「起票する人と承認する人を分けてください」。監査でそう言われて、経理3人の会社が固まる。1人は買掛と支払、1人は債権と入金、部長は全部を見ている。教科書どおりに分掌を割れば、誰も自分の仕事が終わらない。ここで多くの会社は「人が増えたら考える」と保留にする。だが保留した状態は、監査でも実務でも一番弱い。分掌の目的は、役割をきれいに分けることではない。一人が資産を動かせて、かつその記録を自分で直せる状態を作らないことだ。人数で割れないなら、割ることを諦めて、隠せなくする方に資源を寄せればいい。
割るべきは「実行」と「隠蔽」の組み合わせ
資産の横領は、資産に手を出すだけでは長く続かない。発覚が遅れるのは、実行した本人が記録の側も直せるからだ。架空の振込先を作って支払い、その仕訳も自分で切り、銀行残高の照合も自分でやる——この三つが一人に揃ったときに、事後に見つかるまでの時間が跳ね上がる。だから優先して割るのは、資産に届く権限と記録を訂正できる権限の組み合わせになる。
具体的には、この五つが最優先だ。
- 出金の実行 / 預金残高の照合
- 振込先口座マスタの登録・変更 / 支払処理の実行
- 売上計上 / 入金消込・売掛残高の照合
- 支払データの作成 / 銀行への送信承認
- 仕訳の起票 / 会計期間のクローズと再オープン
逆に、経費精算の一次チェックと二次チェックを別の人にするような分掌は、割れなくても実害が小さい。少人数の組織で全部を等しく扱うと、効く場所に人が残らない。統制の強弱は業務の手間ではなく、不正リスクの大きさで線を引く(決算業務の内部統制:締めの早期化と統制の両立は不正リスクで設計する)。
何を人で割り、何を別の手段に逃がすか
代替統制の三本を、順番に入れる
一つ目は、承認を経理の外へ出すことだ。銀行取引の最終承認を経営者や経理以外の役員が行う、月末の預金残高証明と帳簿残高の一致を経理外の人が確認する、給与計算を外部に委託する。経理の中で人を割けないなら、経理の外に一つ目を置く。人員配置を変えずに実行できて、効果が大きいのはこの手段だ。実務では、ネットバンキングのデータ作成権限と送信権限を分け、送信の権限を経営者だけが持つ形が現実解になる。
二つ目は、事後モニタリングである。予防的な統制が組めないなら、発見までの時間を短くする。月次で見る例外の一覧を、あらかじめ決めておく。手入力(システム連携でない)仕訳の一覧、取引先マスタと口座情報の変更履歴、休日・深夜に入力された伝票、承認限度額のわずかに下で分割された支払、同一取引先への異例な頻度の支払。これを経理部長なり社長なりが毎月10分見るだけで、抑止力の水準は変わる。見ていることが知られていること自体が統制になる。
三つ目は、システム証跡だ。会計システム、購買システム、ネットバンキングの権限設定を棚卸しし、誰が何をできるかを一覧にする。少人数の組織では、実は権限だけが余分に広いことが多い。退職者のIDが残っている、全員が管理者権限を持っている、期間のクローズを誰でも解除できる——このあたりは人を増やさずに直せる。権限で分掌を実装する考え方は、規模の大小を問わず同じ構造になる(SAPの権限設計とSoD(職務分掌)|内部統制を仕組みで担保する)。
兼務は隠さず、代替統制とセットで文書にする
監査で職務分掌を問われたときの正しい答えは、「分けました」ではない。**「分けられない箇所を特定し、それぞれに代替統制を置いて文書にしている」**だ。用意するのは一枚の分掌マトリクスでいい。縦に業務(受注、売上計上、入金消込、購買、支払、給与、仕訳、決算)、横に担当者を並べ、兼務が発生するセルに、代替統制の内容と実施者、頻度を書く。
この一枚があると、議論の土俵が変わる。「割れているか」ではなく「代替統制が実際に回っているか」に移り、後者なら少人数でも答えられる。加えて、連続休暇の取得を制度にしておくのも効く。担当者が続けて休む間、別の人がその業務を回すと、隠していたものは表に出る。人数を増やさずに使える古典的な統制だ。組織の規模に応じてどこまでの機能を持つかという設計とあわせて考えたい(経理組織の最適人数と機能配置 月次・連結・税務をどう分担するか)。
人数を待たずに、経路を切る
少人数の経理で内部統制を効かせられるかは、人数ではなく、一人で完結する経路が残っているかで決まる。資産に届く権限と、記録を直せる権限。この二つが同じ人に揃っている経路を数え上げ、そこだけを人で割る。割れなければ、承認を経理の外へ出し、事後モニタリングで発見を早め、システムの権限を絞る。そして残った兼務は、代替統制とセットで一枚の文書にする。人が増えるのを待つ間も、経路は毎日使われている。手を打てるのは配置ではなく、権限と承認の置き場所の方だ。



