「経理は紙があるから在宅にできない」。この説明は、いまではほとんど成り立たない。電子帳簿保存法の改正で、電子取引で受け取ったデータを紙に出力して保存する運用は、2023年末で退路を断たれた。紙を前提にした運用を残す理由は、会社が動かなくても制度の側から順に消えていく。それでも経理だけ全日出社が続く会社はある。残っているのは紙ではなく、口頭だ。 そして在宅で締まるかどうかは、働き方の問題ではなく、その経理がどこまで標準化されているかを測る計器として読める。

POINT
在宅で決算が締まらない会社が挙げる理由は、たいてい紙の証憑と押印だ。だがこの二つは制度と投資で消せる。実際に締めを止めているのは、手順書に書かれていない口頭の判断——「この費用は先月と同じ按分で」「この差異は例年通り」——のほうだ。隣に座っていれば数秒で片づくため、書く動機が生まれない。在宅にするとそれがチャットの往復になり、締めが伸びる。多くの会社はここで「やはり出社したほうが速い」と結論する。速いのは締めであって、組織ではない。口頭で解決し続けている限り、その知識は一人の頭の中に留まる。在宅可否は福利厚生の論点ではなく、標準化の到達度を測る質問として扱う。

紙は、制度の側が減らしにきている

電子取引で授受したデータを電子のまま保存する義務は、2022年1月1日から始まっている。ただし2023年12月31日までは宥恕措置が置かれ、やむを得ない事情があれば出力書面での保存も認められていた。この宥恕が切れたのが2024年1月1日だ。以後も、保存要件に従って保存できないことに相当の理由があると所轄税務署長が認め、税務調査でダウンロードの求めと出力書面の提示に応じられる場合の猶予措置に乗る道は残るが、紙に出力して保存すれば足りるという扱いには戻らない。スキャナ保存についても、令和5年度の改正で解像度・階調・大きさに関する情報を画像とともに保存する要件が廃止された(読み取り時の解像度やカラーの要件そのものは残っている)。税務署長への事前承認の制度は、それより前の令和3年度改正で既に廃止されている。

在宅の障害として実際に残る紙は三つに絞られる。郵送で届く紙の請求書、押印を要する書類、そして金融機関まわりの紙(通帳、小切手、手形)だ。どれも解き方ははっきりしている。請求書は受領を電子に寄せる。押印は電子ワークフローに載せる。金融機関はネットバンキングと入出金明細のデータ取得に切り替える。金と時間はかかるが、判断そのものは難しくない。ここで止まっている会社は、難易度で止まっているのではなく、優先順位で止まっている。

難しいのは、書かれていない判断のほう

締めを本当に止めるのは、手順書に載っていない判断だ。この科目は毎月どの資料のどこを見て入れるのか。この費用の按分は何を根拠にしているのか。前月比で動いたこの差異は、調べるべきものか、例年通りのものか。

これらが文書になっていないのは、誰かが怠けたからではない。隣に座っていれば5秒で解決するから、書く必要が無かった。在宅にすると、その5秒がチャットの往復と待ち時間に変わる。締めは1日、2日と伸びる。そして「やはり出社したほうが速い」という結論が出る。

だが縮んだのは締めの日数で、判断の根拠は依然として一人の頭の中にある。その人が辞めた日に何が起きるかは、在宅かどうかとは無関係に決まっている(属人化した決算を組織知に変える 担当者が辞めても締まる引き継ぎ設計)。

もう一つ、在宅にすると口頭が消えると考えるのは誤りだ。口頭は個別のダイレクトメッセージに潜る。全員が聞こえる島から、二人だけの履歴へ移るだけで、可視性はむしろ下がる。

在宅を阻む二つの障害は、量ではなく「消し方」が違う。
制度と投資で消える紙の証憑・押印
いま残っている量
解消の難しさ
必要な投資
受領請求書の電子化、押印の電子ワークフロー化、ネットバンキングと明細データの取得。判断は難しくなく、決めれば進む。止まっているのは難易度ではなく優先順位。
仕組みでしか消えない口頭の判断・引き継ぎ
いま残っている量
解消の難しさ
必要な投資
按分の根拠、差異の見方、科目の判断。口頭なら即座に片づくため、文書化の動機が生まれない。在宅にしても消えず、個別のダイレクトメッセージに潜って可視性だけが下がる。
紙は金と制度で消える。口頭は、書く手順と書く場所を業務に組み込まない限り消えない。

在宅で締まっている経理に共通する三つ

制度でも回線でもツールでもない。共通するのは次の三つだ。

第一に、証憑が一次の段階で電子で入ってくること。紙をスキャンしているのは電子化ではない。スキャンする人が出社しているからだ。第二に、決算のタスクが担当・期限・前後関係つきで一覧になっていること。誰が何を待っているかが画面で分かれば、進捗を確認するための会話が要らなくなる(決算スケジュール表の作り方:5日締めを支えるWBSとクリティカルパス)。第三に、質問と回答が後から検索できる場所に残ること。個別のメッセージでなく共有のチャネルで聞き、答えは手順書に追記する。

この三つが無い会社は、出社していても締めは属人化している。在宅がそれを作ったのではない。もともとあった弱さが、距離によって見えただけだ。

全部を在宅にしない、と決めるほうが早い

実地棚卸、現金・小切手・手形の実査、原本の保管や封入を要する手続きは、出社が要る。ここを無理に在宅化しようとすると、統制が緩む方向にしか進まない。

設計として正しいのは「経理は在宅可」でも「経理は出社」でもなく、工程単位で在宅可否を宣言することだ。月次のどの工程が在宅で完結し、どの工程が出社を要するのか。誰が、月のどの日に出社するのか。それを決算スケジュールに書き込む。ハイブリッドが崩れるのは、出社日が「締めの週はなんとなく全員」に戻った時である。

全日出社を続けるなら、その差額はCFOが払う

中途採用の現場で、在宅可否は給与レンジと並べて比較される条件になっている。経理だけ全日出社を続けるなら、同水準の他社に対してどれだけの給与プレミアムを載せるか、あるいは採用に何か月余計にかかることを許容するか、どちらかを数字で引き受けることになる。これは働き方の議論ではなく、人件費と採用リードタイムの意思決定だ。

そのうえで、求人票に「リモート可」とだけ書くのは危うい。入社後に「実際は締めの週は全員出社」だと分かれば早期離職の理由になり、採用コストは二重にかかる。書くなら工程単位の実態で書く(経理の中途採用が取れない会社の見直し 求人票と選考プロセスの実務修正)。

現場では
ある食品メーカーで、経理6名が全日出社を続けていた。理由は「請求書が紙で来るから」。3か月分の受領請求書を実際に数えたところ、電子で届くものが既に6割を超えていた。紙の4割は特定の取引先に偏っており、上位10社に電子送付を依頼して7社が切り替えた。ここまでは想定どおりだった。問題はその後で、紙が減っても在宅にすると締めが2日伸びた。追うと、月次の仕訳のうち20本ほどが「担当者が判断して入れている」ものだった。按分の基準も、前月比較で何を異常と見るかも、本人の頭の中にあった。対策はその20本を一本ずつ、根拠資料の場所と計算手順を書いた手順書に落とすことで、書き終えるまでに3か月かかった。その後、締め日数は全員が出社していた頃より1日短くなった。在宅にしたことが早期化を生んだのではない。在宅にしたせいで、書かざるを得なくなっただけだ。

「家にいたら締まるか」は、「休んだら締まるか」と同じ質問

経理の在宅可否を働き方の議論として扱うと、結論は出ない。制度も回線もツールも、決め手にならないからだ。結論が出るのは、標準化の到達度を測る質問として扱った時である。「この人が明日休んだら締まるか」と「この人が家にいたら締まるか」は、ほとんど同じことを聞いている。だから、在宅にできない理由をすらすら並べられる会社は、その一覧をそのまま属人化の棚卸しとして使える。在宅化を働き方のプロジェクトとして立てるより、その一覧を一行ずつ潰していくほうが早い。

まとめ
経理だけ出社が続く理由として挙げられるのは紙だが、電子取引データの電子保存義務は2022年1月に始まり、2年間の宥恕措置が2023年末で切れた。相当の理由がある場合の猶予措置は残るものの、紙に出力して保存すれば足りる状態には戻らない。スキャナ保存でも解像度等の情報を保存する要件が廃止され、紙を前提にした運用を残す理由は制度の側から順に消えている。在宅の障害として実際に残る紙は、郵送の請求書、押印を要する書類、金融機関まわりの三つで、いずれも解き方ははっきりしており、止まっているのは難易度ではなく優先順位だ。締めを本当に止めるのは、手順書に書かれていない口頭の判断である。按分の根拠、差異の見方、科目の判断は、隣に座っていれば即座に片づくため文書化の動機が生まれない。在宅にするとそれがチャットの往復になって締めが伸び、多くの会社が出社に戻る。だが縮んだのは締めの日数だけで、知識は一人の頭に残ったままだ。しかも在宅にしても口頭は消えず、個別のダイレクトメッセージに潜って可視性は下がる。在宅で締まっている経理に共通するのは三つ。証憑が一次の段階で電子で入ってくること、決算タスクが担当・期限・前後関係つきで一覧になっていること、質問と回答が後から検索できる場所に残ることだ。これが無い会社は出社していても属人化している。設計としては全社一律でなく工程単位で在宅可否を宣言し、実地棚卸や現金・手形の実査など出社を要する工程を決算スケジュールに書き込む。採用では、全日出社を続けること自体が給与プレミアムか採用リードタイムのどちらかを支払う判断であり、求人票に「リモート可」とだけ書けば入社後の乖離が早期離職を招く。書くなら工程単位の実態で書く。在宅可否は福利厚生の論点でなく、標準化レベルの計測器として扱う。

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