取引銀行の系列の不動産会社から、提案書が届いた。本社ビルを土地ごと80億円で買い取り、10年間、年4.2億円で貸し戻すという。 本社ビルの簿価は土地と建物で32億円なので、売却益は48億円になる。提案書の要約には、三つの効果が並んでいる。手元資金の確保、売却益による自己資本の増加、そして総資産の圧縮によるROAの改善。 経営企画は前向きで、中期経営計画の資本効率の目標に効くと言う。CFOは、三つ目の効果に引っかかる。 自社は2027年4月から始まる事業年度に新しいリース会計基準を適用する。借り戻した本社ビルは、その日から貸借対照表に戻ってくる。売ったはずの資産が戻ってくるのなら、何のために売るのか。
売っても資産は減らない。借り戻した期間の賃料が戻ってくる
冒頭の提案を、新しい基準で貸借対照表に置いてみる。本社ビルの簿価32億円が消え、現金80億円が入る。 同時に、10年間の賃料年4.2億円を、借手の追加借入利子率で割り引いた額が、使用権資産とリース負債として載る。利子率を1.8パーセントとすれば、リース負債は約38億円である。 使用権資産もおおむね同じ額で載る。
つまり、簿価32億円の建物と土地が出ていき、約38億円の使用権資産が入ってくる。 資産の側で減るのは、売却代金を借入の返済に使った分だけである。売却代金のうち60億円で借入を返せば、有利子負債は60億円減るが、リース負債が38億円増える。総資産は、売る前より大きくなる。
旧基準の下でこの取引が意味を持ったのは、リースバックがオペレーティング・リースに当たれば、借り戻した建物が貸借対照表に載らなかったからである。資産が消え、負債も増えず、売却益が出る。 新しい基準は、この三つのうち、負債が増えないという部分を消した。簿価の低い古い不動産ほど売却益は大きいが、戻ってくる使用権資産は簿価ではなく賃料の総額で決まるので、資産を軽くする効果はほとんど残らない。
損益計算書でも、効果は逆に出る。 売る前は、建物の減価償却費が年に約0.5億円だった。売った後は、使用権資産の減価償却費が年に約3.8億円、リース負債の利息が初年度で約0.7億円かかる。返した借入の利息が年に約0.7億円減っても、税引前の利益は年に3億円強、減る。 売却益の48億円は一度だけで、この減少は10年続く。EBITDAは賃料が減価償却費と利息に置き換わるので、ほとんど動かない。 EBITDAを全社目標にしている会社では、この取引の費用が目標の上に現れない(全社目標はEBITDAか営業利益か、設備産業と買収型成長での違いと選び方)。
残る効果は、売却益と手元資金である
資産を軽くする効果がなくなっても、二つの効果は残る。一つは売却益である。 日本の基準は米国基準を参考に、売却に当たる取引では売却益の全額を計上させる。IFRSを適用している会社なら、借り戻す期間に対応する部分の利得は認識されないので、同じ取引でも、日本基準の会社のほうが一時の利益は大きく出る。
だが、一時の利益は、資本政策の上では両刃である。 売却益で自己資本が増えれば、その年のROEは上がるが、翌年以降のROEの分母は大きくなり、しかも利益は賃料の分だけ減っている。資本効率を上げたいのなら、売却益を何に使うか、自社株買いに回すのか投資に回すのかを先に決めなければ、効果は一年で消える(政策保有株式の縮減、売る順番と売却益の使い道を先に定める)。
もう一つは手元資金である。 80億円は、借入でも作れる。問題は、どちらの資金が安いかである。
判断の一つ目は、実質の資金の費用を借入と比べること
リースバックで作る資金の費用は、賃料だけでは測れない。売った会社は、10年後の本社ビルと土地の価値も手放しているからである。
冒頭の提案で、今80億円を受け取り、年4.2億円を10年払い、10年後の不動産の価値を手放すと考えて、その内部収益率を計算する。10年後の価値が60億円なら実質の資金の費用は約3.1パーセント、70億円なら約4.2パーセント、80億円のまま保たれるなら約5.3パーセントである。 同じ期間の借入が1.8パーセントで調達できるなら、リースバックは借入よりかなり高い資金である。 都心の土地のように価値が下がりにくい資産ほど、手放す残存価値が大きく、資金は高くなる。
比べる先は、同じ期間の借入である。 提案書が賃料の利回りを5.25パーセントと示し、借入より高いが株主資本コストより安いと書いてくることがある。だが、この取引は借り戻す義務を負う点で、返済の義務がある借入に近い(資本コストの出し方と使い方、WACCを自社の数字で説明する)。リース負債は、財務制限条項の有利子負債の定義に入りうる。 返した借入の分だけ条項の余裕が広がるとは限らないので、契約書の定義を確かめてから数字を置く(コベナンツ(財務制限条項)の管理、抵触の前に余裕度を四半期で見る)。
リースバックが借入より筋が通るのは、借入の余地がない場合である。 財務制限条項や格付けの制約で借入を増やせない、あるいは担保に入れられる資産がほかにない。その場合でも、比べるべきは実質の資金の費用であって、賃料の利回りではない。
判断の二つ目は、その拠点をいつまで使うか
もう一つの軸は、拠点を使い続ける期間である。リースバックの期間が終われば、賃料は市場の水準で改められ、退去を求められることもある。 10年を超えて使い続ける拠点なら、10年後に、自社で建てた本社に家賃を払い続けるか、移転の費用を払うかを選ぶことになる。
では、借り戻す期間を長くすればよいか。 長くするほど、経済的利益のほとんどすべてを売手が享受する形に近づき、適用指針第56項の金融取引の扱いに寄る。金融取引として扱われれば、売却益は出ず、受け取った80億円は借入と同じように負債に載る。 実質の資金の費用が借入より高い借入を、わざわざ組んだことになる。買い戻す権利を付ける場合も同じである。 収益認識に関する会計基準の適用指針は、売手が資産を買い戻す義務や権利を持つ買戻契約では、買手は資産の支配を獲得していないとするので、譲渡は売却に当たらない。
だから、リースバックが最も筋が通るのは、その拠点を借り戻す期間の中で出ていく予定がある場合である。 工場の集約や本社の移転が数年後に決まっていて、それまでの間だけ使う。この場合、手放す残存価値はもともと自社の使い道がなく、借り戻す期間も退去の計画に合わせて短く組める。
税務も、会計とは別に確かめる。 売却に当たる取引なら、売却益には法人税等がかかり、手元に残る資金は80億円より少ない。法人税法第64条の2第2項は、リースバックが同法のリース取引に当たり、一連の取引が実質的に金銭の貸借と認められる場合には、売買がなかったものとし、金銭の貸借があったものとする。会計で売却として扱えても、税務の扱いが同じになるとは限らないので、組み方を決める前に税務の結論を取っておく。
売上高1,600億円の食品メーカー(日本基準、3月決算、2027年4月開始の事業年度から新リース会計基準を適用予定)。取引銀行の系列の不動産会社から、都内の本社ビルを土地ごと80億円で売却し、10年間、年4.2億円で借り戻す提案を受けた。 本社ビルの簿価は32億円で、有利子負債は約210億円、借入契約にはネット有利子負債とEBITDAの比率による財務制限条項が付いていた。経営企画は、売却益48億円による自己資本の増加と、総資産の圧縮によるROAの改善を効果に挙げた。CFOは、新しい基準で貸借対照表と損益計算書を引き直した。 リース負債は追加借入利子率1.8パーセントで約38億円になり、売却代金のうち60億円で借入を返しても、総資産は取引の前より大きくなった。税引前の利益は年に3億円強減り、EBITDAはほとんど動かなかった。財務制限条項の契約書を確かめると、有利子負債の定義にリース負債が含まれており、返済の効果は38億円分相殺された。 10年後の不動産の価値を70億円と置いた実質の資金の費用は約4.2パーセントで、同じ期間の借入の1.8パーセントを大きく上回った。そのうえで、本社を使い続ける期間を確かめた。 同社は5年後に本社機能の一部を郊外の研究所の敷地に移す計画を持っていたが、役員会の議事録には移転の時期も規模も書かれていなかった。会社は本社ビルのリースバックを見送った。 代わりに、5年以内に閉鎖が決まっていた地方の物流倉庫2棟を売却し、閉鎖までの3年間だけ借り戻す組み方を不動産会社に逆提案した。倉庫の簿価は9億円、売却価格は17億円で、借り戻す期間が短いため使用権資産は約5億円にとどまった。 本社ビルについては、移転の計画が役員会で決まった時点で改めて検討することにし、その時点の借入の条件と比べる前提を議事録に残した。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、リースバックを、資産を軽くする手段として検討しない。 企業会計基準第34号は2027年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用され、借手はリースバックした建物も使用権資産とリース負債として載せる。簿価の低い古い不動産を売っても、戻ってくる使用権資産は賃料の総額で決まるので、総資産はほとんど減らず、増えることもある。 損益計算書では、賃料が減価償却費と利息に置き換わり、利益は借り戻す期間ずっと減る。
第二に、残る効果である売却益と手元資金を、借入と同じ物差しで比べる。 日本の基準は米国基準を参考に、売却に当たる取引では売却益を全額計上させ、適用指針第57項は時価や市場のレートから外れた対価や賃料を引き直させる。資金の費用は、賃料だけでなく手放す残存価値を含めた内部収益率で出し、同じ期間の借入と比べる。 リース負債が財務制限条項の有利子負債の定義に入るかも、契約書で確かめる。
第三に、その拠点をいつまで使うかを先に決める。 借り戻す期間を長くしたり買い戻す権利を付けたりすれば、適用指針第56項や収益認識の買戻契約の扱いにより金融取引となり、売却益は出ない。リースバックが最も筋が通るのは、借り戻す期間の中で出ていく予定があり、借入の余地がない場合である。 退去の計画が役員会で決まっていない拠点は、売らない。
新リース会計基準の下では、セール・アンド・リースバックで資産は軽くならない。借り戻す期間の賃料を割り引いた使用権資産とリース負債が載り、利益は借り戻す期間ずっと減る。
残る効果は売却益と手元資金である。手放す残存価値を含めた実質の資金の費用を内部収益率で出し、同じ期間の借入と比べる。筋が通るのは、借り戻す期間の中で出ていく予定があり、借入の余地がない場合だ。退去の計画が決まっていない拠点は売らない。



