4月1日にS/4HANAが稼働した。導入ベンダーとの契約では、ハイパーケアは6月30日まで。 問い合わせは稼働初週の週230件から、6月の第3週には週21件まで減っている。ベンダーのプロジェクトマネージャーは、定例会で予定どおりの終了を提案する。グラフだけを見れば、反論の余地はない。 だが経理課長が気にしているのは、21件の中身ではない。まだ一度も起きていない処理のほうである。 6月分の締めは7月の第1週に始まり、それは第1四半期の締めでもある。四半期の引当金の見積り、税効果の計算、子会社からの連結パッケージの回収、セグメント別の集計。どれも、3か月のハイパーケアの中で一度も新しいシステムを通っていない。
問い合わせ件数が減る理由は三つ混ざっている
ハイパーケアの終了判定に、問い合わせ件数の推移を使う会社は多い。件数は毎週取れて、減っていく形がはっきり見えるからである。 だが件数が減る理由は一つではない。
一つ目は、利用者が日次の処理に慣れたこと。受注、出荷、請求書の入力、支払の準備。 毎日繰り返す処理は、3週間もすれば手が覚える。これは実態を伴った安定である。
二つ目は、回避策が定着したこと。標準の帳票で必要な列が出ないので、明細をダウンロードしてExcelで組み替える。 自動仕訳の勘定が想定と違うので、月末にまとめて振り替える。一度やり方が決まると、利用者はもう問い合わせない。件数は減るが、問題は消えていない。 手作業の工程が一つ増え、それを知っているのは担当者だけになる(SAPから出したExcelが正本になっていないか、加工した集計表をどこまで許すか)。
三つ目は、まだ来ていない処理があること。月に一度、四半期に一度、年に一度しか動かない処理は、その時期が来るまで問い合わせを生まない。 件数が少ないのは、試されていないからである。
3月決算の会社が4月1日に稼働し、ハイパーケアを3か月とした場合、どの処理が支援の中に入るかを並べるとこうなる。
| 処理の周期 | 新システムで最初に通る時期 | 3か月(6月末まで)の支援に入るか |
|---|---|---|
| 日次(受注・出荷・請求書・支払準備) | 4月第1週 | 入る |
| 月次(減価償却、外貨建債権債務の評価、配賦、未払計上) | 4月分を5月上旬、5月分を6月上旬 | 2回だけ入る |
| 四半期(引当金、税効果、連結、セグメント、四半期決算短信) | 6月分を7月上旬、短信は8月中旬まで | 入らない |
| 半期(半期報告書と期中レビュー) | 9月分を10月から11月 | 入らない |
| 年次(年度の繰越、固定資産の年度更新、決算整理、税務申告) | 翌年4月から6月 | 入らない |
| 年1回の法定業務(償却資産申告、法定調書) | 翌年1月 | 入らない |
3か月の支援で通るのは、月次締めの2回だけである。 しかも、その2回はプロジェクトの要員が横にいる状態で通っている。自社の要員だけで締めたことは、一度もない。
終了の条件は、自社の要員だけで締めを通せたかで置く
では何を満たせば終えてよいか。問うべきは「問題が減ったか」ではなく、「支援がなくても締まるか」である。 条件は四つに分けて置く。
一つ目は、自社の要員だけで、月次締めを2回続けて、計画した営業日で通したこと。 ベンダーへの問い合わせも代行もなしに、である。夜間のジョブが止まったときに、原因を切り分けて再実行の判断をしたのが誰かも確かめる(決算の夜間バッチが失敗した朝の対応手順、SAPのジョブ運用を経理が把握する)。確かめ方は、締めの期間中にベンダーが計上した工数を、チケットと作業報告から拾うことである。 利用部門の感覚で「もう大丈夫」と言うのとは違う数字が出る。
二つ目は、初回の四半期締めを通し、四半期決算短信の数字を出したこと。 ここはベンダーが横にいてもよい。条件は、四半期にしか動かない処理の手順書を自社で書き、次の四半期に同じ手順で締められる状態にしたことである。
三つ目は、未解決の課題と回避策の残り方。 件数ではなく、中身で見る。締めと開示の数字に効く課題が残っていないこと。回避策で動かしている処理は、一覧になっていて、手順が文書化され、担当者と恒久対応の期限が付いていること。そして、回避策の数が週を追って減っていること。 増えているなら、利用者がシステムを避け始めている兆しである(SAP稼働後の定着を左右するのは操作研修ではなく、例外時の判断手順である)。
四つ目は、年次の処理のリハーサル。 年度の繰越、固定資産の年度更新、消費税の年次の集計は、検証環境に本番の写しを置いて、期末の前に一度流す。これはハイパーケアの中では終わらないので、終了の条件は「リハーサルの日程と担当と支援の枠が決まっていること」とする。
残した回避策は、期末日の統制の一部になる
三つ目の関門は、軽く扱われやすい。回避策は「そのうち直すもの」として、課題管理表の下のほうに積まれる。 だが会計の側から見ると、回避策は一時しのぎではない。システムが自動でやるはずだった処理を、人が代わりにやっているのだから、それは手作業の統制である。
内部統制報告書は期末日時点の有効性を評価する。6月に作った回避策が翌年3月まで残るなら、それは期末日に運用されている統制として、整備と運用を示せる形になっていなければならない。 手順書がない、担当者が一人しか知らない、実施した証跡が残らない。ハイパーケアの終了時点でこの状態の回避策は、そのまま年度末の不備の候補になる。
だから終了判定の前に、回避策の一覧を三つに分ける。稼働後の改修で消すもの、手作業の統制として正式に定めて残すもの、業務そのものを変えて不要にするもの。 二つ目に入れたものは、内部統制の評価の担当に渡し、評価の範囲に入れるかを判断してもらう。手入力の仕訳で処理しているものは、経路と承認を絞る設計と合わせて扱う(SAPの手入力仕訳は件数でなく、アップロードと直接起票の経路を絞って統制する)。
変更依頼を、問い合わせと同じ列に並べない
関門の達成状況を週次で追うとき、問い合わせの窓口が一本だと、中身の違うものが同じ件数に数えられる。NTTデータ グローバルソリューションズの解説は、導入後の対応を、業務プロセスに関する質問、システムの操作方法についての質問、システムの変更依頼の三つに分け、それぞれに担当者を置くことを挙げている(NTTデータ グローバルソリューションズ「ERP導入の成功に必要なプロセスとは?」)。
ハイパーケアの出口に最も効くのは、変更依頼の列である。操作の質問は慣れれば減るが、変更依頼は受けたまま保留にすると、利用者がその間の回避策を自分で作る。保留中の変更依頼の一覧は、そのまま回避策の候補の一覧になる。週次の定例では、問い合わせ件数の推移より、保留中の変更依頼の件数と、受けてからの経過日数を見る。
ベンダー契約を、期間ではなく関門に合わせる
終了の条件を関門で置くと、次に困るのは契約である。導入契約のハイパーケアは、たいてい稼働後の期間と要員の人数で書かれている。 関門を通せなければ延長になるが、延長の単価も上限も定めていないと、交渉はベンダーの提示から始まる。
契約で合意しておくことは三つある。
第一に、延長の条件と単価と上限。 関門を満たさない場合に、どの要員を何か月まで、いくらで延ばせるかを、稼働の前に決めておく。延長が要らなければ使わないだけである。
第二に、年度末の支援を別枠で確保すること。 年次の処理は稼働から一年後にしか来ない。ハイパーケアの延長で待機してもらうのは高くつくので、翌年4月から5月にかけての時間単位の支援枠を、単価付きで別に押さえる。
第三に、ハイパーケアの後の保守運用契約への移り方。 ハイパーケアで出た改修の要望は、保守運用契約の中の改善の枠で受けることになる。維持の工数と改善の工数を分けておかないと、改善は後回しになり続け、回避策が恒久化する(SAP稼働後の保守運用契約は、維持の工数枠と改善の枠を分けないと改善が進まない)。
それでも、ベンダーの側が期間でしか見積もれず、契約に月数を書くしかない場合はある。そのときの月数の決め方は一つだ。稼働後に最初に来る四半期の締めから下限を逆算する。必要な期間は、稼働日から最初の四半期末までの月数に、開示までの45日を足したものになる。データ移行の切れ目を作りやすい四半期の初日に稼働した場合を並べると、次のとおりである。
| 稼働日(3月決算) | 最初に通る四半期の締め | 開示の目安 |
|---|---|---|
| 4月1日 | 第1四半期(6月末) | 8月中旬(四半期決算短信) |
| 7月1日 | 中間期(9月末) | 11月中旬(半期報告書) |
| 10月1日 | 第3四半期(12月末) | 2月中旬(四半期決算短信) |
| 1月1日 | 期末(3月末) | 5月中旬(決算短信)。その後に有価証券報告書と監査が続く |
どの行も4か月半かかる。3か月の契約では、最初の四半期締めは支援の中に入らない。 四半期の途中の月初に稼働すれば期間は短くなるが、その四半期は旧システムの月と新システムの月をつないで締めることになり、最初の締めの負荷はかえって重くなる。1月稼働は期末と重なるため、年次の処理まで一度に来る。稼働日を決める会議に経理が入るべきなのは、この表の最後の行を避けるためでもある。
契約がすでに期間で結ばれているなら、終了予定の1か月前に、関門の達成状況を数字で示して延長を交渉する。 数字がないまま「まだ不安だ」と言っても、延長の費用は稟議を通らない。
社内の側にも、同じ判断が要る。キーユーザーとして出した現場の担当者を、いつ本来の業務に戻すか。 多くの会社は、ハイパーケアの終了と同時に戻す。だが関門を通す作業をするのは、その担当者たちである(SAP導入に現場のエースを何か月出すか、要員供出の判断と抜けた席の埋め方)。
売上高900億円の産業機械メーカー(3月決算、国内の連結子会社5社)。4月にS/4HANAが稼働し、導入契約のハイパーケアは3か月だった。 問い合わせは初週の週230件から6月第3週に週21件まで減り、ベンダーは予定どおりの終了を提案した。経理部はまず、締めの期間中のベンダー工数をチケットと作業報告から拾った。4月分の締めで延べ96時間、5月分の締めで延べ41時間。 どちらも、夜間ジョブのエラーの切り分けと、自動仕訳の勘定の修正が大半だった。自社だけで締めたことは一度もなかった。次に、回避策を数えた。 37件あり、うち14件が締めの数字に関わる処理で、手順書があるのは3件だけだった。経理部長はこの二つの数字を持って、終了の条件を四つの関門に置き直すことを提案した。延長は最長2か月、要員は経理領域の2名に絞り、単価は導入契約と同じとすることで合意した。 延長の費用は、当初のハイパーケアの契約額の約2割に収まった。キーユーザー4名の本来の部署への復帰も、第1四半期の締めの後に遅らせた。第1四半期の締めは計画の第5営業日に対して第6営業日で終わり、四半期決算短信は8月上旬に開示した。 7月分の月次締めでのベンダー工数は6時間、8月分はゼロになり、ハイパーケアは8月末に終えた。回避策は、改修で消すもの19件、手作業の統制として定めて残すもの12件、業務を変えて不要にするもの6件に分け、残す12件は内部統制の評価の範囲に加えた。2月に検証環境で年度の繰越と固定資産の年度更新をリハーサルしたところ、勘定の繰越の設定漏れが2件見つかり、期末の前に直した。 翌年4月から5月の支援は時間単位の別枠で80時間を押さえ、実際に使ったのは35時間だった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
ハイパーケアの終了判定で決める三つのこと
第一に、問い合わせ件数の減少を、終了の根拠にしない。 件数が減る理由には、日次の処理に慣れたこと以外に、回避策が定着したことと、四半期・年次の処理がまだ来ていないことが混ざっている。4月稼働で3か月の支援なら、その中に入る月次締めは2回で、四半期の締めは入らない。SAP Activateはハイパーケアを導入フェーズの活動として置き、支援組織への引き継ぎを求めているが、会計のカレンダーのどこまでを支援の中で通すかは定めていない。その範囲を判断するのは会社の側である。
第二に、終了の条件を、締めの周期ごとの四つの関門で置く。 自社の要員だけで月次締めを2回続けて通したこと、初回の四半期締めを通したこと、締めと開示に効く課題がなく残す回避策に手順と担当と期限があること、年次の処理のリハーサルの段取りが決まっていること。自社だけで締めたかどうかは、締めの期間中のベンダー工数で確かめる。残す回避策は手作業の統制であり、期末日時点の評価の対象になりうる。
第三に、ベンダー契約と社内の要員を、関門に合わせる。 延長の条件と単価と上限、年度末の別枠の支援、保守運用契約の維持と改善の枠の分け方を、稼働の前に決める。キーユーザーを本来の部署に戻すのは、第1四半期の締めの後にする。
ハイパーケアは期間で終えず、次の四つがそろった時点で終える。
- 自社の要員だけで月次締めを2回続けて通した
- 初回の四半期締めを通し、手順書を自社で書いた
- 締めと開示に効く課題が残っておらず、残す回避策に手順・担当・恒久対応の期限があり、数が減っている
- 年次処理のリハーサルの段取りが決まっている
契約が期間で結ばれているなら、終了の1か月前に達成状況を数字で示して交渉する。



