数億円をかけてSAPを入れた。データは一つの基盤に集まった。なのに経営会議に出てくるのは、相変わらず経理がSAPからCSVを落とし、Excelで組み直した表だ。リアルタイムに事業別損益が見えるはずのシステムが、結局は「高価な仕訳の箱」として使われている。この宝の持ち腐れを、担当者の意識が低いからだと片付けるのは間違いだ。活用が進まないのには、はっきりした構造的な理由がある。そして構造の問題は、気合いでは越えられない。活用への一歩は、全社ダッシュボードを構想することでなく、経営が毎月困っている一つの問いに、SAP上で答えてみることから始まる。
「宝の持ち腐れ」は三つの壁からできている
まず、なぜExcelに逆戻りするのかを分解する。原因は一つでなく、三層に重なっている。
第一に、標準帳票が「意思決定に使える形」で出てこない。SAPの標準帳票は網羅的だが、経営が見たい切り口(この事業の、この製品の、締めを待たない今の損益)にそのまま合うことは少ない。だから加工が要る。第二に、データの意味が整っていない。科目がバラバラ、補助軸が設計されていなければ、SAPの中に数字はあっても「意味のある単位」で取り出せない。これは移行時のCOA設計や補助軸の持たせ方に直結する(SAP移行を機にする勘定科目体系(COA)の再設計)。第三に、Excel文化が残る。長年Excelで作ってきた表があり、その形でないと経営が落ち着かない。だからSAPで出せるものまで、わざわざExcelに落として作り直す。
全社ダッシュボードから入ると、なぜ頓挫するのか
活用を志した会社が最初にやりがちなのが、「全社の経営ダッシュボードを作ろう」という号令だ。これがほぼ必ず頓挫する。理由は単純で、全社を対象にした瞬間、あらゆる部門のあらゆる指標を拾おうとして、要件が発散するからだ。関係者が増え、合意が取れず、数字の定義でもめ、半年経っても何も表示されない。
活用は、面でなく点から始めるのが正しい。全社でなく一つの問いに絞る。それも、経営が毎月手作業で答えを出している、痛みの大きい問いを選ぶ。たとえば「今月、どの事業がいくら稼いだか」を締めから3営業日で見たい、というただ一点。この一点をSAP上で完結させることに集中すれば、必要な科目と補助軸、必要な帳票、締めの段取りが、具体的な要件として立ち上がる。抽象的な「活用」が、解くべき一問に変わる。
最初の一手は「毎月の手作業」を一つ潰すこと
では具体的に何から着手するか。手っ取り早いのは、経理が毎月Excelで作っている表を一つ選び、それをSAP上で出しきることだ。その表を作るために毎月やっている加工――科目の読み替え、部門の集計、前年との突合――を洗い出すと、そのまま「SAPで足りていないもの」のリストになる。読み替えが要るなら科目か軸の問題、突合が要るなら締めの設計の問題。手作業の一つひとつが、活用を阻んでいる構造を指し示す。
一つ潰しきると、二つの成果が残る。動くアウトプットと、成功の型だ。この型を隣の問い(製品別の採算、地域別の損益、着地見込み)へ横展開していけば、活用は自然に面へ広がる。どんなKPIを画面に載せるかの設計そのものにも作法がある(管理会計KPIの設計:測ると行動が変わる指標、変えない指標の見分け方)。そして製品・顧客別の本当の儲けをSAPで切り出す仕組みは、収益性分析の設計で深掘りした(CO-PA(収益性分析)で「どの製品・顧客が儲かっているか」を出す)。
活用が進まないのは、システムの能力不足ではない。入れた能力を、意味の整った数字と、絞った問いで引き出せていないだけだ。移行を延命でなく経営管理の高度化に変える設計を描いていたなら(S/4HANA移行を「経営管理高度化」の機会に変える)、その果実を回収する局面が、まさにこの活用フェーズにあたる。



