第2四半期の決算発表の10日前、営業部の課長から経理に電話が入る。BIのダッシュボードで全社の営業利益の累計が見えているが、これは期初の予想よりかなり低いのではないか、という問い合わせだった。 経理の担当者は、BIは部門の実績を見るために全社に公開しているもので、全社の合計の画面も同じ権限で開けることに、そのとき初めて気づいた。IR担当は、会社として決算発表の2週間前から沈黙期間に入り、投資家との面談を断っていた。社外には一言も話していないのに、社内では数百人が、公表前の全社の利益を見られる状態にあった。 経理部長からの報告を受けたCFOは、沈黙期間の運用は守られていると答えかけて、やめた。守っていたのは、口を閉じるという約束だけで、数字の流れは誰も管理していなかった。

POINT
公表前の決算の数字を縛る法令は、社外への伝達を縛るものと、知った人の売買を縛るものに分かれる。フェア・ディスクロージャー・ルール(金融商品取引法第27条の36、2018年4月施行)は、上場会社の役員や従業員が、証券会社やアナリスト、投資家などの取引関係者に未公表の重要な情報を伝えた場合に、その情報を公表することを求める。 対象は社外の相手への伝達で、社内での共有は対象にしていない。社内の共有に効くのはインサイダー取引の規制である。 金融商品取引法第166条は、上場会社の役員、代理人、使用人その他の従業者を会社関係者とし、職務に関して重要事実を知った場合、公表されるまでその会社の株式を売買することを禁じている。監査法人のように会社と契約を結んでいる者も、契約の締結や履行に関して知った場合は会社関係者に当たる。決算の数字は、会社として新たに算出した予想値や決算の数値が、直近に公表した予想値(予想がなければ前期の実績)から一定以上ずれたときに重要事実になる。 有価証券の取引等の規制に関する内閣府令が定める基準では、売上高は上下10パーセント以上、経常利益と純利益は上下30パーセント以上で、かつ増減の額が前期末の純資産額と資本金のいずれか大きい方に対して経常利益で5パーセント以上、純利益で2.5パーセント以上のときである。2013年の法改正で設けられた第167条の2は、重要事実を知った会社関係者が、他人に利益を得させる目的で情報を伝えたり、売買を勧めたりすることも禁じている。 沈黙期間は、決算期末の翌日から発表日まで投資家との対話を控える実務の慣行で、法令が定めた期間ではない。

公表前の数字は、経理の中で閉じていない

経理部長に、公表前の決算の数字を知っている人は誰かと尋ねると、たいてい経理部とCFOと社長、と答える。実際に数字の流れを追うと、その範囲はずっと広い。

帳票で受け取っている人がいる。 月次の損益の速報は、事業部長と経営会議の出席者に配られる。部門別の損益は各部門の管理職に届き、全社の合計が同じ表の最後の行に載っていることが多い。子会社の経理は連結パッケージを送る側だが、親会社から戻ってくる連結の試算を見ている場合もある。

システムで見られる人がいる。 ERPの会計モジュール、連結システム、BIのダッシュボード、そして決算の作業に使う共有フォルダ。それぞれの管理者と、参照の権限を持つ人は、経理の担当者の名簿よりずっと多い。 システムの管理者は、数字を見る仕事をしていなくても、権限の上では全部見られる。監査法人に参照の権限を渡している会社なら、監査チームもその範囲に入る(監査法人にSAPの参照権限を渡すと、監査対応の工数は実際どこまで減るのか)。

会議で聞いている人がいる。 経営会議、取締役会、事業部の月次の会議。資料は回収しても、出席者の記憶に残った数字は回収できない。決算説明資料の作成を手伝うIRと経営企画、開示書類の作成を支援する外部の会社、英訳を頼む翻訳会社も、公表前の数字に触れている。

これらの人の多くは、職務に関して数字を知った会社関係者に当たる。 数字が重要事実の基準を超えていれば、その人たちが公表前に自社の株を売買すれば、インサイダー取引になりうる。

沈黙期間は広報の約束事で、数字の流れを止めない

多くの上場会社は、決算期末の翌日から発表日まで、投資家やアナリストとの面談を控える沈黙期間を設けている。これは、社外に対して未公表の情報を話さないための約束事で、IRと広報が運用する。 社外への伝達を縛るフェア・ディスクロージャー・ルールへの備えとしては意味がある。

だが、沈黙期間は社内の数字の流れには何も効かない。 冒頭の会社のように、IRが投資家との面談を断っている間も、BIの全社画面は数百人に開かれ、月次の速報は通常どおり配られていた。公表前の数字に触れる人の範囲を決めているのは、広報のルールではなく、閲覧の権限と帳票の配布先である。 沈黙期間の運用を守っていることは、社内の情報管理ができていることを意味しない。

公表前の数字の管理を、口を閉じる約束で考えるか、見られる範囲の設計で考えるか
BEFORE
広報のルールで管理する
沈黙期間に投資家との面談を断り、社外に話さないことを徹底する。社内の帳票とシステムは平時と同じ配布先と権限のまま動いている
→
AFTER
閲覧権限と配布先で管理する
帳票、システム、会議体ごとに、公表前の数字を誰がいつから見ているかを一覧にし、締めから公表までの間だけ全社合計の数字を見る範囲を名簿の人に絞る
社外への伝達はフェア・ディスクロージャー・ルールと沈黙期間で抑えられる。社内で数字に触れる人の範囲は、権限と配布先を設計しない限り、誰も決めていない。

触れる人を棚卸しし、全社合計を見る人を名簿にする

絞る前に、まず一覧を作る。行は数字の通り道、列は、何の数字か、誰が見ているか、いつから見られるか、なぜ要るか、の四つである。

通り道は三種類に分けて拾う。 帳票は、月次の速報、部門別の損益、連結パッケージ、取締役会と経営会議の資料。システムは、ERP、連結システム、BI、決算用の共有フォルダ、メールの配布先のリスト。会議体は、公表前に決算の数字を議題にする会議と、その出席者である。それぞれについて、全社の合計の数字が見えるかどうかを一つずつ確かめる。 部門の数字しか要らない人に、全社の合計が同じ画面で見えていることが多い。

一覧ができたら、全社合計の数字を公表前に見る人を名簿にする。 名簿に載った人には、決算の数字を見る立場にあることと、公表までの間は自社の株を売買しないことを、期ごとに通知する。多くの会社は内部者取引の管理規程で、役員と一部の従業員に売買の事前届出を求めているが、届出の対象が役職で決まっていて、実際に数字を見ている人と一致していないことがある。 BIの管理者や決算の作業を手伝う派遣の社員は、役職の上では対象に入らない。名簿を役職から作るのではなく、一覧から作る。

名簿の外の人には、締めから公表までの間だけ、全社合計の数字を見せない。 部門の実績は部門の管理職に見せたまま、全社の合計と、業績予想との差がわかる画面だけを期間を限って閉じる。数字を見せる範囲の設計は、普段の経営のために部門損益をどこまで公開するかの議論とは別に決める(現場にどこまで数字を見せるか、部門損益の公開範囲を管理可能性で判断する)。

閉じる期間と、開ける時点を工程表に書く

閲覧を絞る期間は、会社として決算の数字や修正後の予想値を算出した時点から、公表の時点までが基本になる。ただ、実務では、算出の時点がいつかをあとから説明するのは難しい。月次の締めで全社の数字が見えた時点で、予想との差が大きいことはおおむね分かる。そのため、閉じる時点を締めの工程表の上に、何営業日目と書いておく。

四半期ごとに、閉じる日と開ける日を決算の工程表に載せる。 閉じる日には、BIの全社画面の権限を名簿の人に絞り、決算用の共有フォルダの参照者を確かめ、配布先のリストから名簿の外の人を外す。開ける日は、適時開示のシステムで公表した時刻の後にする(決算短信の作成手順、45日開示から逆算する制作スケジュール)。

予想との差が重要事実の基準に近づいたら、閉じる範囲をさらに狭める。 業績予想の修正を開示するかどうかを議論している間は、議論に加わる人と、数字を作る人だけに絞る。修正の開示の判断そのものは、事前に決めたルールで速く行う(適時開示の判断基準、「決定」の時点を事前ルールにする方法)。

システムの管理者の権限は、期間を限って閉じるだけでは足りない。 管理者は権限の設定そのものを変えられる。本番の環境で強い権限を使った記録を、誰がいつ何を見たかまで残し、決算の期間中の利用を事後に確かめる(SAPの緊急時特権ID(Firefighter)は誰にいつ渡すか、本番の強い権限の運用)。

設例

売上高1,800億円の電子部品メーカー(プライム市場、3月決算、国内外に子会社14社)。第2四半期の決算発表の10日前、営業部の課長からの問い合わせで、BIの全社の営業利益の画面が、部門の実績を見るための権限で約600人に開かれていることが分かった。 その四半期の営業利益は、期初の予想を約20パーセント下回る見込みで、会社は同じ日に業績予想の修正を開示する準備を進めていた。CFOは、法務部と相談して、画面を開いた記録のある人の中に、発表までに自社の株を売買した人がいないかを確かめさせ、該当者はいなかった。そのうえで、公表前の数字の通り道を一覧にさせた。 帳票が9種類、システムが5つ、会議体が4つあり、全社の合計の数字が見える人は、延べで約700人いた。内部者取引の管理規程で売買の事前届出の対象になっていたのは、課長以上の管理職と経理部と経営企画部の約180人で、BIの管理者2人と決算の作業を手伝う派遣の社員3人は対象に入っていなかった。会社は、全社合計の数字を公表前に見る人を一覧から名簿にし、約90人に絞った。 月次の締めの5営業日目から公表までの間、BIの全社画面と予想との差の画面は名簿の人だけが開けるようにし、部門の実績の画面は開いたままにした。月次の速報の配布先は、全社の合計の行を除いた部門版と、名簿の人だけに送る全社版に分けた。閉じる日と開ける日は決算の工程表に載せ、IRの沈黙期間の開始日と同じ表で管理することにした。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

公表前の決算数値の管理で決める三つ

第一に、沈黙期間の運用と、社内の数字の管理を分けて考える。 沈黙期間とフェア・ディスクロージャー・ルールは社外への伝達を抑えるが、社内の共有には効かない。社内で公表前の数字に触れる人の範囲は、閲覧の権限と帳票の配布先で決まる。

第二に、帳票、システム、会議体のそれぞれについて、全社合計の数字を誰がいつから見ているかを一覧にし、そこから名簿を作る。 売買の事前届出の対象を役職で決めていると、システムの管理者や作業を手伝う人が漏れる。名簿の人には期ごとに通知する。

第三に、閉じる日と開ける日を決算の工程表に書く。 月次の締めの何営業日目に全社の画面と配布先を名簿の人に絞り、公表の後に開ける。予想との差が重要事実の基準に近づいたら、議論に加わる人と数字を作る人だけにさらに絞る。

まとめ
沈黙期間を守っていても、社内の数字の流れは止まらない。最初に作るのは、帳票・システム・会議体ごとに、全社合計の数字を誰がいつから見ているかの一覧である。そこから名簿を起こし、閉じる日と開ける日を決算の工程表に書き込む。予想との差が重要事実の基準に近づいたら、範囲をもう一段絞る。

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