稼働から三年目の四半期定例で、経理部長が要望一覧を読み上げる。登録された改善要望は62件、そのうち対応済みは5件。 残りの大半には、同じ備考が付いている。「今月は障害対応と問い合わせで工数が埋まっているため、次月以降に検討」。 保守ベンダーには、毎月680万円を払っている。契約書を開くと、業務内容の欄には 「SAPシステムの保守運用業務一式」 とだけ書かれ、月次の作業報告書には対応件数と合計時間が一行ずつ載っている。何に何時間使ったかの内訳はない。改善に使うはずだった時間がどこへ行ったのかも、書かれていない。 ベンダーは嘘をついていない。契約が、改善を後回しにするように組まれているだけである。

POINT
維持と改善を分けて考えるべき理由は、運用の都合より先に、税務の側に書かれている。法人税基本通達7-8-6の2は、法人がその有するソフトウエアにつきプログラムの修正等を行った場合において、当該修正等が、プログラムの機能上の障害の除去、現状の効用の維持等に該当するときはその修正等に要した費用は修繕費に該当し、新たな機能の追加、機能の向上等に該当するときはその修正等に要した費用は資本的支出に該当することに留意する、としている。 同通達の注1は、既に有しているソフトウエア又は購入したパッケージソフトウエア等の仕様を大幅に変更するための費用についても、一定のものを除き資本的支出に該当するとする。税務は、障害を直す費用と機能を足す費用を、はじめから別の性質のものとして扱っている。 契約の側でも、二つは別の型になる。維持は、事務の処理に対して払う準委任(民法第656条)である。 改善は成果に対して払う形になり、仕事の完成を約する請負(第632条)で結べば、完成の義務と契約不適合責任が付く。請負には第559条により売買の第562条以下が準用され、第636条と第637条が、請負固有の責任の制限と、不適合を知った時から一年以内の通知という期間を定めている。 準委任のまま成果に報酬を結びつける形(第648条の2第1項、2020年4月施行の改正で明文化)もあるが、これは完成を約束させる契約ではない。改善をどちらの型で結ぶかを、契約書の別紙に書いておく。 一本の月額は、この区別を一つの請求書に混ぜ、どちらの規律も効かなくしている。

一本の月額では、障害対応が改善を押し出していく

保守運用を一本の月額で契約すると、ベンダーは月ごとに一定の人数を張り付ける。その人数の時間を何に使うかは、緊急度の順で決まる。

障害は緊急である。月次決算の前日にバッチが止まれば、その日のうちに直さなければならない。問い合わせも緊急である。 経理の担当者が伝票を転記できなければ、締めが遅れる。改善は緊急ではない。 帳票に一列足す、承認の経路を一段減らす、手作業の突合を自動化する。どれも今月やらなくても、今月の締めは終わる。

だから一本の月額の中では、改善は常に後回しになる。そして後回しになったものは、月の工数が埋まった時点で翌月に送られる。 翌月も同じことが起きる。ベンダーが改善を嫌っているわけではない。改善をやる時間が、契約上どこにも確保されていないのである。

加えて、一本の月額では、改善に使われなかった時間が見えない。 月の工数が全部障害と問い合わせで埋まったのか、実はそれほど埋まっていなかったのかを、発注者は作業報告書の合計時間からは判別できない。使われなかった改善の時間は、記録に残らないまま消える。 稼働後の運用費が高止まりしている会社で起きていることの一部は、これである(SAP移行後の運用内製化は全部を自前にすることでなく、判断を社内に戻すこと)。

維持と改善は、契約の型から違う

枠を分けるときに先に決めるのは、請求書の枚数より、何に対して払うかである。

維持は、稼働しているシステムを今の姿のまま動かし続ける仕事である。障害の切り分けと復旧、問い合わせへの回答、定例のジョブ監視、マスタ登録の支援、サポートパッケージの適用に伴う確認。いつ何件起きるかを事前に決められない。 したがって払う対象は成果ではなく、待機と対応の時間になる。契約の型は準委任で、月の時間枠と、障害の重要度ごとの応答時間を決める。

改善は、システムの姿を変える仕事である。帳票の追加、承認経路の変更、インタフェースの追加、手作業の自動化。何を作るかを事前に決められる。 したがって払う対象は時間ではなく成果物になる。案件ごとに要件と見積りを出させ、承認し、完成したものを検収して払う。時間で払うと、改善は「どれだけ時間を使ったか」で評価され、「何ができたか」で評価されなくなる。

維持と改善は、払う対象も決め方も違う。一本の月額は、その違いを請求書の中で消す。
時間で買う維持枠
件数の予測しやすさ ●○○
成果物の明確さ ●○○
月々の金額の安定 ●●●
障害の復旧、問い合わせ、ジョブ監視、マスタ登録支援。いつ何件起きるか決められないため、準委任で月の時間枠と応答時間を契約する。 問い合わせやジョブ監視は業務委託費であり、プログラムの修正を伴う障害の除去が修繕費の側に入る。
成果物で買う改善枠
件数の予測しやすさ ●●●
成果物の明確さ ●●●
月々の金額の安定 ●●○
帳票の追加、承認経路の変更、自動化。案件ごとに要件と見積りを取り、承認し、検収して払う。 機能の追加・向上に当たるものは資本的支出の検討対象になる。
別に予算を取る臨時枠
件数の予測しやすさ ●●○
成果物の明確さ ●●○
月々の金額の安定 ●○○
法改正対応、バージョンアップ、大規模なサポートパッケージ適用。規模が年によって大きく振れるため、月の枠に入れると維持も改善も潰す。 年度予算で別に持つ。
維持は時間で買い、改善は成果物で買う。そして法改正やバージョンアップのような大きな波は、どちらにも入れず別枠で持つ。

一本の月額は、税務の区分も失わせる

維持と改善を分けないことの影響は、改善が止まることにとどまらない。経理にとってより直接的なのは、支出の性質を説明できなくなることである。

一本の月額で払っている保守運用費は、中身を分けられないので、全額を費用に落とす処理になりやすい。しかしその月額の中には、帳票の追加やインタフェースの追加のような、新たな機能の追加に当たる作業が混ざっている。 法人税基本通達7-8-6の2に照らせば、その部分は資本的支出に当たりうる。もっとも、一の修理、改良等の費用が20万円に満たないものは修繕費として損金経理ができ(同通達7-8-3)、資本的支出か修繕費か明らかでない金額が60万円に満たないもの等も同様に扱える(同7-8-4)。小さな改修の多くは、この形式基準の範囲に収まる。問題になるのは、一件の改修の単位が請求書と作業報告書から切り出せず、形式基準を当てはめる前提すら作れないことである。

税務調査で保守運用費の内容を問われたとき、一本の月額では、どこまでが障害の除去や現状の効用の維持で、どこからが機能の追加か、そして一件ごとの金額がいくらかを示す資料がない。 示せなければ、区分の説明が難しくなる(税務調査への備えは期中の記録で差がつく、稟議・議事録・契約書の残し方)。

逆に、改善を案件単位で発注していれば、案件ごとの要件書と検収書が、そのまま性質を説明する資料になる。 機能の追加に当たるものは資産計上を検討し、そうでないものは費用に落とす。会計上の資産計上の判断も、改善の中身が案件として特定されていなければ始められない(ソフトウェアとクラウド利用料の会計処理、資産計上できる範囲は契約の切り方次第)。予算の側でも、改善枠は投資予算、維持枠は経費予算として別々に承認できるようになる。

改善枠の未消化を、毎月経営に見せる

枠を分けたら、次は改善枠がどれだけ使われずに残ったかを、毎月見えるようにする。 ここを飛ばすと、分けた意味の大半が消える。

月次の報告に載せるのは三つである。維持枠の消化時間を、障害・問い合わせ・定例作業・その他に分けたもの。 改善枠の、当月に着手予定だった案件と実際に着手した案件の差。そして改善枠の累計の未消化額。 この三つを、経理部長とCFOが見る月次の資料に入れる。

未消化が見えると、二つのことが起きる。一つは、ベンダーに説明責任が生まれることである。 改善枠を使わなかった理由を、月ごとに言葉で説明することになる。もう一つは、発注者の側の問題も見えることである。 改善案件が着手されない理由が、実は業務側の要件が固まっていないことだったと分かる月もある。

維持枠のほうにも読み方がある。維持枠が毎月上限まで使われているなら、工数不足を疑う前に、同じ障害が繰り返し起きていないかを見る。 障害の件数を原因別に並べ、同じ原因が三か月続いたものは、再発防止の改修として改善枠に移す。維持の時間を減らすための改善を、改善枠の最初の案件にする。 そうしなければ、維持が改善を押し出す構造は、枠を分けても形を変えて残る。

改善の優先順位は、業務側が持つ

改善枠を確保しても、何を先にやるかをベンダーが決めているなら、結局は作りやすいものから作られる。 優先順位は、発注者の業務側が持たなければならない。

実務的には、改善要望の一覧を業務側のオーナーが管理し、四半期ごとに、改善枠の予算の範囲で着手する案件を決める。 決める基準は、削減できる作業時間、止められる誤りの種類、決算の日程への影響である。経理のシステムであれば、このオーナーは経理の中にいる必要がある(経理に業務システムのオーナーを置くべき理由と、担う四つの職務)。

ベンダーには、選ばれた案件の見積りと、見積りの前提を出させる。前提が空欄の見積りは、完成後に追加費用の入口になる(SAP導入の見積書と契約書の読み方、追加費用が生まれる前提条件の確認手順)。改善枠の単位を案件にすることで、稼働前の導入契約で使っていた見積りの読み方が、稼働後もそのまま使える。

境界の曖昧な仕事の置き場を、先に決める

枠を分けた会社が一年後に元に戻る原因は、どちらの枠にも入れにくい仕事である。これを先に決めておかないと、曖昧な仕事は全部維持枠に流れ込み、維持枠が膨らんで、改善枠の予算が削られる。

曖昧になりやすいのは四つである。第一に、問い合わせから派生する小さな改修。 帳票の並び順を変える、検索条件を一つ足す。数時間で済むが、機能の変更には違いない。第二に、法改正への対応。 税制や電子帳簿の要件が変わったときの設定変更と改修で、規模が年によって大きく振れる。第三に、サポートパッケージの適用やバージョンアップ。 適用作業そのものは維持だが、それに伴う回帰テストと、新機能の取り込みは性質が違う(SAPの年間保守料に見合う価値が出ない原因、標準機能の更新に追従できない体制)。第四に、マスタ登録や権限付与の代行。 本来は社内の業務だが、稼働直後にベンダーに渡したまま戻っていない。

置き場の決め方は、「既存の機能を、今の業務と今の法令のまま動かし続けるための作業」を維持とし、それ以外を改善とする線を、契約書の別紙に書くことである。そのうえで、小さな改修には時間の上限を置き、一件あたり一定時間以下のものは維持枠で行ってよいが、件数と時間を別に集計する、とする。法改正対応とバージョンアップは臨時枠として年度予算で別に持つ。マスタ登録の代行は、期限を切って社内に戻す。

保守運用契約を組み直すときに、別紙に書いておく八項目
  • 維持の定義を「既存機能を今の業務と法令のまま動かし続けるための作業」と書いたか
  • 維持枠の月の時間上限と、障害の重要度ごとの応答時間を決めたか
  • 維持枠の作業報告を、障害・問い合わせ・定例作業・その他に分けて出させるか
  • 小さな改修を維持枠で行ってよい一件あたりの時間上限と、別集計の方法を決めたか
  • 改善枠の予算を四半期単位で置き、案件ごとの見積り・承認・検収の手順を書いたか
  • 改善枠の未消化を月次で報告させ、翌期への繰越の扱いを決めたか
  • 法改正対応とバージョンアップを臨時枠として年度予算で別に持つか
  • マスタ登録や権限付与の代行を、いつまでに社内へ戻すかを書いたか

決めるのは三つ

第一に、維持と改善を、契約の型から分ける。 維持は、いつ何件起きるか決められない障害や問い合わせへの対応であり、準委任として月の時間枠と応答時間を契約する。改善は、何を作るかを事前に決められる仕事であり、案件ごとに要件と見積りを取り、承認し、検収して払う。 請負(民法第632条)で結べば完成の義務と契約不適合責任が付き、準委任のまま成果に報酬を結びつける形(第648条の2第1項)なら完成までは約束させられない。どちらで結ぶかを別紙に書く。法改正対応やバージョンアップは規模が振れるため、どちらの枠にも入れず、年度予算で臨時枠として別に持つ。

第二に、改善枠の未消化と、維持枠の中身を毎月経営に見せる。 維持枠は障害・問い合わせ・定例作業・その他に分けて報告させ、改善枠は着手予定と実際の差、累計の未消化額を載せる。維持枠が毎月上限まで使われているなら、同じ障害の再発を疑い、原因が三か月続いたものは再発防止の改修として改善枠の最初の案件にする。 優先順位は、経理の中にいる業務側のオーナーが四半期ごとに決め、ベンダーには見積りの前提まで出させる。

第三に、支出の性質を説明できる形で発注する。 法人税基本通達7-8-6の2は、ソフトウエアの修正等のうち機能上の障害の除去や現状の効用の維持等に当たるものを修繕費、新たな機能の追加や機能の向上等に当たるものを資本的支出としている。20万円未満や60万円未満の形式基準も、一件の単位が切り出せて初めて当てはめられる。一本の月額では、その前提となる資料が請求書の段階で失われる。 改善を案件単位で発注すれば、要件書と検収書がそのまま性質を説明する資料になり、資産計上の判断も、投資予算と経費予算の分離もできる。境界の曖昧な仕事の置き場は契約書の別紙に書き、小さな改修の時間上限、法改正対応の扱い、マスタ登録代行の返還期限を先に決めておく。

設例

売上高1,100億円の化学品商社。S/4HANAの稼働から三年目で、保守運用は導入を担当したベンダーと月額680万円の一括契約を結んでいた。契約書の業務内容は「保守運用業務一式」、作業報告書は月の対応件数と合計時間だけで、合計は毎月ほぼ450時間前後だった。 経理部が登録した改善要望は二年間で62件、対応済みは5件である。CFOが最初に求めたのは、過去六か月分の作業報告の内訳だった。 ベンダーが作業ログから集計し直した結果、月平均450時間の内訳は、障害対応が約120時間、問い合わせ対応が約150時間、定例のジョブ監視とマスタ登録支援が約110時間、改善に当たる作業が約70時間だった。改善の70時間のうち、経理の要望一覧にある案件に使われていたのは約20時間で、残りは営業部門や物流部門から個別に頼まれた帳票の改修だった。 障害対応の120時間のうち約半分は、同じ三つの原因による障害の繰り返しだった。翌年度の契約で、枠を三つに分けている。 維持枠は月320時間の準委任とし、障害の重要度を三段階に分けて応答時間を定めた。報告は障害・問い合わせ・定例作業・その他の四分類で出させる。一件8時間以下の小さな改修は維持枠で行ってよいが、件数と時間を別に集計することを別紙に書いた。 改善枠は四半期あたり600万円の予算とし、案件ごとに要件と見積りを取って承認する形にした。優先順位は経理部の業務システムオーナーが四半期ごとに決め、他部門の要望も同じ一覧に載せて同じ基準で並べる。インボイス制度対応の追加改修とサポートパッケージの適用は、臨時枠として年度予算で別に持った。 改善枠の最初の案件に選んだのは、繰り返していた三つの障害の再発防止である。移行前の実績が月約380時間だった維持の業務を320時間の枠に収めるため、再発防止の改修が効くまでの最初の三か月は、超過分の月60時間前後を改善枠の予算から時間単価で精算することを契約に書いた。 三か月後、障害対応の時間は月約120時間から約50時間に減り、維持枠の中に収まっている。一年目に改善枠で完了した案件は17件で、うち9件が経理の要望一覧からだった。経理部はこの17件のうち、新たな帳票と外部インタフェースの追加に当たる6件について、要件書と検収書をもとに資産計上の要否を検討し、4件を資産に計上している。 臨時枠を除いた契約総額は、前年とほぼ同じである。変わったのは、同じ金額で何を買っているかが、請求書の上で分かるようになったことだった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ

保守運用の月額を一本のままにすると、改善の時間は契約上どこにも確保されない。次の更新交渉では、維持を準委任の時間枠と応答時間で、改善を案件ごとの見積りと検収で買う形に分け、法改正対応とバージョンアップは年度予算の臨時枠に移す。どちらの枠にも入れにくい仕事の置き場は別紙に書く。

改善枠の未消化額と維持枠の消化時間を、経理部長とCFOが見る月次資料に載せれば、改善が止まっている理由を月ごとに説明させられる。案件ごとの要件書と検収書は、修繕費か資本的支出かを説明する資料にもなる。

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