「うちは無借金でやってきた」という言い方には、ふつう誇りが混ざっている。だが財務の側から見ると、その状態は別のことも意味している。要求利回りの最も高い資金の上に、全事業を乗せているということだ。 無借金は安全性の指標ではなく、資本構成の一つの選択にすぎない。そして多くの会社で、その選択は意思決定の結果ではなく、決め方を持っていないことの結果になっている。

POINT
借入をどこまで増やしてよいかは、投資案件の魅力からは決まらない。決まるのは、下振れたときに耐えられるかどうかからだ。順序を逆にする。まず自社のEBITDAが過去に実際どこまで落ちたかを出し、その水準に借入契約の財務制限条項の倍率を掛けて、抵触に相当するネット有利子負債の額を算出する。そこから運営上の余裕だけを手前に引いた線が上限になる。ここで注意すべきは、安全余裕をEBITDA側と倍率側の両方で取らないことだ。同じ下振れを二度引くと上限が実態よりかなり低く出て、結局「借りない」に戻る。上限が決まったら、現在のネット有利子負債との差=デットキャパシティを算出し、これを全部使わない。一定割合は、想定していないM&Aや設備更新が現れたときに動くための余地として空けておく。無借金を続ける判断もありうるが、それは方針として明文化されて初めて判断になる。

無借金は「無リスク」ではなく「高コスト」

自己資本は、資金の中で最も高い要求利回りを負っている。返済順位が劣後し、業績に応じて配当が変動するリスクを株主が引き受けているからだ。無借金とは、その最も高い要求水準の上に全事業を乗せている状態を指す。同じ事業、同じキャッシュフローでも、何で賄うかによって加重平均した資本コストは変わる(資本コストの出し方と使い方、WACCを自社の数字で説明する)。東京証券取引所は2023年3月、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に対して資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請した。ここで問われているのは投資の中身だけではない。何で賄うかも、資本効率の一部である。

ただし、節税効果を理由に借りるという説明は弱い。実務で効く負債の効用は別にある。投資機会が現れたときに、その場で動けることだ。 現金と借入余力を持たない会社は、良い案件が目の前に来ても検討にすら入れない。負債は費用を下げる道具である前に、選択肢を持つための道具である。

上限は平時のEBITDAでなく、落ちたときのEBITDAで決める

耐えられる負債水準の計算は、複雑にする必要がない。式は一つでいい。

上限は、好調期の数字からは出てこない。落ちたときの数字から逆算する。
ストレス時のEBITDA
直近10年で最も低かった年の水準
×
コベナンツの倍率
借入契約の条項から直接拾った上限倍率
=
抵触相当のネット有利子負債
運営上の上限は、ここから余裕分だけ手前
安全余裕は、EBITDA側か倍率側のどちらか一方で取る。両方で取ると同じ下振れを二度引くことになり、上限が実態より低く出る。

要点は、EBITDAをどの水準で置くかにある。多くの会社は直近期や計画値を使う。すると好調な期ほど借入余力が大きく見え、不調期に借入余力が縮む。実際に借りたいのは不調期のほうなので、この置き方は肝心の場面で外れやすい。掛ける側のEBITDAを、最初から落とした値で置いておく。

自社のEBITDAが過去に実際どこまで落ちたかを、十年単位で並べる。使うのは、景気後退・主要顧客の離反・単価下落が重なった年の水準だ。この作業は一日で終わる割に、社内の議論を大きく変える。「うちの事業は安定している」という共通認識が、数字を並べた途端に崩れることがあるからだ。逆に実績として安定していれば、それが借入余力の根拠になる。他社の倍率を参考にしても意味がないのは、この変動幅が業種と事業構造で桁違いに違うからだ。 ストック型の収益で回る会社と、受注生産や市況品を扱う会社では、同じ倍率がまったく違う危険度を意味する。

運営上の余裕の取り方は、あらかじめ一つに決めておく。ストレス時のEBITDAを使うなら倍率は条項どおりに使い、そのうえで抵触相当額から0.5倍相当ぶんだけ手前に線を引く。逆に平常時のEBITDAを使うなら、倍率のほうを条項より低く置く。どちらでも構わないが、両方を同時にやると、同じ下振れを二度引いた過度に低い上限が出てくる。そして低すぎる上限は、結局は使われない。

抵触点は契約書にしか書いていない

抵触点そのものを、社内の上限に置いてはいけない。抵触は期限の利益喪失の入口であり、そこに触れた時点で交渉の主導権を失う。上限は、その手前に自分で引く。

倍率の上限側は、借入契約の財務制限条項で決まる。典型的なのは純資産維持条項、利益維持条項、そしてレバレッジ倍率に関する条項だ。問題は、その定義が契約ごとに違うことにある。

有利子負債に何を含むのか。リース債務は入るのか。手元現金を控除したネットで見るのか、グロスで見るのか。EBITDAに一時的な費用の調整を認めるのか。連結ベースか単体ベースか。同じ「ネット有利子負債/EBITDA 3.0倍以内」という文言でも、定義が違えば計算結果は変わる。複数行から借りていれば、条項の定義が行ごとに違うことも珍しくない。

上限を置く前に、契約書から拾っておく四点
  • 条項の有無と数値:借入契約ごとに、財務制限条項の比率・金額と判定のタイミング(期末のみか、四半期ごとか)
  • 有利子負債の定義:リース債務、社債、そしてコミットメントラインの未実行枠が含まれるかどうか
  • EBITDAの定義:調整項目として何が認められているか、連結ベースか単体ベースか
  • 抵触時の効果と会計基準の扱い:直ちに期限の利益を喪失するのか治癒期間があるのか、会計基準の変更を判定から遮断する条項(いわゆる会計基準固定条項)があるか

二点目は、機会枠の設計に直結する。未実行のコミットメントライン枠が条項上の有利子負債に含まれる契約なら、枠を確保しただけで倍率が動く。借りていないのに余力を食う形になるので、その場合は枠の持ち方そのものを設計し直す必要がある。

四点目は、いま特に確認しておく価値がある。企業会計基準委員会が2024年9月に公表した新しいリース会計基準では、借手のオペレーティング・リースとファイナンス・リースの区分が廃止され、原則としてすべてのリースについて使用権資産とリース負債を貸借対照表に計上することになった。原則適用は2027年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首からで、早期適用も認められている。

ここで倍率の分子と分母が同時に動く。リース負債が条項上の有利子負債に含まれるなら分子が増え、これまで販管費だった賃借料が減価償却費と支払利息に置き換わるためEBITDAも押し上げられる。店舗や倉庫を多く借りる業種では分子の増加が勝ち、倍率が悪化しやすい。そして皮肉なことに、影響が最も大きく出るのは実質無借金の会社だ。 既存の有利子負債が薄いぶん、新たに乗るリース負債の相対的なインパクトが大きくなるからである(新リース会計基準の影響、借手が契約の洗い出しより先に見る財務指標)。

デットキャパシティを、全部使わない

上限が決まれば、現在のネット有利子負債との差がデットキャパシティになる。ここで多くの会社が犯す間違いが、この枠を投資計画で埋め切ることだ。

枠を使い切った会社に何が起きるか。翌年、想定していなかった案件が現れる。競合が売りに出る、主要設備が想定より早く更新時期を迎える、取引先の事業を引き受ける話が来る。どれも計画には載っていない。そして枠がなければ、検討にすら入れない。資金調達は、必要になってから始めたのでは間に合わない。 交渉が最も不利になるのは、選択肢がないことを相手に知られている状態である(銀行交渉の準備、CFOが事前に固める数字と金利・コベナンツの論点)。

実務的には、デットキャパシティの一定割合を機会枠として明示的に取り置く。使途を決めない枠を持つことに社内の抵抗は出るが、これは遊ばせているのではなく、意思決定の速度を買っている。コミットメントラインのような契約上の余力として持てば、実際に借りていなくても動ける状態は作れる。ただし前節のとおり、未実行枠が条項上の有利子負債に含まれる契約では枠の確保自体が倍率を食うので、どの契約でその形が取れるかを先に確かめておく。

順序を逆にすると、議論が噛み合う

多くの会社の資本構成の議論は、投資計画から始まる。事業部が積み上げた投資額の合計が出て、自己資金で足りない分を「どう調達するか」と財務に投げる。この順序だと、財務は常に後追いで、しかも断りにくい。

順序を入れ替える。期初に、耐えられる負債の上限とデットキャパシティを取締役会で確定させる。そのうえで、その枠の内側で投資案件を優先順位づけする。枠を超える案件は、他の案件を落とすか、エクイティを含む別の調達を検討するか、実行しないかの三択になる。この順序にすると、投資の議論が自動的に案件間の比較になる。資本配分のルールが機能するのは、配る総額が先に決まっているときだけだ(キャピタルアロケーション(資本配分)の決め方、原資と使い道の優先順位)。

設例

実質無借金を三十年続けてきた部品メーカーで、生産能力の増強を巡って議論が止まっていた。「借りてでも建てるべきだ」という事業側と、「無借金を崩すべきでない」という創業家側が、それぞれの主張を繰り返していた。財務が最初にやったのは、過去十年のEBITDAを並べることだった。リーマン後の年と、主要顧客の内製化が重なった年で、EBITDAはピークの半分以下まで落ちていた。その水準に、各行の借入契約から拾った倍率を掛けて抵触相当額を出し、そこから運営上の余裕を引いた線を上限とした。出てきた枠は、事業側が求めていた投資額よりは小さく、創業家が想定していたゼロよりは大きかった。取締役会はその枠を上限として決議し、機会枠として一定割合を取り置いた。翌年、同業の一社から事業譲渡の打診が来たとき、検討に入るまでに二週間しかかからなかった。枠が先に決まっていたので、財務が用意したのは調達条件の比較表だけで済んだ。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

「借りない」も方針だが、明文化されていなければ方針ではない

最後に、無借金を選ぶ判断そのものは間違いではないと付け加えておく。事業の変動幅が極端に大きい、後継の資本政策が固まっていない、金融機関との関係を作り直している途中——理由があって借りないのは、立派な資本構成の選択だ。

ただし、それは文書になっていて初めて選択になる。取締役会の議事に「当社は当面ネット有利子負債をゼロで運営する。ただし取得価額○億円を超える案件が生じた場合は、上限○倍まで負債での調達を検討する」と書いてあるかどうか。書いてあれば、機会が来たときに議論が一からにならない。書いていなければ、その会社は資本構成を選んでいるのではなく、決めずに済ませているだけだ(株主還元の方針、配当・自社株買い・内部留保をどの順番で使い分けるか)。

まとめ
負債の上限は、投資計画から積み上げず、落ちたときのEBITDAから逆算して先に置く。過去十年で最も低かった年のEBITDAに、借入契約の財務制限条項の倍率を掛けて抵触相当額を出し、安全余裕はEBITDA側か倍率側の一方でだけ取る。上限との差は使い切らず、機会に備える枠を取り置いてから案件に優先順位をつける。無借金を続けるなら、その判断を取締役会の議事に残す。

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