買収の完了から9か月がたち、監査法人と合意した取得原価の配分の結果が経理部から上がってきた。買収価格300億円のうち、顧客関連資産に90億円、技術資産に30億円が配分され、それぞれ15年と6年で償却することになった。 取締役会で承認した統合計画では、買収価格と純資産の差額の200億円をすべてのれんとし、20年で償却する前提で、1年目から営業利益の目標を置いていた。配分の結果を織り込むと、1年目の償却費は計画より約7億円多い。 統合の効果が出始める前に、計画は最初の年から未達になる。CFOが悔やんだのは、配分の見込みを置く材料が、意向表明の前のデューデリジェンスですでにそろっていたことだった。
日本基準では増えも減りもし、IFRSでは識別した分だけ増える
冒頭の例で、償却負担の変化を分解してみる。株式を取得する買収では、識別した無形資産は税務上の資産にならないので、時価と税務上の簿価の差に繰延税金負債を計上する。 実効税率を30パーセントとすれば、無形資産120億円に対して繰延税金負債は36億円になり、その分だけのれんが増える。のれんは116億円になる。300億円から、純資産100億円と無形資産120億円の合計を引き、繰延税金負債36億円を足し戻した額である。
日本基準で、計画どおりのれん200億円を20年で償却していれば、年間の償却費は10億円だった。 配分後は、顧客関連資産が年6億円、技術資産が年5億円、のれんが年5.8億円で、合計16.8億円になる。このうち無形資産の償却に対応する3.3億円は、繰延税金負債の取り崩しとして税金費用を減らすので、税引後の負担は13.5億円である。 技術資産の償却が終わる7年目からは、税引後の負担はのれんだけの場合とほぼ同じ10億円に戻る。日本基準での影響は、償却を前の年に寄せることにある。 のれんの償却年数を10年と置いていたなら、計算は逆になる。配分後のほうが負担は軽い。
IFRSでは、話が単純で重い。 のれんは償却しないので、無形資産を識別しなければ償却費はゼロである。配分後は年11億円の償却費が営業利益に載り、税引後でも7.7億円が6年間続く。IFRSを任意適用している会社がのれんの償却がないことを前提に計画を組むと、配分の結果がそのまま計画の未達になる。
どちらの基準でも、もう一つ効くのが棚卸資産の時価評価である。取得した会社の在庫は時価で受け入れるので、帳簿価額との差額は、在庫が売れた期の売上原価を押し上げる。 在庫の回転が速ければ、影響は買収の直後の1四半期か2四半期に集中する。
償却負担は、税引後の額で計画に入れる
営業利益と純利益で、影響の大きさが違うことに注意する。 無形資産の償却費は販売費及び一般管理費に入り、営業利益はその全額だけ下がる。税金費用の減少は、純利益の段階でしか効かない。差は小さくない。営業利益を事業部の評価や統合の目標に使っている会社では、税引前の額で目標を置き直す必要がある。
計画に入れる場所も決めておく。 償却費を買収した子会社の損益に負わせるのか、本社で持つのかで、統合の担当者の成績が変わる。償却費を負わせない評価は、子会社の経営者に買収価格の重さを意識させない。負わせる評価は、統合の担当者が自分では変えられない費用を背負わせる。多くの会社では、事業の運営の評価には償却前の利益を使い、買収の投資判断の検証には償却後の利益と資本コストを使う、という二本立てにしている。 どちらを使うかは、買収の前に決めておく(買収した事業にのれん償却と買収資金コストを負わせると評価はどう変わるか)。
社外に向けた数字への影響も、同じ時期に確かめる。 連結の純利益を基準に配当性向を公表している会社では、償却費の増加がそのまま配当の原資の見え方を変える。借入に経常利益の黒字を条件とする財務制限条項が付いていれば、償却の前倒しで条項に近づく年がないかを確かめる。株式を取得する買収では、無形資産は連結財務諸表にだけ現れ、親会社の個別の決算には載らない。 個別の決算の数字を使う分配可能額や税務の計算には、直接の影響はない。
意向表明の前に、配分の見込みを置く
配分の最終的な金額は、買収の後に評価の専門家が算定する。ただし、見込みを置く材料は、意向表明の前に手に入る。 待つ理由はない。
顧客関連資産の大きさと耐用年数は、顧客別の売上の推移から見当がつく。 評価では、既存の顧客から将来生まれる利益を、ほかの資産の貢献分を差し引いたうえで現在価値に割り引く方法(超過収益法)がよく使われる。耐用年数を左右するのは、既存の顧客がどれだけの速さで減るかである。 毎年の顧客の離脱率が5パーセントなのか15パーセントなのかで、償却の期間は大きく変わる。財務デューデリジェンスで顧客別の売上の推移を取り寄せていれば、離脱率は計算できる(M&Aの財務デューデリジェンスで確かめる3つの数字、正常収益力・ネットデット・運転資本)。
技術資産は、その技術を他社から借りたら払うはずの使用料から評価することが多い(ロイヤルティ免除法)。 対象会社の売上のうちその技術に依存する部分と、業界で一般的な使用料の料率、技術が陳腐化するまでの年数がわかれば、大まかな額は出せる。
同じ業種の過去の買収の開示も、目安になる。 有価証券報告書の企業結合の注記には、のれん以外の無形資産に配分した金額と、その主な種類や償却期間が書かれている。同業の上場企業の似た規模の買収を数件拾えば、買収価格のうちどれくらいが無形資産に配分され、何年で償却されたかの幅がわかる。この幅で、配分が小さい場合と大きい場合の二通りの償却負担を計算し、統合計画に並べる。
価格の議論と、償却の議論を混ぜない
償却負担を試算すると、買収価格を下げる理由に使いたくなる。だが、株式を取得する買収では、無形資産の償却は資金の流出を伴わず、税金の支払も変えない。 配分をどう変えても、対象会社が将来生むキャッシュフローは同じである。企業価値の評価に基づいて決めた価格を、会計上の償却負担を理由に動かすのは筋が違う。 価格の上限は、キャッシュフローと資本コストで決める(M&Aの上限価格を交渉前に文書化する、降りる判断の規律と手続き)。
例外は、事業譲渡などの資産を取得する形の買収である。 この形では、税務でも資産を時価で受け入れ、税務上ののれんにあたる資産調整勘定は5年で均等に損金に算入する(法人税法第62条の8)。償却が税金を減らすので、配分の中身がキャッシュフローに影響し、同じ事業でも株式の取得より価値が高くなることがある。 取引の形を選ぶ段階では、この差を価格の比較に入れる(買収資金の組み方、手元資金・借入・株式対価の配分を意向表明の前に詰める手順)。
償却の試算を使う場所は、価格ではなく、計画と説明である。 取締役会には、償却前と償却後の利益の両方で統合計画を示し、償却後の利益が計画の初年度にどれだけ下がるかを先に伝える。投資家に向けては、買収の公表の時点で償却負担の見込みを示しておけば、最初の決算で驚かれることはない。
計測機器のメーカー(日本基準、3月決算、連結売上高1,100億円)。ソフトウェアの開発会社を約150億円で買収する案件で、CFOは意向表明の前に、財務デューデリジェンスのチームに配分の見込みの試算を依頼した。 対象会社は保守契約の売上が全体の6割を占め、過去5年の顧客の年間の離脱率はおおむね7パーセントだった。同業の上場企業の過去の買収の開示を4件調べると、無形資産に配分された額は買収価格の2割から4割で、顧客関連資産の償却期間は10年から15年だった。チームは、無形資産の配分を30億円と60億円の二通りで置き、税引後の償却負担を、のれんを15年で償却する場合と比べて計算した。 最初の5年は、のれんだけの場合より、税引後で年間1億円から2億円ほど負担が重くなった。CFOは価格は動かさず、取締役会には償却前と償却後の二つの利益で統合計画を示し、初年度の目標は償却後の数字で置いた。 買収の後の配分の結果は、無形資産が52億円、顧客関連資産の償却期間は12年で、試算の幅に収まった。初年度の決算は、計画に対して償却の要因で外れることはなかった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
買収の前に決める三つ
第一に、自社の会計基準で、無形資産の識別が償却負担をどちらに動かすかを確かめる。 日本基準では、のれんの償却年数と無形資産の耐用年数の関係で、償却は前に寄ることも軽くなることもある。IFRSでは、識別した分だけ償却費が増える。 在庫の時価評価による売上原価の押し上げも、最初の四半期に入れておく。
第二に、意向表明の前に、配分の見込みを二通りで置く。 顧客別の売上の推移から離脱率を出し、同業の開示から配分の幅を拾えば、小さい場合と大きい場合の償却負担は計算できる。
第三に、試算は価格ではなく、計画と説明に使う。 株式の取得では償却は資金を動かさない。取締役会と投資家には、償却前と償却後の二つの利益で統合計画を示す。



