三年ぶりの実地調査の二日目、午後になって調査官が言う。この子会社への貸付けですが、無利息になっている経緯が分かる資料はありますか。経理部長は総務に走り、当時の稟議書を探し、出てきた一枚には「子会社支援のため」とだけ書いてある。金額と決裁者の判が押してあるだけの紙が、その取引の唯一の社内記録だった。 三年前にこの稟議を回した人はもう社内にいない。ここから先の展開は、当日の受け答えでは動かせない。

POINT
何を出さなければならないのかを、多くの会社が狭く理解している。国税通則法第74条の2は当該職員に質問検査権を認め、その対象を「帳簿書類その他の物件」と定める。この語の範囲について、国税庁の法令解釈通達(国税通則法第7章の2(国税の調査)等関係通達)は、国税に関する法令の規定により備付け、記帳又は保存をしなければならないこととされている帳簿書類のほか、各条に規定する国税に関する調査の目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれるとしている。つまり、法令上の保存義務がない稟議書・取締役会議事録・社内メール・見積書の控えも、調査の対象になり得る。 ここから二つの帰結が出る。第一に、作らなければ提示を免れる、という理屈は成り立たない。第二に、そして実務上こちらが重い。社内資料は、当局が使う材料であると同時に、こちらが取引の目的と価格の妥当性を主張するための唯一の材料でもある。 否認されるのは処理を間違えたときより、処理は正しいのに、なぜその取引をその価格で行ったのかを説明する記録が社内に無いときである。

保存義務がないものほど、調査では効く

保存義務がある帳簿書類は、そもそも数字を機械的に追うためのものである。総勘定元帳を見て、証憑を突き合わせれば、金額と日付と相手先は確定する。そこで争いは起きない。 争いが起きるのは、その取引をどう評価するかという段階で、そこには元帳も証憑も答えを持っていない。

具体的に、否認の論点になりやすい三つの類型を挙げると、争点がどこにあるかがはっきりする。

寄附金(法人税法第37条)では、支出したこと自体は誰も争わない。争点は、それが対価性のない支出なのか、事業上の必要に基づく費用なのかである。交際費等(租税特別措置法第61条の4)でも同じで、支出の事実ではなく、その相手が事業に関係のある者なのか、目的が接待にあるのかが問われる。グループ間取引では、金額は契約書に書いてある。問われるのは、なぜその金額なのかである。

三つとも、答えは期中の判断のなかにしか存在しない。そして期中の判断は、書いておかない限り、三年後には誰の頭にも残っていない。 調査官が求めているのは記憶ではなく記録であり、記憶で答えた内容は、記録と食い違えば弱い立場に置かれる。

交際費は、後から書けない項目で判定される

令和6年度税制改正で、交際費等から除かれる飲食費の基準が動いた。令和6年4月1日以後に支出する飲食費については、1人当たりの金額が10,000円以下であれば交際費等に該当しないことになった(それ以前の支出は5,000円以下)。金額の引上げばかりが話題になるが、実務上重いのは金額ではなく、この除外を受けるための書類保存の要件である。

国税庁が示す保存書類の記載事項は、次のとおりである。飲食等のあった年月日。飲食等に参加した得意先、仕入先その他事業に関係のある者等の氏名または名称およびその関係。飲食等に参加した者の数。その飲食等に要した費用の額、飲食店等の名称および所在地。その他飲食等に要した費用であることを明らかにするために必要な事項。

このうち二つ目が決定的である。「誰と行ったか、その人はどういう関係か」は、半年後に領収書を見ても復元できない。 領収書に書いてあるのは店名と金額と日付だけで、参加者は書かれていない。にもかかわらず、多くの会社の経費精算では、この欄が任意記入か、そもそも存在しない。結果として、除外を受けられるはずの飲食費が、要件を満たさないという理由で交際費等に積み上がる。

対処は経理規程の改定ではない。経費精算のフォームに、参加者の氏名・所属・関係と参加人数を必須項目として置くことである。入力がなければ申請が進まない形にすれば、発生時点で証跡が揃う。資本金1億円以下の法人であれば、定額控除限度額800万円(その事業年度の月数を乗じて12で除した金額)と接待飲食費の50%相当額のいずれかを選ぶことになるが、そもそも交際費等に入る金額が減れば、この選択の前段で効いてくる。

同じ書類を、いつ作るかだけが違う。だが後から作れる書類と、後からは作れない書類がある。
BEFORE
調査の連絡を受けてから集める
過去三年分の稟議書を総務の書庫から探し、当時の担当者に電話で経緯を聞き、記憶に基づいて説明のメモを起こす。参加者や算定根拠のように記録に残っていない項目は、復元できないまま提示することになる
AFTER
発生時点の様式に埋め込む
稟議様式に取引の目的と価格の算定根拠の欄を置き、経費精算に参加者と関係の欄を必須で置く。取締役会議事録には決議の理由と検討した代替案を残す。三年後に探すのは書庫ではなく、既にある一枚になる

グループ間取引は、金額でなく「なぜその金額か」で否認される

子会社への貸付け、業務委託料、ブランド使用料、債権放棄、低廉での資産譲渡。国内グループ内の取引は、契約書があり、決裁も通っており、金額も明確である。それでも否認の対象になる理由は、法人税法第37条が支出の名目でなく実質で判定されるからである。

とりわけ第37条第2項が置かれてから、国内グループ内での整理の仕方が変わっている。同項は、法人による完全支配関係がある内国法人に対して支出した寄附金の額は、その全額が損金の額に算入されないとする(受け取った側では法第25条の2により受贈益が益金不算入となる)。ここで注意が要るのは、この全額損金不算入の対象となる完全支配関係が法人によるものに限られ、個人による完全支配関係は含まれない点である。同じグループ内の資金移動でも、資本関係の形によって課税の帰結が違う。

一方で、支援がすべて寄附金になるわけではない。法人税基本通達9-4-1は子会社等を整理する場合の損失負担等について、9-4-2は子会社等を再建する場合の無利息貸付け等について、相当な理由があると認められるときは寄附金の額に該当しないという取扱いを置いている。相当な理由の中身は、支援しなければより大きな損失を被ることになるかどうか、支援額が合理的に算定されているか、支援者の範囲と負担割合が合理的か、といった点にある。

つまりここは、証跡がそのまま結論を左右する領域である。 支援しない場合に見込まれる損失の試算、複数案の比較、支援期間と再建計画、他の株主や取引金融機関との負担の分担。これらを稟議に書いてあれば主張の骨格になり、書いていなければ、三年後に口頭で説明することになる(赤字子会社の畳み方|清算・売却・吸収合併のどれを選ぶかで税務も期間も変わる)。

稟議様式に足すべき欄は、そう多くない。取引の目的。この価格・条件を選んだ算定根拠。検討した代替案とそれを採らなかった理由。関係当事者に該当するか否か。四つの欄を足すだけで、期中の記録の質は変わる。

期日が法定されているのは、移転価格だけである

税務調査で提出を求められる資料の期限は、通常は交渉の対象になる。決算期末と重なれば延ばしてもらえるし、量が多ければ分割で出す。例外が一つある。移転価格である。

租税特別措置法第66条の4は、国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル。具体的な記載事項は措置法施行規則第22条の10第6項各号に列挙されている)について、確定申告書の提出期限までに作成・取得する同時文書化義務を課している。ただし、一の国外関連者との国外関連取引について、前事業年度の取引金額の合計が50億円未満であり、かつ無形資産取引の合計が3億円未満である場合には、その国外関連者との取引は同時文書化義務が免除される。

問題は、免除されていても調査の対象からは外れないことである。国税庁「移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)」(令和6年6月)は、提示・提出の期限を次のように整理している。ローカルファイルは、調査において提示または提出を求めた日から45日を超えない範囲内で当該職員が指定する日。 独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類は、同じく60日を超えない範囲内で指定する日。この期限までに提示または提出がない場合には、推定課税および同業者調査を行うことができる(措置法第66条の4第12項・第14項・第17項・第18項)。

45日という数字の意味は、比較対象取引の選定からやり直すには短すぎる、という一点にある。同時文書化義務が免除される規模の取引ほど、この期限が現実的な脅威になる。 義務がないから作っていない、しかし調査では45日で出せと言われる、という構図である。しかも同FAQは、ローカルファイル等が不正確な情報に基づき作成されたものである場合には提示または提出がなされたことにならないとしており、期限までに訂正されなければ推定課税等が行われ得るとしている。急いで作った不正確なものは、出したことにならない。

対処は、免除基準に近い規模の国外関連取引を毎期リストにして、金額の推移を見ておくことである(グループ内取引価格の決め方|移転価格と管理会計のねじれをどう解くか)。

帳簿を出せないこと自体に、値札が付いた

令和4年度税制改正で、記帳義務の適正な履行を担保する観点から加算税の加重措置が入っている。令和6年1月1日以後に法定申告期限が到来するものが対象である。

内容は明快で、調査において帳簿の提示または提出を求められた際に、正当な理由なくこれをしなかった場合、および帳簿への売上金額の記載等が本来記載等をすべき金額の2分の1未満だった場合には、新たに納める税額に**10%を乗じた金額が過少申告加算税に加算される。3分の2未満だった場合は5%**である。

これは、税務上の判断が正しいかどうかとは別の次元の話である。判断が正しくても、帳簿を遅滞なく出せなければ加算税が重くなる。 電子帳簿保存法への対応でスキャナ保存や電子取引データの保存を進めている会社ほど、この点は自社の検索性の問題として跳ね返る。データはあるが、調査官が求める切り口で取り出せない、という状態が実際に起きている(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。

なお調査の終了時の手続についても、国税通則法第74条の11が置かれている。更正決定等をすべきと認められない場合はその旨が書面で通知され、非違がある場合は原則として口頭で内容が説明される。修正申告を勧奨する際には、修正申告書を提出すると不服申立てはできないが更正の請求はできる旨が書面で説明される。この違いを知らずに、その場で判を押してしまう例は少なくない。

現場では
売上高340億円の電子部品商社で、四年ぶりの実地調査が入った。事前通知(国税通則法第74条の9)は調査開始の二週間前で、対象は法人税・消費税の直近三期である。経理部は過去の調査で指摘を受けた在庫の期ズレを警戒して準備していたが、実際に時間を取られたのは別の三か所だった。一つ目が交際費だった。 会食の精算が飲食費として計上されており、令和6年4月以降の分について1人当たり10,000円以下として交際費等から除いていたが、経費精算システムの参加者欄が任意入力で、半数近くが空欄だった。担当者は当時のスケジュールを掘り返して埋めようとしたが、社外参加者の氏名と関係までは復元できず、要件を満たさない分は交際費等へ戻した。二つ目が、二年前に実行した子会社への無利息貸付けである。 稟議書には「事業支援のため」としか書かれておらず、支援しない場合の損失見込み、支援期間、他の株主との負担の分担といった記載が一切なかった。法人税基本通達9-4-2に沿った整理をしようにも、材料が社内に無い。当時の議論を知る役員が在任していたため口頭で経緯を説明したが、記録との差を突かれる場面があった。三つ目が、シンガポールの販売子会社との取引だった。 前事業年度の取引金額は42億円で、同時文書化義務の免除基準である50億円を下回っていたためローカルファイルを作成していなかった。調査官は提示を求め、45日を超えない範囲で期日を指定した。比較対象取引の選定からとなると外部の専門家に依頼しても間に合わないため、CFOは既存の資料でローカルファイル相当の書類を組み、不足部分は追加の説明資料で補う判断をした。期限には間に合ったが、内容の薄さは残った。 調査終了後、CFOが手を入れたのは調査対応の体制ではなく、期中の三つの様式である。経費精算では参加者の氏名・所属・関係と人数を必須項目にし、未入力では申請が進まないようにした。稟議様式には、取引の目的、価格・条件の算定根拠、検討した代替案と不採用の理由、関連当事者該当の有無という四つの欄を追加した。そして毎期の決算作業に、国外関連取引の相手先別金額と無形資産取引の金額を一覧にする手続を組み込み、免除基準の50億円と3億円に対する余裕を可視化した。翌期、この一覧でシンガポール子会社の取引が48億円に達していることが分かり、期末を待たずにローカルファイルの作成に着手している。 経理部長はこう言っている。前回の調査で足りなかったのは説明する力ではなく、説明の材料を作る時点が二年遅れていたことだった、と。

決めるのは三つ

第一に、稟議様式に四つの欄を足す。 取引の目的、価格・条件の算定根拠、検討した代替案と採らなかった理由、関連当事者該当の有無。国税通則法第74条の2の対象である「帳簿書類その他の物件」には、法令上の保存義務がない社内資料も、調査の目的を達成するために必要と認められる限り含まれる。作らなければ提示を免れるのではなく、主張の材料が無いまま調査を受けることになる。

第二に、後から書けない項目を、発生時点の入力に押し込む。 交際費等から除かれる飲食費(令和6年4月1日以後の支出は1人当たり10,000円以下)は、参加した得意先等の氏名または名称およびその関係、参加者数、費用の額と飲食店等の名称・所在地を記載した書類の保存が要件である。参加者と関係は、領収書からは復元できない。 経費精算の必須項目にする以外の解決策は無い。

第三に、移転価格の免除基準との距離を毎期測る。 ローカルファイルは調査で提示を求められた日から45日を超えない範囲で指定された日が期限であり、これを過ぎれば推定課税および同業者調査の対象になる。同時文書化義務が免除される規模(前事業年度の国外関連取引50億円未満かつ無形資産取引3億円未満)であることは、作らなくてよい理由にはなっても、出さなくてよい理由にはならない。

そのうえで、帳簿の提示そのものに値札が付いたことを押さえる。令和6年1月1日以後に法定申告期限が到来するものについて、帳簿の提示等をしなかった場合や売上金額の記載が本来の2分の1未満だった場合には過少申告加算税に10%、3分の2未満の場合には5%が加算される。税務上の判断が正しくても、出せなければ重くなる。

まとめ
税務調査で否認されるのは、処理を間違えたときより、処理は正しいのに取引の目的と価格の妥当性を説明する社内記録が無いときである。国税通則法第74条の2は当該職員に質問検査権を認め、その対象を「帳簿書類その他の物件」と定めるが、国税庁の法令解釈通達は、国税に関する法令の規定により備付け・記帳・保存をしなければならないこととされている帳簿書類のほか、調査の目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれるとしている。したがって稟議書、取締役会議事録、社内メール、見積書の控えのように保存義務のない社内資料も対象になり得る。作らなければ提示を免れるという理屈は成り立たず、むしろ社内資料は当局が使う材料であると同時に、こちらが主張するための唯一の材料でもある。争点になりやすい類型は三つある。寄附金(法人税法第37条)は支出の事実でなく対価性の有無が、交際費等(租税特別措置法第61条の4)は相手方が事業に関係のある者かと目的が、グループ間取引は金額でなくその金額を選んだ理由が問われる。いずれも答えは期中の判断のなかにしかなく、書いておかなければ三年後には残っていない。交際費等については令和6年度税制改正により、令和6年4月1日以後に支出する飲食費は1人当たり10,000円以下(それ以前は5,000円以下)であれば交際費等に該当しないこととされたが、除外を受けるには書類の保存が要件であり、記載事項は飲食等のあった年月日、参加した得意先・仕入先その他事業に関係のある者等の氏名または名称およびその関係、参加者数、費用の額と飲食店等の名称および所在地、その他必要な事項である。このうち参加者の氏名と関係は領収書から復元できないため、経費精算のフォームに必須項目として置く以外に解決策がない。資本金1億円以下の法人は定額控除限度額800万円(月数按分)と接待飲食費の50%相当額の選択となるが、交際費等に入る金額そのものが減ればこの選択の前段で効く。グループ間取引では法人税法第37条第2項が、法人による完全支配関係がある内国法人への寄附金の全額を損金不算入とし、受け取った側では法第25条の2により受贈益が益金不算入となる。この全額損金不算入は法人による完全支配関係に限られ、個人による完全支配関係は含まれない。他方、法人税基本通達9-4-1(子会社等を整理する場合の損失負担等)と9-4-2(子会社等を再建する場合の無利息貸付け等)は、相当な理由があると認められるときは寄附金の額に該当しないとしており、支援しない場合に見込まれる損失、支援額の算定、支援者の範囲と負担割合といった検討を稟議に残しているかどうかが結論を左右する。移転価格は、税務調査で唯一、資料提示の期限が法定されている領域である。租税特別措置法第66条の4はローカルファイル(記載事項は措置法施行規則第22条の10第6項各号)の同時文書化義務を課すが、一の国外関連者との前事業年度の国外関連取引が50億円未満かつ無形資産取引が3億円未満であれば免除される。ただし国税庁「移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)」(令和6年6月)が整理するとおり、免除されていても調査では提示を求められ、ローカルファイルは求めた日から45日、独立企業間価格の算定に重要と認められる書類は60日を超えない範囲内で当該職員が指定する日が期限となり、これを過ぎれば推定課税および同業者調査が行われ得る(措置法第66条の4第12項・第14項・第17項・第18項)。同FAQは、不正確な情報に基づき作成されたローカルファイルは提示・提出がなされたことにならず、期限までに訂正されなければ推定課税等が行われ得るともしている。さらに令和4年度税制改正により、令和6年1月1日以後に法定申告期限が到来するものについて、調査で帳簿の提示または提出を求められた際に正当な理由なくこれをしなかった場合および帳簿への売上金額の記載等が本来の2分の1未満だった場合には過少申告加算税に10%が、3分の2未満だった場合には5%が加算される。税務上の判断が正しくても、遅滞なく出せなければ加算税が重くなるという構造である。調査の終了時には国税通則法第74条の11により、更正決定等をすべきと認められない場合はその旨が書面で通知され、非違がある場合は原則として口頭で説明され、修正申告を勧奨する際には修正申告書を提出すると不服申立てはできないが更正の請求はできる旨が書面で説明される。期中に手を入れるべきものは多くない。稟議様式に取引の目的・価格の算定根拠・検討した代替案と不採用の理由・関連当事者該当の有無の四欄を置くこと、経費精算に参加者の氏名と関係を必須で置くこと、そして国外関連取引の相手先別金額と無形資産取引額を毎期一覧にして免除基準との距離を測ることである。

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