SAPが動き出して一年。運用保守費は下がるどころか、消費税率の端数処理を一つ直すだけで数十万円の見積もりが返ってくる。改修を頼むたびに業務要件を一から説明し直し、テスト仕様まで相手任せ。稼働後の運用費が固定費のように居座り、小さな変更すら外注の列に並ぶ――多くの会社が移行の翌年に直面する景色だ。ここで「じゃあ内製化しよう」と全部を自前に引き取ると、今度は動かないシステムを抱えて別の地獄が始まる。丸投げの逆は、全部内製することではない。 運用費が高止まりする真因は作業の量でなく、業務を技術に翻訳する仕事を毎回ベンダーに渡していることにある。

POINT
運用費の高止まりは工数でなく「翻訳コスト」から生まれる。業務の意図を技術要件に翻訳する仕事を毎回ベンダーに委ねるから、端数処理一つでも要件定義・見積・テストの往復が発生する。内製化とは全部を自前にすることでなく、意思決定と一次切り分けを社内に、手を動かす実装を社外に置く線引きだ。この線さえ引ければ、外注は「本当に外でしかできない仕事」だけに縮む。

なぜ運用費は高止まりするのか

原因を「ベンダーが高い」に求めると、相見積もりの話になって終わる。だが本丸はそこではない。小さな変更に大きな金額がつくのは、その変更の意味を毎回ゼロから外部に説明しているからだ。「この費用は当月に寄せたい」「この帳票にこの列を足したい」――業務側の意図を、ベンダーが技術の言葉(どのテーブル、どの設定、どのアドオンに触るか)へ翻訳し、影響範囲を調べ、見積もり、テスト仕様を起こす。この翻訳と調査こそが工数の大半で、実際に手を動かす時間はその一部でしかない。

つまり高止まりの正体は、業務と技術のあいだの翻訳を、丸ごと社外に置いていることだ。翻訳を外に出す限り、変更が小さくても往復のコストは縮まない。ここを社内に取り戻さない内製化は、たいてい「詳しい人を一人採る」で止まり、その人が辞めた瞬間に元へ戻る。

内製で押さえるのは「手」でなく「判断と切り分け」

運用の仕事を、性質でいったん三つに割る。この三層のうち、社内が握るべきは上の二つで、いちばん下は外に残してよい。

運用を三層に割り、上二層を社内に取り戻す
  • 意思決定:どの変更を、いつ、なぜやるか。業務影響と優先度、他の締め作業との兼ね合いを判断する。事業を知らないと決められないので、外には出せない
  • 一次切り分け:不具合や問合せを受けたとき、原因が業務運用か・標準設定か・アドオンかを最初に見立てる。ログとカスタマイズの当たりをつける。ここを社内が持てるかで、外注に流す量が桁で変わる
  • 実装:ABAP改修やインフラ作業など、専門性が高く発生頻度の低い作業。これは外に残してよい。無理に抱えると遊休スキルを内部で維持することになり、かえって高くつく

多くの会社が「実装=手を動かす部分」を内製化のゴールに置いて挫折する。逆だ。頻度が低く専門性の高い実装こそ外注が合理的で、頻度が高く業務知識が要る一次切り分けと意思決定こそ、内に置く価値がある。

内製化は「一気に」でなく「順番に」寄せる

では何から手をつけるか。全社一斉に内製化を宣言しても、知識も体制も追いつかない。順序で寄せる。

頻度が高く業務知識が要るものから内へ、専門性の高いものは外へ残す
STEP 1
設定の棚卸し
現行のカスタマイズと運用手順を台帳化。何が標準設定で何がアドオンかを社内で把握する出発点
STEP 2
一次切り分けの内製化
障害・問合せをまず社内で受け、業務/設定/アドオンのどれかを判定する一次窓口を作る
STEP 3
標準設定変更の内製化
IMGレベルの設定(勘定・税・出力様式など)は社内で回せるようキーユーザーに教育投資する
STEP 4
アドオン改修だけ外へ
頻度が低く専門性の高いABAP・インフラは外注に残す。ただし要件定義と受入テストは社内が握る
土台線引きの基準は「業務を知らないと決められないか」。決められないものは内、決めた後の手作業で専門性が高いものは外。この一本で三層すべてが仕分けできる。
内製化の本丸は手を動かすことでなく、判断と一次切り分けを取り戻すこと。翻訳を社内でやれば、外注は実装だけに縮み、費用は往復でなく作業に対して払う形になる。

順序の要点は、二段目の「一次切り分け」を早く立てることだ。ここが社内にあると、外注へ渡すときの依頼が「調べてほしい」から「ここを直してほしい」に変わる。調査を含む丸投げと、原因を特定した上での実装依頼では、見積もりの前提がまるで違う。どこまで標準に寄せ、どこからアドオンかの線引きは移行時に決まっているはずで、その判断が運用の切り分け精度に直結する(SAPアドオン(追加開発)をどこまで作るか|Fit-to-Standardの判断基準)。

属人依存に振り替えない

内製化の落とし穴は、ベンダー依存を「社内の特定一人への依存」に付け替えて終わることだ。それでは依存先が変わっただけで、その人が抜ければ同じ場所に戻る。防ぐには、設定台帳と変更履歴を検索できる場所に正本一つで持ち、キーユーザーを最低二人に複線化しておく。移行を延命でなく経営管理の高度化に変える設計を描いていたなら(S/4HANA移行を「経営管理高度化」の機会に変える)、その果実を守り続ける局面が、まさにこの運用フェーズにあたる。標準帳票をExcelに落として終わらせないための一手とも地続きだ(SAP移行後にデータを活かしきれない理由と、活用に踏み出す最初の一手)。

運用費が下がらないのは、ベンダーが高いからでも社内が非力だからでもない。業務と技術のあいだの翻訳を、丸ごと外に置いているからだ。その翻訳を内に戻す――内製化とは、突き詰めればこの一点である。

まとめ
SAP運用費の高止まりは、作業の量でなく「翻訳コスト」から生まれる。業務の意図を技術要件に翻訳する仕事を毎回ベンダーに渡すから、小さな変更にも要件定義・見積・テストの往復がつく。内製化とは全部を自前にすることでなく、運用を〈意思決定/一次切り分け/実装〉の三層に割り、上二層を社内に、実装を社外に置く線引きだ。線は「業務を知らないと決められないか」で引く。進め方は一気でなく、設定の棚卸し→一次切り分けの内製化→標準設定変更の内製化→アドオン改修は外、の順で寄せる。二段目の一次切り分けを早く立てるほど、外注依頼が「調べて」から「直して」に変わり見積もりが締まる。最後に、ベンダー依存を社内一人への属人依存に付け替えないよう、台帳の正本化とキーユーザーの複線化を敷く。

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