「余剰資金の運用方針を作りたい」という相談は、ほぼ例外なく商品の比較表から始まる。定期預金、譲渡性預金、国庫短期証券、社債、投資信託。利回りと期間とリスクを並べた一覧が出てきて、どれを選ぶかの議論になる。この順序では、まず決まらない。決まったとしても、担当者が代われば崩れる。資金運用方針で最初に決めるのは利回りではない。「いつ使う金か」の期間区分と、「誰が」「いくらまで」動かせるかの権限だ。 商品と利回りは、その二つを決めた後に自動的に絞り込まれる残りの変数にすぎない。

POINT
金利がゼロだった時代、「とりあえず普通預金」は無方針の既定値であり、無害だった。いまは違う。日銀は2026年6月の金融政策決定会合で無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.75%程度から1.0%程度へ引き上げ、7月31日の会合ではこれを据え置いた。置き場所ごとの利回り差が、金額として説明を求められる水準になったということだ。同時に、預金に置くことのリスクも可視化された。預金保険で保護されるのは、決済用預金(無利息・要求払い・決済サービスの提供という三条件を満たすもの)を除けば、1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円とその利息までである。手元に数億円を置く会社は、そのほとんどについて銀行の信用リスクを取っている。方針に書くべきは商品名の羅列ではない。必要流動性の期間区分、層ごとの許容期間と信用リスク、金額ごとの決裁権限、そして四半期の報告様式。この四つだけで足りる。

「普通預金に置いておく」は、いまや一つの判断になった

かつては、余剰資金の置き場所を議論しないことに実害がなかった。定期に移しても利息はほとんど変わらず、動かす手間のほうが高くついた。取締役会で「なぜ普通預金なのか」と問われることもなかった。

金利が戻ったことで、この構図が反転した。置き場所の選択が年間の受取利息の差になり、その差が金額で説明できてしまう。説明できる差は、説明を求められる差になる。 上場会社であれば、東証が2023年3月にプライム・スタンダード市場の上場会社へ要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の文脈で、積み上がった現預金の水準そのものが投資家の論点になっている。非上場でも、銀行から借入をしながら手元を厚く置いている構造は、金利が上がった局面で真っ先に指摘される。

もっとも、ここで急いで運用商品を買いに行くのは順序が違う。余剰資金の第一の使い道は、事業への投資と債務の返済、そして株主還元である(資本配分(キャピタルアロケーション)をどう決めるか:CFOの意思決定フレーム)。運用方針が扱うのは、それらを差し引いてなお残る資金の置き場所だ。この前提を明文に書いておかないと、運用方針が資金を抱え込む口実になる。

「安全だから預金」は、銀行の信用リスクを無自覚に取っている

運用方針を作らない会社の理屈は、たいてい「元本が保証されているから預金でよい」である。ここに事実誤認がある。

預金保険で全額保護されるのは決済用預金だけだ。決済用預金とは、無利息であること、要求払いであること、決済サービスを提供できること、の三条件をすべて満たす預金を指す。当座預金や無利息型の普通預金がこれに当たる。それ以外の一般預金等——利息の付く普通預金、定期預金など——は、1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円と破綻日までの利息等までが保護の範囲になる。

手元資金が5億円ある会社が1行の定期預金に全額を置いているなら、保護されるのは1,000万円である。残りは、その銀行の信用リスクを取っているのと同じだ。無利息の当座に置けば全額保護になるが、今度は受取利息をゼロにする選択をしていることになる。預金は「リスクを取らない選択肢」ではなく、「銀行の信用リスクを、金利を放棄した対価で取る選択肢」だ。 ここを認識してはじめて、発行体分散や国庫短期証券との比較が意味を持つ議論になる。

決めるのは利回りでなく、三つの枠

方針の骨格は、次の順で組む。

第一に、期間で三層に割る。 運転資金(おおむね3か月以内に必ず出ていく金)、確定支出(3〜12か月に出ることがカレンダー上わかっている金。納税、賞与、設備投資の支払、借入の約定返済)、そして当面の使途がない資金(12か月以上動かさない金)。この区分は経理の感覚でなく、資金繰り表と投資計画から機械的に作る。第一層の水準の決め方そのものは、別途詰める必要がある(資金繰りを止めない|手元流動性をいくら持つべきかの決め方)。

第二に、層ごとに許容する期間と元本の扱いを決める。 第一層は即日引き出せることが絶対条件で、利回りは条件にしない。第二層は満期を支出カレンダーに合わせる。ここで満期をはしご状に並べておくと、金利が動いても平均利回りが緩やかにしか変わらない。第三層だけが、期間を伸ばして利回りを取りにいける層になる。

第三に、信用リスクの上限を金額で置く。 預け先1金融機関あたりの残高上限、発行体1社あたりの上限、格付の下限。「分散する」という方針は、金額で書かれていなければ運用されない。

運用方針の有無は、商品の違いではなく意思決定の構造の違いとして現れる。
BEFORE
口座残高が方針の代わりをしている
全額を主力行の普通預金と定期に置き、動かす基準はない。誰がどこまで判断してよいかも決まっていないため、担当者は前例を踏襲するしかない。取締役会で水準を問われても、必要額の根拠を出せない。預金保険の射程を超えた部分は、意識されないまま特定行の信用リスクになっている。
AFTER
期間3層と権限の階段で回る
資金繰り表と投資計画から運転資金・確定支出・当面使途なしの3層に割り、層ごとに許容期間・元本の扱い・発行体別の上限を金額で置く。金額の階段で財務部長・CFO・取締役会の決裁を分け、四半期に残高・平均利回り・満期構成・預け先別残高を定型で報告する。
変わったのは商品ではなく、判断の順序と、判断した記録が残るかどうかである。

運用と投機の線は、「値洗いが損益に出るか」で引く

社内規程でいちばん揉めるのが、どこまでを運用と呼ぶかだ。抽象的に「投機的な取引は行わない」と書いても、何が投機かで解釈が割れる。線は会計処理で引くのがいい。

満期まで持てば元本が戻る前提のもの(定期預金、譲渡性預金、国庫短期証券、満期保有目的の債券)と、時価の変動が損益や純資産に出るもの(株式、投資信託、仕組債、デリバティブ)を分ける。後者は「資金運用」ではなく「投資」であり、決裁は取締役会に上げる。この分け方の利点は、担当者の意図でなく処理で判定できることだ。意図で線を引くと、必ず「これはヘッジのつもりだった」という後付けが通ってしまう。

外貨建ての商品も別建てにする。外貨建MMFのように「短期・安全」に見える商品でも、円貨で見た元本は為替で動く。為替リスクを取るかどうかは資金運用の判断ではなく、為替方針の判断だ(為替エクスポージャーの管理|ヘッジ会計を「使わない」という合理的な判断)。

選択肢そのものが増えている点にも触れておく。国内の公社債MMFは、超低金利下で運用が成り立たなくなり2016年2月以降ほぼ販売が止まっていたが、金利上昇を受けて2026年から取り扱いを再開する動きが出ている。十年ぶりに戻ってきた選択肢を「昔なくなった商品」の記憶で外していないか、方針を作る前に棚卸ししておきたい。

社内規程に書くのは、四つだけ

分厚い規程は運用されない。必要なのは次の四つで、A4で2枚に収まる。

資金運用規程に載せる項目
  • 目的と優先順位:元本の保全、流動性の確保、収益性の順であることを明記する。順序を書いていない規程は、利回りの高い商品を持ち込まれたときに止められない
  • 対象商品のポジティブリスト:使ってよい商品を列挙する方式にする。禁止列挙にすると、リストにない新商品が常に「禁止されていない」になる
  • 権限の階段:1件あたりの金額と、預け先1先あたりの残高で、財務部長・CFO・取締役会の決裁を分ける。金額を書かない権限規定は権限規定ではない
  • モニタリングと報告:四半期ごとに、残高・平均利回り・満期構成(いつ何が戻るか)・預け先別残高を定型で報告する。様式まで規程に添付しておく

四つ目を軽く扱う会社が多いが、規程を生かすのはここだ。報告様式が決まっていれば、方針から外れた残高が四半期に一度は必ず可視化される。様式がなければ、規程は作った月に読まれて終わる。

現場では
ある製造業の会社で、手元資金が事業規模に対して厚くなり、取締役会で運用の議題が上がった。財務部が最初に持ってきたのは商品の比較表だった。差し戻して、資金繰り表と3年の投資計画から期間区分を作り直させた。結果、運転資金として3か月以内に動く部分、納税・賞与・設備の支払でカレンダー上ほぼ確定している部分、そして当面動かない部分の三層に割れた。分けてみて分かったのは、当面動かない層が想定よりかなり小さかったことだった。「余剰」だと思っていた残高の相当部分は、実際には支払日が決まっている金だった。運用の議論は結局、第三層をどう置くかという小さな話に収まり、代わりに第一層の水準そのものが論点として残った。方針として決めたのは四つ。預け先1行あたりの残高上限、満期をはしご状に並べること、時価が損益に出る商品は取締役会決議とすること、四半期に残高・平均利回り・満期構成を定型で報告すること。受取利息はもちろん増えたが、社内で効いたのは別のところだった。「余っている」という感覚が、金額と期日の付いた数字に置き換わったことである。

置き場所を決めることは、資本配分の一部である

余剰資金の運用は、財務部の技術的な仕事に見えて、実際には資本配分の議論の末端にある。運用に回す金は、事業に投じない、借入を返さない、株主に返さないと決めた金だ。その判断を明文化しないまま「運用でいくら稼いだか」を報告し始めると、資金を抱えること自体が正当化されていく。

だから規程の冒頭に、運用の対象は事業投資・債務返済・株主還元の判断を経た後の残余であることを書く(株主還元の方針をどう決めるか|配当・自社株買い・内部留保の線引き)。そのうえで、期間で割り、権限を階段にし、四半期に報告する。金利がある世界で問われるのは、いくら稼いだかではない。なぜその置き場所なのかを、金額と期日で説明できるかどうかだ。

まとめ
資金運用方針を商品の比較表から作り始めると決まらない。先に決めるのは、いつ使う金かの期間区分と、誰がいくらまで動かせるかの権限で、商品と利回りはその後に絞り込まれる残りの変数である。金利がゼロだった時代は「とりあえず普通預金」が無害な既定値だったが、日銀が2026年6月に無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.75%程度から1.0%程度へ引き上げ、7月31日会合で据え置いた現在、置き場所ごとの利回り差は金額で説明を求められる水準にある。同時に、預金がリスクゼロでないことも直視する必要がある。預金保険で全額保護されるのは無利息・要求払い・決済サービス提供の三条件を満たす決済用預金だけで、それ以外の一般預金等は1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円とその利息までしか保護されない。預金は銀行の信用リスクを、金利を放棄した対価で取る選択肢である。方針の骨格は三つ。第一に資金繰り表と投資計画から運転資金・確定支出・当面使途なしの三層に割ること。第二に層ごとに許容期間と元本の扱いを決め、第二層は満期を支出カレンダーに合わせ、はしご状に並べること。第三に預け先1先あたりの残高上限と格付の下限を金額で置くこと。運用と投機の線は担当者の意図でなく会計処理で引く。満期まで持てば元本が戻るものと、時価変動が損益や純資産に出るものを分け、後者は取締役会決議とする。外貨建商品は為替方針の領域として別建てにする。国内の公社債MMFは2016年2月以降ほぼ販売が止まっていたが、金利上昇を受けて2026年から取り扱いを再開する動きがあり、選択肢の棚卸しは方針づくりの前にしておく。社内規程に書くのは、目的と優先順位、対象商品のポジティブリスト、金額で切った権限の階段、そして四半期の報告様式の四つで足りる。四つ目を省くと規程は作った月に読まれて終わる。運用の対象は事業投資・債務返済・株主還元の判断を経た残余であることを冒頭に明記しないと、運用方針が資金を抱え込む口実になる。

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