人事部で給与計算を担当してきた社員が、3月末で退職することになった。入社から12年、社員140人分の給与と社会保険の手続を、ほぼ一人で担ってきた人である。 後任をどうするかの打合せで、人事部長は経理で引き取ってほしいと言う。給与は数字の仕事で、仕訳も納付も経理がやっているのだから、計算も経理でやるほうが自然だという。経理部長は首を横に振る。 給与の支給日は翌月の10日で、計算の山は月初の5営業日に来る。それは経理の月次決算の山と完全に重なる。しかも、給与の情報は人事の情報であり、経理の全員が社員の給与額を見られる状態にはしたくない。 二人の話を聞いていたCFOは、別のことに気づく。辞める担当者は、社員の入社と退職の登録も、給与の計算も、銀行に送る振込のデータの作成も、一人でやっていた。振込を承認していたのは人事部長で、経理は、毎月届く給与の総額の一覧から仕訳を切っていただけだった。

POINT
給与には、法律で決まった期限が、毎月と毎年の両方にある。労働基準法24条は、賃金を通貨で、直接労働者に、全額を、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払うよう求めている。 支給日は動かせない締切である。給与から天引きした源泉所得税と、住民税の特別徴収の税額は、原則として支払った月の翌月10日までに納める。 常時10人未満の事業所には、源泉所得税を半年分まとめて納める納期の特例があり、住民税にも同じ趣旨の特例がある。社会保険料は、事業主が翌月末日までに納め、健康保険法167条は、前月分の被保険者の保険料を報酬から控除できるとしている。 厚生年金保険法にも同じ規定がある。年に一度の手続も重なる。労働保険の年度更新は6月1日から7月10日まで、社会保険の算定基礎届は7月1日から7月10日まで、源泉徴収票や給与支払報告書の提出は1月31日が期限である。 賞与を払えば、支払の日から5日以内に賞与支払届を出す。機密の扱いにも、法令上の要求がある。 個人情報保護委員会のガイドライン(特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編))は、マイナンバーを扱う事務について、事務取扱担当者を明確にすることを安全管理措置の一つとして求めている。そして、社会保険や労働保険の届出の書類を、他人の求めに応じて報酬を得て作成し提出する業務は、社会保険労務士法により社会保険労務士の業務とされている。 給与の計算そのものは誰がしてもよいが、届出の代行を外に頼む相手は限られる。

どちらの部署に置いても、片方に照会が残る

給与を人事に置くか経理に置くかの議論は、どちらにも理がある。そして、どちらを選んでも、もう片方の部署に照会と待ちが残る。

人事に置けば、入社と退職、昇給、手当の変更、休職と復職といった給与の元になる情報は、発生したその場で計算に反映できる。だが、経理は毎月、給与の総額の根拠を人事に照会することになる。 前月より総額が増えた理由、未払の残業代の見込み、賞与の引当の元になる支給の見込み。経理は給与の結果を仕訳にする立場にいながら、その中身を自分では確かめられない(賞与引当金と社会保険料の月次計上、支給見込と料率改定の反映漏れを防ぐ手順)。

経理に置けば、計算と仕訳と納付は一つの部署でつながる。だが今度は、経理が毎月、人事から入退社と変更の情報を待つことになる。 人事の情報の締めが遅れれば、計算が遅れる。そして、社員の給与額、扶養の状況、休職の理由、マイナンバーといった情報が、経理の執務の範囲に入ってくる。

どちらに置くかで悩む会社の多くで、問題の所在は置き場所にはない。 冒頭の会社のように、一人の担当者が、社員の登録の変更から、計算、振込のデータの作成までを一続きに持っていたことである。社員の登録を変えられる人が、同じ手で振込のデータを作れる状態は、存在しない社員への支払や、退職した社員への支払の継続を、誰も止められない状態でもある。 担当者の退職は、その状態を見直す機会である。

分けるのは部署ではなく工程である

給与の仕事を一つの塊として扱うのをやめ、工程に分ける。分けると、工程ごとに置くべき場所が違うことが見えてくる。

給与の工程は、人の情報への近さと、お金の動きへの近さで置き場所が変わる。
人の情報への近さ →
人事マスタの変更
入退社、等級、手当、扶養、振込先の口座。発生源の人事が持ち、変更は申請の書面で受けて記録を残す
計算と検算
勤怠とマスタから支給額を出す。人事でも経理でも外部でもよいが、マスタを変える人とも、振込を承認する人とも兼ねない
届出と年次の手続
算定基礎届、年度更新、年末調整の書類の回収。期限と件数で動く定型で、社会保険労務士や外部への委託に向く
支払と記帳
振込のデータの作成、納付、仕訳、給与台帳と銀行の出金と総勘定元帳の突合せ。経理が持つ
お金の動きへの近さ →
置き場所で悩むのは計算の工程だけで、他の三つは自然に決まる。計算は、どこに置くかより、誰と兼ねないかで決める。

人事マスタの変更は、人事が持つ。 入社、退職、昇給、手当、扶養、振込先の口座は、どれも人事の手続の中で発生する。なかでも振込先の口座の変更は、なりすましの送金指示と同じ手口に使われるので、本人からの申請の書面を受け、変更した記録を残し、変更の翌月の振込は別の人が確かめる(なりすまし送金指示から支払担当を守る、経理の運用と権限の組み直し方)。

支払と記帳は、経理が持つ。 振込のデータを作り、源泉所得税と住民税と社会保険料を納め、仕訳を切る。経理がここで持つべき一番大事な仕事は、給与台帳の総額、銀行の出金の額、総勘定元帳の給与の勘定の三つを毎月突き合わせ、前月からの増減を、入社と退職の人数、昇給、残業の増減で説明できるかを確かめることである。 説明できない増減は、計算の誤りか、マスタの誤りか、それ以外である。

届出と年次の手続は、期限と件数で動く定型の仕事で、外に出しやすい。 社会保険労務士に委託すれば、法改正への対応も含めて任せられる。年に一度しか来ない手続を社内で持ち続けるなら、年間のカレンダーに載せて担当と期限を決めておく(年1回の経理の法定業務を落とさない年間カレンダー、法定調書・償却資産申告・算定基礎届)。

残るのが、計算と検算である。 この工程だけは、人事に置いても、経理に置いても、外部に委託してもよい。決めるべきは置き場所ではなく、計算する人が、マスタを変える人とも、振込を承認する人とも兼ねないことである。 少人数の会社で三者を分けきれないなら、振込の承認を役員に置き、経理の突合せを毎月の必須の工程にして、兼務の穴を後ろから塞ぐ(少人数経理の職務分掌、3〜5人でどこまで内部統制を効かせられるか)。

月次決算と支給日が重ならない工程表を先に引く

計算を経理に置けるかどうかは、工程表を引けば分かる。経理の月次決算の山と、給与の計算の山が、同じ営業日に重なるかどうかである。

支給日が月末締めの翌月25日なら、工程は次のように引ける。

時期工程担当
月末勤怠の締め各部門の上長、人事
翌月1〜3営業日入退社、昇給、手当の変更の確定人事
翌月6〜12日計算と検算、前月からの増減の説明計算の担当
翌月10日前の月に支給した給与の源泉所得税と住民税の納付経理
翌月15日支給の明細の確定人事の承認
翌月18日振込のデータの作成、給与台帳の総額との突合せ経理
翌月20日振込の承認CFOまたは役員
翌月25日支給―
翌月末社会保険料の納付経理

この工程表なら、経理の仕事は月次決算の山が過ぎた後に来る。 計算を経理に置いても、締めと重ならない。

支給日が翌月10日の会社では、話が変わる。 計算と検算が、月初の1〜5営業日に押し込まれる。経理が月次決算を締めている、まさにその日である。この会社で計算を経理に置けば、月次決算か給与のどちらかが遅れる。 支給日を後ろにずらすことは、賃金規程の変更で、従業員にとって不利益になりうるので、簡単には選べない。支給日が月初に近い会社では、計算は経理の外、人事か外部に置く。 経理は支払と記帳と突合せに専念する。

工程表を引くと、経理に置けない理由も、人事に置けない理由も、感覚ではなく営業日で説明できる。 退職する担当者の後任を探す前に、この表を一枚作る。

機密は、部署ではなく画面と権限で守る

経理部長が心配した機密の問題も、工程に分けると扱いやすくなる。経理が持つ支払と記帳の工程に、一人ひとりの給与額は本来要らない。 振込のデータには個人ごとの金額が載るが、それを作る担当者を決め、総勘定元帳には部門別の総額だけを載せれば、経理の全員が社員の給与を見る状態にはならない。

マイナンバーは、事務取扱担当者を明確にするという個人情報保護委員会のガイドラインの要求に沿って、扱う人を名前で決める。 年末調整や届出を外部に委託するなら、委託先の監督も必要になる。システムの上では、給与のデータを見られる権限を担当者に絞り、検証用の環境に本番の給与のデータをそのまま入れないことも、同じ意味を持つ(SAPの検証環境に本番データをそのまま入れず、給与と取引先情報はマスキングする)。

設例

法人向けのITサービスの会社(社員140人、3月決算、給与は月末締めの翌月10日払い)。人事部の給与担当者が退職することになり、後任を人事と経理のどちらに置くかで、二人の部長の意見が割れた。 CFOは、置き場所を決める前に、給与の工程と担当を一枚の表に並べさせた。その結果、社員の登録の変更、計算、振込のデータの作成を同じ担当者が持ち、振込の承認は人事部長、経理は総額から仕訳を切るだけだったことがはっきりした。 工程表を営業日で引くと、計算と検算は月初の1〜5営業日に集中し、経理の月次決算と重なっていた。会社は、計算と年末調整、社会保険の届出を、社会保険労務士の事務所と給与計算の委託先に出すことにした。 人事は、入退社や変更の確定と、委託先への情報の受け渡しを持つ。経理は、振込のデータの作成、納付、仕訳と、給与台帳の総額と銀行の出金と総勘定元帳の毎月の突合せを持ち、振込の承認はCFOに移した。移行の最初の月の突合せで、前年に退職した社員1人の住民税の特別徴収の異動の届出が出ておらず、引越しをした社員3人の通勤手当が変わっていないことが分かった。 振込先の口座の変更は、それまでメールで受け付けていたが、本人の申請の書面と変更の記録を要件にした。半年後、月次決算の日数は変わらず、給与の計算の誤りによる翌月の精算は、それまでの月2〜3件からほぼなくなった。 委託の費用は年に約350万円かかったが、担当者一人分の採用と、退職のたびに同じ議論を繰り返すことを考えて、CFOは続けると決めた。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

給与の置き場所で押さえる三つの判断

第一に、給与を人事に置くか経理に置くかの二択で考えない。 どちらに置いても片方の部署に照会が残る。見直すべきは、一人の担当者が社員の登録の変更から振込のデータまでを一続きに持っている状態である。

第二に、工程を四つに分け、兼ねてはならない組合せを決める。 人事マスタの変更は人事、支払と記帳は経理、届出と年次の手続は外部に出しやすい。計算はどこに置いてもよいが、マスタを変える人とも振込を承認する人とも兼ねない。 経理は給与台帳、銀行の出金、総勘定元帳を毎月突き合わせ、前月からの増減を人数と昇給と残業で説明する。

第三に、締め日から支給日までの工程表を営業日で引き、月次決算の山と計算の山が重なるなら、計算は経理の外に置く。 支給日が翌月の下旬なら経理に置いても重ならないが、月初に近いなら重なる。機密は部署ではなく、給与のデータを見る権限と、マイナンバーの事務取扱担当者を名前で決めて守る。

まとめ

人事に置くか経理に置くかは、後任選びで最初に決めることではない。先に崩すのは、社員の登録の変更から振込のデータ作成までを一人が一続きに持ち、計算する人がマスタの変更や振込の承認まで兼ねている状態である。

そのうえで締め日から支給日までを営業日で引き、計算の山が月次決算と重なるなら、計算は経理の外に置く。機密は部署で囲わず、データを見る権限とマイナンバーの事務取扱担当者の指名で守る。

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