稟議で承認した設備投資が、購買依頼の解放でもう一度承認に回る。発注が承認され、検収が終わり、請求書が入ると、今度は支払の承認が回ってくる。現場からは、同じ案件を三回承認しているという苦情が上がる。情報システム部門に相談すると、SAP側の解放戦略を外せば一回で済むと言われる。経理は、それでは監査に出すものが無くなると答える。この議論が何年も終わらないのは、双方が承認の回数を数えているからである。数えるべきなのは回数ではない。監査に出す文書の側から見て、そこに紐づいている承認がいくつあるかのほうである。
二重に見えているのは、承認がかかっているオブジェクトが違うから
稟議システムが承認しているのは 案件 である。SAPが承認しているのは 文書 である。この二つは一対一で対応しない。
一件の稟議が複数の購買依頼に割れることは珍しくない。予算をまとめて取り、実行は四半期ごとに分ける。年度をまたぐ。仕様変更で追加発注が出る。このとき、案件側の承認と文書側の承認の対応関係は、稟議番号を人が突き合わせない限り復元できない。 逆に、複数の稟議が一本の購買依頼にまとまることもある。同じ相手に同じ月に発注するからという運用上の理由だけで、金額の根拠が二つに分かれた文書ができる。
承認の性格そのものも違う。稟議が承認しているのは 金額の枠と、その支出をしてよいという意思決定 である。購買文書の解放が承認しているのは その枠を、この相手に、この条件で、いま使うこと である。仕訳の検証が承認しているのは その転記でよいこと であり、支払承認が承認しているのは 出金してよいこと である。四つとも判断内容が違う以上、これらは原理的には二重ではない。
にもかかわらず二重に感じられるのは、承認者が同じで、承認の画面に出てくる情報も同じで、判断のために見るものが変わらないからである。同じ人が同じ材料を見て同じ判断を二回している場合だけが、消してよい二重である。 消してよい二重と、消してはいけない多層を、回数で区別することはできない。
四つの口は、止めている場所がそれぞれ違う
線を引く前に、四つの口がそれぞれ何を止めているのかを確認しておく。ここを混ぜたまま「SAPに寄せる/外に寄せる」を議論しても、決まらない。
購買文書の解放は、発注そのものを止める。解放されるまでは後続の処理に進めない。止まる場所が転記の前なので、止めた事実は文書のステータスとして残る。
仕訳の検証は、転記を止める。パーク文書として存在しているが総勘定元帳には入っていない、という中間状態を作る。この中間状態があること自体が、統制の設計上は重要である。 承認前の仕訳が「まだどこにも無い」のではなく「パークされた文書として在る」ため、承認待ちの母集団を数えられる。
支払の承認は、出金を止める。ここまでの三つは、いずれも金額と相手と内容を見る判断である。
銀行口座マスタのデュアルコントロールだけが、性格がまったく違う。止めているのは金額ではなく、振込先の変更である。 請求書の振込先が差し替えられる類の不正は、稟議でも購買解放でも仕訳検証でも支払承認でも止まらない。金額も相手先の名前も正しいからである。止まるのは、口座番号の変更が機微項目として定義され、変更に別の承認者を要求している場合だけである。承認の回数を減らす議論をするときに、この一本だけは回数の勘定に入れない。
線を引く基準は、証跡を出す単位のほうにある
使い勝手を基準にすると、たいてい外に寄る。稟議システムのほうが画面が分かりやすく、スマートフォンで承認でき、添付も自由だからである。それでも線を引く基準は使い勝手ではない。監査と税務調査に、どの単位で証跡を出すかである。
電子帳簿保存法の要件を当てはめると、この違いが具体的になる。電子取引データの保存では、真実性の確保 として、タイムスタンプの付与、訂正や削除の履歴が残る(あるいは訂正削除ができない)システムでの授受と保存、訂正削除の防止に関する事務処理規程の備付けと運用、のいずれかが求められる。あわせて 可視性の確保 として検索機能が必要で、検索の項目は 取引年月日・取引金額・取引先 の三つである。なお、範囲を指定しての検索と、任意の二以上の記録項目を組み合わせての検索は、税務職員によるデータのダウンロードの求めに応じられる場合には不要とされている。
ここで効いてくるのが置き場所である。取引データがSAPにあり、承認の記録が外のワークフローにあると、片方だけでは説明が完結しない。 取引年月日・取引金額・取引先で引ける状態はSAP側にあるが、その取引が承認されていた事実は別のシステムにある。この二つを結ぶ鍵が稟議番号だけで、しかもその番号が購買文書の自由記入欄に手で入力されているなら、証跡の完全性は入力者の注意力に依存していることになる。 監査でも税務調査でも、その突合の説明を毎回することになる(電子帳簿保存法のスキャナ保存・電子取引を月次決算の工程に組み込む手順)。
内部統制の側も動いている。企業会計審議会は令和5年4月7日に「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」を公表し、改訂基準および改訂実施基準は令和6年4月1日以後開始する事業年度における評価および監査から適用されている。 制度導入以来のまとまった改訂である。承認の証跡が二つのシステムに割れている状態は、この機会に整理しておく対象になる(内部統制の3点セットの作り方と更新、形だけの文書にしない運用)。
判定はひとつの問いで足りる
線引きの基準を一文にすると、こうなる。この承認を取り消したとき、取り消される「もの」がSAPの中にあるか。 あるならSAP側に置く。ないなら外でよい。
購買依頼の解放を取り消せば、購買依頼が止まる。仕訳の検証を取り消せば、パーク文書が転記されない。支払承認を取り消せば、支払提案が実行されない。いずれも、取り消しの効果がSAPの中の状態変化として現れる。 これらを外のワークフローに置くと、外で否認しても、SAPの中の文書は誰かが手で止めない限り進んでしまう。承認と実行が別々のシステムに分かれた瞬間、承認は実行を止める力を失い、指示に格下げされる。
逆に、投資をするかどうかの意思決定は、承認の時点でSAPの中に対応するものが無い。取り消しても止まるものが無い。だからこの層は外でよいし、外のほうが向いている。 企画書、複数案の比較、関係部署のコメントといった、量も形式もばらばらな材料を扱えるからである。
二重承認が実際に生まれている場所は、三つに絞られる
現場が二重だと感じている場面を分解すると、たいてい次の三つのどれかである。
第一に、枠の承認と実行の承認を、同じ人が同じ材料で二回している。 稟議を承認した部長が、購買依頼の解放でもう一度承認者に立っている。判断内容は原理的に違うが、二度目に見る材料が一度目と同じなら、実質は同じ判断である。これは消してよい二重で、対処は承認者を変えるか、解放の閾値を上げて枠内の実行を無承認で通すかのどちらかになる。 解放戦略にせよ Flexible Workflow にせよ、金額を条件にした分岐は設定できる。全件を承認に回している会社は、承認そのものが目的化していることが多い(グループ会社の決裁権限規程、親会社が承認する事項の切り分け方)。
第二に、一案件が複数の文書に割れて、案件側の承認が文書からたどれない。 これは二重承認ではなく、紐づけの欠陥である。承認を減らして解決する種類の問題ではない。対処は、稟議番号を購買文書の項目として持たせ、稟議の残枠と発注累計を同じ場所で見られるようにすることである。予算統制の仕組みを使えば、枠と消化を伝票側で管理できる(SAPで予算超過を発注段階で止める、予算統制(ファンドマネジメント)の入れ方)。
第三に、支払の段階で金額の妥当性をもう一度確認している。 支払承認の場に、発注書と検収と請求書を並べて金額を突き合わせる作業が残っているなら、それは支払承認が三面照合の代わりをしているということである。照合が効いていないから、人が最後の砦に立たされている。 ここで増やすべきは承認ではなく照合の側である(請求書OCRの自動化が三面照合の例外処理で止まる理由とERP側に寄せる設計)。支払承認に残すべきは、資金繰りの観点からこの日に出してよいかという判断だけになる。
外に置いた承認をSAPに効かせる方法は、二つしかない
線を引いた結果、稟議は外に残すという結論になったとする。その場合、外の承認をSAPの文書に効かせる手立ては二つしかない。
ひとつは、外の承認結果をSAPに取り込んで、文書の解放条件に使う方法である。承認済みの稟議番号と残枠をSAPに連携し、購買依頼のヘッダに稟議番号を必須項目として持たせ、未承認や枠超過なら解放されない。この形なら、SAPの中の文書だけを見れば承認の有無が分かる。証跡の単位が文書に揃う。
もうひとつは、SAPの承認タスクを外の画面に出す方法である。Flexible Workflow は SAP Business Workflow と同じエンジンの上にあり、承認タスクは My Inbox に集まる。ここから外部のUIに取り出す実装は可能だが、標準の枠から外れる範囲が広がるほど、アップグレードのたびに検証対象が増える。使い勝手のために追加開発を積むかどうかは、標準の範囲でどこまで我慢できるかの判断になる(SAPアドオンの要否をFit-to-Standardで判定する手順と3つの判断基準)。
いずれにせよ、外の承認をSAPに連携しないまま並走させる形だけは選ばない。 それは統制の二重化ではなく、統制の欠落を二か所に分散させているだけである。
売上高780億円の産業機械メーカーで、SAP S/4HANA の稼働から三年目。承認の仕組みは三本走っていた。国内向けの稟議システム、SAP側の購買依頼と発注の解放戦略、そして支払提案の承認である。現場の不満は明確で、五十万円の治具を買うのに承認が四回回るという苦情が毎年の従業員調査に上がっていた。経理担当役員が最初に指示したのは、承認を減らすことではなく 承認の対象物を並べることだった。 洗い出した結果、承認の層は稟議・購買依頼の解放・発注の解放・支払承認の四つで、さらに銀行口座マスタのデュアルコントロールが別に一本あった。判断内容を書き出したところ、購買依頼の解放と発注の解放が、同じ承認者が同じ見積書を見て同じ判断をしている状態 だった。購買依頼の起票から発注までの間に、価格も相手も変わっていない。ここは消してよい二重で、発注側の解放を金額の上位帯に限定し、それ以外は購買依頼の解放だけで通す形に変えた。次に稟議と購買依頼の関係を見た。ここは消せなかった。過去一年の稟議1,240件のうち、購買文書が二本以上に割れていたものが317件あり、そのうち稟議番号が購買文書に記録されていたのは114件だけだった。 残りは購買担当者の記憶と、稟議システム側の手書きの追記でしか対応が取れない。監査法人からは前年も同じ指摘を受けていた。対処として、稟議番号を購買依頼のヘッダの必須項目にし、承認済みで残枠のある稟議番号でなければ解放されないように条件を追加した。連携は夜間の一括更新である。この一点で、監査で毎回発生していた突合の説明が無くなった。 三つ目の支払承認については、当初は削減の候補に挙がっていた。しかし実際の運用を見ると、承認者が発注書と検収と請求書を並べて金額を確認していた。三面照合の設定が入っていたにもかかわらず、許容差異の幅が広く、差異のある伝票が例外として大量に流れていたためである。ここは承認を消さず、照合の許容差異を絞る側を直した。 例外の件数は月あたり210件から34件に落ち、支払承認は資金繰りの判断だけを残す形になった。銀行口座マスタのデュアルコントロールは、そもそも回数の議論の対象外として最初から外している。機微項目の定義を確認したところ、口座番号は入っていたが受取人名が入っていなかったため、追加した。運用を変えて一年後、承認の回数は案件あたり平均3.4回から2.1回に減った。ただし担当役員の総括は回数の話ではない。減らせたのは二回分ではなく、監査のたびに三人が二日かけていた突合作業のほうだった、というものである。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、承認の対象物を並べてから、判断内容を書き出す。 SAPの側に用意されている承認の口は、購買文書の解放、仕訳の検証、支払の承認、銀行口座マスタのデュアルコントロールの四つで、止めている場所がそれぞれ違う。購買文書の解放は発注を止め、仕訳の検証は転記を止めてパーク文書という中間状態を作り、支払の承認は出金を止め、デュアルコントロールは機微項目として定義されたフィールドの変更だけを止める。振込先の変更を止められるのは最後の一本だけで、これは承認回数の勘定に入れない。 消してよいのは、同じ人が同じ材料を見て同じ判断をしている組み合わせだけである。
第二に、線を引く基準を使い勝手から証跡の単位に移す。 判定はひとつの問いで足りる。その承認を取り消したとき、取り消される「もの」がSAPの中にあるか。あるならSAP側、ないなら外でよい。承認と実行が別のシステムに割れた瞬間、承認は実行を止める力を失い、指示に格下げされる。電子帳簿保存法の電子取引データ保存では、真実性の確保としてタイムスタンプ・訂正削除の履歴が残るシステム・事務処理規程のいずれかが求められ、可視性の確保として取引年月日・取引金額・取引先での検索が要る。取引データと承認記録が別のシステムに割れていれば、その突合の説明を監査と税務調査のたびに繰り返すことになる。
第三に、外に残す承認は、必ずSAPの解放条件に効かせる。 承認済みの案件番号と残枠を連携し、購買文書の必須項目として持たせ、未承認や枠超過なら解放されない形にする。自由記入欄への手入力で紐づけている限り、証跡の完全性は入力者の注意力に依存する。外の承認をSAPに効かせないまま並走させる形は、統制の二重化ではなく、統制の欠落を二か所に分散させているだけである。
そのうえで、二重に見えている場面の多くは、実は承認の問題ではない。一案件が複数文書に割れて紐づけが切れているなら、それは紐づけの欠陥であり、承認を減らしても直らない。支払承認の場で金額を突き合わせているなら、三面照合が効いていない証拠であり、増やすべきは照合のほうである。承認の回数だけを見て削ると、消してよい二重は残り、消してはいけない層のほうが消える。
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