創業家が株式の全部を持つ会社に、財務責任者として入る。着任して一か月、事業別の損益を作り直し、部門別の固定費の配賦を整え、月次の経営会議に持っていく。社長は資料を最後まで見ている。そして、それで結局いくら残るの、と聞く。 別の日、資金繰りの改善案を提示すると、社長は個人の口座から一時的に入れておくと言う。この二つの会話が、この会社で管理会計が機能しない理由のすべてを表している。
精緻な数字を作る前に、前提が動くかどうかを確認する
新任のCFOが最初に手を付けたくなるのは、たいてい情報の整備である。事業別の損益、部門別の配賦、資金繰り表の精緻化。どれも正しい仕事だが、オーナー企業では順序が違う。
理由は単純で、オーナー企業の損益計算書には、経済実態と一致していない項目が最初から複数入っているためである。代表的なものは四つある。役員報酬の水準、同族への支払(賃料、外注費、保険料)、個人名義資産の使用に伴う支払、そして貸付・借入の利息である。これらは、社長が決めれば明日にでも変えられる。
第三者に会社を説明する場面を思い浮かべると、この構造の意味が分かる。金融機関が与信を判断するとき、買い手が企業価値を算定するとき、監査法人が関連当事者取引を確認するとき、彼らが最初にやるのはこれらの項目を経済実態に引き直す作業である。 つまり、外部の誰もが最初にやる調整を、会社の中では誰もやっていない。
CFOの最初の仕事は、この調整を社内で先に済ませることになる。難しいのは技術ではなく、社長に「今の数字は第三者から見ればこう見えます」と伝える場面をつくることである。 ここで管理会計の資料を持っていくと、話が精度の議論にすり替わる。持っていくべきは、金融機関や買い手が実際に行う調整の一覧である(新任CFOの最初の90日|着任直後に制度を作り替えてはいけない)。
個人保証は、頼む交渉ではなく説明を求める手続きである
個人保証を外す話を、CFOが「お願い」として持ち込むと、まず動かない。動かすための足場は、すでに制度の側に用意されている。
経営者保証に関するガイドラインは、平成25年12月に公表され、平成26年2月1日から適用されている。日本商工会議所と全国銀行協会が共同で設置した経営者保証に関するガイドライン研究会が策定したもので、法的拘束力はないが、銀行、信用金庫、信用保証協会、日本政策金融公庫など幅広い金融機関で運用されている。保証を求めない融資の検討にあたって示されている要件は三つで、法人と経営者の関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、そして財務状況の正確な把握と適時適切な情報開示による経営の透明性の確保である。
一つ目の要件を読み直してほしい。個人と法人の区分・分離は、保証を外すための前提条件そのものである。 同族間取引や個人名義資産の整理は、内部管理を良くするための一般論ではなく、調達条件に直結する具体的な作業として位置づけられている。
さらに、令和4年12月23日には、経済産業省・金融庁・財務省が経営者保証改革プログラムを策定している。スタートアップ・創業、民間金融機関による融資、信用保証付融資、中小企業のガバナンスの四分野に重点を置いたもので、このなかで金融庁は監督指針を改正し、金融機関が経営者保証を求める場合には、どの部分が十分でないために保証契約が必要なのか、どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるかを経営者に説明し、その結果等を記録することを求めている。
ここがCFOの入口になる。外してくださいと頼むのではなく、なぜ必要なのかの説明と、解除の条件を書面で受け取る。 説明を求めるのは借り手の当然の行為であり、金融機関の側にはそれを説明し記録する枠組みがある。受け取った説明は、そのまま改善計画の項目一覧になる。三年かけて何をすれば外れるのかが、交渉の一回目で文書になる。
同族間取引は、取引先マスタに現れない
境界の整理で最も手間がかかるのが、同族間の取引の洗い出しである。難しいのは、これらが取引先マスタの中で「その他の取引先」として並んでいるからである。
上場企業やその準備段階にある会社では、企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」に基づいて、役員や主要株主およびその近親者との取引を把握する枠組みがある。非上場のオーナー企業には、この枠組みが無い。 そのため、把握の起点を別に置く必要がある。
実務で効く起点は三つある。一つ目が、登記簿である。 社長および近親者が役員になっている法人を洗い出し、その法人名で自社の取引データを検索する。二つ目が、不動産の登記事項である。 事業所として使っている物件の所有者を確認する。三つ目が、支払データの受取人名である。 個人名義の口座への継続的な支払は、金額の大小にかかわらず一覧にする。
洗い出した取引について、CFOが確認すべきことは二つに絞られる。取引条件が第三者との取引と同等かどうか、そしてその根拠が文書として残っているかどうかである。 賃料であれば近隣の相場、外注費であれば他社の見積り、貸付金であれば利率の設定根拠。根拠が残っていない取引は、税務調査でも、金融機関との交渉でも、将来の株式の移転でも、同じ場所で引っかかる(関連当事者取引をどう洗い出すか|役員と同族の取引は取引先マスタに現れない)。
そして役員貸付金には、別の重さがある。貸付金が資産に計上されたまま何年も動かない状態は、金融機関から見れば、会社の資金が社外に出て戻っていないことを意味する。 決算書の一行にすぎないように見えて、与信判断では大きく効く。解消の方法は、返済、役員報酬からの相殺、債権放棄のいずれかになるが、どれも税務上の取扱いが異なるため、着手する前に税理士と設計を詰める必要がある。放置という選択肢だけが、確実に事態を悪くする。
事業が個人名義の資産の上に乗っている
本社の土地建物が社長個人の名義であること自体は、珍しいことでも悪いことでもない。問題は、その状態が意図的に設計されたものではなく、単に昔からそうだった、という場合である。
確認すべきは三点になる。第一に、賃貸借契約が書面で存在し、賃料が相場と整合しているか。第二に、その物件に金融機関の担保が設定されているか、設定されている場合の債務者は誰か。第三に、社長に相続が発生したときに、その物件が誰に渡ることになっているか。
三点目が、実務では最も重い。遺言も、株式の承継方針も定まっていない状態で、事業の基盤となる不動産が個人名義のまま置かれている会社は、少なくない。 相続が発生した時点で、事業に不可欠な資産が複数の相続人の共有になり、その後の意思決定に全員の合意が要るようになる。CFOが設計すべきなのは、この状態を回避する道筋であって、精緻な事業別損益ではない。
同じ性質の論点が、生命保険にもある。オーナー企業では、契約者が法人、被保険者が社長、受取人が法人という形の保険が、複数本入っていることが多い。目的が明確なものと、勧められるままに入ったものが混ざっている。 目的は通常、借入の返済原資か、株式の買取資金か、退職金の原資のいずれかである。どの目的にも紐づかない契約は、解約返戻金の推移を確認したうえで整理の対象になる(企業保険をどこまで掛けるか|リスク移転と自家保有の線引きをCFOが決める)。
資本政策の議論は、境界が片付くまで前に進まない
境界の整理を先にやるべき最大の理由は、その先にある意思決定が、全部この整理の上に乗っているからである。
株式の承継を考えるなら、まず株価の算定が要る。株価の算定は、役員報酬の水準、同族への支払、個人名義資産の賃料が動けば変わる。外部からの資本を入れるなら、投資家は必ず関連当事者取引の一覧を求める。金融機関との条件交渉なら、保証の解除がそのまま論点になる。どの道を選んでも、入口は同じ場所にある。
そして、承継については時間の制約がある。事業承継の局面は、保証を外す最大の機会でもある。 事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則は令和元年12月に公表され、令和2年4月から運用が始まっている。この特則は、原則として前経営者と後継者の双方から二重には保証を求めないこととしている。 承継のタイミングで整理しなければ、後継者は自分が関与していない過去の借入について、保証を引き受けることになる。
税制の側にも期限がある。法人版事業承継税制の特例措置について、令和8年度税制改正により特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで延長された。しかし、特例措置による贈与・相続の適用期限は令和9年12月31日のまま据え置かれている。 計画を出せる期間は延びたが、実行できる期間は延びていない。計画の提出期限と実行期限の間は、およそ三か月しかない。計画を出してから中身を考える、という進め方が成立しない構造になっている。
つまり、承継を視野に入れているオーナー企業では、境界の整理は「いずれやる」課題ではなく、逆算すると今年の課題になっている。 株価の算定も、保証の解除の交渉も、同族間取引の是正も、着手から結果が出るまでにそれぞれ数か月を要する。CFOが着任初年度に管理会計へ全力を投じた会社は、この逆算に間に合わない(資本配分の設計図|成長投資・株主還元・現預金のバランスをどう決めるか)。
決めるのは三つ
第一に、着任直後は管理会計より境界の整理を先に置く。 オーナー企業の損益計算書には、役員報酬の水準、同族への支払、個人名義資産の使用に伴う支払、貸付・借入の利息という、社長が決めれば明日にでも変わる項目が最初から入っている。金融機関も買い手も監査法人も、まずこれらを経済実態に引き直してから会社を見る。外部の誰もが最初にやる調整を、社内で誰もやっていない状態を先に埋める。 保証・同族間取引・個人名義資産の三つは、片付いたかどうかが登記・契約・金融機関の記録で外形的に確認できる。
第二に、個人保証は説明を求める手続きから始める。 経営者保証に関するガイドラインは平成25年12月に公表され平成26年2月1日から適用されており、示されている要件は法人と経営者の関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、財務状況の正確な把握と適時適切な情報開示である。さらに令和4年12月23日の経営者保証改革プログラムを受けて金融庁が監督指針を改正し、金融機関には保証を求める理由と、どのような改善を図れば変更・解除の可能性が高まるかを説明し記録することが求められている。外してくださいと頼むのではなく、説明と解除条件を書面で受け取る。 受け取った文書が、そのまま改善計画の項目一覧になる。
第三に、承継から逆算して期限を先に置く。 事業承継時に焦点を当てた特則は令和元年12月に公表され令和2年4月から運用されており、原則として前経営者と後継者の双方から二重には保証を求めないこととしている。承継は保証を外す最大の機会である。加えて、法人版事業承継税制の特例措置について、令和8年度税制改正で特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで延長されたが、特例措置による贈与・相続の適用期限は令和9年12月31日のまま据え置かれている。 計画の提出から実行までおよそ三か月しかなく、計画を出してから中身を考える進め方は成立しない。株価の算定も保証の解除交渉も同族間取引の是正も、それぞれ数か月を要する。



