「月次はどこまで正確にやるべきか」。この問いに金額基準で答えようとした瞬間から、議論は終わらなくなる。100万円で切ろうとすれば、各担当が自分の科目は例外だと主張する。しかもその100万円が、1件あたりの金額なのか、科目の残高なのか、損益への影響額なのかで、話す人ごとに前提が違う。月次の精度を分ける線は、金額の大小ではない。その見積り誤差が翌月に自動で戻るのか、残高に積み上がったまま自分では戻らないのかだ。 戻る誤差はいくら大きくても概算で通してよく、積み上がる誤差は金額が小さくても実額に寄せる。この一本で切ると、決めるべきことが半分になる。
金額で切ると、なぜ終わらないのか
金額基準そのものが悪いわけではない。悪いのは、金額基準を「最初の線」にすることだ。
「1件100万円以上は実額」と決めたとする。すぐに反論が来る。1件では小さいが件数が多い費目はどうするのか。金額は小さいが率で効く項目はどうするのか。そして最も厄介なのが、金額が小さいまま何か月も積み上がる項目だ。1か月あたり30万円の見積り誤差は、単月では誰も気にしない。だが同じ方向に12か月積めば360万円になり、期末に一度で戻る。単月の金額基準は、この積み上がりを一切検知できない。
もうひとつ、金額基準は交渉の余地を残す。基準が金額だけだと、担当者は「うちの科目は特殊だから」と説明する余地を常に持つ。誤差の性質で切ると、この交渉が起きない。洗替で戻るか戻らないかは、事実の問題だからだ。
分岐は、自己是正するか累積するか
自己是正型の設計で唯一気をつけるべきは、組み方だ。必ず洗替で組む。 翌月頭に前月計上分を全額振り戻し、当月の見積りを新たに計上する。この形なら、前月の見積りがどれだけ外れていようと、当月には持ち越さない。
これを差額調整で組むと性質が変わる。前月計上額と当月あるべき額の差だけを追加計上する方式では、前月の誤りがそのまま残高に残り続ける。担当者が代わり、差額の計算根拠が失われると、残高の中身が誰にも説明できなくなる。同じ「経過勘定の概算計上」でも、洗替なら自己是正型、差額調整なら累積型に化ける。月次の割り切りを議論する前に、まず自社の経過勘定が洗替になっているかを確認したほうがよい。
見分ける質問はひとつ「実額にしたら、どの残高が動くか」
現場で迷ったときは、次の一問で判定できる。「この概算をやめて実額に置き換えたら、どの勘定の残高が動くか」。
P/Lの費用額だけが動き、B/Sの残高は翌月に消えるなら、自己是正型でよい。B/Sの残高が動くなら累積型で、その残高は次期以降も持ち越される。棚卸資産、貸倒引当金、契約資産・契約負債、未実現利益、繰延税金資産。どれもB/Sに居座り続ける勘定である。
つまり、月次の精度をどこまで求めるかはP/Lでなく残高で判定する。損益の議論から入ると「今月の利益が数十万円ずれても経営判断は変わらない」という話になり、それは大抵正しい。だが同じ数十万円が残高に積もるなら、判断が変わらないのは今月だけだ。この視点は、残高の裏付けを取る作業とセットで持っておくとよい(勘定残高の証憑突合と勘定明細レビュー:四半期レビューに耐える残高保証の作法)。
金額基準は要る。ただし二段で持つ
誤差の性質で切ったうえで、金額基準は補助として置く。二段構えにする。
一段目は、作業を止めるための1件あたり閾値。「1件○万円未満の経過勘定は期中按分しない」「月額○万円未満の費目は配賦せず発生部門に置く」。これは担当者が現場で迷わないための線で、細かく作り込む必要はない。
二段目は、月次全体の許容差。「月次利益に対して○パーセント、金額で○万円までのずれは追わない」。これは判断のための線で、経理部長かCFOが決める。二段目を持たないと、一段目の閾値を積み上げた結果として月次全体でどれだけずれる可能性があるのかが分からないまま運用することになる。
ここで注意しておきたい制度上の整理がある。企業会計原則注解の【注1】は、重要性の乏しいものについては本来の厳密な会計処理によらず簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められるとしている。ただしこれは財務諸表の作成に関する原則であり、月次決算そのものを直接規律するものではない。月次は制度会計の外側にある社内の管理手続だ。だから月次の閾値は自分で決めるしかない。 決めるしかないが、期末には制度の側に着地する。二つの閾値を無関係に置いてはいけないのはこのためで、月次で許容してきたずれの合計が期末の重要性基準を超えるなら、その運用は破綻している。
期末にひっくり返る項目には、月次で別の手を打つ
累積型のうち、月次で実額に寄せるのが物理的に難しいものがある。実地棚卸が年に2回しかない会社の在庫、外部の査定を待つ資産、税効果の回収可能性の判断。これらを毎月実額にするのは現実的でない。
その場合に打つ手は、実額化ではない。見積りの前提をレビューする月を決めることだ。
在庫なら、滞留区分の更新を四半期に一度回す。何か月動いていない品目がいくらあるかは、実地棚卸を待たなくても在庫システムから出る。評価損の引当ルールを先に決めておけば、期末に事業部と揉める場面そのものが減る(棚卸資産の評価損と滞留在庫|期末に事業部と揉めない引当ルールの決め方)。工事や受託開発なら、見積総原価の改定を四半期の決まった月に行う。総原価が動けば進捗率が動き、過去に計上した収益まで遡って影響する。この改定を期末まで放置すると、最終四半期に一気に戻る。貸倒引当なら、滞留債権の区分見直しを月次で回す。金額の更新はできなくても、区分の更新はできる。
そして、誰が見積りの水準を決めるのかを明確にしておく。数字を作る担当者と、水準を決める人が同じだと、月次の割り切りは期末に必ず問題になる(引当金の見積りは誰が決めるか|数字を作る人と水準を決める人を分ける社内ルール)。
割り切りを文書にして、監査法人と先に目線を合わせる
月次の概算ルールは、決めただけでは守られない。文書にして、監査法人に事前に説明しておく。
説明すべきは三点だ。どの項目を概算で通しているか。その閾値と根拠は何か。累積型の項目について、前提のレビューをいつ回しているか。この三点を平時に共有しておけば、期末の戻しが出たときに「なぜそうしていたか」を説明できる。逆に、期末になってから初めて割り切りの存在が明らかになると、指摘は割り切りの妥当性ではなく統制の不備として立つ。監査の論点は、期中に前倒しできるものほど期中に出しておいたほうがよい(監査法人の指摘が期末に集中する会社の共通点|論点を前倒しする四半期の使い方)。
「正確さ」でなく「戻らなさ」を管理する
月次決算の目的は、その月の利益を正確に当てることではない。次の一手を決められる数字を、決められるタイミングで出すことだ。だから多少の誤差は本来どうでもよい。問題は、その誤差が消えるか残るかである。
消える誤差を減らすために締めを遅らせる会社は多い。残る誤差を放置したまま速さを誇る会社も多い。どちらも管理する対象を取り違えている。締めの日数を削る努力が頭打ちになったとき、次に手を入れるべきなのは速さではなく、この線引きのほうだ(決算早期化が頭打ちになる理由|締め日数の限界と次の一手の見極め)。



