5月の経営会議。営業本部の販売費が、前年同期比で14パーセント増えている。 本部長は、増えたのは組織改編で物流センターの出荷チームが営業本部に移ってきたからで、実質は横ばいだと説明する。経営企画が確かめようとすると、前年の出荷チームの費用は、別のコストセンタ番号で、別の本部の下に計上されている。 同じ人が同じ倉庫で同じ仕事をしているのに、SAPの中では去年と今年が別の単位になっている。経理が手元のExcelで新旧の番号の対応表を作り、前年の実績を組み替えて出し直すのに、4営業日かかった。この作業は、去年も、一昨年も、4月の改編のあとに同じように行われている。 毎年の改編で前年比較が崩れないよう、コストセンタと階層をどう持つかが論点になる。

POINT
SAPのコストセンタ(日本語の画面では原価センタ)には、集計の仕組みが二種類ある。一つは標準階層で、管理領域ごとに一つだけ定義され、すべてのコストセンタはその階層のどこか一つの節に必ず属する。 標準階層の変更は、GUIならトランザクションOKEONで行う。もう一つは原価センタグループで、KSH1で作り、同じコストセンタを複数のグループに何度でも入れられる。 標準階層以外の集計の枠を、実務では代替階層と呼ぶ。コストセンタの実績を出す標準のレポートは、たとえばS_ALR_87013611(原価センタの実績・計画・差異)のように、選択条件にグループを指定し、実行した時点のグループの構成で、過去の期間の実績も集計する。 一方で、伝票の側には別の性質がある。S/4HANAでは、会計の明細はユニバーサルジャーナル(テーブルACDOCA)の一行に、コストセンタと並んで利益センタ、セグメント、機能領域を持つ。 これらは転記した時点のマスタから導出されて伝票に書き込まれるので、後からコストセンタに割り当てる利益センタを変えても、過去の伝票の利益センタは変わらない。 階層で見る実績は後から組み替わり、伝票に書き込まれた属性は組み替わらない。組織改編の設計は、この二つの性質の違いから始まる。

作り直すたびに、時系列は二か所で切れる

組織改編のたびにコストセンタを作り直す会社では、たいてい次の手順を踏んでいる。新しい組織図に合わせて新しい番号のコストセンタを作り、人と費用をそちらに移し、古いコストセンタは転記できないようにする。 番号の体系は、本部・部・課の組織コードを頭に付けたものが多い。組織が変われば番号も変わる。

この運用では、時系列が二か所で切れる。 一つ目は、コストセンタそのものの切れ目である。去年の出荷チームの費用は旧番号に、今年の費用は新番号に載っている。同じ活動の費用が別の単位に分かれるので、コストセンタ単位で前年と比べることができない。 対応表を作れば組み替えられるが、対応表はSAPの外のExcelにあり、改編のたびに一枚ずつ増えていく。

二つ目は、伝票に書き込まれた属性の切れ目である。出荷チームの旧コストセンタには物流の利益センタが割り当てられ、新コストセンタには営業の利益センタが割り当てられている。 去年の伝票は物流の利益センタで、今年の伝票は営業の利益センタで書き込まれている。利益センタ別の損益で前年と比べると、費用が物流から営業に移ったように見える。 これは階層を組み替えても直らない。伝票の側に焼き付いているからである(SAPの利益センタ会計で部門別の儲けを損益責任の単位で見る設計と判断基準)。

さらに、配賦も巻き込まれる。 共通費の配賦のサイクルは、送り手と受け手をコストセンタのグループで指定していることが多い。改編でグループの中身を変えると、配賦の結果が変わり、配賦の後の部門の損益も前年と比べられなくなる(SAPの配賦(アロケーション)設計の実務と、共通費を納得感のある基準で割る考え方)。

コストセンタは組織ではなく、場所と機能で決まる最小の単位にする

作り直しを止めるには、コストセンタが何を表すかを決め直す必要がある。

組織の名前でコストセンタを作ると、組織が変わるたびにコストセンタも変わる。コストセンタを、組織の箱ではなく、費用が生まれる場所と機能で決まる責任の最小単位として作る。 「営業第二部」ではなく、「東日本物流センター・出荷」「大阪支店・法人営業」のように、場所と機能の組み合わせで名前を付ける。組織改編で出荷チームの所属が物流本部から営業本部に変わっても、倉庫で出荷をする活動は変わらない。 コストセンタも変える理由がない。

変えるのは、そのコストセンタをどの枠で集計するかだけである。 所属する本部が変われば、代替階層の中でそのコストセンタを別の節に入れ直す。人事の組織コードとの対応は、コストセンタのマスタの項目や、人事側のマスタで管理する。

それでも新しいコストセンタを作るべき場合はある。 一つは、コストセンタが属する会社コードが変わる場合で、分社や合併で法人が変われば、同じ活動でも新しい単位が要る。もう一つは、活動そのものが分かれたり統合されたりする場合で、出荷チームが出荷と返品処理の二つに分かれるなら、それは新しい責任の単位である。この二つの場合に限って作り直すと規程に書いておけば、毎年の改編のほとんどは、階層の組み替えだけで済む(SAPのマスタデータが稼働後に劣化する原因と、登録権限と責任部門の決め方)。

標準階層は据え置き、組織図は代替階層で表す

コストセンタを据え置いたうえで、階層の使い分けを決める。

組織改編のたびにコストセンタを作り直す運用から、責任単位を据え置き集計の枠だけを組み替える運用へ
BEFORE
組織図に合わせて番号を作り直す
コストセンタの番号に組織コードが入っている。改編のたびに新旧の対応表をExcelで作り、前年の実績を手で組み替える。利益センタも伝票ごとに切り替わる
→
AFTER
責任単位は据え置き、枠だけを組み替える
コストセンタは場所と機能で作り、改編では代替階層の節を入れ直す。改編前の階層は凍結して残し、利益センタの割当てを変える場合だけ遡及の要否を決める
組織は毎年変わるが、倉庫で出荷する活動は変わらない。変わるものと変わらないものを、同じマスタに持たせないことが設計の出発点である。

標準階層は、組織図ではなく、変わりにくい軸で組む。 会社コード、機能(製造・販売・管理・研究開発)、拠点の三つを上から並べる形が多い。標準階層はすべてのコストセンタが必ず一か所に属する枠なので、ここを組織図に合わせると、改編のたびに全コストセンタの位置が動く。標準階層は、コストセンタを登録するときに漏れなく置き場所を決めるための枠と割り切る。

組織図は、代替階層で表す。 年度ごとに「2026年度組織」のような名前で原価センタグループを作り、その年の本部・部・課の構成でコストセンタを入れる。経営会議の部門別の実績は、このグループを指定してレポートを出す。改編があれば、新しい年度のグループを作り、前年のグループは変更しないまま残す。 前年のグループを残しておけば、今年の実績を去年の組織の枠で集計することも、去年の実績を今年の組織の枠で集計することも、グループを選び替えるだけでできる。

配賦のサイクルで使うグループは、報告用のグループと分ける。 配賦の送り手と受け手は、機能と拠点で決まる変わりにくいグループで指定しておき、組織改編の影響を受けないようにする。報告用の組織のグループを配賦に流用すると、改編のたびに配賦の結果が変わる。

S/4HANAでは、Fioriのアプリ「Manage Global Hierarchies」で原価センタの階層を扱え、階層に有効期間を持たせることができる。ただし、GUIの標準レポートや配賦のサイクルが読むのは原価センタグループであり、Fioriの階層とどうつながるかは版と設定で違う。どちらを正本にするかを先に決めておく。 二つの仕組みに同じ組織図を二重に登録すると、どちらが正しいかの問い合わせが増えるだけである。

利益センタの割当てを変えるときだけ、遡及を決める

階層の組み替えで済むのは、コストセンタの集計の枠が変わる場合である。改編で、コストセンタに割り当てる利益センタやセグメントまで変える場合は、事情が違う。

コストセンタのマスタには有効期間があり、利益センタの割当ては期間を区切って変えられる。4月1日から営業の利益センタに変えれば、4月以降の転記は営業の利益センタで書き込まれる。3月までの伝票は物流の利益センタのままである。 利益センタ別の損益や、セグメント情報の基礎になる数字で前年と比べると、ここで段差が出る。

ここで決めるのは、遡及組替をやるかどうかである。 やるなら、前年の実績を新しい利益センタの枠で組み替えた比較用の数字を、SAPの外か、比較用に別途保持するデータで作る。やらないなら、段差がどの改編のどのコストセンタから生じたかを注記して、比較の数字として使える範囲を限定する。どちらを選ぶかは、改編のたびに、段差の金額と、その数字を誰がどこで使うかで決める。 セグメント情報のように社外に出る数字に段差が及ぶなら、組替えの要否は開示の論点にもなる(組織改編で管理会計の過去実績が比較できなくなる問題、遡及組替の範囲の決め方)。

判断を毎回の手作業にしないために、改編の手順書に三つの問いを入れておく。 コストセンタを新しく作る必要があるか(会社コードの変更か、活動の分割・統合か)。代替階層のどの節を入れ直すか。利益センタやセグメント、機能領域の割当てを変えるか、変えるなら遡及をやるか。三つ目の問いに「はい」が付いたコストセンタだけを一覧にして、経理と経営企画で遡及の要否を決める。

設例

売上高2,600億円の日用品メーカー(3月決算、S/4HANAに移行して2年)。コストセンタは約1,800あり、番号の先頭4桁が本部と部の組織コードになっていた。 毎年4月の組織改編で、平均して約400のコストセンタを新しく作り、旧コストセンタには実際一次原価のロックを付けて転記を止めていた。改編のあと、経理は新旧の対応表を作って前年の実績を組み替えるのに、毎年4〜5営業日を使っていた。CFOの指示で、経理と情報システム部は、過去3年の改編で作り直したコストセンタを分類した。 会社コードが変わったものは約30、活動そのものが分割・統合されたものは約60で、残りの約1,100は、所属する本部や部が変わっただけで、場所も機能も変わっていなかった。 会社は、翌年度の改編からコストセンタの作り直しを原則やめた。新しく作るのは会社コードの変更と活動の分割・統合の場合に限り、番号から組織コードを外して、拠点と機能の体系に振り直した。標準階層は会社コード・機能・拠点の三段に組み替え、組織図は年度ごとの原価センタグループで表すことにした。 配賦のサイクルは、機能と拠点のグループに付け替えた。利益センタの割当ての変更を伴うコストセンタは、改編の手順書で毎回一覧にし、翌年度の改編では約50が該当した。そのうち営業と物流の間で動いた12のコストセンタについてだけ、前年の実績を比較用に組み替えた。 改編後の前年比の組替えの作業は、1営業日で終わるようになった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

組織改編に備えて決めておく三つのこと

第一に、コストセンタを組織の箱ではなく、場所と機能で決まる責任の最小単位として作る。 番号や名前に組織コードを入れない。新しく作るのは、会社コードが変わる場合と、活動そのものが分割・統合される場合に限り、その条件を規程に書く。

第二に、標準階層は変わりにくい軸で組み、組織図は年度ごとの代替階層で表す。 標準階層はすべてのコストセンタが一か所に属する枠なので、会社コード・機能・拠点で組む。組織図は原価センタグループとして年度ごとに作り、前年のグループは凍結して残す。 配賦のサイクルは、報告用の組織のグループとは別の、変わりにくいグループで指定する。

第三に、利益センタやセグメント、機能領域の割当てを変えるコストセンタだけを、改編のたびに一覧にして遡及の要否を決める。 伝票に書き込まれた属性は、階層を組み替えても変わらない。段差の金額と、その数字を使う場所で、組み替えるか注記で済ませるかを選ぶ。

まとめ
組織改編の案が出たら、まずコストセンタを新しく作る計画が紛れていないかを確かめる。新設は会社コードが変わる場合と活動が分割・統合される場合に限り、それ以外は年度の代替階層を組み替えて、前年のグループを凍結する。利益センタ・セグメント・機能領域の割当てが変わるコストセンタだけは一覧にし、遡及の要否を決める。

関連記事