第1四半期の部門別予実の会議で、産業機器事業部だけが赤字になっている。売上は計画どおり、粗利も計画どおり。赤字の原因は、4月の国際展示会と、それに合わせて打った業界誌とウェブの広告、合計1億8,000万円である。 事業部長は、この展示会の商談が受注になるのは早くて年末で、売上になるのはさらにその先だと説明する。会議の結論は、第2四半期以降の販促を絞って通期の利益計画を守る、だった。翌年の第1四半期、事業部は展示会の出展規模を半分にした。 その年の年末、受注は前年を下回った。費用を削った判断と、受注が落ちた結果の間には、三四半期の距離がある。 会議の資料には、その距離が一度も描かれていない。

POINT
広告や販促の支出を後の期に繰り延べる会計上の道は、ほとんど閉じている。企業会計基準委員会の実務対応報告第19号「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」は、開発費を原則として支出時に費用(売上原価又は販売費及び一般管理費)として処理し、繰延資産に計上する場合は支出のときから5年以内のその効果の及ぶ期間にわたり規則的に償却するとしたうえで、開発費を、新技術又は新経営組織の採用、資源の開発、市場の開拓等のために支出した費用等と定義し、ただし経常費の性格をもつものは開発費には含まれないとしている。 毎年の展示会や継続的な広告は、経常費の性格をもつ。同報告は、支出の効果が期待されなくなった繰延資産は未償却残高を一時に償却しなければならないとも定める。契約を取るためのコストについても、日本基準は契約獲得の増分コストを資産計上する定めを設けていない。 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」第109項は、棚卸資産や固定資産等のコストの資産化等の定めがIFRSの体系と異なるため、IFRS第15号の契約コスト(契約獲得の増分コスト及び契約を履行するためのコスト)の定めを範囲に含めていないとし、IFRS又は米国会計基準を連結財務諸表に適用している企業の個別財務諸表などに限って、それらの定めに従った処理を妨げないとしている。そして顧客に払う販促費は、そもそも費用ではなく売上の減額になりうる。 同基準第63項は、顧客に支払われる対価を、顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合を除き、取引価格から減額するとしている。財務会計は、今期の広告を今期の費用として正しく表示している。問題は、その数字を部門の成績表にそのまま使うことである。

会計が正しく、成績表が間違っている

財務会計の損益は、支出がいつ起きたかを正しく映す。受注までの期間が長い事業では、それが、投資がいつ効いたかを映さない。

展示会で名刺を交換した見込み客が、商談、仕様の確認、社内の稟議を経て発注に至るまで、産業機器なら半年から一年かかる。受注から納入と検収を経て売上が立つまで、さらに数か月かかる。その間、支出した四半期は費用だけを計上し、売上が立つ四半期は費用を計上しない。 年間の合計では、支出の型が毎年同じなら帳尻が合う。合わないのは四半期と月であり、部門の予実会議が見ているのはまさにその単位である。

ここから二つの歪みが生まれる。一つは、投資を前倒しした部門ほど、期の前半の成績が悪く見えること。もう一つは、投資を削った部門ほど、削った期の成績が良く見えることである。削った効果が受注の減少として出るのは三四半期後で、その時にはもう、何が原因だったかを誰も会議で結び付けない。予算を評価に結び付けている会社では、この歪みがそのまま行動になる(予算を人事評価に紐づけると予測が歪む、目標と予測を分けて持つ予算設計)。

研究開発費も全額が発生時の費用になる点は同じだが、研究開発の管理では、テーマ単位で累計の投下額を追う会社が多い(研究開発費の管理会計、帳簿に残らない累計投下額とテーマ単位で開発を止める基準)。広告と販促だけが、発生月の費用として部門の損益に落ちて、それで終わっている。

会計は動かせないので、管理会計に第二の損益を持つ

解は、財務会計の数字を変えることではない。部門の管理損益の中で、獲得のための支出を、その支出から売上が立つ期間に配った第二の損益を並べることである。 費用を平らにならすことが目的ではない。支出と、その支出が生んだ売上を、同じ四半期に並べることが目的である。

同じ展示会の1億8,000万円が、どちらの損益に載るかで、翌年の出展の判断が逆になる。
BEFORE
発生した四半期の費用として部門損益に落とす
第1四半期だけが赤字になり、会議は販促の削減で通期の利益を守ろうとする。受注が落ちるのは三四半期後
→
AFTER
獲得費を売上が立つ期間に配った第二の損益を並べる
支出と売上が同じ四半期に並び、議論は商談の進み具合と配る期間の妥当性に移る。財務との差は繰延残高の一行で示す
第二の損益は財務の損益を置き換えない。差を一行で説明できる形で横に置く。

設計で決めることは四つある。

第一に、配る対象を「獲得費」に絞る。 新しい見込み客と商談を生むための支出、たとえば展示会、見込み客の獲得を目的にしたウェブ広告、セミナー、資料請求への対応の外注である。会社名の認知のための広告、既存顧客の維持のための販促、顧客に払う協力金は入れない。 協力金は第63項により売上の減額になりうるもので、顧客別の採算の側で扱う(値引き・リベート・販促費はネット売上で管理する、総額売上では顧客別の採算が読めない)。

第二に、配り始める時点と配る期間を、実績の日数から決める。 顧客管理システムと販売の記録から、初回接点の日付と、その案件の売上計上日の差を、チャネルごとに一年分並べる。配り始める時点は、支出日にこの日数の分布の四分位の下側を足した日とし、配る期間は四分位の下側から上側までとする。 配り始めるまでの支出は、管理会計上の繰延残高として待たせる。受注までの日数だけで決めると、配った費用の大半が売上の立つ前に落ち、冒頭の歪みが少し後ろにずれるだけになる。 実績の裏付けのない長さは、費用の先送りにしかならない。一件あたりの獲得費を何か月で回収できるかという物差しとも合わせておく(ユニットエコノミクスとは、CAC・LTV・回収月数で事業の健全性を測る方法)。

第三に、効果が見えなくなった残高を一度に落とす規則を置く。 実務対応報告第19号が、支出の効果が期待されなくなった繰延資産の未償却残高の一時償却を求めているのと同じ考え方を、管理会計の側にも入れる。たとえば支出から二四半期後の時点で、その支出から生まれた商談の件数が計画の半分に届かなければ、残高を全額その四半期の管理損益に落とす。 配り始める時点を後ろに置く設計では、この規則がない第二の損益は、失敗した投資を一年以上隠す道具になる。

第四に、財務の損益との差を一行で橋渡しする。 管理の損益と財務の損益の差は、期中の獲得費の支出額から、配って管理損益に入れた額と一時に落とした額を引いたもの、すなわち管理会計上の繰延残高の増減に一致する。この一行をブリッジ表に常設する(管理会計と財務会計の数字が合わない原因と、毎月説明できるブリッジ表の作り方)。導入する年は、過去6四半期ほどの支出を同じ規則で配り直した期首の繰延残高を置く。 期首の残高をゼロから始めると、過去の支出が配られないまま、導入初年度の管理の損益だけが大きく良く見える。

投資を増やした年は、管理の損益が良く見える

第二の損益には、決まった方向の偏りがある。獲得費を前年より増やした年は、管理の損益が財務の損益を上回り、その差は繰延残高の増加額に等しい。 配り始める時点を後ろに置く設計では、この差はさらに大きくなる。

冒頭の事業部で試算する。獲得費は毎年、第1四半期に1億8,000万円、第2から第4四半期に各6,000万円を支出する。支出した四半期の三つ後の四半期から、四つの四半期に均等に配る。 受注までの日数と、受注から売上計上までの日数を合わせた分布が、おおむね三四半期後から七四半期後に収まる事業を想定している。獲得費を差し引く前の部門の利益は、第1四半期から順に1億2,000万円、1億3,000万円、1億4,000万円、1億5,000万円とする。 過去も同じ支出の型が続いていたとすると、各四半期に配られるのは、3から6四半期前の支出の4分の1ずつである。

項目(百万円)第1四半期第2四半期第3四半期第4四半期通期
獲得費を引く前の部門利益120130140150540
獲得費の支出(財務の費用)180606060360
財務の部門利益−60708090180
配った獲得費(3〜6四半期前の支出分)90909090360
管理の部門利益30405060180
翌年に獲得費を480に増やした場合の管理の部門利益(引く前の利益は同額)30405045165
同・財務の部門利益−12050607060

支出の型が毎年同じなら、配った獲得費は四半期ごとに9,000万円で平らになり、通期では財務と管理の利益が一致する。 このとき期末の繰延残高は3億6,000万円で、ちょうど一年分の支出に等しい。翌年に獲得費を4億8,000万円(第1四半期2億4,000万円、以降各8,000万円)に増やしても、その年に配られるのはほとんどが前年の支出で、増やした分が入るのは第4四半期の1,500万円だけである。 配った獲得費は通期で3億7,500万円、管理の利益1億6,500万円は財務の利益6,000万円を1億500万円上回る。この1億500万円は、期末の繰延残高が3億6,000万円から4億6,500万円に増えた額である。 財務の損益との差を一行で出す理由はここにある。増やした投資が当たるかどうかは、この残高が配られる翌年度以降の四半期に、売上がついてくるかで判定する。

偏りを抑える運用は三つある。配り始める時点と配る期間はチャネルごとに年一回だけ見直し、見直しは経営企画ではなく経理が承認する。 第二の損益を部門長の賞与の計算にそのまま使わず、財務の損益と両方を並べて評価する(営業インセンティブを売上ではなく貢献利益で払う設計と、変える前の三つの前提)。そして繰延残高に上限を置く。 支出の型が変わらないときの残高、この試算なら年間の獲得費と同額を基準にし、超えた年は配る期間の延長を認めない。

設例

売上高640億円の産業機械メーカー(3月決算)。事業部は三つで、そのうち半導体向けの装置事業部は、展示会から売上になるまでの期間が長い。顧客管理システムと販売の記録で過去2年に売上を計上した案件を調べると、初回接点から受注までの日数の中央値は268日、初回接点から売上計上までの日数は四分位の下側が262日、上側が598日だった。 同社は毎年4月の展示会に出展し、四半期の部門別予実で装置事業部の第1四半期だけが赤字になる状態が続いていた。前年度には、第1四半期の赤字を受けて第2四半期の広告出稿を4,000万円削っている。 翌年度の上期、同事業部の受注は前年同期を下回ったが、会議の資料で両者が結び付けられたことはなかった。CFOが指示したのは、財務の数字を変えることではなく、第二の損益を並べることだった。 対象は展示会の出展費、展示会に連動した広告、見込み客向けのセミナー運営の外注で、社名の認知広告と代理店への協力金は外した。売上計上までの日数の分布から、支出した四半期の三つ後の四半期から四つの四半期に均等に配ることにし、過去6四半期の支出を同じ規則で配り直して期首の繰延残高を置いた。支出から二四半期後に、その支出由来の商談件数が計画の半分に届かなければ残高を一時に落とす規則も同時に決めた。 導入初年度、装置事業部の第1四半期の管理の部門利益は黒字になり、財務の部門利益との差は繰延残高の増加として一行で示された。第2四半期の会議では、広告を削る議論は出なかった。 代わりに出たのは、6月に4,200万円をかけた地方展示会の商談件数が計画の4割にとどまっているという報告だった。支出から二四半期後の第3四半期末でも計画の半分に届かず、規則どおり、まだ配り始める前だった残高4,200万円の全額をその四半期の管理損益に一時に落としている。 翌年度、その地方展示会への出展は取りやめた。事業部長が会議で使う言葉も変わった。以前は、今期は販促を抑えて利益を守ります、だった。今は、この展示会の商談は何件で、残高はいくら残っているか、である。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、財務会計の数字は変えず、部門の管理損益に第二の損益を並べる。 実務対応報告第19号は市場の開拓等のための支出を開発費として繰り延べる道を残す一方、経常費の性格をもつものを開発費に含めない。企業会計基準第29号第109項はIFRS第15号の契約コストの定めを範囲に含めておらず、第63項は顧客に支払われる対価を、別個の財又はサービスと交換に支払われる場合を除き取引価格から減額する。 毎年打つ広告と展示会は発生した期の費用で、会計は正しい。部門の成績表にそのまま使うことが、受注までの期間が長い事業で投資の前倒しを罰し、削減を褒める。

第二に、配る対象、配り始める時点と期間、一時に落とす規則を、実績の数字から決める。 対象は新しい見込み客と商談を生む獲得費に絞り、認知広告、維持のための販促、顧客への協力金は外す。配り始める時点は支出日に初回接点から売上計上までの日数の四分位の下側を足した日とし、配る期間は四分位の下側から上側までとして、それまでの支出は繰延残高で待たせる。 実務対応報告第19号が支出の効果が期待されなくなった繰延資産の一時償却を求めるのと同じ考え方で、商談件数が計画に届かない支出の残高は、配り始める前でも一度に落とす。導入の年は過去の支出を配り直した期首残高を置く。

第三に、財務との差を繰延残高の増減の一行で示し、投資を増やした年の偏りを隠さない。 支出の型が毎年同じなら通期の利益は一致するが、獲得費を増やした年は管理の利益が財務を上回り、その差は繰延残高の増加額に等しい。配り始める時点を後ろに置くほど、この差は大きくなる。配る時点と期間の見直しは年一回で経理が承認し、評価は二つの損益を並べて行い、繰延残高には支出の型が変わらないときの残高を基準にした上限を置く。

まとめ
受注まで時間がかかる事業では、広告や展示会の費用が立つ期と、その成果が売上になる期が三四半期以上離れる。会計でこの差は埋まらないので、財務の数字は変えず、獲得費を売上が立つ期間に配った第二の損益を管理会計の側に並べる。配り始める時点と期間は、初回接点から売上計上までの実績の日数で決め、支出から一定期間たっても、その支出から生まれた商談が計画を大きく下回る(本文の例では二四半期後に半分未満)なら、残高を一度に落とす。財務との差は繰延残高の増減として一行で示し、獲得費を増やした年に管理の利益が良く見える偏りを隠さない。

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