創業から4年、社員は35人になった。経理は創業以来、顧問の税理士事務所に任せてきた。 月末に通帳のデータと請求書の束を送れば、翌月の中旬に試算表が届く。シリーズBの資金調達を終えたところで、CEOは経理を一人採ることにした。求人票の文面は、人材紹介会社の担当者と相談して、すぐに決まった。 経理の実務経験3年以上、仕訳の入力と月次決算の経験、会計ソフトの操作。その週の役員会で、CFOを兼ねるCOOが、別の数字を出す。 先月、ある取引先からの入金が2か月遅れていたことに、気づいたのは試算表が届いてからだった。業務委託の個人のエンジニア12人のうち、契約書のない人が3人いる。そして、振込の操作と承認は、CEOが一人でやっている。 仕訳を打つ人を採っても、この三つはどれも片付かない。一人目の経理には何を任せ、何を外に残し、どんな要件で採ればよいのか。

POINT
スタートアップの経理で抜けやすいのは記帳ではない。記帳の手前で、お金と契約が会社を出入りする入口である。 その入口には、この数年でいくつかの制度が重なった。2023年10月1日に始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)の下では、仕入税額控除を受けるために、受け取る請求書が適格請求書の要件を満たしているかを確かめる必要がある。 2024年1月1日からは、電子帳簿保存法の電子取引データの保存について、電子で受け取った請求書や領収書を紙に印刷して保存することを認めていた宥恕措置が終わった。そして2024年11月1日に、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)が施行された。 公正取引委員会などの資料によれば、個人のフリーランスに業務を委託する事業者は、取引条件を書面や電子メールなどで明示しなければならず、従業員を使用する発注事業者は、再委託の例外を除き、給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で報酬の支払期日を定め、その日までに支払わなければならない。 個人への報酬の支払には、源泉徴収も付いてくる。国税庁のタックスアンサーによれば、源泉徴収した所得税の納付は原則として支払った月の翌月10日が期限で、給与の支給人員が常時10人未満の会社が使える納期の特例の対象は、給与や退職手当と、税理士、弁護士、司法書士などの一定の報酬に限られる。 デザインや原稿の報酬の源泉は、特例の会社でも毎月の納付になる。どの制度も、記帳の段階で気づいたときには、もう遅い。 請求書を受け取った日、業務の成果を受け取った日、報酬を払った日に、誰かが確かめている必要がある。

仕訳を打つ人を採っても、穴は埋まらない

一人目の経理の求人票が「仕訳の入力と月次決算の経験」になるのは自然である。経理という言葉から最初に思い浮かぶ仕事が、記帳だからである。 だが、税理士事務所に任せてきた会社で、記帳はそれほど困っているだろうか。

多くの場合、記帳そのものは滞りなく進んでいる。 試算表は翌月の中旬に届き、決算と申告は期限までに終わる。困っているのは、試算表が届くまで何が起きているか分からないことである。入金が遅れても、試算表で売掛金が残っているのを見るまで気づかない。記帳を社内に戻せば、試算表は少し早くなるが、入金を確かめるという仕事が生まれるわけではない。

社内の経理が記帳を始めると、もう一つのことが起きる。 一人目の経理の時間の大半が、仕訳の入力と、税理士事務所とのやりとりの引き継ぎに消える。記帳の方法を税理士事務所から社内に移す作業は、数か月かかる。その間、入口の穴は開いたままになる。そして、一人の担当者が記帳と支払の両方を持てば、誤りや不正を見つける目が一つもなくなる(管理部長が経理を兼務する会社で、経理機能を自立させるまでの順番と二人目の要件)。

一人目に渡すのは、三つの入口である

一人目の経理に任せるべき仕事は、記帳の手前にある三つの入口である。

一つ目は、入金の入口である。 請求書を発行し、入金の予定日を管理し、口座の入金を毎日確かめて、どの請求書に対する入金かを当てる。入金が予定日に来なければ、その週のうちに営業の担当者に知らせる。試算表を待たずに、遅れた入金に気づける状態を作ることが、この入口の仕事である(入金消込が月次決算を止める原因、消込できない入金と滞留売掛金)。

二つ目は、支払の入口である。 請求書を受け取り、発注の内容と金額と照らし、適格請求書の要件を確かめ、支払の予定を組む。振込のデータを作るのは経理、承認するのはCEOかCFO、と作る人と承認する人を分ける。 創業期にCEOが一人で振込をしているのは、仕組みがないからではなく、渡す相手がいなかったからである。一人目の経理が来たら、最初に分けるのはここである。振込先の口座の変更を求めるメールが来たときに、電話で相手に確かめる手順も、このとき一緒に決める(なりすまし送金指示から支払担当を守る、経理の運用と権限の組み直し方)。

三つ目は、契約の入口である。 売る側の契約では、請求の時期、検収の条件、解約の条件を、経理が契約の締結の時点で知っている必要がある。買う側の契約、とくに個人のフリーランスへの発注では、取引条件の明示、報酬の支払期日、源泉徴収の要否が、契約を結ぶ時点で決まる。 契約書のない業務委託が残っているなら、それは法務の問題である前に、支払と税の問題である。契約の情報が経理に届かない会社では、売上の計上の時期も後から直すことになる(収益認識基準の運用でつまずく原因、契約情報を経理へ届ける流れの作り方)。

同じ一人目の経理でも、何を任せるかで、埋まる穴が違う。
よくある採り方記帳の担当
試算表の早さ ●●○
入金の遅れへの気づき ●○○
支払の牽制 ●○○
仕訳の入力と月次決算を社内に戻す。移管に数か月かかり、その間も入金、支払、契約の穴は開いたまま。記帳と支払を一人で持てば、確かめる目がなくなる。
先に渡す入口の番人
試算表の早さ ●○○
入金の遅れへの気づき ●●●
支払の牽制 ●●●
入金を毎日確かめ、支払のデータを作って承認はCEOに回し、契約の条件を締結の時点で押さえる。記帳は税理士事務所に置いたまま、証憑を揃えて渡す。
記帳は外に置いたまま、一人目にはお金と契約が会社を出入りする入口を渡す。

記帳は外に置いたまま、渡す証憑を整える

入口を社内で押さえると、税理士事務所に渡すものが変わる。通帳のデータと請求書の束ではなく、どの入金がどの請求書に当たるか、どの支払がどの契約に基づくかが分かる形で渡せるようになる。 税理士事務所が推測で仕訳を切る部分が減り、試算表は早く正確になる。

記帳を外に置いたままでよい理由は、もう一つある。 記帳を外部に委ねている間は、税理士事務所が別の目として数字を見ている。一人目の経理が入口を押さえ、税理士事務所が記帳を担えば、入口を担う人と記帳する人が分かれ、互いの誤りに気づける。 委託先に任せる範囲と、品質の確かめ方は、社員が増えても使える形で決めておく(経理業務の委託先管理、記帳代行とBPOの品質を指標で確かめる方法)。

記帳を社内に戻す時期は、入口の運用が定着してから決める。 月次決算を翌月の第5営業日までに締めたい、上場の準備で監査法人の監査を受け始める、といった理由がはっきりした時点で、二人目の採用と合わせて戻す。上場を目指すなら、決算の型を作る時期から逆算する(IPO準備で経理が最初につまずくのは人手不足ではなく、決算の型と過去処理)。

資金の見通しは、入口から作る

三つの入口を押さえると、一人目の経理は、もう一つの仕事ができるようになる。資金の見通しである。

資金調達を終えたスタートアップにとって、最も重い数字は、手元の現金があと何か月もつかである。この数字を試算表から作ると、1か月半前の状態しか分からない。 入金の予定と支払の予定を入口で押さえていれば、翌週、翌月の現金の出入りを、請求書と契約の単位で積み上げられる。週ごとの資金の見通しを、一人目の経理が毎週更新し、CEOとCFOが見る。 月末に試算表を見て驚くことがなくなる(13週キャッシュフロー予測の作り方、月次の資金繰り表では見えない月中の谷)。

だから、採用の要件も変わる。 仕訳の経験年数ではなく、三つの入口を担った経験で書く。請求書の発行と入金の管理をしたことがあるか。支払のデータを作り、承認を受けて振り込んだことがあるか。契約書を読んで、請求や支払の条件を拾ったことがあるか。事業会社の経理で債権債務を担当した人や、小さな会社で管理部門を一人で担った人が、この要件に合う。 決算や税務の深い経験は、一人目には要らない。それは税理士事務所と、必要なら業務委託の専門家が補う(経理に業務委託や副業のプロ人材を入れるとき、任せられる業務と社員が担う業務)。

設例

SaaSを提供する創業4年目のスタートアップ(社員35人、業務委託の個人12人、3月決算)。経理は創業以来、顧問の税理士事務所に任せ、試算表は翌月の15日前後に届いていた。 シリーズBの資金調達を終えた後、CEOは記帳を社内に戻す経理の採用を考えたが、COOが三つの事実を役員会に示した。大口の取引先からの入金が2か月遅れ、それに気づいたのは試算表が届いてからだったこと。 業務委託の12人のうち3人は契約書がなく、報酬の支払日も人によってばらばらだったこと。振込の操作と承認をCEOが一人で行っていたこと。会社は求人票を書き直した。 仕訳の経験年数の要件を外し、請求と入金の管理、支払のデータ作成、契約書から請求や支払の条件を拾う経験を要件にした。採用したのは、従業員50人ほどの事業会社で債権債務と総務を担当していた人である。 入社の最初の1か月で、振込のデータを経理が作り、CEOが承認する形に分け、振込先の口座の変更は電話で確かめる手順を決めた。2か月目には、業務委託の12人全員について、業務の内容、報酬、支払期日、源泉徴収の要否を書いた発注の書面を揃えた。 デザインを委託していた2人の報酬から、源泉徴収をしていなかったことも、このとき分かり、税理士事務所と相談して是正した。3か月目には、入金の予定と支払の予定を積み上げた週次の資金の見通しを、毎週月曜にCEOとCOOに出すようになった。 記帳は税理士事務所に残したが、入金と請求書の対応と、支払と契約の対応を付けて証憑を渡すようになり、試算表は翌月の8日前後に届くようになった。入社から10か月後、入金の予定日を過ぎた売掛金は、その週のうちに営業の担当者に知らされている。 会社は翌年、上場の準備を始めるにあたって、月次決算を社内で締める二人目の経理を採った。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

一人目の経理を採る前に決める三つのこと

第一に、一人目の経理を、記帳の担当として採らない。 税理士事務所に任せてきた会社で、記帳はたいてい滞りなく進んでいる。抜けているのは、入金を確かめること、支払の作る人と承認する人を分けること、契約の条件を締結の時点で押さえることである。 記帳を社内に戻すと、その移管に一人目の時間が消え、記帳と支払を一人が持つことになる。

第二に、三つの入口を渡し、記帳は外に置いたまま始める。 入金の入口では毎日の入金を請求書に当て、支払の入口では振込のデータを経理が作ってCEOかCFOが承認し、契約の入口では請求や支払の条件を拾う。2024年11月1日施行のフリーランス・事業者間取引適正化等法の取引条件の明示と、給付の受領日から60日以内での支払期日の設定、インボイス制度の請求書の要件、源泉徴収の納期は、どれも入口で確かめないと記帳の段階では取り返せない。 記帳を社内に戻すのは、入口の運用が定着してから、二人目の採用と合わせて決める。

第三に、採用の要件を、仕訳の経験年数ではなく、入口を担った経験で書く。 請求と入金の管理、支払のデータ作成と承認の経験、契約書から条件を拾った経験。入口を押さえた一人目の経理は、週次の資金の見通しを作れるようになり、手元の現金があと何か月もつかを、試算表を待たずに示せる。

まとめ
一人目の経理に仕訳を任せても、入金の遅れや支払の抜けは減らない。穴は記帳の手前、お金と契約が会社を出入りする入口にある。入金を毎日請求書に当て、振込データは経理が作ってCEOかCFOが承認し、契約の締結時点で取引条件の明示や支払期日、源泉徴収の要否を押さえる。求人票も、仕訳の経験年数ではなくこの三つを担った経験で書く。記帳は税理士事務所に置いたまま始め、社内に戻すのは入口の運用が定着してからにする。

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