「余剰資金の運用方針を作りたい」という相談は、ほぼ例外なく商品の比較表から始まる。定期預金、譲渡性預金、国庫短期証券、社債、投資信託。利回りと期間とリスクを並べた一覧が出てきて、どれを選ぶかの議論になる。この順序では、まず決まらない。決まったとしても、担当者が代われば崩れる。資金運用方針で最初に決めるのは利回りではない。「いつ使う金か」の期間区分と、「誰が」「いくらまで」動かせるかの権限だ。 商品と利回りは、その二つを決めた後に自動的に絞り込まれる残りの変数にすぎない。
「普通預金に置いておく」は、いまや一つの判断になった
かつては、余剰資金の置き場所を議論しないことに実害がなかった。定期に移しても利息はほとんど変わらず、動かす手間のほうが高くついた。取締役会で「なぜ普通預金なのか」と問われることもなかった。
金利が戻ったことで、この構図が反転した。置き場所の選択が年間の受取利息の差になり、その差が金額で説明できてしまう。説明できる差は、説明を求められる差になる。 上場会社であれば、東証が2023年3月にプライム・スタンダード市場の上場会社へ要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の文脈で、積み上がった現預金の水準そのものが投資家の論点になっている。非上場でも、銀行から借入をしながら手元を厚く置いている構造は、金利が上がった局面で真っ先に指摘される。
もっとも、ここで急いで運用商品を買いに行くのは順序が違う。余剰資金の第一の使い道は、事業への投資と債務の返済、そして株主還元である(資本配分(キャピタルアロケーション)をどう決めるか:CFOの意思決定フレーム)。運用方針が扱うのは、それらを差し引いてなお残る資金の置き場所だ。この前提を明文に書いておかないと、運用方針が資金を抱え込む口実になる。
「安全だから預金」は、銀行の信用リスクを無自覚に取っている
運用方針を作らない会社の理屈は、たいてい「元本が保証されているから預金でよい」である。ここに事実誤認がある。
預金保険で全額保護されるのは決済用預金だけだ。決済用預金とは、無利息であること、要求払いであること、決済サービスを提供できること、の三条件をすべて満たす預金を指す。当座預金や無利息型の普通預金がこれに当たる。それ以外の一般預金等——利息の付く普通預金、定期預金など——は、1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円と破綻日までの利息等までが保護の範囲になる。
手元資金が5億円ある会社が1行の定期預金に全額を置いているなら、保護されるのは1,000万円である。残りは、その銀行の信用リスクを取っているのと同じだ。無利息の当座に置けば全額保護になるが、今度は受取利息をゼロにする選択をしていることになる。預金は「リスクを取らない選択肢」ではなく、「銀行の信用リスクを、金利を放棄した対価で取る選択肢」だ。 ここを認識してはじめて、発行体分散や国庫短期証券との比較が意味を持つ議論になる。
決めるのは利回りでなく、三つの枠
方針の骨格は、次の順で組む。
第一に、期間で三層に割る。 運転資金(おおむね3か月以内に必ず出ていく金)、確定支出(3〜12か月に出ることがカレンダー上わかっている金。納税、賞与、設備投資の支払、借入の約定返済)、そして当面の使途がない資金(12か月以上動かさない金)。この区分は経理の感覚でなく、資金繰り表と投資計画から機械的に作る。第一層の水準の決め方そのものは、別途詰める必要がある(資金繰りを止めない|手元流動性をいくら持つべきかの決め方)。
第二に、層ごとに許容する期間と元本の扱いを決める。 第一層は即日引き出せることが絶対条件で、利回りは条件にしない。第二層は満期を支出カレンダーに合わせる。ここで満期をはしご状に並べておくと、金利が動いても平均利回りが緩やかにしか変わらない。第三層だけが、期間を伸ばして利回りを取りにいける層になる。
第三に、信用リスクの上限を金額で置く。 預け先1金融機関あたりの残高上限、発行体1社あたりの上限、格付の下限。「分散する」という方針は、金額で書かれていなければ運用されない。
運用と投機の線は、「値洗いが損益に出るか」で引く
社内規程でいちばん揉めるのが、どこまでを運用と呼ぶかだ。抽象的に「投機的な取引は行わない」と書いても、何が投機かで解釈が割れる。線は会計処理で引くのがいい。
満期まで持てば元本が戻る前提のもの(定期預金、譲渡性預金、国庫短期証券、満期保有目的の債券)と、時価の変動が損益や純資産に出るもの(株式、投資信託、仕組債、デリバティブ)を分ける。後者は「資金運用」ではなく「投資」であり、決裁は取締役会に上げる。この分け方の利点は、担当者の意図でなく処理で判定できることだ。意図で線を引くと、必ず「これはヘッジのつもりだった」という後付けが通ってしまう。
外貨建ての商品も別建てにする。外貨建MMFのように「短期・安全」に見える商品でも、円貨で見た元本は為替で動く。為替リスクを取るかどうかは資金運用の判断ではなく、為替方針の判断だ(為替エクスポージャーの管理|ヘッジ会計を「使わない」という合理的な判断)。
選択肢そのものが増えている点にも触れておく。国内の公社債MMFは、超低金利下で運用が成り立たなくなり2016年2月以降ほぼ販売が止まっていたが、金利上昇を受けて2026年から取り扱いを再開する動きが出ている。十年ぶりに戻ってきた選択肢を「昔なくなった商品」の記憶で外していないか、方針を作る前に棚卸ししておきたい。
社内規程に書くのは、四つだけ
分厚い規程は運用されない。必要なのは次の四つで、A4で2枚に収まる。
- 目的と優先順位:元本の保全、流動性の確保、収益性の順であることを明記する。順序を書いていない規程は、利回りの高い商品を持ち込まれたときに止められない
- 対象商品のポジティブリスト:使ってよい商品を列挙する方式にする。禁止列挙にすると、リストにない新商品が常に「禁止されていない」になる
- 権限の階段:1件あたりの金額と、預け先1先あたりの残高で、財務部長・CFO・取締役会の決裁を分ける。金額を書かない権限規定は権限規定ではない
- モニタリングと報告:四半期ごとに、残高・平均利回り・満期構成(いつ何が戻るか)・預け先別残高を定型で報告する。様式まで規程に添付しておく
四つ目を軽く扱う会社が多いが、規程を生かすのはここだ。報告様式が決まっていれば、方針から外れた残高が四半期に一度は必ず可視化される。様式がなければ、規程は作った月に読まれて終わる。
置き場所を決めることは、資本配分の一部である
余剰資金の運用は、財務部の技術的な仕事に見えて、実際には資本配分の議論の末端にある。運用に回す金は、事業に投じない、借入を返さない、株主に返さないと決めた金だ。その判断を明文化しないまま「運用でいくら稼いだか」を報告し始めると、資金を抱えること自体が正当化されていく。
だから規程の冒頭に、運用の対象は事業投資・債務返済・株主還元の判断を経た後の残余であることを書く(株主還元の方針をどう決めるか|配当・自社株買い・内部留保の線引き)。そのうえで、期間で割り、権限を階段にし、四半期に報告する。金利がある世界で問われるのは、いくら稼いだかではない。なぜその置き場所なのかを、金額と期日で説明できるかどうかだ。



