四半期の締めの4営業日目、連結の担当者が子会社の経理にメールを送った。仮払金と未払金の照合は終わっているか、という確認である。 返事は翌朝に来た。終わっているが、課長の確認がまだだという。同じやり取りが、その四半期だけで十数回あった。経理部長の机には、照合の専用ツールの提案書が載っている。 効果の欄には、照合の作業時間を年間3,000時間減らせると書かれていた。部長は、その数字を信じてよいのか決めかねていた。照合に時間がかかっているのは確かだが、困っているのは別のところだという気がしたからである。
差異を調べる時間は、ツールを入れても減らない
提案書の工数の削減額は、照合の作業時間に削減率を掛けて出している。この計算は、照合の時間の中身を分けていない。
照合の時間は三つに分かれる。一つ目は、残高と明細を集めて照合表に貼る時間である。二つ目は、差異の原因を調べる時間。三つ目は、確認者が照合表を見て承認する時間である。ツールで確実に減るのは一つ目で、残高の取込みと照合表の作成が自動になる。 三つ目も、残高がゼロの勘定や前月から動いていない勘定を自動で承認する設定にすれば減る。
減らないのは、二つ目の差異の調査である。 仮払金の残高に3か月前の出張の精算が残っている理由は、ツールにはわからない。担当者が申請者に聞き、精算を促し、処理を待つ。この時間は、照合表がExcelでもツールでも同じである。照合に時間のかかる勘定ほど、時間の大半はこの調査が占める(勘定残高の証憑突合と明細レビュー、四半期レビューに耐える残高保証の手順)。
差異の調査を減らすのは、照合の道具よりも、差異が生まれる手前の業務である。仮勘定に明細が溜まるのは、精算や振替の期限が決まっていないからで、照合を速くしても残高は減らない(仮払金・仮受金を決算に持ち越さない、滞留する仮勘定は社内の未決事項)。入庫請求仮勘定も同じで、残高の原因は購買の運用にある(SAPのGR/IR勘定の残高が減らない原因、期末の振替では購買の運用は直らない)。
だから、作業時間の削減額だけで投資を説明すると、稼働の後に数字が合わなくなる。 削減できるのは集める時間と承認の時間で、提案書の削減率を照合の全時間に掛けた額には届かない。
消えるのは、済んだかどうかを確かめる往復である
では、ツールは何に効くのか。冒頭の連結の担当者が失っていた時間に効く。
締めの工程では、ある勘定の照合が済まないと、次の作業に進めない場面がある。子会社の債権と債務の残高が固まらなければ、連結の消去は始められない。このとき後工程の担当者は、照合が済んだかどうかを自分では見られない。 メールで聞き、返事を待ち、確認者の承認がまだなら、もう一度待つ。照合そのものは1時間で終わっていても、済んだことが伝わるまでに半日かかる。
照合表が共有フォルダのExcelにある限り、この往復はなくならない。 ファイルが置かれていても、それが最終版か、確認者が見たのかは、ファイルからはわからないからである。ツールは、勘定ごとに未着手、作成済み、承認済みの状態を持ち、後工程の担当者が自分で画面を見て判断できるようにする。
確認者の側でも、同じことが起きている。課長が30人の担当者の照合表を確認するとき、どれが出てきていて、どれが遅れているかを知るために、一覧表を別に作っている。 この一覧表の更新が遅れると、締めの会議で進捗を答えられない。
待ち時間は、作業時間の集計には現れない。担当者の勤務時間のうち、照合の作業として記録されるのは突き合わせと調査の時間で、返事を待っていた時間は別の作業に紛れる。締めの日数を延ばしているのは、多くの場合、この記録されない時間である(決算早期化はなぜ頭打ちになるのか、締め日数の限界と次の投資先)。
効くかどうかは、勘定の数と拠点の数の積で決まる
待ち時間が問題になる会社と、ならない会社がある。分かれ目は、毎月の照合の単位がいくつあるかである。
単体の会社で、照合する勘定が300なら、単位は300である。 担当者は10人ほどで、確認者は2人か3人。全員が同じ部屋にいて、一覧表は1枚で足りる。済んだかどうかは、聞けばその場でわかる。この会社にツールを入れても、消える待ち時間がそもそも少ない。
グループ30社で、1社あたり150の勘定を照合していれば、単位は4,500になる。 担当者は100人を超え、拠点も時差も分かれる。親会社の連結の担当者が、4,500の状態は、一覧表では追いきれない。状況は各社の経理課長にメールで聞くしかなく、その往復が締めの後半を占める。
海外の拠点が加わると、差はさらに開く。照合表の様式が会社ごとに違えば、親会社は中身を読めず、照合が済んだという申告を信じるしかない。 監査法人から子会社の照合表の提出を求められたとき、集めるだけで数日かかる(監査法人の資料依頼(PBCリスト)の管理方法、期末に締めと監査を衝突させない分担)。
投資の判断は、この単位数に、状況の確認にかかっている時間を掛けて行う。締めの期間に、照合の状況を尋ねるメールと会議が何件あり、後工程が何時間止まっていたかを、一度数える。 提案書の削減額と比べるのは、その数字のほうである。利用料は、利用者の数や勘定の数で決まる契約が多い。単位数が少ない会社ほど、1単位あたりの費用は重くなる(SAP導入の費用対効果(ROI)の見積もり方、延命投資を経営に説明する手順)。
数百勘定の会社は、標準機能と様式の統一で足りる
単位が数百の会社にも、照合が属人的でレビューが追いつかないという悩みはある。ただし、その原因は道具の不足よりも、照合の決まりがないことにある。
最初に、勘定を危なさで三つに分ける。 仮勘定や見積りを含む勘定は毎月、明細まで照合する。残高の動きが定型の勘定は、四半期ごとにする。残高がゼロか、前月から動いていない勘定は、動きがないことの確認だけにする。300の勘定のうち、毎月の照合が要るのは、多くの会社で3分の1に満たない。
次に、照合表の様式を一つにそろえる。 帳簿の残高、内訳の明細、突き合わせた証憑、差異とその原因、解消の予定日、作成者と確認者の欄を、全勘定で同じ位置に置く。確認者は、どの勘定でも同じ場所を見ればよくなる。
三つ目に、SAPの標準機能を使い切る。 仮勘定や未払金で未決済明細管理が有効になっていなければ、残高の内訳は毎月、明細の一覧から手で拾うことになる。有効にすれば、消込の済んでいない明細だけが残高の内訳として出る。自動消込の条件を見直すだけで、手で消している明細の多くが消える。
進捗は、決算のタスクの一覧に照合の行を足せば追える(決算タスクの進捗管理をSAPに移すかは、締めの工程表の入れ替わり率で見極める)。ここまでやって、なお状況の確認に時間を取られているなら、そのときにツールを検討する。
この順番には、もう一つ理由がある。勘定の分類と様式の統一は、ツールを入れるときにも必ず要る作業である。 分類がなければ自動承認の条件を置けず、様式がばらばらなら照合表の型を登録できない。先にやっておいて無駄になることはない。そして、数百勘定の会社では、多くの場合、そこで悩みが片づく。
産業機械のメーカー(3月決算、連結子会社は国内外28社)。親会社の経理部は、照合ツールの導入を2回検討した。 1回目は親会社の単体が対象で、照合する勘定は約280だった。提案書の削減額は年間2,400時間。経理部長が担当者に時間の内訳を記録させると、照合の時間の6割は差異の調査で、残高を集める時間は2割だった。部長は導入を見送り、勘定を三つに分類して毎月の照合を約90に絞り、照合表の様式を1種類にした。 仮払金と未払金には未決済明細管理を有効にした。確認者のレビューは、締めの期間内に終わるようになった。2年後、連結の締めを2日縮める計画の中で、もう一度検討した。今度は、子会社28社を含めた照合の単位が約3,900あり、四半期の締めの間に、照合の状況を尋ねるメールが約400通出ていた。 連結の消去は、子会社の債権債務の照合が済んだという返事を待って、平均で1日半止まっていた。部長は、この待ち時間を根拠に稟議を書いた。単体で作った分類と様式を、そのまま全社の型として登録した。稼働の後、連結の担当者は画面で状態を見て消去を始めるようになり、状況を尋ねるメールは四半期に数十通まで減った。 差異の調査にかかる時間は、導入の前とほとんど変わっていない。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、効果を作業時間で測らない。 差異の調査はツールを入れても残る。締めの期間に、照合の状況を確かめる往復が何件あり、後工程が何時間止まっていたかを数える。
第二に、勘定の数と拠点の数を掛けて、照合の単位数を出す。 数百なら、一覧表と様式の統一で追える。数千になり、担当者が拠点に分かれているなら、状態を画面で共有する道具に費用を払う理由がある。
第三に、ツールの前に、勘定の分類、様式の統一、未決済明細管理の有効化を済ませる。 どれも導入のときに要る作業で、小さな会社はそこで足りる。



