コンサル、受託開発、制作、士業——人が動いて売上が立つプロジェクト型の事業で、こういう相談をよく受ける。「案件ごとの採算が、終わってからしか分からない」。プロジェクトが完了して工数を集計し、請求額と突き合わせて初めて「この案件は赤字だった」と気づく。次に活かそうにも、その案件はもう終わっている。人はフル稼働しているのに、期末の利益が薄い。この構造は、受注後の管理をどれだけ丁寧にやっても直らない。採算は、見積りに判子を押した瞬間にほぼ決まっているからだ。
採算は、見積りの瞬間に決まっている
プロジェクトの粗利を決める変数は、突き詰めると二つしかない。投入する工数と、そこに乗る単価だ。請負であれ準委任であれ、見積りの段階で「この作業に何人月かける」と置いた時点で、原価の大枠は固まる。着手後にできることは、想定工数の範囲に実績を収める努力だけで、見積りが甘ければ、現場がどれだけ頑張っても赤字は避けられない。
だから、案件が終わってから予実を集計する運用は、採算管理としては後手に回っている。振り返りには意味があるが、それは次の見積り精度を上げるための材料であって、その案件の採算を救う手立てにはならない。管理の重心を、完了後の集計から見積り時点の工数設計へ動かす。ここが起点だ。プロジェクト別のPLを組んでいる会社は多いが、それを月次で締めて眺めているだけなら、見ているのは終わった採算の記録に過ぎない。
稼働率が、原価を静かに書き換える
見積りで多くの会社が間違えるのは、単価表に載っている標準原価をそのまま使うことだ。「この人の人件費は月100万だから、原価単価は100万」と置く。だが、その人が一か月まるまる請求可能な業務に張り付いているとは限らない。社内会議、提案活動、教育、待機——請求できない時間が必ず混じる。請求できた工数の割合が稼働率だ。
ここが採算の急所になる。人件費は稼働していようがいまいが毎月出ていく。だから、請求できなかった時間のコストは、請求できた時間が背負うしかない。稼働率6割の人材の実質的な原価は、単価表の1.67倍で効いてくる。
見積りで標準原価を使い、稼働率の低下を無視すると、帳簿上は黒字に見える案件が、事業全体では利益を食っている状態が生まれる。個々の案件はプラスなのに会社は儲かっていない——この乖離の正体は、たいてい稼働率だ。だから採算の下限は、標準原価ではなく、事業部の実際の稼働率で割り戻した実質人月原価で置く。売上高でなく、人が動いた時間と単位あたりの採算で事業を見る発想は、事業部別PLの設計や貢献利益による採算管理と地続きだ。
全案件を「一人あたり月次粗利」で一列に並べる
案件を比べるとき、多くの現場は受注額や請求単価で大小を語る。だが単価が高くても、投入工数が膨らめば粗利は薄い。逆に単価が並でも、工数が締まっていれば残る。案件の良し悪しを一本の物差しで測るなら、受注額でも単価でもなく、投入した一人月あたり、いくらの粗利を生んだかで並べる。
この物差しの利点は、規模の違う案件を同じ土俵に乗せられることだ。3人月の小さな案件と30人月の大型案件を、一人月あたりの粗利という共通単位で横並びにできる。並べると、社内の思い込みがよく崩れる。看板になっている大型案件が、一人月あたりで見ると平凡だったり、地味な小口案件が実は稼ぎ頭だったり、という発見が出てくる。営業がどの案件を優先して取りにいくべきかも、この一列で見えてくる。
「受注してよい下限」を、経営が数字で書く
最後は、下限の明文化だ。採算の物差しがあっても、いくらを下回ったら受けないのかが決まっていなければ、値引き圧力のたびに現場が個別に判断し、気づけば下限が崩れている。だから、一人月あたり粗利の下限を経営が数字で置く。「この水準を下回る案件は、部門長または役員の承認がなければ受注しない」という運用にする。
下限をゼロ(原価トントン)に置く必要はない。戦略的に取りにいく案件、稼働の谷を埋める案件は、下限を割ってでも受ける判断がありうる。重要なのは、それを現場の空気でなく経営の例外承認として通すことだ。下限を明文化すると、値引き交渉の場で「これ以上は下限を割るので持ち帰ります」という線が引ける。営業の握力にもなる。予実の差異分析は、この下限運用と組み合わせて初めて先回りの意味を持つ(予算差異分析)。
採算管理を強くするのに、凝った原価計算システムは要らない。要るのは、見る単位を単価から一人月あたり粗利へ変えること、原価を稼働率で割り戻すこと、そして受注してよい下限を経営が数字で書くこと。この三つで、赤字は終わってから反省するものから、受ける前に止めるものへ変わる。



