「これからはROIC経営だ」。中期経営計画でそう掲げた会社は多い。けれど現場に降りた瞬間、号令はたいてい宙に浮く。製造ラインの班長に、経理の売掛担当に、営業の若手に「ROICを上げろ」と言っても、何をどう変えればいいのか分からないからだ。投下資本利益率という言葉は正しい。正しいのに、動かない。
ROICは「稼ぐ力」と「回す力」の掛け算である
まず土台を一文で。ROIC(投下資本利益率)は、事業に突っ込んだお金(投下資本)が、税引き後の営業利益(NOPAT=営業利益×(1−実効税率))をどれだけ生んだかの比率だ。投下資本はおおむね「有利子負債+株主資本」、言い換えれば株主と銀行から預かって事業に張っているお金の総額を指す(日本取締役協会、Scale Cloud)。
ここで一段だけ分解する。ROICは「稼ぐ力」と「回す力」の掛け算に割れる。これがROIC経営の出発点だ。
なぜこの分解が効くのか。ROICだけ見ていると、現場は「自分に関係ない経営指標」として手を止める。だが「利益率」と「回転率」に割った瞬間、利益率は粗利やコストの話、回転率は在庫や売掛金や設備の話だと、担当者が自分の持ち場を見つけられる。経済産業省の伊藤レポートがデュポン分解で日本企業のROEを国際比較したとき、見えたのは「日本の劣後は主に利益率の低さ=稼ぐ力の差」だった(クレックスグループ)。同じレンズを、自社の中で現場まで通すのがROICツリーである。
ROICツリー:行動レバーまで枝を伸ばす
利益率と回転率に割っただけでは、まだ現場は動けない。さらに枝を伸ばす。「稼ぐ力」と「回す力」、それぞれの末端まで分解する。
(分解の系統はScale Cloud、BMファクトリーに詳しい。)
枝の末端まで来て、ようやく現場の言葉になる。ROICツリーの価値は精緻さではなく、この末端の打ち手で気づきを生むことにある。逆に言えば、末端が現場の業務語になっていないツリーは、ただの計算図であって経営の道具ではない。
ここで実務上の注意を一つ。回転率の三兄弟(在庫・回収・支払)は、運転資本を通じて投下資本の分母に直結する。在庫を圧縮すれば分母が減り、回転率が上がり、ROICが上がる。回収を早めれば寝ていた現金が戻る。支払を適正化すれば必要資本が減る。
「翻訳」がなければツリーは現場に根付かない
ツリーを描けば動く、わけではない。ここを甘く見た会社が、号令倒れになる。
参考になるのがオムロンだ。同社は2013年頃からROICを事業評価に導入し、ROIC経営の先駆けとして知られる。
鍵は二つ。一つは、全社ROICを各事業・各部門のKPIへ落とす「ROIC逆ツリー」。製造部門なら自動化率や設備回転率といった現場KPIへ、自分の改善が全社ROICのどこに効くかを見えるようにした。もう一つが、**数式を使わず言葉でROICの意義を現場に説く「翻訳式」**である。2015年からはこれらを束ねて「ROIC経営2.0」として運用してきた(ダイヤモンド、オムロン統合レポート)。
実際、同社の公開資料には、KPIと改善ドライバーを並べた一覧(付加価値率、変動費の低減額・率、ROS、失敗コスト率、注力業界・エリアの売上など)が示されている(オムロン統合レポート2018)。財務の頂点(ROIC)から現場の動詞(不良を減らす、付加価値の高い商品を売る、設備を遊ばせない)まで、一本の線でつないでいる。
ここから自社に持ち帰るべきは、三つの作法だ。
まず動かす:今週からの三つの問い
最後に、明日の会議で使える形にしておく。ROIC経営の入口は、壮大なフレームワークより、現場に投げる三つの問いだ。
- 在庫(棚卸資産回転率/回す力):いま倉庫で何か月分の在庫が眠っているか。動いていない品番はどれか。そこに張り付いた資本はいくらか。
- 回収(売上債権回転率/回す力):請求から入金まで平均何日か。サイトの長い取引先はどこか。5日縮められないか。
- 粗利(売上総利益率/稼ぐ力):直近で粗利率が落ちた商品・案件はどれか。材料費か、値引きか、構成比か――どの枝が効いているか。
この三問は、それぞれROICツリーの「回す力」と「稼ぐ力」の末端に直結している。答えを数字で出せれば、現場は自分の仕事と全社のROICが地続きだと実感する。ROIC経営とは、難しい指標を導入することではない。頂点の一つの比率を、現場の誰もが触れる行動レバーへ翻訳しきること――それができた会社だけが、号令を成果に変えられる。
- ROIC経営が失敗する最大の理由は、計算式を配って終わりにすること。必要なのは現場の行動レバーまでの分解と翻訳。
- ROICは「稼ぐ力(売上高営業利益率)×回す力(投下資本回転率)」の掛け算に割れる。これが出発点。
- ツリーの価値は精緻さでなく、末端の打ち手で気づきを生むこと。末端が業務語でないツリーはただの計算図。
- 回転率の三兄弟(在庫・回収・支払)は投下資本の分母を締めてROICを上げる。損益だけ見ると抜け落ちる道。
- オムロンに学ぶ三つの作法=下から組み立てる/式でなく言葉で配る/1〜2レバーへ絞る。
- 入口は壮大なフレームより、在庫・回収・粗利の三つの問い。頂点の比率を行動レバーへ翻訳しきった会社だけが、号令を成果に変えられる。



