稼働日は、たいてい最初に決まる。役員会で提示され、契約書に書かれ、そこから逆算してスケジュールが引かれる。ところが稼働の三か月前になると、同じ会議で二つの問いが繰り返される。いつ時点の残高を移すのか。業務をどれだけ止めるのか。 この二つが決まっていないまま日付だけが先にあるから、カットオーバー計画は最後まで固まらない。順序が逆になっている。稼働日は、この二つを決めた結果として出てくる数字だ。
稼働日を先に置くから、残高と凍結が後追いになる
移行基準日を先に決めると、稼働日は自動的に絞られる。月次締めの完了日が翌月第7営業日の会社なら、月末残高を正として使うカットオーバーは、どう頑張っても第8営業日以降にしか始まらない。締めが遅い会社ほど、稼働日は後ろに下がる。ここを認めないまま日付を固定すると、締める前の速報残高で移行することになり、後から確定値との差を新システムで修正する作業が発生する。稼働直後の新システムに、原因不明の調整仕訳が並ぶことになる。
期末を移行基準日に選ぶと、残高は最もきれいになる。年度をまたぐので期中累計を移す必要がなく、監査の対象期間もきれいに割れる。ただし決算作業と正面から衝突する。3月決算の会社が4月1日稼働を選ぶと、旧システムでの本決算と、新システムでの初回運用が、同じ経理メンバーに同時に乗る。残高がきれいになる代わりに、人が足りなくなる。 実務では期首を避け、四半期の途中や期の後半に置く判断も多い。
「期首残高」は四つある
移行の議論で「期首残高を移す」と言うとき、指しているものが四つある。これを一つと数えている会社は、稼働直後に業務が止まる。
| 種類 | 中身 | 移さないと何が止まるか |
|---|---|---|
| 勘定残高 | 総勘定元帳の勘定別残高 | 試算表が作れない。最も分かりやすく、最も先に手当てされる |
| 未決済明細 | 債権債務の1件ごとの明細(相手先・金額・支払期日・参照番号) | 入金消込と支払消込ができない。残高は合っているのに、入金がどの請求に対応するか分からない |
| 期中累計 | 期首から移行基準日までの損益 | 期中カットオーバーの場合に、年度の損益計算書が新システムだけでは作れない |
| 固定資産 | 取得価額・償却累計額・耐用年数・経過期間 | 以後の償却額が合わない。簿価だけを移すと残存年数を復元できない |
二つ目が最もよく落ちる。債権債務を勘定残高だけで移すと、翌月の入金がどの請求に対する入金なのか新システム側で判定できず、消込が一斉に手作業になる。滞留の管理も一からやり直しになる(入金消込と滞留売掛金|消込できない入金が月次決算を止める構造を直す)。
四つ目も同じ構造だ。固定資産は残高を移す対象ではなく、マスタを移す対象になる。取得価額と償却累計額の両方を持たせないと、以後の償却計算が旧システムと合わない。除却時の処理も、取得価額が正しくなければ損益が狂う(SAP固定資産(FI-AA)の運用設計:止まらない償却は取得時のマスタ登録で決まる)。
三つ目は、期中カットオーバーを選んだ場合にだけ発生する。損益を月次サマリで移すのか明細で移すのかを先に決めておく。サマリで移すと、年度の管理会計の分析軸が切れる。移行前後で分析軸が変わることを許容できるかは、経営管理側の判断になる。
凍結は「日数」ではなく「伝票の種類 × 日数」で決める
凍結期間の議論が揉めるのは、全社一律で日数を出そうとするからだ。「10日間、業務を止めます」という提案は、事業側が飲まない。飲まないので、交渉の結果として日数だけが削られ、削った分の差分投入が誰の計画にも入らないまま当日を迎える。
分解の単位は、伝票の種類にする。伝票の種類ごとに、止めた場合に何が起きるかを、1日あたりの件数と金額で出す。
- 出荷・入荷:止めなくてよいことが多い。現場は紙かExcelで受け、凍結解除後にまとめて投入する。ただし1日あたり件数と、投入できる上限件数を先に決めておく。上限を超えると解除後に在庫が数日合わなくなる
- 支払:月末の支払日を跨げるかが分岐点になる。跨ぐなら支払サイトに触れることになり、取引先への連絡が必要になる。これは社外の話なので、リードタイムが2週間から4週間増える
- 入金:口座への入金自体は止められない。止まるのは消込の処理だけなので、凍結解除後の消込作業量を見込んでおく
- 在庫評価・原価計算:月次の締め処理と一体なので、移行基準日を月末に置くなら、この処理を旧システム側で終わらせてから凍結に入る
こう分解すると、実際に止めなければならない範囲は当初想定よりかなり狭いことが多い。全社停止の想定日数が10日でも、支払と消込だけなら3日、といった形に収束する。削るべきは日数ではなく、止める対象のほうだ。
差分投入の量を、当日ではなく事前に見積もる
凍結を短くすると、その期間に発生した取引を新システムへ入れ直す作業が残る。この差分投入を「余った時間でやる」計画にしている案件は、ほぼ確実に溢れる。
事前に決めるのは三つ。凍結期間中に発生する取引の件数(過去3か月の日次実績から算出する)、投入の手順と担当者、そして投入結果のレビュー担当だ。三つ目が抜けやすい。差分投入は手作業になるため、通常の統制が効かない状態で伝票が大量に入る。誰が何を確認したかを残さないと、稼働後の最初の決算で監査の指摘を受ける(SAPの会計期間クローズ(期間オープン管理):締めた後の修正をどう統制するか)。
投入した結果は、旧システムの試算表と突合する。勘定単位で合っていても、明細単位で合っていないことがある。とくに未決済明細は、件数と金額の両方で照合する。件数だけ、金額だけの照合では、相殺されたずれが見つからない(SAP移行のデータ移行で失敗しない|マスタ品質を上げる進め方)。
旧システムを落とす日は、稼働日ではない
カットオーバー計画から最も落ちやすいのが、旧システムの停止日だ。稼働したのだから旧システムは要らない、という前提でライセンスと保守の解約日を稼働日の翌月に置いてしまう。これは制度上できない。
会社法第432条第2項は、株式会社は会計帳簿の閉鎖の時から10年間、その会計帳簿及びその事業に関する重要な資料を保存しなければならないと定める(e-Gov法令検索「会社法」)。計算書類及びその附属明細書についても、作成した時から10年間の保存が求められる(同法第435条第4項)。税務では、法人税法施行規則第59条第1項が、青色申告法人は帳簿書類を整理し、起算日から7年間納税地に保存しなければならないとしている。起算日は、帳簿についてはその閉鎖の日の属する事業年度終了の日の翌日から2か月を経過した日、書類については作成または受領の日の属する事業年度終了の日の翌日から2か月を経過した日である(同条第2項)。
さらに効いてくるのが欠損金だ。法人税法第57条第1項は各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度に生じた欠損金額の損金算入を認めているが、同条第10項は、この規定を欠損金額の生じた事業年度について確定申告書を提出し、その後において連続して確定申告書を提出している場合であって、欠損金額の生じた事業年度に係る帳簿書類を財務省令で定めるところにより保存している場合に限り適用する、としている(e-Gov法令検索「法人税法」)。繰越欠損金を持っている会社が旧システムのデータを失うことは、税額の話に直結する。
電子的に保存する場合の要件は、電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律に定めがある。自己が最初の記録段階から一貫して電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿は電磁的記録の備付け及び保存をもって代えられ(第4条第1項)、国税関係書類についても同様の定めがある(同条第2項)。電子取引を行った場合は、財務省令で定めるところにより取引情報に係る電磁的記録を保存しなければならない(第7条)。そして財務省令の定めに従って保存されている電磁的記録は、他の国税に関する法律の規定の適用上、当該国税関係帳簿または国税関係書類とみなされる(第8条第1項)。裏を返せば、財務省令の要件を満たさない形でエクスポートしただけのデータは、帳簿とはみなされない(電子帳簿保存法スキャナ保存・電子取引の決算実務への落とし込み)。
実務上の選択肢は三つになる。旧環境を参照専用で残す。要件を満たす形でエクスポートして別基盤に保管する。アーカイブ製品へ移す。どれを選ぶにせよ、最長10年分の維持費用が発生する。この費用を移行のROIに入れていない試算は、そのぶん過大に見えている。あわせて、旧環境を誰がどう参照するかの運用も決めておく(SAP移行後の経理運用を内製で回す|ベンダー依存を減らす体制づくり)。
決める順番を、稼働日から残高へ入れ替える
カットオーバー計画が固まらない会社は、決める順番が逆になっている。日付が先にあり、残高と凍結が後から詰め込まれる。逆にすれば、揉める場所が変わる。移行基準日をいつにするかは経理が答えられる問いで、どの伝票を何日止められるかは事業側が答えられる問いだ。どちらも社内で決着する。稼働日だけが、決着しないまま外にある。
次にやることは決まっている。月次締めの完了日を確認して移行基準日の候補を二つ出す。伝票の種類ごとに、止めた場合の1日あたり件数と金額を出す。期首残高を四つに分けて、それぞれの移行方式を書く。そして旧システムの停止日と参照手段を、保存年限から逆算して決める。この四つが埋まったとき、稼働日は自然に一つか二つに絞られている。



