実地棚卸の翌週、差異一覧を前に経理が言う。「これは仕方ないですね」。金額を確認して、棚卸減耗費に落として、月次を締める。監査法人からは今年も同じ指摘が来る。原因分析の記録が不十分です。来年も同じことを言われる。この循環が止まらないのは、数字が合わないことのコストを、記録している人が一切負っていないからだ。 差異は経理が吸収し、現場の帳票は今年も去年と同じ精度で回る。

POINT
棚卸差異の扱い方は、監査の側から見ると損益の問題ですらない。日本公認会計士協会の監査基準報告書501「特定項目の監査証拠」A10項は、棚卸資産の継続記録が維持されている場合について「経営者又は監査人が、継続記録と実際の実地棚卸数量に差異を識別する場合がある。これは、棚卸資産の増減に係る内部統制が有効に運用されていないことを示唆していることがある」と書いている。差異そのものが統制の兆候として読まれる。同報告書第3項は、棚卸資産が財務諸表において重要である場合、実務的に不可能でない限り実地棚卸の立会を実施することを求め、その目的の第一に「実地棚卸結果を記録し管理するための経営者による指示と手続を評価すること」を置く。監査人が見ているのは差異の金額ではなく、差異が出た理由を会社が説明できるかどうかである。会計処理の側も、原因が分からないままでは決まらない。原価計算基準五(非原価項目)は、原価計算制度において原価に算入しない項目として異常な状態を原因とする価値の減少を挙げ、その筆頭に異常な仕損・減損・たな卸減耗等を置いている。連続意見書第四(棚卸資産の評価について)第一・六は「棚卸修正差額は棚卸減耗費とし、原価性の有無にしたがい、原価性のあるものは製造原価、売上原価又は販売費に含め、原価性のないものは営業外費用項目又は利益剰余金修正項目とする」としている。利益剰余金修正項目という区分は現行の損益計算書には残っていないが、原価性の有無で表示区分を分けるという判定の構造は生きている。そして原価性があるかないかは、原因が分からなければ判定できない。原因不明のまま一括で売上原価に落とす処理は、判定の結果ではなく判定の放棄である。実務の型はこうなる。差異を発生工程別に分類し、閾値を超えたものは現場が原因を書き、原因が付いた差異だけを経理が処理する。原因が付かないものは「未特定」として集計に残し、金額ではなく件数と率で管理する。年1回のカウントでは原因が追えないので、ABC区分に基づくサイクルカウントで上位品目の頻度を上げる。

差異を損失として見るから、直らない

棚卸差異が出たときに、まず金額を見る。重要性の基準値と比べて、小さければ処理し、大きければ調査する。この順序が、そもそも間違っている。

金額で足切りをすると、少額の差異が毎回そのまま通る。少額の差異が毎回通ると、記録の精度が悪いことが誰の問題にもならない。そして年に一度、大きな差異が出たときに初めて調査が始まるが、そのころには一年分の記録が積み上がっていて、原因は追えない。金額の閾値は処理の判断に使うもので、原因追及の判断に使うものではない。

見るべきは分布だ。差異が特定の倉庫、特定の品目群、特定の担当者、特定の工程に偏っていないか。偏っているなら、そこには原因がある。散らばっているなら、記録の仕組みそのものに原因がある。金額の合計は、この情報を全部潰してしまう。

監査が見ているのは金額ではなく、統制

監査基準報告書501の要求事項は、読むと発想が変わる。

第3項は二つの手続を並べている。(1)として、実務的に不可能でない限り、四つの目的で実地棚卸の立会を実施すること。目的は、実地棚卸結果を記録し管理するための経営者による指示と手続を評価すること、実施されている棚卸手続を観察すること、棚卸資産を実査すること、テスト・カウントを実施することである。そして(2)として、企業の最終的な在庫記録が実際の実地棚卸結果を正確に反映しているかどうかを判断するために、当該記録に対して監査手続を実施すること。立会は、この四つの目的を果たすための手段として置かれている。

A4項は、経営者による指示と手続の評価で何を見るかを具体的に挙げている。使用された実地棚卸の記録用紙の回収、未使用の記録用紙の取扱い、カウントと再カウント手続といった内部統制の適用。仕掛品の進捗度、滞留品、陳腐化品または破損品、および預り品などの第三者が所有する棚卸資産の正確な識別。数量の見積りのために適用された手続。基準日前後の棚卸資産の保管場所の移動および入出庫に係る内部統制。

この一覧のどこにも、差異の金額は出てこない。 出てくるのは、記録をどう管理しているかだけである。そしてA10項が、継続記録と実際の実地棚卸数量の差異を、棚卸資産の増減に係る内部統制が有効に運用されていないことの示唆になり得ると位置づける。毎年同じ指摘を受けている会社は、金額の説明を求められているのではなく、統制の説明を求められている。

期末以外の日に棚卸をしている場合はさらに条件が付く。第4項は、実地棚卸が期末日以外の日に実施される場合、実地棚卸日と期末日の間における棚卸資産の増減が適切に記録されているかどうかについて監査証拠を入手するため、第3項の手続に加えて監査手続を実施しなければならないとする。A9項は、期末日以外の日の実地棚卸が監査上適切かどうかは、棚卸資産の増減に係る内部統制の整備および運用状況の有効性に基づいて判断されるとしている。期中棚卸を選べるかどうかは、統制が効いているかどうかで決まる。 差異を放置している会社は、この選択肢を自分で捨てていることになる。

差異を経理で止めない。発生した工程まで戻して、そこで原因を書かせる。経理は最後に処理するだけにする。
STEP 1
工程別に分類する
入庫・出庫・工程内・保管・基準の5区分。金額でなく発生源で切る
STEP 2
現場が原因を書く
閾値超の差異は、当該工程の責任者が原因と再発防止を1行で記入
STEP 3
原因が付いた分だけ処理する
原価性を判定し、通常の範囲か異常かを分けて会計処理を決める
STEP 4
未特定を残して測る
原因が付かない差異は未特定として別掲。件数と率を月次で追う
土台年1回のカウントでは原因を追えない。ABC区分に基づくサイクルカウントで、金額上位の品目だけ頻度を上げる。基幹システム側にサイクルカウントの機能があるなら、まずそれを使う。
経理が処理してよいのは原因が特定できた差異だけ、と決めた瞬間に、原因を書く人が現場に生まれる。

差異は五つの発生源にしか分かれない

分類の粒度が細かすぎると誰も使わない。五つで足りる。

第一に、入庫。検収数量の誤り、入荷時の計数ミス、納品書と現品の不一致。第二に、出庫。払出記録の漏れ、誤品出荷、サンプル持ち出しの未記録。第三に、工程内。仕損や歩留の記録漏れ、投入実績の未入力、工程間振替の未処理。第四に、保管。破損、劣化廃棄の未記録、紛失、盗難。第五に、基準。単位や換算の誤り、品目マスタの誤設定、ロット管理の設定不備。

この五つのうち、第五は経理と情シスの責任で、残る四つは現場の責任である。 そして実務では第五が想像以上に多い。単位が個とケースで混在している、包装数量の変更がマスタに反映されていない、といった原因は、現場に返しても直らない。分類を先に置く価値は、返す先を間違えないところにある。

分類の作業は、差異一覧に一列足すだけでいい。列の名前は「発生源」。埋めるのは現場だが、埋められない行が出たら、それは「未特定」として残す。ゼロにしようとしない。

原価性の判定を、経理が単独で背負わない

会計処理の話に戻る。原価計算基準五(非原価項目)は、原価計算制度において原価に算入しない項目として、異常な状態を原因とする価値の減少を挙げ、その第一に異常な仕損・減損・たな卸減耗等を置いている。連続意見書第四は、棚卸修正差額を棚卸減耗費とし、原価性の有無に従って処理を分ける整理を示している。原価性のあるものは製造原価・売上原価または販売費に、原価性のないものは営業外費用等に。

ここで詰まるのは「異常」の線引きだ。通常生じる範囲の減耗と、異常な減耗を分ける基準を、経理が単独で引くことはできない。 通常の歩留を知っているのは製造で、通常の破損率を知っているのは物流である。

だから閾値は、生産部門・物流部門と合意して決める。品目群ごとに、通常の範囲として想定する減耗率を年度の初めに置く。範囲内なら原価性ありとして処理し、範囲を超えたものは原因の記載を求めたうえで判定する。合意しておくと、期末に「これは異常かどうか」を議論する場が消える。標準原価を運用している会社であれば、この閾値は標準の物量前提と揃えておく(標準原価と原価差異分析の使い方:差異を改善行動に変換する読み方)。

滞留在庫の評価損とは別の話であることも、社内で明確に分けておく。数量が合わないのが棚卸差異で、数量は合っているが価値が落ちているのが評価損だ。この二つを同じ会議で扱うと、話が必ず混ざる(棚卸資産の評価損と滞留在庫|期末に事業部と揉めない引当ルールの決め方)。

経理が処理してよい差異を、文書で定義する

運用を変える一手は、経理の権限を狭めることだ。感覚論ではなく、条件を三つ書く。

第一に、発生源の工程が特定されていること。第二に、再発防止の担当者が決まっていること。第三に、金額が閾値以下であること。閾値を超えるものは、その工程の責任者の承認を添える。三つを満たさない差異は、経理が処理しない。 処理しないと決めると、月次が締まらないのではないかという不安が出る。出ない。処理はする。ただし「未特定」という区分に入れて、別掲したまま損益に落とす。

この一手の効き目は、金額ではなく可視性にある。未特定の件数と率が毎月の資料に載るようになると、その数字が誰かの目に留まる。差異の金額は誰も覚えないが、未特定率が三割から一割に落ちたという話は、経営会議で通用する。 指標にするのは金額でなく件数と率にする。金額は品目単価に引きずられて、記録精度の改善を映さない。

記録の残し方も決めておく。差異一覧、発生源、原因の記載、承認の記録。監査法人が翌年に見るのはこの一式で、監査人が経営者の指示と手続を評価する材料になる。監査対応のために作る資料ではなく、運用の副産物として残るようにする(監査法人の資料依頼(PBCリスト)の回し方|期末に締めと監査が衝突しない分担)。

現場では

食品製造の会社で最初に打った手は、カウントの精度を上げることだった。棚卸の応援人員を増やし、全品目を二重カウントにした。翌期の差異はほとんど変わらなかった。原因欄には相変わらず「計量誤差」と書かれ、全額が売上原価に落ちている。監査法人の指摘も三期連続で同じだった。カウントを厚くしても差異が減らなかったのは、差異がカウントの側ではなく記録の側で生まれていたからである。

方針を変えてからは、差異一覧に「発生源」という列を一つ足しただけだ。合わせてルールを置いた。発生源が空欄の行は経理で処理せず、未特定として別掲する。初回は、未特定が件数ベースで七割近くを占めた。誰も書かないからである。次の棚卸までのあいだに製造と物流の責任者へ伝えたのは、未特定の件数を月次で役員に出すという一点だけだった。二回目の未特定は四割に落ちている。

書かれた原因で最も多かったのは、包装形態の変更が品目マスタに反映されていなかったことによる換算誤りで、これは現場ではなく情シスと生産管理の担当分だった。次に多かったのは、工程で発生した仕損の記録が班長の手元のメモで止まっていたケースである。四回目の棚卸で未特定は一割台になり、差異の総額も落ちた。金額の変化より先に変わったのは、監査法人からの質問だった。「この差異の内訳は」ではなく「この改善策の効果はどう測っていますか」から始まるようになっている。

差異が消えるのではなく、宛先が変わる

棚卸差異を「毎年出るもの」として扱うと、対策は精度の高いカウントしかなくなる。人数を増やし、二重カウントを増やし、それでも差異は出る。カウントは差異を見つける手続であって、差異を減らす手続ではないからだ。

差異を減らすのは、記録を作っている工程だけである。そして工程は、自分の記録が合っていないことを知らされていない。経理が差異を吸収してきた分だけ、その情報は工程に届いていない。運用を変えて起きるのは、差異が消えることではない。差異の宛先が経理から工程に変わることだ。 変わった翌月から、工程は自分の記録の精度を初めて数字で見る。

手順はこうなる。差異一覧に発生源の列を足し、五区分で分類する。原価性の判定に使う閾値を、生産と物流と合意して年度の初めに置く。経理が処理してよい差異の条件を三つ書き、満たさないものは未特定として別掲する。未特定の件数と率を月次の資料に載せる。カウントの頻度は、金額上位の品目だけ上げる。ここまでやって初めて、翌期の差異は前期と違う数字になる。

まとめ
棚卸差異を経理が原因不明のまま損益へ落とす限り、現場の記録精度は上がらない。数字が合わないことのコストを、記録している人が負っていないからである。監査の視点は明確で、日本公認会計士協会の監査基準報告書501「特定項目の監査証拠」A10項は、継続記録が維持されている場合に、経営者又は監査人が継続記録と実際の実地棚卸数量に差異を識別することがあり、これは棚卸資産の増減に係る内部統制が有効に運用されていないことを示唆していることがある、としている。同報告書第3項は、棚卸資産が財務諸表において重要である場合、実務的に不可能でない限り実地棚卸の立会を実施することを求め、その目的の第一に実地棚卸結果を記録し管理するための経営者による指示と手続の評価を置く。A4項が挙げる評価対象は、記録用紙の回収や未使用記録用紙の取扱いとカウント・再カウント手続、仕掛品の進捗度や滞留品・陳腐化品・破損品・預り品の正確な識別、数量の見積り手続、基準日前後の保管場所の移動および入出庫に係る内部統制であり、差異の金額は一つも出てこない。第4項は期末日以外の日に実地棚卸を行う場合の追加手続を求め、A9項はその適否が棚卸資産の増減に係る内部統制の整備・運用の有効性で判断されるとする。会計処理の側も原因なしには決まらない。原価計算基準五(非原価項目)は、異常な状態を原因とする価値の減少の筆頭に異常な仕損・減損・たな卸減耗等を置き、連続意見書第四(棚卸資産の評価について)第一・六は、棚卸修正差額を棚卸減耗費とし、原価性の有無にしたがい、原価性のあるものは製造原価、売上原価又は販売費に含め、原価性のないものは営業外費用項目又は利益剰余金修正項目とするとしている。利益剰余金修正項目という区分は現行の損益計算書には残っていないが、原価性の有無で表示区分を分けるという判定の構造は生きている。原価性の判定は原因が分からなければ下せず、原因不明のまま一括で売上原価に落とす処理は判定の放棄である。運用の型は四段になる。第一に差異を発生源で分類する。入庫、出庫、工程内、保管、基準の五区分で足り、このうち基準(単位・換算・品目マスタの誤り)は現場ではなく経理と情シスの責任であり、実務では想像以上に多い。第二に閾値を超えた差異について、当該工程の責任者が原因と再発防止を記入する。第三に、原価性の判定に使う通常の減耗率の閾値を生産部門・物流部門と年度の初めに合意しておく。異常かどうかの線引きを経理が単独で引くことはできない。第四に、経理が処理してよい差異の条件を文書で三つ定める。発生源の工程が特定されていること、再発防止の担当が決まっていること、金額が閾値以下または閾値超なら承認があること。満たさないものは処理を止めるのではなく、未特定として別掲したまま損益に落とす。管理する指標は金額ではなく未特定の件数と率にする。金額は品目単価に引きずられ、記録精度の改善を映さない。カウントの頻度は年1回では原因を追えないため、ABC区分に基づくサイクルカウントで金額上位品目だけ上げる。基幹システムにサイクルカウントの機能があるなら、まずそれを使う。この運用で起きるのは差異が消えることではなく、差異の宛先が経理から工程へ移ることである。

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