三事業のうち一つを畳んだ。年間4億円の営業損失を出していた事業で、撤退の稟議には「翌期以降、全社営業利益が4億円改善する」と書いてあった。翌期の実績は、1億2千万円の改善にとどまった。 経営会議で経営企画が説明する。想定より在庫の処分損が出ました、残った拠点の賃料が続いています、システムの保守契約が来年3月まで解約できません。説明は全部正しい。ただし、これは想定外の事象ではなく、最初の試算式が間違っていただけである。
撤退効果の式には、足してはいけない項がある
多くの撤退試算は、こう組まれている。撤退する事業の営業損失が4億円。撤退すればこれがゼロになる。したがって効果は4億円。この一行に、二つの誤りが同時に入っている。
第一の誤りは、限界利益を無視していることである。撤退すれば損失が消えるが、同時に売上と変動費の差額も消える。赤字事業でも限界利益が正であることは珍しくない。売上30億円、変動費24億円、直接固定費6億円、配賦された共通費4億円という事業は、営業損失4億円だが限界利益は6億円ある。この事業を畳むと、全社の限界利益が6億円減る。
第二の誤りは、配賦された共通費4億円を削減額として数えていることである。配賦は社内の計算にすぎず、外部への支払は一円も減らない。削減額として数えてよいのは、配賦額ではなく、実際に社外への支出が止まる金額だけである。
正しい式に組み直すと、こうなる。
三つ目の項が、実務でいちばん難しい。「本社費のうち、この事業が無くなったら何円減るのか」に答えられる会社が、ほとんど無いからである。 人事部の工数のうち何%がその事業向けだったか、という配賦率の話をしても答えは出ない。問うべきなのは、その事業が無くなったときに人事部の人員を減らすのか、減らさないのかである。減らさないなら、その分の削減額はゼロで良い。ゼロと書くことが、実は最も誠実な見積りになる。
残るものは四つに分かれ、それぞれ削減できる時点が違う
残存する固定費を一括りに「本社費」と呼ぶから議論が進まない。四つに割ると、いつ、誰が、何をすれば減るのかが見える。
一つ目が、解約不能な契約である。 賃貸借、リース、通信回線、外部委託。撤退を決めた日に支払が止まるものは一つもない。中途解約の違約金を払って早く止めるほうが安いのか、期間満了まで払い続けるほうが安いのかは、契約ごとに現在価値で比べる以外にない。ここは経理でなく法務と調達が持つ情報である。
二つ目が、システムのライセンスと保守である。 ERPのユーザーライセンスは利用者数が減れば減るように見えるが、多くの契約は年間の最低利用料と更新タイミングで固定されている。撤退した事業だけが使っていた業務パッケージがあっても、データの保存義務が続く限り環境は残る。止められるのは、たいてい次の更新日である。
三つ目が、間接部門の人件費である。 事業が一つ減っても、経理・人事・情報システムの人員が比例して減ることはまずない。減らすなら、撤退とは別の意思決定として、別の時点で行うことになる。撤退の効果に間接部門の人件費削減を織り込むなら、その削減を実行する責任者と実行時期を、撤退の稟議に書く。 書かなければ、誰も減らさない(部門別損益(事業部別P&L)の作り方:共通費配賦で揉めない設計)。
四つ目が、共用資産の減価償却である。 本社建物、全社システム、共用の物流拠点。撤退しても資産は残り、償却費は同額のまま計上され続ける。そしてここが、翌期に別の形で表面化する。
撤退の翌期に、本社の資産が減損する
共用資産の扱いは、撤退の会計上の後始末として最も見落とされる。
「固定資産の減損に係る会計基準」(企業会計審議会 平成14年8月9日)は、複数の資産又は資産グループの将来キャッシュ・フローの生成に寄与する共用資産について、共用資産の帳簿価額を各資産グループへ合理的に配分することが困難な場合には、原則として、共用資産が関連する複数の資産又は資産グループに共用資産を加えた、より大きな単位でグルーピングを行うという考え方を置いている。
この構造が撤退と噛み合う。撤退前は、三つの事業が生む将来キャッシュ・フローの合計が、本社建物や全社システムを含むより大きな単位を支えていた。一つの事業を畳めば、支える側の分母が減る。 帳簿価額は変わらないのに、それを回収する原資が減る。減損の兆候の判定において、事業の廃止や再編成は典型的な検討事象であり、撤退の意思決定そのものが引き金になる。
だから、撤退の試算に本来含めるべき項目が一つ増える。当該事業の資産の除却損だけでなく、共用資産のグルーピングと回収可能性への影響である。 これは撤退の翌期の特別損失として出てきて、経営会議では「撤退とは別の話」として扱われがちだが、因果としては同じ意思決定から出ている(固定資産の減損は資産グルーピングで決まる|兆候判定を期末の議論にしない)。
新リース基準で、残る固定費が貸借対照表に現れる
これまで、撤退後に残る賃借契約の負担は、多くの場合オペレーティング・リースとして注記の中にあった。企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(2024年9月13日公表)は、借手についてすべてのリースを使用権資産とリース負債として計上する使用権モデルを採用しており、2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用される(2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの早期適用が認められている)。
撤退の文脈で効くのは、二つの局面である。
一つは、撤退の判断そのものである。畳んだ後に残る賃借料の総額が、リース負債として貸借対照表に載る。 撤退しても消えない契約の重さが、注記の一行ではなく負債の残高として見えるようになる。撤退の稟議に「解約不能期間の残存賃料の現在価値」を書く実務的な理由が、ここで一つ増える。
もう一つは、財務制限条項と資本効率指標への波及である。負債が増えれば、有利子負債に係るコベナンツの計算方法によっては抵触の余地が生じ、投下資本を分母に置く指標は悪化する(新リース会計基準で借手のオンバランスが効くのは財務諸表ではない|コベナンツとROICへの波及)。撤退の効果を営業利益だけで語っていると、この波及が視野に入らない。
残存事業へ配賦し直すと、次の撤退候補が自動的に生成される
ここが、この論点で最も実害の大きい部分である。
撤退の翌期、共通費の配賦計算はどうなるか。多くの会社では、配賦基準(売上高比、人員比、直接費比など)がそのまま使われる。分子である共通費の総額はほとんど減っていないのに、分母である事業の数と規模は減っている。結果として、残存事業への配賦額が自動的に増える。
売上60億円で営業利益3億円だった事業に、これまで3億円配賦されていた共通費が、翌期は4億円になる。事業別P/Lの営業利益は2億円に落ちる。事業部長は「うちは何もしていないのに利益が減った」と言い、経営会議では「この事業も収益性が落ちている」という議論が始まる。撤退が次の撤退候補を作る。 縮小が縮小を呼ぶこの構造は、共通費配賦の設計が引き起こしているのであって、事業の実力とは何の関係もない。
止め方は二つある。
一つ目は、撤退後の一定期間、残った共通費を配賦せずに全社に置くこと。 企業会計基準第17号第23項が示すとおり、配分は最高経営意思決定機関が使う算定に含まれている場合にのみ行うものであり、機械的に配り切らなければならないものではない。撤退で浮いた共通費を「未配賦」として全社の欄に置いておけば、それが何円あって、いつまでに誰が減らすのかが毎月の会議に出続ける。配賦してしまえば、その金額は誰の視界からも消える。
二つ目は、事業別の評価を配賦後利益から限界利益と直接固定費までの段階利益へ切り替えること。 事業部長が動かせるのは限界利益と直接固定費であって、配賦された本社費ではない。評価指標を動かせる範囲に合わせれば、配賦率の変動で評価が揺れる問題が構造的に消える(経理をコストセンターで終わらせない|財務が経営に効く瞬間)。
検算は全社の固定費でしか行えない
撤退の効果を事後に検証しようとすると、多くの会社は「撤退した事業の損益がゼロになったこと」を確認して終わる。これは何も検証していない。 畳んだ事業の損益がゼロになるのは当然だからである。
検証すべきなのは一点だけで、全社の固定費が、撤退前と比べて実際に何円減ったかである。撤退の意思決定時点の全社固定費を基準線として固定し、12か月後、24か月後にその実額と比べる。差が計画に届いていなければ、どの項目で届いていないのかが四つの分類のどれかに落ちる。契約が切れていないのか、システムの更新日が来ていないのか、間接部門の配置転換が実行されていないのか。原因が特定できる形で残ることが、この検証の唯一の目的である。
厄介なのは、この期間に他の要因が混ざることである。ベースアップ、他事業の増員、システムの更新投資。だから基準線は「金額」ではなく「金額と、その内訳を構成する項目の一覧」で持つ必要がある。撤退時に作った残存契約の一覧、間接部門の削減計画、共用資産の一覧が、そのまま検証の台帳になる。別に台帳を作る必要はなく、稟議に添付した資料を使い続ける形が最も続く。
そしてこの検証には、次の撤退判断の精度を上げるという副次的な効果がある。一度でも実績を突き合わせた会社は、次の撤退試算で「本社費が2億円減る」とは書かなくなる。前回それが3千万円しか減らなかったことを、全員が知っているからである(投資後のレビュー(ポストオーディット)を仕組みにする:やりっぱなし投資を止める)。
決めるのは三つ
第一に、撤退効果を三項の合計で書く。 失う限界利益(マイナス)、直接固定費の削減額、共通費の実際の減少額。事業別P/Lの営業損失がゼロになる、という一行の試算は、限界利益の消滅を無視し、配賦された共通費を削減額として二重に数えている。削減額として書いてよいのは、社外への支払が止まる金額だけである。
第二に、残る固定費を四つに割り、それぞれに実行責任者と期日を付ける。 解約不能な契約、システムのライセンスと保守、間接部門の人件費、共用資産の減価償却。削減できる時点は契約の更新日や配置転換の実行日で決まる。「自然に減る」と書かれた項目は、決して減らない。 企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」の適用(2027年4月1日以後開始する事業年度から。2025年4月1日以後開始する事業年度から早期適用可)により、残る賃借契約はリース負債として貸借対照表に現れる。
第三に、撤退後の一定期間、浮いた共通費を配賦せず未配賦として置く。 企業会計基準第17号第7項が本社等を事業セグメントの外に置き、第23項が配分を最高経営意思決定機関の算定に含まれる場合に限り、第25項が差異調整の開示を求める構造は、配賦が義務ではないことを示している。機械的に配り直せば、残存事業の利益が理由なく悪化し、撤退が次の撤退候補を作る。
そのうえで、共用資産の回収可能性を撤退の検討事項に含める。「固定資産の減損に係る会計基準」は、共用資産について原則としてそれが関連する複数の資産又は資産グループに共用資産を加えたより大きな単位でグルーピングを行うとしており、事業を一つ畳めば、その単位を支える将来キャッシュ・フローが減る。撤退の翌期の特別損失は、撤退とは別の話ではない。



