移行プロジェクトの計画書に、並行稼働三か月という一行が入っている。経理部長がその場で聞くのは、たいてい人数の話である。「今の人数で二回締めるのは無理です」。 そして議論は増員か、派遣の手配か、決算日を一日ずらせるかに流れる。だが並行稼働の期間に決算が止まる会社を見ると、原因が人手だったことはほとんどない。 止まるのは、旧と新で数字が合わなかった瞬間に、どちらが正しいのかを誰も決めていないからである。差異が一件出るたびに調査が始まり、その調査に一番詳しい人が持っていかれる。三か月が六か月になるのは、この経路である。

POINT
移行期に何を求められているのかは、統制の側にすでに書かれている。経済産業省「システム管理基準 追補版(財務報告に係るIT統制ガイダンス)」(令和6年12月25日)は、IT全般統制でプログラムとデータの信頼性が確保される過程を列挙し、その一つとして 「旧システムから変換されて、新システムに移行されるデータも同様の過程を経て、本番環境に移行される」 と置いている。 そして「テスト」の項では、リスクの例として 「財務情報データを旧システムから新システムに移行する際に、テストが行われないと、移行したデータが正確かどうか分からない」 を挙げ、統制の例に 「新システムに移行されたデータが信頼できることを確認するため、旧システムのデータと突合せテストを実施する」 を、統制評価手続の例に 「データの移行の責任者及び受入側の承認について確かめる」「移行に際しては、旧システムのデータとの突合などによって正確に移行されたかを確かめる」 を置く。並べてみると、求められているのは「二回締めること」ではない。突合と、受入側の承認である。 突合には比較の基準が要り、承認には合格の線が要る。並行稼働の設計とは、この二つを先に紙に書く作業であって、締めを二本走らせる体力の話ではない。

「両方で締める」を目的に置くと、期間は終わらない

並行稼働の目的を「新システムでも正しく締められることを確認する」と書いた計画書は、ほぼ確実に延びる。確認という言葉に終点がないからである。

実際に起きることは決まっている。旧と新で試算表を出す。数字が合わない。合わない原因は、たいてい三種類に分かれる。移行時の残高の取り込み誤り、新システムの設定の誤り、そして「旧システムの処理が本来おかしかった」の三つである。 三つ目が混ざることが、この作業を厄介にしている。新しい数字のほうが正しい、という結論が出る差異が必ず一定数あり、そのたびに「では旧の数字を直すのか」という別の議論が始まる。

そして調査は、旧システムを一番よく知っている人に集まる。その人は同時に、新システムの受入テストでも中心にいる。並行稼働で最初に潰れるのは、増員で代替できない一人である。

目的を書き換える必要がある。 並行稼働の目的は、新システムで締められることの確認ではない。旧システムを止めてよいと言い切るための、証拠を集めることである。 証拠には合格の線があり、線に届いたら終わる。終点のある作業に変えない限り、期間は延び続ける。

正本を宣言する。両方が正本の月を作らない

線を引く前に、決めることが一つある。その月の決算数値は、どちらのシステムのものを正本とするか、である。

これを決めずに走ると、月次の報告資料が二本になる。経営会議には旧の数字を出し、プロジェクトの報告には新の数字を出す。そして二本の数字が違うまま、両方が社内を回る。 差異の説明資料が毎月作られ、それを作る工数が並行稼働の負荷の実体になっていく。二回締める負荷より、二つの数字を説明し続ける負荷のほうが重い。

設計としては単純である。正本は常に一つで、期間中に一度だけ切り替わる。 並行稼働の開始から切替判定までは旧が正本で、新は検証用の数字として扱う。判定を通過した月から新が正本になり、旧はその時点で締めを止める。両方が正本である月を一か月も作らないこと、これが設計の要である。

検証用と宣言した側の数字は、社内に出さない。 経営会議にも、事業部にも、監査法人への月次の報告にも出さない。出せば、ほぼ確実に「どちらが正しいのか」という質問が返ってくる。その質問に答える工数が、並行稼働の中で最も無駄な工数である。

許容差異は、勘定ごとに幅を置く。全件一致を目標にしない

次に置くのが、突合の合格線である。ここで多くの会社が「差異ゼロ」を目標に置き、そのまま終わらなくなる。

差異ゼロが成立しないのには理由がある。新システムに移った時点で、自動仕訳の粒度、按分の丸め、為替の換算タイミング、勘定の統廃合が変わっている。 変わっていなければ移行する意味がない。つまり差異の一部は、移行の成果として出ている。 それを不具合と同じ土俵で潰そうとするから、いつまでも終わらない。

置くべきは、勘定ごとの許容幅である。現預金と借入金は一円も違ってはいけない。外部の資料と一致するべき残高だからである。 売掛金と買掛金は、補助元帳の合計と一致することを条件に、丸め差の範囲まで許容する。棚卸資産と原価配賦は、計算方法が変わっている以上、金額の一致ではなく差異の説明可能性で判定する。 どの要因でいくら動いたかを分解できれば合格とし、分解できない残余に上限を置く。

そして、この幅を決めるのは経理部門である。 ベンダーでもプロジェクトマネージャーでもない。あとで監査法人に「なぜこの差異を許容したのか」と聞かれたときに答えるのは経理だからである。 幅を決めた根拠を、決めた時点で一行書いておく。後から書けなくなる文書の筆頭がこれである。

切替の判定条件は、三つの事実で書く

合格線が勘定ごとに引けたら、切替そのものの判定条件を書く。「並行稼働三か月が終わったら切り替える」は判定条件ではない。期間は条件ではなく、予定である。

条件は三つで足りる。第一に、許容幅の中に収まった月が連続で何か月あったか。 一か月では偶然と区別がつかない。二か月連続を最低線に置く会社が多い。第二に、差異が出た項目について、原因の分類が完了しているか。 未分類の差異が残っているうちは、次の月に同じものが出るかどうかが分からない。第三に、受入側の承認者が誰で、何に署名するかが決まっているか。

三つ目は形式的に見えて、実務では一番効く。ガイダンスが評価手続の例として「データの移行の責任者及び受入側の承認について確かめる」を置いているのは、移行を作業でなく引き渡しとして扱えという意味である。 引き渡しには受け取る側がいて、受け取った時点で責任が動く。この署名を置かないまま切り替えた会社は、半年後に数字の質問が来たときに、答える人がいない状態になる。

並行稼働は「二回締める期間」ではなく、旧システムを止めてよいと言い切るための証拠集めである。
STEP 1
正本を宣言する
その月の決算数値をどちらのシステムのものとするかを先に決め、検証側の数字は社内に出さない。両方が正本の月を一か月も作らない
→
STEP 2
勘定ごとに許容幅を置く
現預金・借入金は一致、債権債務は補助元帳一致を条件に丸め差まで、棚卸資産と原価配賦は差異の分解可能性で判定する。差異ゼロを目標にしない
→
STEP 3
差異を三分類で仕分ける
移行時の残高取り込み誤り、新システムの設定誤り、旧システムの処理そのものの誤りに分ける。三つ目が出たときの扱いを先に決めておく
→
STEP 4
受入承認をもって切り替える
許容幅内が連続する月数、未分類の差異がゼロであること、受入側の承認者と署名対象の三点を満たした月から新を正本にし、旧の締めを止める
土台土台=切替日を先に税務手続の側から確定させること。優良な電子帳簿の軽減措置の適用を受けている会社では、総勘定元帳や仕訳帳に係るシステムの大幅な変更にあらかじめ変更届出書の提出が要る。経理の都合で動かせる日ではない。
期間で終わらせるのではなく、条件で終わらせる。条件を書いた瞬間に、並行稼働は終わる作業になる。

切替日を先に縛るのは、税務手続のほうである

そしてもう一つ、プロジェクトの工程表にはまず載っていない制約がある。電子帳簿保存法の届出である。

国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】」(令和7年6月)の問51は、優良な電子帳簿の要件を満たして保存している場合に、システム変更があれば必ず変更の届出が要るのかという問いに対し、届出書の記載事項を変更する場合には提出が必要だとしたうえで、該当する変更の例として「使用するシステムの全面的な変更のほか、訂正又は削除の履歴の確保、帳簿間での相互関連性の確保及び検索機能の確保に係るシステムの大幅な変更(使用していた市販の会計ソフトの変更を含みますが、いわゆる同一ソフトのヴァージョンアップは含みません。)」を挙げている。 ERPの入替えは、当然この例に当たる。

効いてくるのは、提出のタイミングである。 同じ一問一答の問52は、注として 「届出済国税関係帳簿のうち総勘定元帳や仕訳帳などの令和5年度の税制改正後の特例国税関係帳簿に該当するものに係るシステムの大幅な変更を行った場合等については、あらかじめ変更届出書の提出が必要となります」 としている。あらかじめ、である。 切替後に気づいて出す書類ではない。そして「並行稼働がいつ終わるか未定」のまま、あらかじめ出すことはできない。 切替の目標月を先に置き、判定条件で前後させる設計にしないと、この手続と噛み合わない。

もう一つ、旧システムをいつ落とせるかにも制約がかかる。同じ一問一答の問14は、検索機能を現在使用しているシステムで確保しなければならないのかという問いに対し、「変更前のシステムを用いること等により検索機能が確保されているのであれば、現在使用しているシステムにより検索ができなくても差し支えありません」と答えている。 解説は、「例えば、システム変更等をした場合に、変更前のデータについては、変更前のシステムにおいて検索機能を確保している場合などがこれに該当します」 としたうえで、「なお、このような場合には、検索に使用する電磁的記録が適用を受けて保存している電磁的記録と同一のものであることを確認できるようにしておく必要があります」 と続ける。

この一文が、旧環境の維持費の話に直結する。 旧システムで検索機能を確保する道を選ぶなら、旧環境を保存期間にわたって生かしておくことになる。別の媒体に吐き出して残す道を選ぶなら、吐き出したデータが元の電磁的記録と同一であることを確認できる状態にしておく必要がある。 どちらを選ぶかで、移行後に毎期出ていく金額が変わる(SAP移行で旧システムの過去データは何年分移すか、移行年数と旧環境の維持費)。並行稼働の期間の話をしているつもりで、実際には五年先の維持費を決めている。

設例

売上高940億円の産業機械メーカーが、会計システムをERPへ入れ替えた。当初の計画は並行稼働三か月で、経理部からは「二回締めるので二名増やしてほしい」という要求が出ていた。経理部長がその要求を止めたのは、前年に販売管理システムを入れ替えたときの実績を見たからである。 そのときも並行稼働三か月の予定が五か月に延びており、延びた理由を追うと、増えていたのは締めの作業時間ではなく、差異の調査と説明資料の作成時間だった。五か月分の残業時間のうち、締め作業に紐づく分は四割弱で、残りは差異対応だったという記録が残っていた。 そこで今回は設計を変えている。第一に、正本を月単位で宣言した。 切替判定までの各月は旧システムの数字を正本とし、新システムの試算表は経理部内の検証資料としてのみ扱い、経営会議にも事業部にも出さないことを事前に通知している。第二に、許容差異を勘定グループごとに置いた。 現預金と借入金は差異ゼロ、売掛金と買掛金は補助元帳との一致を前提に一件あたり千円未満の丸め差まで、棚卸資産と製造原価は金額一致ではなく差異の要因分解ができることを条件とし、分解できない残余に月次で三百万円という上限を置いた。第三に、差異の記録様式を一枚に固定した。 発生した勘定、金額、原因の分類が三択のいずれか、そして分類が「旧システム側の処理の誤り」だった場合の扱いを、その場で決めて記入する欄を設けている。初月の差異は187件、金額の絶対値合計で4,100万円だった。 分類の内訳は、残高の取り込み誤りが62件、新システムの設定誤りが98件、旧システム側の処理の誤りが27件である。この27件が、当初の想定になかった。 内容は、償却資産の除却処理の漏れと、支払手数料の按分が数年前から止まっていたものだった。二月目の差異は54件、三月目は19件まで落ち、うち分解できない残余は月次で84万円である。切替の判定は、許容幅内が二か月連続していること、未分類の差異がゼロであること、経理部長と情報システム部長の連名で受入書に署名することの三点を条件とし、三月目の締め後に満たしている。 一方で、切替日そのものは判定より前に決まっていた。優良な電子帳簿の軽減措置の適用を受けており、総勘定元帳と仕訳帳に係るシステムの大幅な変更に当たるため、変更届出書をあらかじめ提出する必要があり、その提出日から逆算して切替月を先に置いていたからである。 判定が通らなかった場合に一か月後ろへずらす手順も、届出のやり直しを含めて事前に書いてある。経理部長が社内の報告で強調したのは、増員をしなかったことではない。 差異187件のうち27件が旧システム側の誤りだったこと、そしてそれが五年近く誰にも気づかれずに続いていたことのほうだった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、並行稼働の目的を「新システムで締められることの確認」から「旧システムを止めてよいと言い切るための証拠集め」に書き換え、正本を宣言する。 各月の決算数値はどちらのシステムのものを正本とするかを先に決め、検証側の数字は社内に出さない。両方が正本である月を一か月も作らないこと、これが設計の要である。 二回締める負荷より、二つの数字を説明し続ける負荷のほうが重い。

第二に、許容差異を勘定ごとの幅で置き、差異ゼロを目標にしない。 現預金と借入金は一致、債権債務は補助元帳との一致を条件に丸め差まで、棚卸資産と原価配賦は金額一致ではなく差異の要因分解ができることで判定し、分解できない残余に上限を置く。差異の一部は不具合ではなく移行の成果として出ているので、同じ土俵で潰そうとすると終わらない。 そして幅を決める主体は経理であり、決めた根拠をその時点で一行残す。切替の判定条件は、許容幅内が連続した月数、未分類の差異がゼロであること、受入側の承認者と署名対象の三点で書く。

第三に、切替日を、経理の都合ではなく税務手続の側から先に確定させる。 優良な電子帳簿の軽減措置の適用を受けている会社では、総勘定元帳や仕訳帳といった特例国税関係帳簿に係るシステムの大幅な変更について、あらかじめ変更届出書の提出が必要になる。判定が通らなかったときに一か月ずらす手順まで、届出のやり直しを含めて事前に書いておく。 あわせて、旧システムの過去データを旧環境で検索できる状態に保つのか、別媒体へ移して同一性を確認できるようにするのかを、並行稼働の設計と同時に決める。ここで決まるのは並行稼働の期間ではなく、五年先まで毎期出ていく維持費である。

まとめ
並行稼働を延ばしているのは、正本と合格線が決まっていないことだ。計画書の目的を「新システムで締められることの確認」から「旧システムを止めてよいと言い切るための証拠集め」に書き換え、各月の正本をどちらにするか、勘定ごとの許容差異の幅、切替の判定条件の三つを稼働前に紙へ落とす。優良な電子帳簿の特例を受けている会社は、切替日を変更届出書の提出から逆算して先に置き、旧データの検索を旧システムで確保するか別の媒体に残すかも、同じ場で決める。

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