「売上は前年比で伸びている。なのに、資金は一向に楽にならない」。成長期の事業でよく聞く違和感だ。全社のP&Lを眺めても原因は見えない。伸びる売上と広がる赤字が相殺され、平均の中に構造が埋もれるからだ。ここで効くのがユニットエコノミクス――事業を1単位(顧客一人、店舗一つ、契約一件)に割り、その一単位が生涯でいくら儲け、獲得に投じた金を何か月で取り戻すかを測る見方だ。SaaSの専門用語のように語られがちだが、本質は製造でもサービスでも変わらない。本稿は、CAC・LTV・回収月数を使い、成長で赤字を薄める前に単位あたりの構造が成り立っているかを確かめる見方に絞る。
全社P&Lでは、壊れた単位が見えない
全社の損益は、たくさんの単位の平均だ。良い顧客と悪い顧客、儲かる店舗と赤字の店舗が一つの数字に溶け込む。売上が伸びている局面では、この平均がさらに厄介になる。新規獲得への投資が費用として先に立ち、その顧客が生む粗利は後から時間をかけて入る。損益上は「売上増・利益薄」に見えるが、その裏で一単位ごとの経済性が黒字なのか赤字なのかは、平均からは判別できない。
判別するには、事業を一単位に割って見るしかない。顧客一人を獲得するのにいくらかかり(CAC=顧客獲得コスト)、その顧客が契約している間にいくらの粗利を残し(LTV=顧客生涯価値)、投じたCACを何か月で回収するか。この三つを並べると、「伸ばすほど良くなる単位」なのか「伸ばすほど傷が深くなる単位」なのかが、初めて見える。
回収の速さを、式で捉える
三つの指標のうち、資金繰りに直結して見落とされがちなのが回収月数だ。式にすると単純だが、意味は重い。
LTVがCACを上回っている(一般にLTV÷CACが3倍前後あれば健全とされる)ことは必要条件だが、十分条件ではない。生涯では黒字でも、回収に長い月数がかかるなら、獲得を加速した分だけ手元資金が先に流出する。黒字倒産に近い構造だ。単位が黒字かどうかは限界利益・貢献利益の考え方そのものであり(限界利益と貢献利益で「やめる・伸ばす」を決める)、そこに「回収の速さ」という時間軸を重ねるのがユニットエコノミクスの勘所になる。
SaaSを超えて――製造・サービスでも同じ
この見方はサブスクリプション事業の専売ではない。単位を読み替えれば、どの業種にも移せる。
小売なら単位は店舗だ。出店にかかる初期投資がCAC、店舗が月々生む貢献利益で割れば投資回収月数が出る。製造業で新規顧客の開拓に営業と初期対応のコストをかけるなら、それがCACであり、その取引先が継続して落とす粗利がLTVになる。会員制サービス、リース、保守契約――継続的な関係から粗利が積み上がる事業なら、単位に割って回収を測る発想はそのまま効く。重要なのはSaaSかどうかではなく、獲得に先行投資が要り、粗利が後から時間をかけて入る構造かどうかだ。
伸ばす前に、単位を直す
ユニットエコノミクスが教えるのは、順番だ。壊れた単位をアクセルで踏み込むと、赤字が量産される。単位が黒字で回収も資金の体力に収まって初めて、成長は資金を生む側に回る。だからCFOの問いは「もっと伸ばせるか」より先に「一単位は黒字か、回収は間に合うか」でなければならない。単位の健全性が揃った事業と揃わない事業を選り分ける作業は、事業ポートフォリオをどこに資源を張るかの議論にも直結する(事業ポートフォリオマネジメント|どこに資源を張るか)。成長の前に、単位を直す。順番を逆にした事業だけが、伸ばすほど楽になる。



