S/4HANAに移行して最初の四半期決算。セグメント情報の下書きを作った担当者が、前年同期との比較で手を止める。 産業機械のセグメントの利益が4億円少なく、同じ額だけサービスのセグメントの利益が多い。売上にも費用の総額にも、そんな動きはない。原因を辿ると、稼働の翌月に事業部の管理会計の担当が、保守部門の原価センタ42個の利益センタの割当てを付け替え、共通費の配賦サイクルの受け手を組み替えていた。 組織変更に合わせた、筋の通った変更である。経理部は、その変更を知らなかった。 旧システムなら、月次のFIとCOの照合で差異の調査が始まり、そこで気づいていたはずの変更だった。

POINT
S/4HANAで起きることは、SAP自身の説明に書かれている。SAPノート2270419(S4TWL - Cost Elements)が扱うとおり、S/4HANAでは原価要素が勘定コードの一種として勘定コード表の中で保守され、配賦に使う二次原価要素も、勘定タイプ「二次原価」の勘定として置かれる。 原価要素を別のマスタとして作る従来のトランザクションは使えない。そして財務会計(FI)と管理会計(CO)の仕訳は、ユニバーサルジャーナル(テーブルACDOCA)の1本の明細に載る。 一つの取引について会計の伝票は一つになり、FIの伝票とCOの伝票を別々に持って突き合わせる必要がなくなる。そのため、ECCで会社コード・事業領域・機能領域をまたぐCOの転記をFIに反映させていた照合元帳と、その転記を行うトランザクションKALCは、S/4HANAでは不要になる。 二次原価要素が勘定そのものになったので、COの業務取引をFIの照合勘定に割り当てる設定も要らない。月末にFIとCOの残高を並べ、差異の理由を一行ずつ説明する作業は、構造としてなくなる。 消えるのは作業である。だが、突合が果たしていた役割は作業だけではなかった。 管理会計の側で何かが変わったとき、それが財務の数字に届く前に、経理が一度立ち止まる場でもあった。

消える作業は、三つに分かれる

ECCで経理がFIとCOのために使っていた時間は、おおむね三つに分かれる。

一つ目は、残高の突合である。 COの原価要素別の実績とFIの費用勘定の残高を並べ、差があれば、原価要素の割当て漏れか、COの転記の対象外になった伝票か、期間のずれかを調べる。ユニバーサルジャーナルでは、同じ明細を別の切り口で集計しているだけなので、この差は原理的に出ない。

二つ目は、照合元帳の転記の実行と確認である。 会社コードをまたぐ配賦や、機能領域をまたぐ配賦をFIに反映させるため、月次でKALCを流し、転記の結果を確かめていた。S/4HANAでは、配賦の仕訳がその時点でユニバーサルジャーナルに載るので、別の転記の工程はない。

三つ目は、原価要素と勘定の対応の保守である。 新しい費用勘定を作るたびに、対応する一次原価要素を作り忘れていないかを見ていた。勘定コード自体が原価要素を兼ねるので、作り忘れというミスが起きる余地そのものがなくなる。

月次決算の短縮の議論で、S/4HANAの効果として最初に挙がるのはこの三つである(S/4HANAで月次決算はどこまで早くなるか、締め作業の縮む部分と残る部分)。ここまでは、移行の稟議にそのまま書いてよい。

照合がなくなると、管理会計の設定が財務の数字に直接出る

問題は、照合がなくなった後である。FIとCOが1本の明細に載るということは、COの設定を変えた結果が、そのままFIの数字として確定するということでもある。 間に突合の工程がないので、差異として表に出る機会がない。

財務の数字に直接出る経路は、少なくとも三つある。

一つ目は、利益センタからセグメントへの経路である。 S/4HANAでは、セグメントは利益センタのマスタに持たせ、仕訳の利益センタからセグメントが導出される。原価センタには利益センタが割り当てられている。原価センタの利益センタの割当てを変えれば、その原価センタに付く費用のセグメントが変わる。 セグメント情報は、企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」のマネジメント・アプローチにより、経営者が意思決定に使う社内の区分をもとに開示される(セグメント情報の区分は開示だけの話ではない、社内の報告単位がそのまま外に出る)。社内の区分の付け替えは、そのまま外に出る数字の付け替えになる。

二つ目は、機能領域の経路である。 損益計算書の売上原価と販売費及び一般管理費を、原価センタの機能領域から導出している会社では、製造部門と販売部門の間の配賦は、売上原価と販管費の間で費用を動かす。 配賦サイクルの送り手や受け手、配賦の基準を変えると、売上総利益率が変わる。

三つ目は、会社コードをまたぐ配賦の経路である。 本社の原価センタから子会社の原価センタへ費用を配賦すると、会社コード間の清算の仕訳が生まれ、各社の個別の損益と会社間の債権債務が動き、連結の内部取引消去の対象に載る。請求書を伴わない会社間の費用の付け替えは、移転価格や消費税の論点も呼び込む。 配賦サイクルの受け手に別の会社コードの原価センタを一つ足すだけで、これが起きる。

旧環境でも、同じ設定の変更は同じ結果を生んだ。違いは、月次の照合という網があったかどうかである。 機能領域や会社コードをまたぐ転記は照合元帳を通ってFIに届き、その結果を経理が確認していた。S/4HANAでは、その確認の工程がない。

配賦サイクルとマスタは、移送の変更管理の外で変わる

ここで、多くの会社のIT全般統制の設計が効いてこない。システムの変更管理は、開発環境で作った設定やプログラムを本番環境に移送するときの承認として組まれていることが多い。 勘定コード表や利益センタの導出の規則のようなカスタマイズは、この網にかかる。

一方で、配賦サイクル、原価センタのマスタ、利益センタのマスタは、多くの運用で本番環境で直接登録し変更する。 事業部の管理会計の担当や経営企画に、その権限が与えられていることも珍しくない。組織変更のたびに原価センタを付け替え、配賦の基準を見直すのは、管理会計の日常の仕事だからである。 移送の承認を見ている監査は、この変更を見ていない。

冒頭の会社で起きたのは、これである。原価センタの利益センタの割当ても、配賦サイクルの受け手の組み替えも、本番環境のマスタの変更として行われ、移送の承認の手続を通らなかった。 ECCであれば、月次の照合で説明のつかない差異が出て、経理が変更に気づく順番になっていた。S/4HANAでは、セグメント情報の下書きの段階まで、誰も気づかない。

だから、FIとCOの照合がなくなった後、管理会計の設定の変更の承認を経理が持つ。 設定の中身を経理が決めるという意味ではない。配賦の基準の妥当性は事業と管理会計の担当が判断すればよい(SAPの配賦(アロケーション)設計の実務と、共通費を納得感のある基準で割る考え方)。経理が持つのは、その変更が財務の数字、特にセグメント、売上原価と販管費の区分、会社間の取引に届くかを判定し、届くものは決算の前に知っておく責任である。

照合の作業は消える。照合が担っていた「変更に気づく場」は、承認として作り直す
BEFORE
ECC:月次の照合で気づく
COの変更が照合元帳と残高突合を通ってFIに届き、説明のつかない差異の調査で経理が変更を知る
→
AFTER
S/4HANA:変更の前に承認する
COの変更は即座に財務の数字になる。セグメント・機能領域・会社間に届く変更は、経理の承認を経てから本番に入れる
移行の稟議に書くべきなのは、照合の工数の削減だけではない。照合がなくなった分の統制を、誰がどこで持つかである。

承認の対象は、財務に届く変更だけに絞る

管理会計の変更をすべて経理の承認にかけると、事業部の管理会計は機能しなくなる。対象は、財務の数字に届く変更に絞る。

一つ目の対象は、原価センタの利益センタの割当ての変更と、利益センタのセグメントの割当ての変更である。 セグメントをまたぐものは例外なく承認にかける。二つ目は、機能領域の異なる原価センタの間で費用を動かす配賦サイクルの新設と、送り手・受け手・配賦の基準の変更である。 三つ目は、受け手に別の会社コードの原価センタを含む配賦である。同じセグメント、同じ機能領域、同じ会社コードの中で閉じる変更は、事業部の判断に任せてよい。

手続は、申請、判定、確認の三段で足りる。事業部の担当は、変更の内容と、どのセグメント・機能領域・会社コードにいくら動くかの試算を書いて申請する。経理が承認してから本番のマスタを変える。 そして、四半期の締め期間中はマスタとサイクルの変更を止める。締めの途中で配賦をやり直せば、確定したはずの数字が動くからである。月次で、原価センタ・利益センタのマスタと配賦サイクルの変更履歴を出し、承認の記録と突き合わせる。 承認のない変更が見つかったら、その月の数字への影響を測る。

権限の側も合わせて見直す。配賦サイクルの変更と実行を同じ担当が持つなら、実行の結果を経理が確認する手順を入れる(S/4HANAで内部統制を効かせる方法、証跡・承認ワークフロー・例外検知の設計)。移行の設計段階で、利益センタとセグメントの持ち方を決めた人が、稼働後の変更の承認者になるのが自然である(SAPの組織構造設計(会社コード・管理領域)はアドオンで直せない唯一の領域)。

移行の前に、権限と比較の数字を決めておく

承認の仕組みは、稼働してから作ると遅い。稼働の直後は、組織変更に合わせたマスタの付け替えが最も多い時期だからである。 移行の準備の段階で、二つを決めておく。

一つ目は、マスタと配賦サイクルを変更できる利用者の棚卸しである。 ECCで長年使われてきた権限は、異動した担当者や、一度だけ設定を頼まれた外部の要員に残っていることが多い。移行は、権限の設計をやり直せる数少ない機会である。 変更の権限を、事業部の管理会計の担当のうち必要な人数に絞り、経理の承認と組み合わせる。

二つ目は、前年の数字の並べ方である。 S/4HANAへの移行に合わせて利益センタの体系を組み替える会社は多い。セグメント情報等の開示に関する会計基準は、報告セグメントの区分方法を変更した場合に、前年度のセグメント情報を変更後の区分方法で作り直した情報の開示を求めている(作り直すことが実務上困難な場合の扱いも定めている)。組み替えた後の区分で前年の数字をどう作り直すかを、稼働の前に決めておかないと、冒頭の担当者のように、最初の四半期の比較で手が止まる。照合の作業から浮いた経理の時間は、まずこの作り直しに使う。

設例

売上高1,800億円の産業機械メーカー(3月決算)。ECCからS/4HANAへのシステムコンバージョンを終え、最初の四半期決算で、産業機械・サービス・部品の3セグメントのうち、産業機械の利益が前年同期比で4億円少なく出た。 同じ額だけサービスのセグメントの利益が多い。経理部が原因を調べると、稼働の翌月に、事業部の管理会計の担当が、保守部門の原価センタ42個の利益センタを産業機械からサービスに付け替え、本社の共通費の配賦サイクルの受け手も組み替えていた。保守の要員をサービス事業の所属にするという組織変更に合わせた変更で、事業の側の判断としては正しかった。 だが、前年同期の数字は旧い区分のままで、セグメント情報の比較に説明が要る。旧システムでは、経理部は月次のFIとCOの照合に毎月3人日をかけていた。 移行でこの作業はなくなり、同じ期間に、原価センタのマスタを変更できる利用者は事業部側に14人いた。CFOは、照合の工数が消えた分を、変更の承認に充てることにした。 セグメントをまたぐ利益センタの割当ての変更、機能領域をまたぐ配賦、会社コードをまたぐ配賦の三つを、経理部の承認の対象にした。事業部は、変更の内容とセグメント別の影響額の試算を付けて申請する。四半期の締めの期間は、マスタとサイクルの変更を止めた。 月初の3営業日目に、前月の変更履歴を出して承認の記録と突き合わせる。最初の半年で申請は37件あり、財務に届くと判定したのは9件だった。 そのうち2件は、会社コードをまたぐ配賦で、子会社への請求の根拠となる契約がなかったため、配賦の方法を見直してから本番に入れている。照合にかけていた3人日のうち、承認と変更履歴の確認に使っているのは、月に1人日足らずである。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、消える作業を、正確に数えて稟議に書く。 SAPノート2270419が扱うとおり、S/4HANAでは原価要素は勘定コードとして保守され、財務会計と管理会計の仕訳はユニバーサルジャーナルの1本の明細に載る。FIとCOの残高の突合、照合元帳とKALCによる転記、原価要素と勘定の対応の保守は、構造としてなくなる。 ここは移行の効果として書いてよい。

第二に、照合がなくなった分、管理会計の設定が財務に届く経路を洗い出す。 原価センタの利益センタの割当てはセグメントに、機能領域をまたぐ配賦は売上原価と販管費の区分に、会社コードをまたぐ配賦は各社の損益と会社間の取引に、そのまま出る。配賦サイクルや原価センタ・利益センタのマスタは本番環境で直接変更されることが多く、移送の変更管理の網にかからない。

第三に、財務に届く変更の承認を経理が持つ。 対象は、セグメント・機能領域・会社コードをまたぐ変更に絞り、事業部は影響額の試算を付けて申請する。四半期の締めの期間は変更を止め、月次でマスタと配賦サイクルの変更履歴を承認の記録と突き合わせる。 配賦の基準の妥当性は事業と管理会計の担当が決め、経理はそれが財務のどこに届くかを決算の前に知る。

まとめ
FIとCOの照合がなくなると、突合の作業は消えるが、管理会計の設定を変えた結果がそのまま財務の数字として確定する。原価センタの利益センタの割当てはセグメントに、機能領域をまたぐ配賦は売上原価と販管費の区分に、会社コードをまたぐ配賦は各社の損益と会社間の取引に出る。移行の準備の段階で、マスタと配賦サイクルを変更できる利用者を棚卸しする。そのうえで、セグメント・機能領域・会社コードをまたぐ変更は、経理が承認してから本番に入れる仕組みにする。

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