面接の終盤で、候補者が一つだけ質問した。「調整後EBITDAの調整項目は、どうやって決めているんですか」。 上場企業で連結と開示を8年担当してきた課長である。前提として、その手の指標は経営陣が方針を決め、経理が計算し、監査法人と落とし所を探すものだと思っている。CFOの答えは短かった。「契約書の別紙に列挙されています。増やすには貸し手とファンドの同意が要ります」。 候補者は少し黙ってから、こう聞き直した。では、経理の仕事は何を決めるんですか。 CFOは正直に答えた。決めることは、あまり多くない。決まっていることを、期日どおりに、定義どおりに出し切る仕事です。 この一往復に、上場企業の経理とPE傘下の経理の違いの要点が詰まっている。
締め日数が短いのは、精度を上げたからではない
PE傘下の会社に移った経理が最初に驚くのは、月次の締め日数である。第10営業日だったものが第7営業日に、場合によっては第5営業日になる。 ここで誤解しやすいのは、短縮が精度の向上の結果だと考えることである。
実際には、精度の一部を落として日数を買っている。 確定を待たない見積り計上の範囲が広く、原価の一部は概算で置き、差は翌月に振り替える。月次の数字は、年度決算の精度で作られていない。投資家が見たいのは小数点以下ではなく、方向と速度だからである(仮締め(プレクローズ)の実務、本締め前に差異を出し切る運用設計)。
したがって、上場企業で「締めを落とさない」実績を積んできた人ほど、最初の数か月で葛藤する。確定していない数字を出す抵抗感と、期日を一日でも遅らせられない要請が、正面からぶつかる。 ここを言葉にしないまま採ると、半年ほどで離職しやすい(経理の即戦力採用が半年で失速する理由、前職の型を持ち込む経験者への対処)。
そして短縮の一方で、締めは一本ではなくなる。制度会計の決算、ファンドへのレポーティングパック、貸し手へのコンプライアンス証明書。それぞれ期日も粒度も違う三つを並行して運用する(海外親会社・ファンド向け報告と自社決算の二重締め、基準差の読み替えを工程に組み込む)。
調整後EBITDAは会計の議論ではなく、契約の解釈である
上場企業でEBITDAを使うとき、調整項目の可否は最終的に開示の妥当性の問題になる。米国のSEC登録会社であれば、この領域には公表された規律がある。 SECの企業財務局が公表する非GAAP財務指標に関するコンプライアンス・開示解釈(最終更新2022年12月13日)は、質問100.01で、事業を運営するために必要な通常かつ反復的な現金支出の営業費用を除外する非GAAP業績指標は誤解を招くものとなり得るとし、反復的とは繰り返し発生するもの、あるいは不規則な間隔を含めて時折発生するものを含むとする。 質問100.02は、当期に調整した費用について過年度に同様の調整をしないことを問題とし、変更する場合は開示と説明、重要なときは過年度の指標の作り直しを求める。質問100.03は、費用だけを調整して同じ期に生じた利益を除外しないことを挙げている。
この規律は、米国SEC登録会社の開示に適用されるものであって、日本の非上場会社がファンドや貸し手に出す調整後EBITDAに直接及ぶものではない。 規律が及ばないからこそ、定義は契約書の別紙で決まる。そして別紙の調整項目には、たいてい限定がついている。 年額の上限、適用できる事業年度の数、事前の通知や同意を要するかどうか。
限定がつくということは、期限が来れば加算が止まるということである。 統合に伴う一時費用を2年間に限り年2億円まで加算できるという条項なら、3年目には、同じ事業活動をしていても調整後EBITDAが2億円下がる。業績が横ばいでも、コベナンツの余裕度だけが縮む年が来る。 この年をカレンダーに書き込んでおくのが、PE傘下の経理の仕事である。
余裕度の見せ方には、一点だけ注意が要る。本稿が下振れ余地をパーセントで書いているのは、定義の限定が切れる効果を業績の変動と同じ土俵で比べるためだが、報告の場ではこの形が弱い。 別稿で書いたとおり、金額や率の余裕は、それが多いのか少ないのかを判断する基準を聞き手が持っていない。「あと何四半期で割るか」に直して初めて、その場の議題になる(コベナンツ(財務制限条項)の管理、抵触の前に余裕度を四半期で見る)。定義の限定が切れる年は、この四半期換算の分母が一度だけ跳ねる年でもある。
調整項目の中身を誰がどう判定するかは、ファンドが入っていない会社でも同じ問題になる(調整後利益の「一過性」は誰が判定すべきか、除外項目を社内規程で定める理由)。違うのは、PE傘下では判定の権限が社内になく、契約書の別紙にあることである。
何が同じで、何が違うのか
「PEが入ると経理が大変になる」という言い方は、大変さの中身を隠してしまう。分解すると、増える仕事と減る仕事の両方がある。
| 論点 | 上場企業の経理 | PE傘下の経理 |
|---|---|---|
| 月次の締め | 第8〜10営業日が多い。精度を優先 | 第5〜7営業日。概算を許容して日数を買う |
| 締めの本数 | 制度会計が中心 | 制度会計・投資家向けパック・貸し手向け証明書の三本 |
| 主要指標の定義 | 自社で設計し、開示で説明する | 契約書の別紙で定義され、変更には同意が要る |
| 調整項目の可否 | 会計基準と開示の妥当性の議論 | 契約の解釈。上限と適用年数の限定を読む |
| 開示の負担 | 短信・有報・適時開示が重い | 制度開示は軽い。代わりに報告の頻度と粒度が上がる |
| 会計判断の難所 | 見積り、減損、税効果、複雑な取引 | 同じ難所は残る。加えて取得時の会計処理とのれんが乗る |
| 仕事の山 | 年度決算と四半期 | 毎月。出口の準備が始まるとさらに一段上がる |
| 評価されるもの | 落とさなかった実績と判断の記録 | 期日を守り切った実績と、定義を崩さなかった記録 |
見落とされやすいのは、右の列でも会計判断の難所が消えないことである。 買収で計上されたのれんの減損の兆候の判定、取得原価の配分、税効果の回収可能性。むしろ上場企業より難しい論点が、少ない人数に乗る(のれんの減損は兆候で管理する、M&A後にCFOが四半期ごとに見る指標)。
出口が近づくと、経理の仕事はもう一度変わる
ファンドには存続期間がある。投資事業有限責任組合契約に関する法律第3条第3項第7号が組合契約書の記載事項として組合の存続期間を挙げているのは、国内の投資事業有限責任組合についての定めだが、期限が契約で決まっているという性質は、どのビークルでも変わらない。 期限があるということは、出口の準備が必ず来るということである。
出口が視野に入ると、経理は買い手側のデューデリジェンスを受ける側に回る。 過去3年の月次数字の再現、調整後EBITDAの根拠資料、在庫の実地棚卸の記録、関連当事者取引の一覧、そして正常収益力の説明(M&Aの財務デューデリジェンスで確かめる3つの数字、正常収益力・ネットデット・運転資本)。
ここで効くのは、日々の締めで残してきた記録である。 調整項目を毎月どの根拠で計上したかが残っていれば、デューデリの質問はほぼ既存の資料で返せる。残っていなければ、過去3年を遡って作り直すことになる。事業を切り出して売る形になれば、切り出しの単位で数字を組み直す作業が加わる(カーブアウトの進め方、売却前に単独損益と共通費をそろえる手順)。
- 調整後EBITDAの調整項目は契約のどこで定義され、年額上限や適用年数の限定はどうなっているか
- その限定が切れる事業年度はいつで、切れた年のコベナンツの余裕度はどう変わる見込みか
- 月次の締めは何営業日で、どこまで概算を許容しているか。許容の範囲は文書になっているか
- 制度会計・投資家向けパック・貸し手向け証明書の三本を、今は何人で回しているか
- 取締役会と投資家向け報告の頻度、そしてそれぞれに経理が出席するかどうか
- 買収時の取得原価の配分とのれんの金額、減損の兆候の判定を誰が担っているか
- ファンドの投資からの経過年数と、出口の準備がいつ頃始まる想定か
売上高180億円の食品受託製造会社。PEファンドが85パーセントを取得したのは4年前で、買収時のLBO借入は90億円だった。 取得時のEBITDAは22億円。契約書の別紙で定義された調整後EBITDAは、旧オーナー一族の役員報酬の正常化、買収に伴うアドバイザリー費用、そして工場の移転に伴う一時費用の三つを加算対象としており、工場移転費用については年2億円を上限に2事業年度に限るという限定がついていた。 加算後の調整後EBITDAは25億円、ネット有利子負債は88億円で、レバレッジは3.5倍。借入は期中の約定弁済がほとんど入らない組立てで、以下の試算はネット有利子負債を88億円のまま据え置いて比べている。 コベナンツはネット有利子負債を調整後EBITDAで除した比率を4.5倍以下とするもので、計算上は調整後EBITDAが19.6億円を下回ると抵触する。現在の25億円からは約22パーセントの下振れ余地があった。 買収の翌年、会社は上場企業で連結と開示を8年担当した課長を経理部長として採用したが、6か月で退職した。退職面談で本人が言ったのは、締めの精度は上げられたが、期日と定義を守ることが仕事の中心だとは聞いていなかった、ということだった。 二人目の採用では、CFOが面接の冒頭で三つを先に説明した。月次は第7営業日で、原価の一部は概算で置き翌月に振り替えること。調整後EBITDAの項目は契約書の別紙にあり、増やすには貸し手とファンドの同意が要ること。そして、工場移転費用の加算が当期で終わり、翌事業年度は業績が横ばいでも調整後EBITDAが2億円下がって23億円になること。 レバレッジは88億円を23億円で除して3.8倍となり、抵触までの余地は約22パーセントから約15パーセントに縮む。 採用されたのは中堅メーカーの経理課長だった。着任して最初にやったのは、月次のレポーティングパックの各項目について、契約書の該当条項の番号を注記欄に書き込む作業である。 定義の出どころを資料の上で見えるようにしておけば、担当が替わっても解釈がぶれない。加算の限定が切れる月は、コベナンツの余裕度の推移表に縦線を引いて明示した。 投資から4年目に出口の検討が始まったとき、買い手側のデューデリジェンスから来た調整項目に関する質問は、過去の月次パックの注記でほぼ返せている。遡って作り直したのは、実地棚卸の記録と関連当事者取引の一覧の二つだけだった。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
採る側と移る側がPE傘下の経理で押さえる三つ
第一に、採る側は、期日と定義が外から来ることを募集の段階で書く。そのとき、法令と契約を混ぜない。 法令が課しているのはファンド自身の年次の期限であり、国内の投資事業有限責任組合であれば、投資事業有限責任組合契約に関する法律第8条第1項が無限責任組合員に毎事業年度経過後三月以内の貸借対照表、損益計算書、業務報告書及びこれらの附属明細書の作成と五年間の備置きを義務づけている(海外のビークルに日本法として直接及ぶわけではない)。投資先の月次の締め日を決めているのは、この条文ではなく、組合契約・投資契約・ローン契約の三本である。 面接で説明すべきは条文ではなく、この三本が課している期日と様式である。月次の締め日数、概算を許容する範囲、報告の本数と様式を具体的に示さないまま採ると、締めの精度を守ってきた経験者ほど早く離れる。
第二に、調整後EBITDAの定義と、その限定が切れる年を、経理の側から明示する。 米国SEC登録会社には企業財務局の非GAAP財務指標に関するコンプライアンス・開示解釈という規律があり、通常かつ反復的な現金支出の営業費用を除外する指標は誤解を招き得るとされ、期間をまたぐ調整の一貫性も求められるが、日本の非上場会社がファンドや貸し手に出す数字には直接適用されない。 代わりに効くのが契約書の別紙で、加算項目には年額上限や適用年数の限定がつくことが多く、限定が切れる年は業績が横ばいでもコベナンツの余裕度が縮む。 その年を余裕度の推移表に明示する。
第三に、転職する側は、会計判断の深さが要らなくなると誤解しない。 買収で計上されたのれんの減損の兆候の判定、取得原価の配分、税効果の回収可能性といった難所は残り、しかも少ない人数に乗る。加えて、ファンドの存続期間から逆算して出口の準備が必ず来る。 日々の月次で調整項目の根拠を資料に残しておけば、デューデリジェンスの質問の大半は既存の資料で返せる。残していなければ、過去3年を遡って作り直す。
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