契約更改の案内が届き、見積の金額を見て社内がざわつく。情シスは「利用者は増えていないはずだ」と言い、経理は「去年より高い理由を説明してほしい」と言い、購買は値引きの交渉に入る。そして交渉のテーブルに、自社が何をどれだけ使っているのかを説明できる資料が一枚も出てこない。ライセンスの整理は価格交渉から始めるものではなく、誰がどの権限を持ち、そのうち何が実際に使われているかを数えるところから始まる。 数えずに交渉へ入ると、相手が出した前提をそのまま受け入れて値引き幅だけを争うことになる。値引きは一度きりだが、前提のズレは毎年効き続ける。

POINT
ライセンスのズレは四つの型で現れる。第一に、退職者や異動者の権限が残っている「使っていない」型。第二に、年に数回しか使わない人に広い権限が当たっている「重すぎる」型。第三に、暫定で借りた権限が常態化している「軽すぎる」型で、これは金額でなくコンプライアンスの問題として出る。第四に、そもそも人が操作していない型。外部システムからの連携によってSAPの中に文書が作られる経路は、人のライセンスとは別の考え方で契約に入っていることがある。デジタルアクセスと呼ばれる論点はここに位置する。対象となる文書の種類も数え方も既存契約からの扱いも契約書と締結時期で条件が異なるため、一般論で語らず自社の契約書で確認する。棚卸しの手順は決まっている。権限ロールの一覧を出し、利用ログと突き合わせ、人事マスタで在籍と所属を照合し、インターフェース一覧を実物から作り直し、最後に契約書の条項と突き合わせる。五工程を終えてから交渉に入る。

ライセンスの過不足は、名簿でなく利用ログでしか分からない

棚卸しをやろうとすると、最初に出てくるのは人事の在籍名簿と情シスが管理するユーザー一覧である。突き合わせれば、退職者のIDが残っているといった分かりやすい漏れは見つかる。しかしそこで終わると、金額に効く部分には届かない。

理由は、名簿が「持っているかどうか」しか写さないからだ。ライセンスの種別は、その人がどの操作までできるかで段階が分かれている。段階の呼称と定義は契約と時期によって変わるので、ここでは呼称を追わない。重要なのは、広い権限を持つ人の大半が実際には狭い操作しかしていない、という事実のほうだ。

これを見るには利用ログを取るしかない。誰がいつどのトランザクションを実行したかの記録を、少なくとも一年分。月次でしか動かない人と、期末や年次にしか動かない人を取りこぼさないためだ。三か月のログで「使っていない」と判定して権限を落とすと、決算期に業務が止まる。棚卸しの精度は、ログの期間で決まる。

ズレは四つの型で出る

ログと権限を突き合わせると、ズレは次の四つに分類できる。分類しておくと、対処の担当も期限も分かれる。

現れ方見つけ方対処
使っていない退職者・異動者・PJ要員の権限が残る人事マスタとユーザー一覧の照合削除。人事異動と連動する手続きを作る
重すぎる年数回しか使わない人に広い権限が当たる1年分の利用ログと権限範囲の突合種別の見直しと業務の代替手段
軽すぎる暫定で借りた権限や共有IDの操作が常態化ログ上の操作と割当権限の不一致是正。統制の問題として扱う
人が操作していない外部連携でSAP内に文書が作られるインターフェース一覧とジョブ実行記録契約書の該当条項と突き合わせる

三つ目の「軽すぎる」型を、金額の話に混ぜないことが大事だ。本来必要な権限を持たない人が共有IDや他人のIDで操作している状態は、ライセンスの適正化以前に職務分掌の問題である。棚卸しでこれが出てきたら、コスト削減の議題から切り離す。混ぜると、費用を下げる提案と統制を強める提案が同じ表の中で衝突し、どちらも進まなくなる(SAPの権限設計とSoD(職務分掌)|内部統制を仕組みで担保する)。

一つ目の「使っていない」型は、見つけるのは簡単だが再発を止めるのが難しい。人が辞めたときにIDを消す手続きはたいていあるが、異動したときに前の部署の権限を落とす手続きは無い会社が多い。一度きれいにしても翌年の異動で元に戻る。人事の異動情報とつなぐところまでやらないと、毎年同じ作業を繰り返す(SAPのマスタデータを稼働後に劣化させない|登録権限とオーナーシップの決め方)。

人が操作していない経路の課金は、インターフェース一覧から辿る

四つ目の型が最も見落とされる。人のライセンスはユーザー一覧という形で必ず存在するが、外部システムからの連携は一覧を見ても姿が見えない。

稼働から年数の経った環境では、人が画面から入力する文書より、他システムから流れ込んで作られる文書のほうが多いことは珍しくない。販売管理からの受注、経費精算からの仕訳、購買サイトからの発注、給与システムからの人件費、EDIで届く出荷指図。どれも連携用のIDで動いており、そのIDは一つか二つしかない。人数で数えると小さく見える。

一方で契約の側には、人が直接操作しない経路でSAPの中に文書が作られる利用をどう数えるかという、別の考え方が置かれていることがある。デジタルアクセスという言葉はこの領域を指す。ただし対象となる文書の種類も、数え方も、既存の契約からどう扱われるかも、契約の内容と締結の時期によって条件が変わる。ここを一般論の記事や社内の伝聞で判断するのが最も危ない。自社の契約書の該当条項を実物で開いて確認する。 以下の工程も、その確認を前提に組む。

二つの経路は、棚卸しの原資料がまったく違う。
人が操作する経路ユーザーライセンス
可視性
棚卸しの手間
見落としの危険
原資料はユーザー一覧・権限ロール・利用ログ。存在することは誰でも分かるので、議論は種別が適正かどうかに集中する。
人が操作しない経路外部システム連携
可視性
棚卸しの手間
見落としの危険
原資料はインターフェース一覧とジョブ実行記録。連携用IDは一つか二つで、人数で数えると小さく見える。設計書が最新でなければ実物から作り直すしかない。
人の経路はユーザー一覧から辿れるが、人でない経路はインターフェース一覧を作り直さないと存在すら見えない。

インターフェース一覧は導入時に必ず作られている成果物だが、稼働後の追加分が反映されていない。数年経った環境では当初の一覧に無い連携が動いており、しかも作った担当が既にいない。だから棚卸しでは設計書を信じず、稼働中のジョブと受信ファイルを実行記録から拾い、一本ずつ「何が、どこから、どれだけ、何の文書を作っているか」を埋め直す(SAPとサブシステムの連携設計|販売・購買・経費・給与でデータが合わなくなる境目)。

この作業には副産物もある。使われていない連携、二重に取り込んでいる経路、誰も見ていないのに毎晩転送し続けているデータが同時に見つかる。この一覧はそのまま、IT費用を事業別に配賦する基礎資料にもなる(IT費用・クラウド費用の管理会計|情シス予算を事業別の採算に返す)。

棚卸しはこの順で回す

工程は五つで、順番に意味がある。前の工程の出力が次の入力になるからだ。

ライセンスの棚卸しは、この五工程を更改の半年前から回す。
STEP 1
権限とユーザーの一覧を出す
IDごとの権限ロールと契約上の種別を一枚の表にする。まず現状をそのまま写す
STEP 2
1年分の利用ログと突き合わせる
誰がいつ何を実行したかを見る。3か月では期末と年次にしか動かない人を取りこぼす
STEP 3
人事マスタで在籍と所属を照合する
退職者、異動者、休職者、一時的に付与した要員を洗う。異動は退職より漏れやすい
STEP 4
インターフェース一覧を作り直す
設計書でなく稼働中のジョブと実行記録から、何がどこからどれだけ文書を作っているかを埋める
STEP 5
契約書の条項と突き合わせる
4つの表を自社の契約書の定義に当てて過不足を判定する。伝聞や他社事例で判断しない
土台土台=利用ログを常時取っていること。更改の直前に思い立っても1年分は貯まらない。前回の更改が終わった直後から取り始める。
五工程を終えて初めて、交渉のテーブルに自社の数字を持ち込める。

五工程目を最後に置くのは、契約書を先に読むと、その区分に合わせて現状を歪めて数えてしまうからだ。先に使われ方を素直に写し取り、その後で契約の定義に当てる。この順番なら、定義と実態が合っていない箇所がはっきり残る。そこが交渉で持ち出す論点になる。工程全体はログが取れている前提で三か月前後。取れていなければ取得開始から数えるので、半年前という目安は「ログがある会社」の下限だと考えたほうがよい。

導入時のどの判断が、数年後の課金として跳ね返るか

課金は更改のタイミングで初めて話題になるが、金額を決めている条件の多くは導入時に決まっている。

導入時の判断数年後に効いてくること表に出てくる時期
権限ロールを職種でなく個人単位で作った異動のたびに権限が増え、棚卸しが毎年重くなる二年目以降、毎年
連携を都度の個別開発で追加していった一覧が実態と乖離し、棚卸しが作り直しになる三年目以降
参照だけの利用者にも入力権限を付与した見直しの余地が大きいのに誰も気づかない更改のたび
連携の追加時に経路の記録を残さなかった何がどれだけ文書を作るかを実物から数え直す更改の直前
利用ログの保存期間を短く設定した根拠が作れず、相手の前提をそのまま受け入れる更改の直前

最後の行は地味だが効く。ログの保存期間は稼働直後に容量の観点だけで決められがちで、短く設定していると更改の半年前に始めても一年分が手元に無い。この一行が数年後の交渉力を左右する。権限ロールも同じ構造で、職種や業務単位で設計しておけば異動は付け替えで済むが、個人単位で積み上げると権限は増える方向にしか動かない。

更改の前に確定させておく項目を、まとめて置く。

契約更改の前に、社内で確定させておくこと
  • ① ユーザーIDごとの権限ロールと契約上の種別の一覧(現状をそのまま写す)
  • ② 直近1年分の利用ログに基づく、IDごとの実際の操作範囲
  • ③ 人事マスタと照合した、削除・変更が必要なIDの本数
  • ④ 実物から作り直したインターフェース一覧(何が・どこから・どの頻度で・何の文書を作るか)
  • ⑤ 使われていないことが確認できた連携の本数と、停止の可否
  • ⑥ 自社の契約書の該当条項の写し(伝聞・他社事例で代用しない)
  • ⑦ 次回に向けた、ログ保存期間と権限付与手続きの是正案

七番目を入れているのは、棚卸しを一回きりにしないためだ。見つかるズレの多くは手続きが無いことに由来しており、直さなければ次の更改でまた最初からやることになる。運用に落とすところまでが完了条件だ。

現場では
ある卸売業では、更改の見積が前年より大きく増えていた。情シスの認識では利用者は横ばいで、増額の理由が分からない。担当者がまず着手したのは、価格の交渉ではなく利用ログの取得だった。ログの保存期間が三か月に設定されていたため、その場では一年分が出せない。まず設定を変えて取得を始め、並行してユーザー一覧と人事マスタの照合を進めた。ここで、統合した子会社から引き継いだ担当者のIDが、異動後も旧部署の権限を持ったまま残っていることが分かった。次にインターフェース一覧を実物から作り直した。設計書には十二本しか記載がなかったが、稼働中のジョブを追うと二十本以上が動いており、うち三本は連携先が既に廃止されていて、誰も受け取っていないファイルを毎晩出力し続けていた。この会社が交渉のテーブルに持ち込んだのは値引きの要求ではなく、自社の利用実態を書いた四枚の表だった。

交渉の前に、自社の使われ方を数え切る

ライセンスと連携の課金は、相手が出した前提の上でしか議論できないと思われがちだ。しかし前提を作っているのは自社の使われ方であり、それを数えられるのは自社しかいない。順番は動かない。まず利用ログを取り始める。次に権限ロールと利用実態を突き合わせ、人事マスタで在籍と所属を照合し、インターフェース一覧を実物から作り直す。最後に契約書の条項に当てて過不足を判定する。ここまで終えていれば、交渉は値引き幅の争いでなく実態に基づく整理の議論になる。そして棚卸しの重さは、導入時の権限設計と連携の作り方で決まっている。稼働後にじわじわ効いてくる費目は、どれも同じ場所に根がある(SAPの年間保守料に見合う価値を出す|標準機能の更新に追従する会社としない会社SAP以外のERPという選択肢|自社の規模でSAPが過剰になる分岐点)。作り切る順番は、ログの取得設定を変える一手から始まる。

まとめ
契約更改の見積が届いてから慌てるのは、自社の使われ方を数えていないからだ。ライセンスの過不足は人事の名簿では出ない。名簿は権限を持っているかどうかしか写さず、金額に効くのは広い権限を持つ人が実際には狭い操作しかしていないという事実のほうだからだ。これを見るには利用ログを一年分取るしかない。三か月では期末・年次にしか動かない人を取りこぼし、その状態で権限を落とすと決算期に業務が止まる。ズレは四つの型で現れる。退職者・異動者の権限が残る「使っていない」型、年数回しか使わない人に広い権限が当たる「重すぎる」型、暫定で借りた権限や共有IDの操作が常態化した「軽すぎる」型、そして人が操作していない型。三つ目は金額でなく職務分掌の問題として切り離す。四つ目は外部システムからの連携によってSAP内に文書が作られる経路で、デジタルアクセスと呼ばれる論点がここに位置する。対象となる文書の種類も数え方も既存契約からの扱いも契約の内容と締結時期で条件が変わるため、一般論や社内の伝聞でなく自社の契約書の該当条項を実物で確認する。連携経路はユーザー一覧に姿が見えないため、インターフェース一覧を設計書でなく稼働中のジョブと実行記録から作り直す。棚卸しは、権限とユーザーの一覧を出す、利用ログと突き合わせる、人事マスタで在籍と所属を照合する、インターフェース一覧を作り直す、契約書の条項と突き合わせるの五工程で回す。契約書を最後に置くのは、先に読むとその区分に合わせて現状を歪めて数えてしまうためだ。棚卸しの重さは導入時の判断で決まっており、個人単位で作った権限ロール、都度の個別開発で積み上げた連携、そして短く設定したログの保存期間が、数年後の交渉力を左右する。

関連記事