけで、負荷の偏りの大半は解ける。
集約の責任所在を、一つに定める
主管を割っただけでは足りない。有報は一冊にまとまる以上、各部門が書いた記載を束ね、整合を取り、期限を管理する集約役が要る。この集約の責任所在を曖昧にすると、締切間際に「誰が最終稿を握っているのか」が分からなくなり、結局は経理が火消しに回る。集約役はCFO配下の開示事務局として一つに定め、主管部門から締切別に原稿を回収する導線を、決算スケジュールと同じ粒度で引く。
この回収導線は、連結決算で子会社からパッケージを集める設計と発想が同じだ(連結決算パッケージの回収|子会社から遅れず集める設計)。誰が、いつまでに、どの様式で出すかを先に固定し、集約役はそれを突合して束ねる。開示全体をクリティカルパスに乗せる考え方は、決算日程の設計とも一体になる(決算スケジュールのWBS化|クリティカルパスを握る)。
分業は品質の問題でもある
分担設計は、負荷分散だけの話ではない。当事者が書いた記載は、伝聞で書かれたものより具体的で、投資家に届く。サステナビリティや非財務情報の開示が、監査・コンプライアンスの守りから、企業価値を語る攻めの領域へ移りつつある今なら、なおさらだ(ESGと非財務情報開示|CFOはどこまで関与するか)。投資家に何を語るかというストーリーの一貫性も、IRが主管に入って初めて担保される(IRで語る投資家ストーリー|CFOの発信をどう設計するか)。有報の質は、経理がどれだけ徹夜したかではなく、各記載を最もよく知る部門が書き、一箇所が束ねる体制を組めているかで決まる。



