年に一度、企業年金の財政決算の報告が役員会に上がる。資料は三枚。積立比率0.94、継続基準・非継続基準ともに抵触なし、掛金の変更なし。 質問はほとんど出ず、審議は三分で終わる。この三分が、十年続いている会社がある。 そして積立比率が0.89になった年、報告は同じ三枚のまま上がってきて、翌々事業年度の予算編成で、人件費に説明のつかない数億円が乗る。 そのとき初めて、この制度が何をする仕組みなのかという質問が出る。

POINT
積立不足がいつ、いくら、どの期の財務に返ってくるかは、推定の問題ではない。確定給付企業年金法施行規則に、算式まで書いてある。 同規則第58条は、積立不足に伴い拠出すべき掛金の額を規約で定める範囲とし、その下限を、積立比率、すなわち積立金の額の最低積立基準額に対する比率の区分に応じて、三通りの算式で定めている(上限は不足額の全額)。 積立比率が 0.9以上1.0未満のときは、積立金の額が最低積立基準額を下回る額に 15分の1 を乗じた額。0.8以上0.9未満のときは、その不足額から最低積立基準額に0.1を乗じた額を控除した額を10で除し、最低積立基準額に150分の1を乗じた額を加算した額。0.8未満のときは、不足額から最低積立基準額に0.2を乗じた額を控除した額を5で除し、最低積立基準額に60分の1を乗じた額を加算した額である。つまり、0.9を下回った時点で算式そのものが変わり、必要な拠出額は連続的にではなく段差で増える。 さらに同規則第59条第1項は、この追加拠出を翌事業年度又は翌々事業年度の掛金の額に追加して行うものとし、どちらにするかは規約で定める。第2項には抜け道が置かれている。当該事業年度末の積立比率が0.9以上であって、かつ前三事業年度のうち少なくとも二事業年度の積立比率が1.0以上である場合には、拠出しないものとすることができる。 そして継続基準の側では、同規則第56条が、責任準備金の額から控除できる許容繰越不足金の上限を、20年間の標準掛金額の予想額の現価に規約で定める率(100分の15を超えない)を乗じた額か、責任準備金の額に規約で定める率(100分の15、時価による評価を行う場合は100分の10を超えない)を乗じた額のいずれか小さい額としている。この数字の並びが意味しているのは一つである。積立水準の悪化は、悪化した期の損益ではなく、一年後か二年後のキャッシュに出る。

会社が抱えているのは、本業の外の運用ポートフォリオである

確定給付企業年金を実施している会社は、事実上、本業とは無関係な資産運用を一つ抱えている。 資産は信託や生保に預けられ、株式と債券と代替資産に配分され、その成績が会社の掛金を動かす。運用が良ければ掛金は下がり、悪ければ上がる。

これを制度の話として扱っている限り、CFOの議題にはならない。議題にするには、二つの数字を経営の言葉に翻訳する必要がある。

一つ目が、財政計算に使っている 予定利率 である。これは制度が前提としている運用利回りで、この水準を上回れば剰余、下回れば不足が出る。予定利率が2.5パーセントで、その前提の下に資産の6割を国内外の株式に置いているなら、会社は本業の外で、年2.5パーセントを稼がなければ追加拠出が発生するリスクを取っていることになる。

二つ目が、退職給付会計で使う 割引率 である。こちらは制度の前提ではなく、期末時点の債務を測るための率で、安全性の高い債券の利回りを基礎に決められる。退職給付に関する会計基準の適用指針は、割引率を毎期末に検討すべきものとしたうえで、期末の割引率により計算した退職給付債務が前期末の割引率による額と比べて10パーセント以上変動すると推定される場合には、退職給付債務を再計算する必要があるとしている。 逆に言えば、10パーセント未満の変動であれば据え置くことができる。据え置いている間、債務の数字は動かない。

この二つが別々の目的で別々の水準に置かれていることを、役員会で説明できる会社は多くない。 そして説明できない限り、年金は経理部の年中行事のままである(資本コストの出し方と使い方、WACCを自社の数字で説明する)。

悪化は、悪化した期には効かない

年金の議論が遅れる最大の理由は、悪化と痛みの間に最長で二年の間隔があることにある。

確定給付企業年金法施行規則第57条は、積立不足が生じたことによる財政再計算を当該事業年度の末日を計算基準日として行うものとし、その結果に基づく掛金の額の算定は、遅くとも当該事業年度の翌々事業年度の初日までに行われるものとしている。 そして第59条第1項が、追加拠出を翌事業年度か翌々事業年度の掛金に乗せる。

したがって、運用が崩れた期の財務諸表には、キャッシュの影響は出ない。 出るのは、退職給付に係る負債と、その他の包括利益累計額である。日本基準では、当期に発生した数理計算上の差異のうち当期に費用処理されない部分について、連結財務諸表に限りその他の包括利益で認識し、純資産の部のその他の包括利益累計額に計上する。個別財務諸表にはこの取扱いを当面適用しない。 そして費用処理は平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分して行われるため、損益への影響は薄く長く効く。

薄く長く効くものは、議題にならない。議題になるのは、一年後か二年後に掛金が跳ねたときである。 そのときには、資産配分を変える選択肢も、制度を変える選択肢も、間に合わない。

積立水準の悪化が財務に届くまでの経路は、法令上この四段で固定されている。
STEP 1
事業年度末に財政検証
継続基準は責任準備金と純資産額を比べ、非継続基準は最低積立基準額に対する積立比率を見る。この時点で分かるのは水準だけで、キャッシュはまだ動かない
→
STEP 2
不足の区分が確定
施行規則第58条の三区分(0.8未満、0.8以上0.9未満、0.9以上1.0未満)で拠出額の下限の算式が決まる。0.9を割った瞬間に算式が変わり、必要額は段差で増える
→
STEP 3
翌々事業年度の初日までに掛金を算定
規則第57条第2項により、再計算に基づく掛金の算定は遅くとも翌々事業年度の初日まで。ここまでの間、損益に出るのは按分された費用と負債・その他の包括利益累計額の変動だけ
→
STEP 4
翌年度か翌々年度の予算に乗る
規則第59条第1項により、追加拠出は翌事業年度か翌々事業年度の掛金に上乗せする(どちらかは規約で定める)。人件費予算に、説明のつかない増加として現れる
土台土台=最長二年の時差があるという事実を、経営の年次サイクルに先に組み込むこと。悪化した年に議題化しなければ、資産配分も制度設計も間に合わない。
年金は、最長二年遅れで効く固定費である。効いてから議論を始める会社は、選択肢のない状態で決めることになる。

金利が上がって積立比率が改善した会社ほど、判断を先送りする

近年、積立比率が改善した会社は多い。そして、その改善の理由を運用成績だと思っている会社が、少なくない。

確定給付企業年金法施行規則第55条第1項第1号は、最低積立基準額の計算の基礎となる予定利率について、当該事業年度の末日の属する年前五年間に発行された国債(期間三十年のものに限る)の利回りを勘案して厚生労働大臣が定める率とすると定めている。つまり、最低積立基準額の割引率は、30年国債の直近五年分の発行利回りに連動する。 同項第2号は予定死亡率について、基準死亡率に男子は0.95、女子は0.925を乗じた率とすると定めている。

長期金利が上がれば、この予定利率は上がる。予定利率が上がれば、最低積立基準額は下がる。積立金が一円も増えていなくても、積立比率は改善する。

改善した積立比率を運用の成果として報告すると、二つの誤りが同時に起きる。第一に、資産側のリスクが実際には減っていないのに、減ったと認識される。第二に、金利が反転したときに同じ経路で悪化することが、想定から抜ける。

役員会に出すべきは、積立比率の一行ではなく、その変化を資産の増減と割引率の変動に分けた二行である。 分けて出せば、次の質問が自然に出る。この改善は、何が反転したら消えるのか(事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測る)。

移行を議論する前に、並べる数字

制度の見直しは、確定給付を確定拠出に変えるという二択ではない。実際の選択肢は、資産配分の変更、リスク対応掛金の設定、リスク分担型への移行、確定拠出への一部または全部の移行、そして現状維持の五つである。 議論の前に、四つの数字を同じ紙に並べる。

第一に、確定給付を続けた場合に会社が負う変動の幅。 積立比率が0.9を割ったときに、施行規則第58条の算式で追加拠出がいくらになるか。現在の最低積立基準額を使えば計算できる。この一行が出ていないと、議論は抽象論にとどまりやすい。

第二に、確定拠出に移した場合の拠出額の上限。 企業型確定拠出年金の各月の拠出限度額は、2024年12月1日から、確定給付企業年金などの他制度を併用している場合には月額5万5,000円から他制度掛金相当額を控除した額とされている。そして令和7年の年金制度改正を受けた政令改正(令和7年政令第442号)により、この限度額は月額6万2,000円へ引き上げられ、2026年12月1日に施行される。 移行の設計は、この新しい枠を前提に組む。

第三に、リスク分担型企業年金という中間解の会計上の扱い。 実務対応報告第33号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い」は2016年12月16日に公表されており、確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金については、規約に基づきあらかじめ定められた各期の掛金の額を、各期において費用として処理するとされている。追加拠出の義務が会社に残らない形にできれば、貸借対照表から退職給付に係る負債の変動が外れる。 ただし、外れるのは会計上の扱いであって、従業員が負う変動は消えていない。労使の合意なしに進む話ではない。

第四に、自社の資本コスト。 年金資産で年2.5パーセントを狙うリスクを取り続けることが、同じ資金を本業に投じるより合理的かどうかは、この比較でしか判断できない(ハードルレートとNPV・IRRの使い分け、投資の可否をどう判断するか)。

なお、掛金の払い方にも幅がある。確定給付企業年金法第56条第2項および同法施行令第36条により、特別掛金および特例掛金については、規約に定めることを前提に、金銭に代えて上場株式で納付することが可能である。 政策保有株式の縮減を進めている会社にとって、この選択肢は検討の対象になりうる(政策保有株式の縮減、売る順番と売却益の使い道を先に定める)。

企業年金についてCFOが決める三つ

第一に、年金の報告を「制度の報告」から「本業の外にある運用ポートフォリオの報告」に変える。 財政計算の予定利率は制度が前提としている運用利回りであり、この水準を上回れば剰余、下回れば不足が出る。退職給付会計の割引率は期末時点の債務を測るための率で、安全性の高い債券の利回りを基礎に決められる。適用指針は割引率を毎期末に検討すべきものとし、期末の割引率により計算した退職給付債務が前期末の割引率による額と比べて10パーセント以上変動すると推定される場合に再計算が必要としているため、10パーセント未満なら据え置ける。据え置いている間、債務の数字は動かない。 この二つの率が別の目的で別の水準に置かれていることを役員会で説明できなければ、年金は経理部の年中行事のままになる。

第二に、悪化と痛みの間に最長二年の時差があることを、経営の年次サイクルに組み込む。 確定給付企業年金法施行規則第57条は、積立不足による財政再計算を当該事業年度の末日を計算基準日として行い、その結果に基づく掛金の算定は遅くとも翌々事業年度の初日までに行うものとしている。同規則第59条第1項は、追加拠出を翌事業年度か翌々事業年度の掛金に上乗せするものとし、どちらにするかは規約で定める。同条第2項の免除、すなわち当該事業年度末の積立比率が0.9以上であって前三事業年度のうち少なくとも二事業年度の積立比率が1.0以上である場合に拠出しないものとすることができるという条件も、あわせて自社の水準に当てはめておく。 追加拠出の額の下限は、同規則第58条の三区分で決まる。積立比率が0.9以上1.0未満なら不足額の15分の1、0.8以上0.9未満と0.8未満ではそれぞれ別の算式に切り替わり、0.9を割った瞬間に必要額は段差で増える。

第三に、積立比率の変化を、資産の増減と割引率の変動に分けて報告し、そのうえで五つの選択肢を同じ紙に並べる。 同規則第55条第1項第1号は、最低積立基準額の計算の基礎となる予定利率を、当該事業年度の末日の属する年前五年間に発行された期間三十年の国債の利回りを勘案して厚生労働大臣が定める率としている。したがって長期金利が上がれば最低積立基準額は下がり、積立金が増えていなくても積立比率は改善する。この改善を運用成果として報告すると、資産側のリスクが減っていないのに減ったと認識される。 選択肢は、資産配分の変更、リスク対応掛金の設定、リスク分担型への移行、確定拠出への移行、現状維持の五つ。並べる数字は、施行規則第58条の算式で計算した追加拠出の想定額、企業型確定拠出年金の拠出限度額(2024年12月1日から他制度掛金相当額を控除した額とされ、令和7年の年金制度改正を受けた政令改正により2026年12月1日から月額6万2,000円へ引き上げ)、実務対応報告第33号が定めるリスク分担型企業年金の会計上の扱い、そして自社の資本コストである。

設例

売上高1,850億円の機械メーカー。確定給付企業年金の加入者は約4,100名、年金資産は約620億円で、資産配分は国内債券30パーセント、国内株式20パーセント、外国株式25パーセント、外国債券15パーセント、オルタナティブ10パーセント。予定利率は2.5パーセントに置かれていた。 見直しの契機は、CFOの交代である。着任した年の年金の財政決算の報告資料を見て、最初に出した指示が二つあった。第一に、直近十年の積立比率の推移を、資産の増減による部分と、最低積立基準額の変動による部分に分けて出すこと。第二に、積立比率が0.89、0.79になった場合の追加拠出額を、施行規則第58条の算式で計算して出すこと。 一つ目の結果は、社内で重く受け止められた。直近三年の積立比率の改善0.11ポイントのうち、資産の増加によるものは0.03ポイントで、残る0.08ポイントは最低積立基準額の低下によるものだった。 施行規則第55条第1項第1号の予定利率が、30年国債の直近五年分の発行利回りに連動して上昇していたことによる。運用委員会の議事録には、この三年間、改善の要因を運用成果と記載した記述が繰り返し残っていた。 二つ目の計算はさらに具体的だった。積立比率が0.89に落ちた場合、施行規則第58条の0.8以上0.9未満の区分の算式により、追加拠出は年約9億円。0.79まで落ちた場合、0.8未満の区分に切り替わり、年約22億円。 同社の年間の経常利益はおよそ140億円で、9億円は誤差の範囲に見えるが、この金額が三年から五年にわたって固定的に発生し、しかも発生が確定するのは二年後の予算だという点が、役員会の空気を変えた。 検討は五つの選択肢を横に並べる形で進めている。現状維持、資産配分の変更、リスク対応掛金の設定、リスク分担型企業年金への移行、確定拠出年金への段階的な移行。 労使の協議に一年をかけ、着地は複合的なものになった。第一に、資産配分を見直し、株式の比率を45パーセントから36パーセントに引き下げ、予定利率を2.5パーセントから2.2パーセントへ改定。掛金は年約4億円増えている。 第二に、確定給付企業年金は制度としては維持したうえで、将来分の給付の一部を企業型確定拠出年金に移した。 移行の設計にあたっては、企業型確定拠出年金の各月の拠出限度額が2024年12月1日から他制度掛金相当額を控除した額とされていること、および令和7年の年金制度改正法により2026年12月1日から月額6万2,000円へ引き上げられることを織り込んでいる。第三に、年金の財政決算の報告様式を変更した。 積立比率の一行を、資産の増減による寄与と最低積立基準額の変動による寄与に分けた二行にし、そこへ積立比率が0.9および0.8を割った場合の追加拠出額の試算を常設の欄として加えている。CFOの言葉が記録に残っている。この会社は、六百二十億円の運用ポートフォリオを十年間、誰の責任範囲にも置かずに走らせていた。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ
年金の積立不足は、悪化した期の損益には出ず、一年から二年遅れて掛金として返ってくる。だから役員会に出す資料は、積立比率の一行を、資産の増減と割引率の変動の二行に分けるところから始める。そのうえで、積立比率が0.9と0.8を割ったときの追加拠出額、確定拠出の拠出限度額、リスク分担型の会計上の扱い、自社の資本コストの四つを同じ紙に並べ、五つの選択肢を比べる。

関連記事