賞与引当金、貸倒引当金、製品保証引当金、返品に備える返金負債、ポイントの契約負債——決算のたびに、経理は「いくら積むか」を決めなければならない。だが多くの会社で、この見積りは経理担当者の頭の中だけで完結している。「去年もこれくらいだったから」「保守的に多めに」。根拠を問われると弱い。監査法人に「この貸倒引当の水準の根拠は」と聞かれ、明快に答えられず、翌期から急に厳しく見られるようになる——決算実務で繰り返される場面だ。問題は担当者の能力ではない。引当の見積りを、誰が・どこまで決めるのかという社内の役割分担が決まっていないことにある。
経理が単独で置くと、実態から浮く
引当の見積りを経理が一人で抱える会社は多い。決算のスケジュールに追われ、期日までに数字を作らねばならないから、経理担当者が過去の実績と経験で置いてしまう。だが、賞与の支給見込みは人事と事業部が把握しているし、どの取引先の債権が焦げつきそうかは営業が一番よく知っている。返品がどれだけ出そうかは、現場の肌感の方が正確だ。
経理が単独で置いた見積りは、こうした現場の一次情報から切り離されている。だから、監査法人に前提を問われたときに、「なぜこの回収可能性なのか」を事業の言葉で説明できない。数字は作れても、その数字を支える事実を持っていないからだ。見積りが監査で崩れるのは、算定が間違っているからというより、算定の土台になる前提が現場の実態とつながっていないことが多い。
引当の見積りを事業部任せにすると、甘くなりやすい
では前提を事業部に任せきればいいかというと、逆の失敗が待っている。引当は利益を減らす。貸倒を多く見れば営業利益が削れ、賞与引当を厚くすれば部門の業績が悪く見える。だから、見積りの水準まで事業部に委ねると、引当は構造的に甘くなる。「この取引先はまだ大丈夫」「返品はそんなに出ない」——現場は自分の数字を守る方向に前提を寄せる。悪意ではなく、評価される立場にいれば自然にそうなる。
ここに、見積りの根深い難しさがある。前提を最もよく知っているのは事業部だが、その事業部は前提を甘く見るインセンティブを持つ。事実を持つ人と、公正な水準を置く人が同一だと、見積りはどちらかに傾きやすい。だから、事実を出す役割と、水準を決める役割を、別の人格に分ける必要がある。これは会計上の見積りに共通する構造で、繰延税金資産の回収可能性の判断でも、事業計画を作る側とその実現可能性を査定する側を分ける発想は同じだ。
前提・水準・承認を、三層に分ける
答えは、一人や一部署に見積りを集約するのでなく、責任を三層に分けることだ。前提は事業部、水準は経理、承認は経営。それぞれが自分の担当範囲だけに責任を負う。
この分け方の要点は、事業部を見積りから外すのではなく、事業部には前提の提出という明確な責任を負わせる点だ。「回収可能性が高い」と主張するなら、その根拠(直近の入金状況、取引継続の見込み、担保の有無)を書いて出す。経理はその前提を鵜呑みにせず、貸倒実績率や個別評価の基準に照らして水準を決める。経営は、その水準が利益に与える影響を理解した上で承認し、責任を負う。役割が分かれているから、監査法人に対して、前提は事業部、算定は経理、判断は経営が、それぞれ自分の持ち場を説明できる。
属人的な勘を、説明できる数字に変える
三層に分ける狙いは、見積りを「担当者の勘」から「説明できるプロセス」へ変えることだ。誰が事実を出し、誰が金額を算定し、誰が承認したか。この流れが決まっていれば、担当者が代わっても水準がぶれず、監査で前提を問われても持ち場ごとに答えられる。逆に、この分担を決めずに「経理が保守的に置いておく」を続ける限り、見積りは担当者の交代のたびに揺れ、監査のたびに掘り返される。
引当の見積りに、唯一の正解の金額はない。だからこそ、金額そのものより、その金額にたどり着くまでの役割と手順が問われる。前提は事業部、水準は経理、承認は経営。この三層を決算スケジュールに組み込んだ社内ルールとして文書化しておくことが、属人的な見積りから抜け出す最短の道だ。







