月次の経営会議で、売上の数字が三つ出てくる会社がある。営業本部の資料、経営企画の資料、経理の月次報告。どれもERPから取った数字だと言う。会議の前半は、どれが正しいかの確認に使われる。三十分ほどで「配賦前と配賦後の違いだった」あるいは「内部取引の消去前と消去後だった」という結論に落ち着き、そこから本題が始まる。翌月も同じことが起きる。ERPを入れた効果が出ていないのではない。ERPの外側で数字が作り直されているだけである。 そして作り直しをやめさせようとして「Excel禁止」と宣言した会社は、半年で元に戻っている。
禁止令が半年で戻る理由は、現場の規律ではない
Excel禁止を宣言した会社を見に行くと、たいてい同じ順序で崩れている。宣言の翌月、部門長が「この形式でないと役員会で説明できない」と言う。情報システム部門が「その形式のレポートは標準にない」と答える。経営企画が暫定的に加工表を作る。三か月後、暫定が常態になる。
崩れているのは規律ではなく、代替手段の不在である。 禁止するなら、禁止した先に何を置くかを同時に出さなければならない。それができないまま宣言だけすると、加工が地下に潜る。共有フォルダから個人の端末に移り、出所が追えなくなる。禁止前より悪い。
もう一つ、禁止令が的を外している点がある。加工には性質の違うものが混ざっており、そのすべてが不要なわけではない。分けて見る。
| 加工の型 | 実際に起きていること | ERP側で消せるか |
|---|---|---|
| 並べ替えと前年同月比 | 期間比較の書式が標準レポートにない | 消せる。レポートの作り込みの問題 |
| 部門より細かい軸で見る | 伝票に利益センタやセグメントが入っていない | 消せない。入力とマスタの設計の問題 |
| 配賦後の数字を出す | CO側の配賦を月次で回していない | 消せる。配賦サイクルを定期実行にする |
| 予算・見込みと並べる | 予算がERPに載っていない | 消せる。載せればよい |
| 注記とコメントを添える | 数字に説明を付ける場所がない | 消せない。ここは加工を許す領域 |
五つのうち、本質的にERPの外を要求するのは二行目と最終行だけである。残りの三つはレポートの作り込みと運用で消える。 にもかかわらず、多くの会社は二行目を直さないまま五つ全部をExcelで処理している。二行目は伝票の入力設計に手を入れる話で、月次のレポート改善より重く、期をまたぐ。だから後回しになり、後回しにしている間に加工が定着する。
SAP側から見ると、この構図はいっそうはっきりする。S/4HANAではACDOCAに明細が集約されており、データが足りないのではない。足りないのは出口である。標準の出口としてはFAGLL03Hによる総勘定元帳の明細照会、S_ALR_87012284系の財務諸表、GR55とGRR3によるReport Painter/Report Writerのレポート、FGI0系のドリルダウン、KE30の収益性分析がある。会議資料に最も近いのはReport Painter系だが、これを社内で作れる人がいない会社が非常に多い。作れないから、出せるものを出して、あとはExcelで直す。 加工表の量は、レポートを作れる人の数と反比例する(SAPの帳票・レポート要件の絞り方|標準で出す・作る・廃止するの3分類)。
「正本はどこか」を宣言していない会社では、全部が正本になる
打ち手の中心は、加工の可否ではなく、正本の所在の宣言である。三段に分けて書き出す。
第一階層は正本である。ERPに転記された伝票と、ERPが出力したレポート。ここからしか数字を引かない。開示、申告、取締役会の決議に使う数字は、この階層から直接出す。
第二階層は加工可だが正本ではないものである。ここに出典を義務づける。表の欄外に五項目を書く。レポートの識別子(トランザクションコードまたはFioriアプリの名称)、抽出条件(会社コード、対象期間、元帳、利益センタなどの絞り込み)、抽出日時、抽出者、そして正本との差額。
第三階層は加工禁止である。ERPが出した数字をセル上で書き換える行為、ERPに載っていない数値を外から持ち込んで同じ表で合算する行為。この二つだけを明確に禁止する。禁止の対象を二つに絞ると、現場は守る。
五項目のうち効くのは、最後の差額である。 加工表の合計と、正本レポートの合計の差。原則はゼロで、ゼロでない場合は理由を欄外に書く。ゼロでない理由の大半は、配賦後か配賦前か、内部取引の消去前か後か、締めの途中の速報か確定値か、この三つに収まる。理由を書かせると、書いている本人が最初に気づく。 会議で三十分かけて突き合わせていた内容が、表を作る側の五分に移る。
この一行を運用に乗せるのに、システム投資は要らない。会議資料の様式に欄を足すだけである。ただし、欄が空の資料は受け付けないという判断を、会議の主催者が引き受ける必要がある。ここを経理が引き受けようとすると、督促の作業だけが増えて定着しない。
加工の許容度は、その表が何を決めるかで変わる
一律のルールにすると必ず破綻する。表が何の意思決定に使われるかで、要求水準を三段に分ける。
開示と申告に直結する数字は、加工を認めない。有価証券報告書、計算書類、法人税・消費税の申告書に載る数字は、正本から直接出す。ここに加工表が一枚でも挟まると、監査人と税務当局に対する説明が、数字の説明ではなく経路の説明になる。
予算編成、設備投資の判断、事業別の採算評価に使う数字は、加工を認めたうえで出典を必須にする。この層は「概ね正しい」で意思決定できる。ただし差額が生じたときは、加工表を直すのではなく、なぜ正本と合わないのかを一度は追い切る。追い切った内容の八割は、翌年のレポート改善の材料になる。
現場の進捗管理に使う数字は自由でよい。受注の見込み、案件の進行、来月の要員。会計の数字と一致させる意味が薄く、一致させようとすると現場が二重入力を始める。
三層に分けるとき、境目に置くのは金額ではなく可逆性である。 間違えた場合に取り消せるかどうか。開示と申告は取り消せない。予算は組み替えられる。現場の管理は翌週に直せる。管理会計の分析軸をどこまで細かく持つかという設計も、この可逆性の議論と同じ土台に乗る(管理会計の分析軸(ディメンション)設計|あとから分解できない粒度を先に決める)。
ライブ接続は半分の解にしかならない
Excelを窓として使う方法はある。SAP Analysis for Microsoft OfficeのようなアドインでERPに接続し、Excelの画面上でレポートを操作する構成だ。表計算の操作性を保ちながら、値はサーバ側から取る。第二階層の加工の多くは、これで第一階層に近づく。
ただし、この構成には一つの穴がある。値貼り付けをした瞬間に窓が閉じる。 接続を切ってブックを配布すれば、それはもう加工表である。見た目は同じで、性質だけが変わる。
だからルールはこう書く。ブックの中に値が固定された時点で、そのファイルは加工表として扱う。接続が生きているブックは正本の窓、値が固定されたブックは加工表。この線は、ファイルを開けば機械的に判定できる。 判定に人の解釈が入らないルールは、運用に残る。解釈が要るルールは残らない。
なお、接続を維持したまま配布すると、今度は権限の問題が出る。Excelの窓越しにERPを見ている以上、見える範囲は接続に使ったユーザーの権限で決まる。会議用のブックを共有アカウントで作ると、権限設計を回避する経路が一本できることになる(SAPの権限設計とSoD(職務分掌)|内部統制を仕組みで担保する)。
監査と税務が見にくるのは、表ではなく経路である
加工表そのものが指摘されることは、実はあまりない。指摘されるのは、財務諸表の数字がどこから来たかを説明できないときである。
内部統制の文書化でいえば、業務記述書とフロー図に、Excelでの加工工程が載っていない会社が多い。ERPから出力するところまでは書いてあり、そこから先が空白になっている。空白の区間で数字が変わっているなら、そこが統制の対象である。載せて、誰が作り、誰が確かめるかを書く。手作業の統制であること自体は不備ではない。実施基準も「内部統制にITを利用せず、専ら手作業によって内部統制が運用されている場合には、例えば、手作業による誤謬等を防止するための内部統制を、別途構築する必要等が生じ得ると考えられるが、そのことが直ちに内部統制の不備となるわけではないことに留意する」としている。問題は手作業であることではなく、手作業の区間が文書に存在しないことである(J-SOX財務報告内部統制:3点セットを形骸化させない更新運用の実務)。
税務の側では、電子帳簿保存法施行規則第2条第2項第1号ニが、電磁的記録の備付け及び保存に関する「事務手続を明らかにした書類」の備付けを求めている。ERPからの出力手順と、出力後の取扱いは、この事務手続の記述に含めておく。含めていないと、調査の場で「この集計表はどこから作りましたか」という質問に、担当者の記憶で答えることになる(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。
会社法第433条第1項は、議決権の百分の三以上を有する株主等による会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧謄写請求を認めている。請求に応じて出すのは会計帳簿であって、部門が作った集計表ではない。両者の区別が社内で曖昧なままだと、請求を受けた場面で何を出すかの判断から始めることになる。 平時に線を引いておく理由の一つがここにある。
決めるのは三つ
第一に、正本を宣言する。 ERPの伝票とレポートが正本であり、そこから出した加工表は正本ではない。この二階層を文書で分け、開示と申告に載る数字は正本から直接出すと決める。加工の全面禁止は宣言しない。禁止するのは、ERPの数字をセル上で書き換えることと、ERPに載っていない数値を同じ表で合算することの二つに絞る。
第二に、加工表に出典と差額を載せる。 レポート識別子、抽出条件、抽出日時、抽出者、正本との差額の五項目。差額ゼロが原則で、ゼロでない場合は理由を書く。欄が空の資料は会議で扱わないという判断は、経理ではなく会議の主催者が引き受ける。この一行の追加が、システム投資より先に効く。
第三に、加工の型を分解して、ERPで消えるものと消えないものを分ける。 並べ替え、配賦後の数字、予算との対比はレポートの作り込みと運用で消える。伝票に軸が入っていないことによる加工は、レポートでは消えない。ここは入力とマスタの設計に戻る話であり、期をまたぐ。だから優先順位を上げて別建てで進める。注記とコメントの付加は、消さずに許容する領域として最初から切り分けておく。
そのうえで、レポートを作れる人を社内に置く。加工表の量は、レポートを作れる人の数に反比例する。外部に依頼して二か月待つ構造がある限り、現場は待たずに自分で作る。 二か月の待ち時間が、正本の外側に数字を生み続けている。



