政策保有株式の縮減が経営会議の議題に上がると、話はだいたい同じ場所で止まる。「あの取引先は売れない」。営業本部が反対し、社長も歯切れが悪くなり、結論は「引き続き検討」になる。この会議が三年続いている会社は珍しくない。だが、その三年のあいだに前提のほうが動いた。縮減が進まない理由を「取引関係」で説明できる期間は、そう長く残っていない。 そして本当に効くのは、売るかどうかの議論ではなく、売る順番と、売った金を何に使うかを先に決めることだ。
2026年改訂で、「売らせない」は原則そのものになった
改訂前のコードでは、政策保有株主からの売却意向を妨げるなという規律は補充原則1-4①に置かれていた。補充原則もコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではあったが、原則本体に比べれば重みの位置づけが一段下だった。
2026年改訂版では、その補充原則という区分自体が無くなった。改訂の趣旨は、コンプライ・オア・エクスプレインの対象となる原則の内容を概念的・抽象的なものに絞り、具体的な内容や趣旨は新設の解釈指針に移すことにある。コードの序文は、従前の補充原則を再整理し、ガバナンスの中核となる箇所を原則に格上げする、と述べている。旧補充原則1-4①と1-4②は、この整理のなかで解釈指針へ落ちず、原則1-4の本体の(3)(4)になった。抽象化の方向へ整理された改訂で、この二つは中核として原則側に引き上げられた。
実務への影響は、条文の文言より運用の場面に出る。売却意向を伝えられた側は、取引の縮減を示唆して思いとどまらせる、という交渉手段を持てない。持てば、コードの原則に対する説明責任が生じる。つまり、政策保有株式の関係は、片方が動くと止められない構造になっている。
ここから、縮減の議論の順序が変わる。「売るか売らないか」を全銘柄について合議で決める運用は、相手が先に動いた瞬間に無意味になる。決めるべきは、自社が主導権を持てるうちに、どの順で売るかである。
売却順を決めないと、順番は相手が決める
売却順の設計を、資本コスト充足度だけで組むと現場が動かない。「便益が資本コストに見合っていない」という判定は正しいが、その判定だけでは営業本部の反対を越えられないからだ。実務で機能するのは、取引関係への影響と、相手の同意の取りやすさで並べた順序である。
四区分に分ける利点は、会議の議題が変わることだ。「売れない銘柄」の議論に全時間を使う会議から、「今期どこまで進めるか」の議論に変わる。第一区分と第二区分は、多くの会社で保有銘柄数の相当部分を占める。ここを処理するだけで、銘柄数は目に見えて減る。
第四区分をどう扱うかは、資本配分の問題であると同時に取引条件の問題になる。株を持っているから取れている条件があるなら、それは事実として認識し、株を手放した場合に条件がどう動くかを見積もる。見積もった影響額が、保有株式に対する要求利回りを上回るかどうか。ここまで数字にして初めて、営業本部と同じ土俵に立てる(資本コストを「自社の数字」で語れるか|WACCの出し方と経営での使いどころ)。
自社の有価証券報告書が、すでに売却候補を公表している
売却順の第一区分と第二区分を作るのに、新しい調査は要らない。自社の直近の有価証券報告書に、答えの大半が書いてある。
企業内容等の開示に関する内閣府令 第二号様式 記載上の注意(58)dは、有価証券報告書の「株式の保有状況」において、特定投資株式およびみなし保有株式のうち、銘柄別による貸借対照表計上額が提出会社の資本金額の100分の1を超えるものについて、銘柄ごとの開示を求めている。1%を超える銘柄が60に満たない場合に、貸借対照表計上額の大きい順に60銘柄まで埋める。60は上限ではなく下限である。 1%超が八十社あれば、八十社すべてが並ぶ。
開示項目には、保有目的、業務提携等の概要、提出会社の経営方針・経営戦略等や事業の内容・セグメント情報と関連付けた定量的な保有効果、株式数が増加した理由、そして当該株式の発行者による提出会社の株式の保有の有無が含まれる。そして、定量的な保有効果の記載が困難な場合には、その旨と、保有の合理性を検証した方法を記載することが求められる。
ここが実務上の急所になる。定量的な保有効果を書けている銘柄は、実際にはそう多くない。多くの会社の有報には、「定量的な保有効果の記載が困難であるため、保有の合理性を検証した方法を記載する」という趣旨の文言が並んでいる。
書けないと自社で開示した銘柄が、そのまま売却候補の一覧である。 投資家はこの一覧を読んでいる。社内で「まだ検討中」と説明している間も、外には「効果を定量化できない保有」として公表され続けている。
第一区分の相互保有も、同じ表から出る。開示項目に「当該株式の発行者による提出会社の株式の保有の有無」が含まれているからだ。売却順の第一区分と第二区分は、いずれも有価証券報告書一枚から機械的に抽出できる。 社内から足す必要があるのは、直近三期の取引金額と基本契約の有無だけである。取締役会の検証表と、有報の開示文言と、売却順の四区分を同じ一枚に載せると、不整合はすぐに見える(有価証券報告書の作成体制:開示府令対応と社内データ集約の分業設計)。
原則1-4(1)が求める毎年の取締役会での精査も、この表があれば形式で流れなくなる。精査すべきは、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等であり、検証の内容は開示される。検証表と開示文言が同じ根拠から作られていない会社は、二つの文書が別々に育っていく。そのずれは、いずれ株主総会の質疑で突かれる(取締役会に出す財務資料|説明のための資料から、決議を取るための資料へ)。
売却益は、純資産を増やさない
ここを取り違えている経営会議は多い。政策保有株式を売ると、特別利益が立ち、当期純利益が押し上げられる。だから「今期は縮減を進めて利益を確保する」という会話が成立してしまう。
会計上、何が起きているかを確認しておく。その他有価証券は時価評価され、評価差額は税効果を考慮したうえで純資産の部に計上される(全部純資産直入法の場合)。含み益は、売る前から既に純資産に載っている。売却すると、その評価差額金が取り崩され、売却損益が損益計算書に計上される。
つまり、期末時価で評価済みの銘柄を時価で売った場合、純資産の合計はほとんど動かない。動くのは内訳と、資産の中身だけだ。 評価・換算差額等が利益剰余金に振り替わり、貸借対照表の左側で株式が現金に変わる。価値が生まれたわけではない。
この理解が共有されていないと、二つの弊害が出る。第一に、売却益が本業の不振を覆い隠す。営業利益が落ちた期に政策保有株式を売って最終利益を保つ運用は、投資家から見れば透けている。第二に、売却のタイミングが業績の都合で決まるようになる。良い年に売れず、悪い年に売る。縮減の方針とは無関係に、損益の穴埋めとして株が使われる。
縮減の進捗は、売却益ではなく、銘柄数と貸借対照表計上額と、純資産に対する比率で語る。 損益計算書で語り始めた瞬間に、この施策は資本配分から業績調整に滑り落ちる。
使途を先に紐づけると、税効果の側にも効く
売却代金の使途を事前に決めておくべき理由は、説明責任だけではない。技術的な効き目がある。
改訂コーポレートガバナンス・コードの原則4-1は、取締役会が経営戦略や経営計画の策定・公表に当たり、自社の資本コストを踏まえて収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために成長投資や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて説明すべきである、としている。同原則の解釈指針は、機会コスト、すなわちある選択を行った場合に失われる他の選択肢から得られる利益にも言及している。なお解釈指針は、コードの序文によればコンプライ・オア・エクスプレインの対象ではなく、各原則についての実質的な対応を支援する役割を担うものとされる。説明義務は原則の側にあり、道具立てが解釈指針の側にある。 政策保有株式を持ち続ける判断は、その資金で他に何ができたかという機会コストの判断でもある――その道具立てが、コードの側から名指しで示されたということだ。
もう一つ、税効果会計の側にも接点がある。企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」第34項は、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を将来の課税所得の見積額に織り込める条件を、企業の分類ごとに定めている。(分類2)に該当する企業については、資産の売却等に係る意思決定が事業計画や方針等で明確となっており、かつ経済的合理性があり実行可能であること、および売却される資産の含み益等に係る金額が契約等で確定しているか、有価証券については期末の時価等の公正な評価額によっていること、の二つをいずれも満たす場合に織り込めるとされる。(分類3)でも、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)等について同様の条件が置かれている。
要求されているのは、「縮減を進める」という方針表明ではない。明確でなければならないのは売却等に係る意思決定であり、それに加えて経済的合理性と実行可能性が要る。 どの銘柄を、いつまでに。ここまで書けていない縮減方針は、この要件を満たさない可能性が高い。なお(分類1)に該当する企業は、そもそもタックス・プランニングに基づく課税所得の見積額を将来の見積額に織り込む必要がない(第34項(1))。効くのは(分類2)と(分類3)の会社である。縮減を経営会議の口頭合意で止めるか、銘柄と時期まで書いた計画として承認を取るかで、期末の税効果の結論が変わりうる(繰延税金資産の回収可能性|業績が揺れた期に損益が二重に振れる仕組み)。
使途の紐付け方は難しくない。売却代金を、成長投資・株主還元・有利子負債の返済・手元資金の四つに割り、それぞれの比率と判断基準を資本配分方針に書く。決めるのは、売却の前である。売った後に決めると、その時々の業績と社内の力関係で使途が決まり、方針は事後の説明文になる(資本配分の設計図|成長投資・株主還元・現預金のバランスをどう決めるか)。
明日、開くべき資料は決まっている
やることは三つで、いずれも新しい調査を必要としない。
第一に、自社の直近の有価証券報告書の「株式の保有状況」を開き、定量的な保有効果の記載が困難である旨を書いた銘柄を抽出する。これが売却候補の初期リストになる。自社が既に公表している内容なので、社内の合意も取りやすい。
第二に、取締役会の検証表に取引関係の区分列を足す。相互保有の有無は、同じ有価証券報告書の開示項目として既に載っている。社内から足すのは直近三期の取引金額と基本契約の有無だけで、この三列で四区分に並べ替えられる。上位銘柄の議論に入る前に、第一区分と第二区分の処理方針を決める。
第三に、売却代金の使途を資本配分方針に書き、開示する文言まで用意する。成長投資・株主還元・有利子負債の返済・手元資金への配分と、その判断基準。銘柄と時期まで書いた売却計画とセットにしておけば、税効果のタックス・プランニングの議論にもそのまま使える文書になる。
政策保有株式の縮減は、開示対応の宿題として扱うと永遠に終わらない。これは資本配分の意思決定である。 どの資産に会社の資本を置くかという問いに、株式という形で置き続ける理由を毎年説明できるか。それだけの話だ。説明できない銘柄から順に外し、外して得た資金を、説明できる場所に置き直す。



