月次の経営会議で、売上の数字が三つ出てくる会社がある。営業本部の資料、経営企画の資料、経理の月次報告。どれもERPから取った数字だと言う。会議の前半は、どれが正しいかの確認に使われる。三十分ほどで「配賦前と配賦後の違いだった」あるいは「内部取引の消去前と消去後だった」という結論に落ち着き、そこから本題が始まる。翌月も同じことが起きる。ERPを入れた効果が出ていないのではない。ERPの外側で数字が作り直されているだけである。 そして作り直しをやめさせようとして「Excel禁止」と宣言した会社は、半年で元に戻っている。

POINT
先に三つ確認しておきたい。第一に、会計帳簿の正本が表計算ファイルになることは制度上あり得ない。会社法第432条第1項は「株式会社は、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない」と定め、同条第2項は会計帳簿の閉鎖の時から十年間の保存を求める。同法第976条第7号は、会計帳簿や貸借対照表等に記載すべき事項を記載せず、又は虚偽の記載をした場合を百万円以下の過料の対象としている。電子帳簿保存法第4条第1項が電磁的記録による保存を認めるのは「自己が最初の記録段階から一貫して電子計算機を使用して作成する場合」であり、ERPから出力した数字を別のソフトで組み替えた表は、この「一貫して」の外側にある。第二に、決定的なのは訂正削除の履歴である。同法施行規則第5条第5項第1号イ(1)は、優良な電子帳簿の要件として「当該国税関係帳簿に係る電磁的記録の記録事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認することができること」を求め、同号ロは関連する帳簿との相互関連性の確認、同号ハは取引年月日・取引金額・取引先を検索条件に設定でき、日付又は金額は範囲指定でき、二以上の記録項目を組み合わせられることを求める。表計算ファイルは上書き保存で前の値が消えるため、イ(1)を構造的に満たさない。 第三に、だから打ち手は禁止ではなく領域の宣言になる。企業会計審議会が2023年4月7日に改訂した「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(2024年4月1日以後開始する事業年度から適用)は、ITへの対応の評価項目として「経営者は、信頼性のある財務報告の作成という目的の達成に対するリスクを低減するため、手作業及びITを用いた統制の利用領域について、適切に判断しているか」を挙げ、さらに「電子記録について変更の痕跡が残り難い場合には、内部統制の無効化が生じてもその発見が遅れることがある点についても留意することが重要である」としている。使ってよい領域を経営者が決めよ、と書いてある。 決めていないから、現場が勝手に決めている。

禁止令が半年で戻る理由は、現場の規律ではない

Excel禁止を宣言した会社を見に行くと、たいてい同じ順序で崩れている。宣言の翌月、部門長が「この形式でないと役員会で説明できない」と言う。情報システム部門が「その形式のレポートは標準にない」と答える。経営企画が暫定的に加工表を作る。三か月後、暫定が常態になる。

崩れているのは規律ではなく、代替手段の不在である。 禁止するなら、禁止した先に何を置くかを同時に出さなければならない。それができないまま宣言だけすると、加工が地下に潜る。共有フォルダから個人の端末に移り、出所が追えなくなる。禁止前より悪い。

もう一つ、禁止令が的を外している点がある。加工には性質の違うものが混ざっており、そのすべてが不要なわけではない。分けて見る。

加工の型実際に起きていることERP側で消せるか
並べ替えと前年同月比期間比較の書式が標準レポートにない消せる。レポートの作り込みの問題
部門より細かい軸で見る伝票に利益センタやセグメントが入っていない消せない。入力とマスタの設計の問題
配賦後の数字を出すCO側の配賦を月次で回していない消せる。配賦サイクルを定期実行にする
予算・見込みと並べる予算がERPに載っていない消せる。載せればよい
注記とコメントを添える数字に説明を付ける場所がない消せない。ここは加工を許す領域

五つのうち、本質的にERPの外を要求するのは二行目と最終行だけである。残りの三つはレポートの作り込みと運用で消える。 にもかかわらず、多くの会社は二行目を直さないまま五つ全部をExcelで処理している。二行目は伝票の入力設計に手を入れる話で、月次のレポート改善より重く、期をまたぐ。だから後回しになり、後回しにしている間に加工が定着する。

SAP側から見ると、この構図はいっそうはっきりする。S/4HANAではACDOCAに明細が集約されており、データが足りないのではない。足りないのは出口である。標準の出口としてはFAGLL03Hによる総勘定元帳の明細照会、S_ALR_87012284系の財務諸表、GR55とGRR3によるReport Painter/Report Writerのレポート、FGI0系のドリルダウン、KE30の収益性分析がある。会議資料に最も近いのはReport Painter系だが、これを社内で作れる人がいない会社が非常に多い。作れないから、出せるものを出して、あとはExcelで直す。 加工表の量は、レポートを作れる人の数と反比例する(SAPの帳票・レポート要件の絞り方|標準で出す・作る・廃止するの3分類)。

「正本はどこか」を宣言していない会社では、全部が正本になる

打ち手の中心は、加工の可否ではなく、正本の所在の宣言である。三段に分けて書き出す。

第一階層は正本である。ERPに転記された伝票と、ERPが出力したレポート。ここからしか数字を引かない。開示、申告、取締役会の決議に使う数字は、この階層から直接出す。

第二階層は加工可だが正本ではないものである。ここに出典を義務づける。表の欄外に五項目を書く。レポートの識別子(トランザクションコードまたはFioriアプリの名称)、抽出条件(会社コード、対象期間、元帳、利益センタなどの絞り込み)、抽出日時、抽出者、そして正本との差額

第三階層は加工禁止である。ERPが出した数字をセル上で書き換える行為、ERPに載っていない数値を外から持ち込んで同じ表で合算する行為。この二つだけを明確に禁止する。禁止の対象を二つに絞ると、現場は守る。

宣言の有無で、同じ表の意味が変わる。
BEFORE
Excel禁止と宣言する
代替が無いので加工が個人の端末へ潜り、出所が追えなくなる
AFTER
正本を宣言し、加工表に出典と差額を載せる
加工は残るが、どの数字がどのレポートから来たかが1行で追える
消すべきは加工そのものではなく、出所の分からない数字である。

五項目のうち効くのは、最後の差額である。 加工表の合計と、正本レポートの合計の差。原則はゼロで、ゼロでない場合は理由を欄外に書く。ゼロでない理由の大半は、配賦後か配賦前か、内部取引の消去前か後か、締めの途中の速報か確定値か、この三つに収まる。理由を書かせると、書いている本人が最初に気づく。 会議で三十分かけて突き合わせていた内容が、表を作る側の五分に移る。

この一行を運用に乗せるのに、システム投資は要らない。会議資料の様式に欄を足すだけである。ただし、欄が空の資料は受け付けないという判断を、会議の主催者が引き受ける必要がある。ここを経理が引き受けようとすると、督促の作業だけが増えて定着しない。

加工の許容度は、その表が何を決めるかで変わる

一律のルールにすると必ず破綻する。表が何の意思決定に使われるかで、要求水準を三段に分ける。

開示と申告に直結する数字は、加工を認めない。有価証券報告書、計算書類、法人税・消費税の申告書に載る数字は、正本から直接出す。ここに加工表が一枚でも挟まると、監査人と税務当局に対する説明が、数字の説明ではなく経路の説明になる。

予算編成、設備投資の判断、事業別の採算評価に使う数字は、加工を認めたうえで出典を必須にする。この層は「概ね正しい」で意思決定できる。ただし差額が生じたときは、加工表を直すのではなく、なぜ正本と合わないのかを一度は追い切る。追い切った内容の八割は、翌年のレポート改善の材料になる。

現場の進捗管理に使う数字は自由でよい。受注の見込み、案件の進行、来月の要員。会計の数字と一致させる意味が薄く、一致させようとすると現場が二重入力を始める。

三層に分けるとき、境目に置くのは金額ではなく可逆性である。 間違えた場合に取り消せるかどうか。開示と申告は取り消せない。予算は組み替えられる。現場の管理は翌週に直せる。管理会計の分析軸をどこまで細かく持つかという設計も、この可逆性の議論と同じ土台に乗る(管理会計の分析軸(ディメンション)設計|あとから分解できない粒度を先に決める)。

ライブ接続は半分の解にしかならない

Excelを窓として使う方法はある。SAP Analysis for Microsoft OfficeのようなアドインでERPに接続し、Excelの画面上でレポートを操作する構成だ。表計算の操作性を保ちながら、値はサーバ側から取る。第二階層の加工の多くは、これで第一階層に近づく。

ただし、この構成には一つの穴がある。値貼り付けをした瞬間に窓が閉じる。 接続を切ってブックを配布すれば、それはもう加工表である。見た目は同じで、性質だけが変わる。

だからルールはこう書く。ブックの中に値が固定された時点で、そのファイルは加工表として扱う。接続が生きているブックは正本の窓、値が固定されたブックは加工表。この線は、ファイルを開けば機械的に判定できる。 判定に人の解釈が入らないルールは、運用に残る。解釈が要るルールは残らない。

なお、接続を維持したまま配布すると、今度は権限の問題が出る。Excelの窓越しにERPを見ている以上、見える範囲は接続に使ったユーザーの権限で決まる。会議用のブックを共有アカウントで作ると、権限設計を回避する経路が一本できることになる(SAPの権限設計とSoD(職務分掌)|内部統制を仕組みで担保する)。

監査と税務が見にくるのは、表ではなく経路である

加工表そのものが指摘されることは、実はあまりない。指摘されるのは、財務諸表の数字がどこから来たかを説明できないときである。

内部統制の文書化でいえば、業務記述書とフロー図に、Excelでの加工工程が載っていない会社が多い。ERPから出力するところまでは書いてあり、そこから先が空白になっている。空白の区間で数字が変わっているなら、そこが統制の対象である。載せて、誰が作り、誰が確かめるかを書く。手作業の統制であること自体は不備ではない。実施基準も「内部統制にITを利用せず、専ら手作業によって内部統制が運用されている場合には、例えば、手作業による誤謬等を防止するための内部統制を、別途構築する必要等が生じ得ると考えられるが、そのことが直ちに内部統制の不備となるわけではないことに留意する」としている。問題は手作業であることではなく、手作業の区間が文書に存在しないことであるJ-SOX財務報告内部統制:3点セットを形骸化させない更新運用の実務)。

税務の側では、電子帳簿保存法施行規則第2条第2項第1号ニが、電磁的記録の備付け及び保存に関する「事務手続を明らかにした書類」の備付けを求めている。ERPからの出力手順と、出力後の取扱いは、この事務手続の記述に含めておく。含めていないと、調査の場で「この集計表はどこから作りましたか」という質問に、担当者の記憶で答えることになる(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。

会社法第433条第1項は、議決権の百分の三以上を有する株主等による会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧謄写請求を認めている。請求に応じて出すのは会計帳簿であって、部門が作った集計表ではない。両者の区別が社内で曖昧なままだと、請求を受けた場面で何を出すかの判断から始めることになる。 平時に線を引いておく理由の一つがここにある。

現場では
機械部品の製造業で、S/4HANAの稼働から二年が経っていた。月次の経営会議に出る資料は八部門で二十三ファイル。CFOが着任して最初にやったのは、その二十三ファイルを集めて、それぞれの数字がどのレポートから来たかを追う作業だった。二週間かかった。結果は、二十三のうち出所を特定できたものが九、作成者に聞いて分かったものが十、作成者本人も分からなくなっていたものが四だった。四のうち三つは、退職した担当者から引き継いだブックで、数式が他のブックを参照しており、参照先のファイルは共有フォルダの整理で消えていた。値だけが残っていた。次に、二十三ファイルの加工内容を五つの型に分解した。並べ替えと前年同月比が十一、配賦後の数字が四、予算との対比が三、注記の付加が三、そして利益センタより細かい軸での分解が二だった。十一件はReport Painterで作り込めば消える種類のものだった。 情報システム部門にはSAPのレポート開発ができる要員がおらず、保守ベンダーへの依頼が一件あたり二か月待ちになっていたことが背景にあった。CFOは二つ決めた。一つは、経理部門に一人、Report Painterを扱える人を育てること。外部研修に二名を出し、半年で標準レポートを九本作った。もう一つは、会議資料の様式に出典欄を足したことである。レポート識別子、抽出条件、抽出日時、抽出者、正本との差額の五項目。運用開始の初月、差額欄が空のまま提出された資料が十七ファイルあった。CFOはその十七を会議で扱わないと決め、実際に扱わなかった。翌月、空欄は三に減った。三か月目に、差額欄に金額が書かれた資料が四件出てきた。四件とも、理由は「本社費配賦後の数字を使用」だった。同じ会議に、配賦前と配賦後の売上総利益が並んでいたことが、そこで初めて全員に見えた。 半年後、資料は二十三ファイルから十四ファイルに減っている。減った分は標準レポートに置き換わった。CFOはこう言っている。数字が三つ出ることが問題なのではない。三つあることに誰も気づかないまま議論していたことが問題だった、と。

決めるのは三つ

第一に、正本を宣言する。 ERPの伝票とレポートが正本であり、そこから出した加工表は正本ではない。この二階層を文書で分け、開示と申告に載る数字は正本から直接出すと決める。加工の全面禁止は宣言しない。禁止するのは、ERPの数字をセル上で書き換えることと、ERPに載っていない数値を同じ表で合算することの二つに絞る。

第二に、加工表に出典と差額を載せる。 レポート識別子、抽出条件、抽出日時、抽出者、正本との差額の五項目。差額ゼロが原則で、ゼロでない場合は理由を書く。欄が空の資料は会議で扱わないという判断は、経理ではなく会議の主催者が引き受ける。この一行の追加が、システム投資より先に効く。

第三に、加工の型を分解して、ERPで消えるものと消えないものを分ける。 並べ替え、配賦後の数字、予算との対比はレポートの作り込みと運用で消える。伝票に軸が入っていないことによる加工は、レポートでは消えない。ここは入力とマスタの設計に戻る話であり、期をまたぐ。だから優先順位を上げて別建てで進める。注記とコメントの付加は、消さずに許容する領域として最初から切り分けておく。

そのうえで、レポートを作れる人を社内に置く。加工表の量は、レポートを作れる人の数に反比例する。外部に依頼して二か月待つ構造がある限り、現場は待たずに自分で作る。 二か月の待ち時間が、正本の外側に数字を生み続けている。

まとめ
ERPを入れても経営会議の数字が合わないのは、ERPの外側で数字が作り直されているためである。まず制度側の線を引く。会社法第432条第1項は適時かつ正確な会計帳簿の作成を求め、同条第2項は閉鎖時から十年の保存を義務づけ、同法第976条第7号は会計帳簿等への虚偽記載を百万円以下の過料の対象とする。電子帳簿保存法第4条第1項が電磁的記録による保存を認めるのは「自己が最初の記録段階から一貫して電子計算機を使用して作成する場合」であり、他のソフトで組み替えた表はこの外にある。決定的なのは訂正削除の履歴で、同法施行規則第5条第5項第1号イ(1)は優良な電子帳簿の要件として訂正又は削除の事実及び内容を確認できることを求め、同号ロは関連帳簿との相互関連性、同号ハは取引年月日・取引金額・取引先の検索条件設定、日付又は金額の範囲指定、二以上の記録項目の組合せを求める。表計算ファイルは上書き保存で前の値が消えるためイ(1)を構造的に満たさない。したがって会計帳簿の正本にはならない。一方で全面禁止は失敗する。代替手段を示さずに禁止すると、加工が共有フォルダから個人の端末に潜り、出所が追えなくなる。加工を五つの型に分解すると、並べ替えと前年同月比、配賦後の数字、予算との対比の三つはレポートの作り込みと運用で消え、伝票に利益センタやセグメントが入っていないことによる加工と、注記やコメントの付加の二つは消えない。前者は入力とマスタの設計に戻る重い課題であり、後者は許容する領域として切り分ける。打ち手の中心は正本の宣言である。第一階層をERPの伝票とレポート、第二階層を加工可だが正本ではないもの、第三階層を加工禁止(セル上の書き換えと外部数値の合算)とし、第二階層にはレポート識別子、抽出条件、抽出日時、抽出者、正本との差額の五項目を義務づける。効くのは差額の行で、ゼロでない理由の大半は配賦前後、内部取引消去の前後、速報か確定値かの三つに収まる。理由を書かせると書く本人が最初に気づき、会議で突き合わせていた三十分が作成側の五分に移る。要求水準は表が何を決めるかで三段に分ける。境目は金額ではなく可逆性で、開示と申告は加工不可、予算や投資判断は出典必須、現場の進捗管理は自由とする。Excelをライブ接続の窓として使う構成は第二階層を第一階層に近づけるが、値貼り付けをした瞬間に窓は閉じるため、値が固定されたブックは加工表として扱うと機械的に判定できるルールにする。監査と税務が見るのは表ではなく経路である。内部統制の業務記述書とフロー図にExcelの加工工程を載せる。手作業であること自体は不備ではなく、実施基準も専ら手作業による運用が直ちに不備となるわけではないとしているが、文書に存在しない区間で数字が変わっていることは説明できない。電子帳簿保存法施行規則第2条第2項第1号ニが求める事務手続を明らかにした書類に、出力手順と出力後の取扱いを含める。会社法第433条第1項の会計帳簿閲覧謄写請求に応じて出すのは会計帳簿であり、部門の集計表ではない。この区別は平時に引いておく。最後に、レポートを社内で作れる人を置く。加工表の量は作れる人の数に反比例し、外部に二か月待つ構造がある限り、現場は待たずに自分で作り続ける。

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