設備投資の稟議が回ってくる。省力化ラインの新設で、投資額は4億8,000万円。 添付の計算書では、IRRが8.9パーセントと書かれている。社内のハードルレートは8パーセントなので、基準は超えている。 計算の前提を開くと、初年度の収入の欄に補助金1億円が入っている。公募への申請は来月の予定で、採択の結果は三か月後に出る。 補助金の行を消して計算し直すと、IRRは5.6パーセントに落ちる。この稟議が問うているのは、省力化ラインに投資すべきかどうかではない。補助金が取れると賭けるかどうかである。 そして稟議書のどこにも、そう書かれていない。
補助金を入れて初めて超える投資は、事業性が足りていない
冒頭の稟議を、補助金の行を消して見直す。IRR5.6パーセントは、ハードルレートの8パーセントに届かない。 補助金がなければ、この投資は自社の資本コストに照らして価値を生まない。補助金1億円が、交付決定を経て満額入って初めて、基準を超える。
この状態を「補助金のおかげで採算が合う」と読むのは、順序が逆である。補助金が埋めているのは、事業性の不足分である。 補助金は一回限りの収入で、ラインが稼働した後の毎年の稼ぎを増やすわけではない。補助金が確実に入るなら、自己負担の部分に対しては基準を超える。だが補助金が確実になるのは交付決定の後であり、稟議の時点ではそうではない。
ハードルレートは、会社が資本を預かるときに約束している最低限の利回りである(ハードルレート(要求収益率)の決め方、全社一律のWACCを使わない理由)。補助金を入れて超えるということは、その約束を、国からの一回限りの収入で埋め合わせているということである。 不採択になれば、埋め合わせは消える。そして稟議の段階では、採択されるかどうかは誰にも分からない。 加えて、交付決定前の発注は原則として補助の対象にならないため、補助金を取りにいく投資は、交付決定まで発注を待つことになる。
補助金の数字は、三つの点で稟議とずれていく
採択されたとしても、稟議書に書いた補助金の数字がそのまま入ってくることは少ない。ずれ方には三つの型がある。
一つ目は、金額である。 補助金の額は、交付決定の時点で上限が決まり、事業が終わった後の額の確定で最終額が決まる。対象外と判断された経費、相見積りの記録の不備、実施期間の外に支払った経費は、確定の段階で差し引かれる。 申請の時点で上限いっぱいの額を計画に入れている会社は、確定額との差をそのまま受け止めることになる。
二つ目は、時期である。 精算払である以上、補助金が入るのは、発注し、納入され、支払を済ませ、実績報告を出し、確定検査を経た後である。設備の代金は全額を先に自社で払う。 大型の設備であれば、発注から入金までに一年を超えることも珍しくない。その間の資金は、手元資金かつなぎの借入で賄う(手元流動性はいくら持つべきか、固定費と月商倍率で自社基準を作る)。稟議書の計算で補助金を初年度の期首に置いていれば、その時点で割引の前提が間違っている。
三つ目は、条件である。 処分の制限に加えて、制度によっては、事業の実施後に一定期間の報告義務があり、賃上げなどの計画の目標を達成できなかった場合に補助金の一部の返還を求める仕組みや、補助事業から生じた収益に応じて納付を求める仕組みを持つものがある。受け取った後に戻る可能性のある現金は、受け取った時点で確定した収入ではない。
補助金は課税される。税額控除は課税所得がなければ効かない
補助金を額面のまま収入に置いた計算書は、冒頭の稟議と同じ形をしている。補助金は、法人税の上では益金である。
受け取った年にそのまま課税されれば、手取りは額面より小さくなる。固定資産の取得に充てた国庫補助金であれば、法人税法第42条の圧縮記帳を使って、受け取った年の課税を避けることができる。 ただし圧縮記帳は、固定資産の取得価額を補助金の額だけ減らす処理である。取得価額が減った分だけ、将来の減価償却費が減り、その分の課税が耐用年数の間に後から来る。 圧縮記帳は免税ではなく、課税の繰延べである。投資の計算では、補助金を額面で一回の収入に置くのではなく、税引後の効果を年ごとに置く必要がある。
税額控除には、別の落とし穴がある。税額控除は、その年の法人税額から差し引く仕組みであり、差し引く法人税額がなければ効かない。 多くの制度には、その年の法人税額の一定割合という控除の上限がある。設備投資で使われる中小企業経営強化税制では、税額控除は中小企業投資促進税制の控除と合計で調整前法人税額の20パーセントが上限で、控除しきれなかった額の繰越は1年しか認められない。 経営力向上計画の認定を受け、その計画に記載した設備であることも要件で、令和9年3月31日までに取得等した設備が対象である。一方、中小企業向けの賃上げ促進税制は、同じ20パーセントの上限のもとで、令和6年度の改正により5年間の繰越ができるようになった。 繰り越した控除を使う年にも、給与等の支給額が前年度を上回っていることが要件になる。いずれも中小企業者等向けの措置で、繰越の有無と期間は制度ごとに違う。赤字の年や、課税所得が小さい年には、稟議書に書いた控除額は使えないか、先送りになる。
さらに、租税特別措置による税額控除や特別償却の多くは適用期限つきで、延長されるかどうかは毎年の税制改正で決まる。 着工から取得までに期間がかかる投資では、取得の時点で制度がどうなっているかを稟議の段階で確定させることはできない。事前に計画の認定などの手続を要する制度もあり、手続の前に取得した資産は対象にならないことがある。
特別償却と税額控除の違いも押さえておく。特別償却は償却の前倒しであって、耐用年数全体で見れば損金の総額は変わらない。効果は税金を払う時期がずれることだけである。 税額控除は税額そのものを減らす。同じ「優遇税制」でも、投資の計算に置くべき効果の大きさはまったく違う。
採否は本体だけで決め、支援策は回収期間の短縮として扱う
ここまでを踏まえると、投資判断に支援策を織り込む方法は一つに絞られる。二段で評価することである。
第一段では、補助金も税額控除もゼロと置いて、本体の事業性だけで採否を決める。 ここでハードルレートを超えない投資は、事業性の投資としては通さない。補助金込みでしか成り立たない案を通すなら、交付決定を発注の条件とした条件付きの決裁とし、処分の制限期間中の撤退時の返還額を悲観シナリオに置いたうえで、例外として名前を付ける。 事業性の投資として支援策の申請を検討するのは、第一段を通った投資である。
第二段では、支援策を回収期間の短縮と資金計画の改善として扱う。 補助金は、交付決定の後に初めて金額の上限を計画に入れ、額の確定の後に確定額に置き換える。入金の時期は精算払の実際の時期に置き、税引後の効果で見る。 税額控除は、自社の課税所得の見込みから控除を使える年を置き、上限と繰越を反映する。
二段に分けると、補助金が取れなかったときの判断が要らなくなる。 第一段で通った投資は、補助金がなくても実行する投資である。不採択の通知が来た日に、投資を続けるかどうかの議論を始める必要はない。 補助金は、取れれば回収が早まり、取れなければ計画どおりに回収する。投資判断の結論が、公募の結果に左右されない状態を作ることが、二段評価の目的である。
二段評価には、もう一つ決めておくことがある。第一段を通った投資で補助金を申請する場合、交付決定まで発注を待つ期間の損失と、補助金の手取りを比べることである。 公募から交付決定までの数か月、稼働が遅れる。遅れる期間の本体の稼ぎと、補助金の税引後・入金時期で割り引いた額を並べ、待つ価値がなければ補助金を見送って発注する。
補助金ありきの投資は、撤退の自由を先に売っている
二段評価を支える理由が、もう一つある。補助金を受け取った設備は、処分の制限期間の間、やめにくくなる。
投資の価値には、うまくいかなかったときにやめられるという選択肢の価値が含まれている。需要が想定を下回れば、設備を売却する、別の用途に転用する、担保に入れて資金を作る。 補助金を受けた設備では、これらの行為に承認が要り、承認を得ても補助金相当額の納付を求められることがある。事業性の低い投資ほど、この撤退の選択肢の価値は大きい。 そして補助金に頼って基準を超えた投資は、まさに事業性の低い投資である。
つまり補助金ありきの投資は、最も撤退の可能性が高い投資について、撤退の自由を先に手放している。 稟議の計算で補助金を収入として足すなら、同時に、制限期間中に撤退した場合の返還額も、悲観シナリオの側に置くべきである(感度分析とシナリオ分析の違いと使い分け、投資の不確実性を稟議で示す)。それを置いた計算で、なお基準を超えるかを確かめる。
もう一つ、補助金ありきの投資で起きやすいのが、投資額の膨張である。 補助率が2分の1で上限が1億円なら、投資額を2億円まで広げると補助金を最大限に使える。補助金の額は増えるが、自己負担の額も増える。 必要な設備の規模から投資額を決めるのではなく、補助金の上限から逆算して決める稟議は、第一段で止める。
稟議の様式に、二段を書く欄を作る
二段評価は、方針として示しただけでは守られない。稟議書の様式に欄を作る。 起案者が補助金を入れたIRRを一つだけ書く様式を使っている限り、決裁者は毎回それを分解する手間を負い、忙しい決裁の場では分解されずに通る。
- 本体のNPV・IRR・回収期間(補助金・税額控除をすべてゼロと置いた値)
- 支援策の名称と段階(申請前/採択/交付決定/額の確定)
- 補助金の見込額と、交付決定前の発注が対象外になることの確認
- 交付決定まで発注を待つ場合の稼働遅れと、その間に失う本体の稼ぎ(補助金の手取りとの比較)
- 補助金の入金予定時期(精算払を前提に、支払・実績報告・確定検査を経た時期)と、それまでのつなぎ資金の手当て
- 補助金の税務処理(圧縮記帳の予定と、それによる将来の償却費の減少)
- 処分の制限期間と、期間中に撤退した場合の返還見込額
- 事業化の報告義務、賃上げ等の目標未達時の返還、収益納付など制度固有の条件
- 税額控除・特別償却の制度名、適用期限、事前手続の要否、自社の課税所得から見た控除を使える年
- 支援策を反映した回収期間(第二段の数字として、本体の数字と並べて記載)
様式を変えると、起案の段階で、起案者自身が本体の数字と支援策の数字を分けて考えるようになる。 補助金の上限に合わせて投資額を膨らませた案や、補助金を入れて初めて基準を超える案は、決裁者の前に来る前に起案者の手元で止まる。そして投資の後の検証でも、本体の計画と実績、支援策の計画と実績を分けて振り返ることができる(投資後のレビュー(ポストオーディット)が行われない原因と、事後検証を仕組みにする方法)。
支援策を投資判断に織り込むときの三つの原則
第一に、補助金も税額控除もゼロと置いた本体の事業性だけで、投資の採否を決める。 補助金を入れて初めてハードルレートを超える投資は、補助金ではなく事業性が足りていない。補助金が確実になるのは交付決定の後であり、稟議の時点では当てにできない。 補助金込みでしか成り立たない案は、交付決定を発注の条件とした条件付きの決裁として、例外の名前を付けて扱う。本体で基準を超えた投資は、交付決定まで発注を待つ損失と補助金の手取りを比べたうえで支援策を申請し、支援策は回収期間の短縮と資金計画の改善として第二段で扱う。こうしておけば、不採択の通知が来た日に投資の是非を議論し直す必要はない。
第二に、支援策の数字は、確定した分だけ、税引後で、実際の時期に置く。 多くの補助金は交付決定の後に事業を実施し、額の確定を経て精算払で入る。採択は交付決定ではなく、原則として交付決定前の発注は対象外で、確定の段階で対象外の経費は差し引かれる。 補助金は益金であり、法人税法第42条の圧縮記帳は将来の償却費を減らして課税を繰り延べるだけである。税額控除は法人税額から差し引く仕組みで、課税所得がなければ効かず、多くの制度に法人税額の一定割合の上限がある。 設備投資で使われる中小企業経営強化税制は、中小企業投資促進税制の控除と合計で調整前法人税額の20パーセントが上限で、繰越は1年に限られ、適用は令和9年3月31日までの取得等が対象である。中小企業向けの賃上げ促進税制は同じ上限のもとで5年の繰越ができる。繰越の有無と期間は制度ごとに違う。特別償却は時期のずれだけで、税額控除とは効果の大きさが違う。
第三に、補助金の代わりに手放すものを、稟議の数字に載せる。 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第22条により、補助事業で取得した財産は、処分の制限期間中、承認なく目的外の使用や譲渡、貸付、担保の提供ができず、承認を得ても補助金相当額の納付を求められることがある。事業性の低い投資ほど撤退の選択肢の価値は大きく、補助金ありきの投資は、その自由を最初に手放している。 制限期間中の撤退時の返還額を悲観シナリオに置き、補助金の上限から逆算して膨らませた投資額は第一段で止める。規制や取引条件への対応として行う投資は、対応投資という別の枠で名前を付けて決裁する。
売上高210億円の食品メーカー。二年前、包装工程の自動化に3億6,000万円を投じた。 稟議書のIRRは9.4パーセントで、ハードルレートの8パーセントを超えていたが、その計算には補助金9,000万円が初年度の収入として入っていた。補助金は採択された。 ところが額の確定の段階で、実施期間の外に支払った付帯工事の費用と、相見積りの記録が不十分だった一部の経費が対象外となり、確定額は6,700万円になった。入金は発注から15か月後で、その間は短期の借入でつないでいる。 稼働後の実績を振り返ったところ、補助金を除いた本体のIRRは稟議の時点で5.2パーセントしかなかったことが分かった。確定額6,700万円を実際の入金時期である発注から15か月後に置いて計算し直すと、IRRは約7.8パーセントで、ハードルレートを下回っていた。 CFOが行ったのは、稟議の様式の変更だった。本体のNPV・IRR・回収期間を、支援策をすべてゼロと置いて記載する欄を最上段に置き、決裁の判定はこの欄だけで行うと規程に明記した。 支援策の欄には、段階、入金予定時期、つなぎ資金、圧縮記帳の予定、処分の制限期間と撤退時の返還見込額、制度固有の条件を書かせている。様式を変えた翌年、物流センターの自動倉庫の稟議が上がった。 投資額は7億円で、補助金2億円を入れた計算ではIRRが8.6パーセントだったが、本体の欄はIRR4.1パーセントで、第一段で差し戻された。 起案部門は、保管能力の想定を実際の出荷計画に合わせて見直し、自動化の範囲を入出庫の頻度が高い区画に絞った。再起案の投資額は4億6,000万円、本体のIRRは8.7パーセント。 第一段を通過した後、補助金1億円を申請するかどうかを、交付決定まで発注を待つ約4か月の損失と比べて決めた。待つ間に失う本体の稼ぎは約2,300万円で、補助金の税引後・入金時期で割り引いた手取りはそれを大きく上回った。 申請して採択と交付決定を経た後に発注し、第二段の数字として回収期間が6.8年から5.3年に短縮する見通しを併記した。 補助金が不採択でも実行することは、稟議の時点で決まっていた。補助金を取りに行くことをやめたのではない。補助金に投資判断を預けることをやめたのである。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。



