取締役会の議題に、今年も上場維持基準の適合状況の報告が載る。流通株式比率は30パーセント、流通株式時価総額は90億円で、プライム市場の基準の35パーセントと100億円にどちらも届いていない。 経営企画の資料は、中期経営計画の達成で株価を上げ、取引先に政策保有株の売却をお願いし、IRを強化する、という昨年とほぼ同じ三行で結ばれている。社外取締役の一人が尋ねる。この計画で、いつ、何株動けば基準に届くのか。 誰も株数では答えられなかった。会議の後、社長はCFOに、スタンダードに移るという選択肢も含めて、次の取締役会に判断の材料を出してほしいと言った。格を下げるのかという反発が役員から出ることは、社長もCFOも分かっていた。

POINT
東京証券取引所のプライム市場の上場維持基準は、株主数800人以上、流通株式数2万単位以上、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35パーセント以上、1日平均売買代金0.2億円以上などである。スタンダード市場は、株主数400人以上、流通株式数2,000単位以上、流通株式時価総額10億円以上、流通株式比率25パーセント以上などで、時価総額の基準はプライムの10分の1になる。2022年4月の市場区分の見直しの後、基準に届かない会社には経過措置が認められ、適合に向けた計画書を開示すれば上場を続けられた。 この経過措置は終わり、2025年3月1日以後に到来する基準日からは本来の基準が適用されている。 基準に適合しない状態になると、原則として1年(売買高の基準は6か月)の改善期間に入り、その間に適合しなければ監理銘柄と整理銘柄の指定を経て上場廃止になる。流通株式は、上場株式から、上場株式数の10パーセント以上を持つ株主、上場会社の役員とその配偶者・二親等内の血族、自己株式、関係会社、国内の普通銀行・保険会社・事業法人等が持つ株式などを除いた残りである。 銀行・保険会社・事業法人等の持分でも、大量保有報告書などで保有目的が純投資等と記載され、5年以内の売買の実績が確認できれば、流通株式に含める扱いがある。スタンダード市場への市場区分の変更にも東証の審査があり、東証は、変更を検討する会社に、原則として申請の6か月前までを目処に相談するよう求めている。

市場区分の選択は、格ではなく株主構成と資金調達の問題である

プライムに残りたい理由として役員の口から出るのは、たいてい採用と取引先への信用である。プライム上場という看板が新卒の応募を集め、取引先の与信の審査を通りやすくする、という話である。 その効果がまったくないとは言えないが、測った会社は少ない。

財務の立場から問うべきことは別にある。プライム市場は、国内外の機関投資家が投資の対象として見る市場として設計されている。 その意味が生きるのは、会社が株式市場から資金を調達する予定があり、機関投資家に株主になってもらう必要がある場合である。増資の予定がなく、株主の多くが取引先と創業家で、機関投資家の持分が数パーセントにとどまる会社にとって、プライムにいることの財務上の利点は小さい。 逆に、流通株式を増やすために、取引先に持ち合いの解消を頼み、自己株式を買って消却し続ける費用は、確実にかかる。

区分の選択を格の議論から引き離すには、二つの問いを先に置く。 今後5年のうちに株式市場で資金を調達する予定があるか。機関投資家に株主になってもらうことが、その会社の資本政策の中で意味を持つか。どちらも否なら、プライムに残る理由は財務の外にあり、その理由に年いくら払うかを取締役会で決めることになる(上場を続ける意味をどう説明するか、上場維持コストと非公開化の比較)。

流通株式の不足は、除外される持分の厚さから来ている

冒頭の会社の数字を、株主名簿から分解する。上場株式数は5,000万株、株価は600円で、時価総額は300億円である。 流通株式比率が30パーセントということは、1,500万株しか流通株式として数えられていない。

区分株数比率流通株式に数えるか
創業家の資産管理会社(10パーセント以上の株主)1,100万株22%数えない
取引先の事業法人、銀行、保険会社1,500万株30%数えない
役員とその親族150万株3%数えない
自己株式750万株15%数えない
上記以外の株主1,500万株30%数える
合計5,000万株100%―

この表を作ると、流通株式時価総額の90億円は、1,500万株に600円を掛けた数字であることがはっきりする。 基準の100億円に届く道は、株価を667円以上に上げるか、流通株式に数える株数を増やすかの二つしかない。

比率の基準は、自己株式の消却で届く。 750万株の自己株式を消却すると、上場株式数は4,250万株になり、流通株式1,500万株の比率は35.3パーセントになる。消却に株主の同意は要らず、取締役会の決議でできる。時価総額の基準は、消却では動かない。 流通株式の株数が変わらないからである。株価が上がらないとすれば、流通株式を約170万株増やす必要がある。取引先の持分1,500万株のうち170万株を市場に出してもらうか、大株主の資産管理会社の持分の一部を売り出すかである。

ここまで逆算すると、議論の中身が変わる。 株価を上げるという計画は、11パーセント余りの上昇を、改善期間の1年のうちに、株主構成を変えずに達成するという約束になる。持ち合いの解消は、取引先のどの会社が、何株を、いつまでに売ってくれるかという交渉の見通しになる。取締役会に出すべきなのは、この株数と相手の名前の入った表である(政策保有株式の縮減、売る順番と売却益の使い道を先に定める)。

適合に向けた努力を続けること自体が、株価の重しになる

届く道筋が取引先の売却に頼る場合、努力を続ける過程には、見落としやすい費用がある。

一つ目は、放出の予告である。 取引先に売却をお願いしていると開示すれば、投資家は、いずれその株が市場に出てくることを知る。売り手が控えている銘柄は、上値が重くなりやすい。時価総額の基準を満たすために株価を上げたいのに、流通株式を増やすための交渉が、株価を押さえる方向に働く。

二つ目は、資金の使い道が固定されることである。 自己株式の取得と消却は、比率の基準には効くが、使った現金は成長のための投資に回らない。基準のための自社株買いは、資本効率を上げるための自社株買いと、同じ行為でも説明が違う。投資家は、基準を満たすための自社株買いを、会社が資本の使い道を決められていない兆しとして読むこともある(PBR1倍割れの直し方、ROEとPERのどちらから着手すべきか)。

三つ目は、判断の先延ばしそのものである。 経過措置の下では、計画書を毎年更新していれば上場は続いた。今は、基準日に届かなければ1年の改善期間が始まり、その後は上場廃止の手続に進む。改善期間に入った事実は開示され、投資家は、1年後に会社がどちらを選ぶかを値付けに織り込む。不確かさが続く期間が長いほど、株主が求める収益率は上がる。 届かないと分かっているなら、移ると早く決めて、資本政策をスタンダード市場の前提で組み直す方が、資本コストは下がる。

プライムに残るか、スタンダードへ移るかは、資本政策の前提をどちらに置くかの選択である。
努力を続けるプライムに残る
流通株式を増やす費用 ●●●
株価への重し ●●○
資本政策の自由度 ●○○
自己株式の消却と取引先の売却で比率と時価総額を満たしにいく。基準のための自社株買いと持ち合い解消の交渉が続き、改善期間に入れば1年の期限がつく。
前提を組み直すスタンダードへ移る
流通株式を増やす費用 ●○○
株価への重し ●○○
資本政策の自由度 ●●●
時価総額10億円、比率25パーセントの基準は冒頭の会社なら満たせる。現金は成長の投資と、資本効率を理由にした還元に使える。移行には東証の審査がある。
届く道筋が株数で示せないなら、努力を続ける費用は毎年かかり続ける。移ると決めた会社は、その費用を成長の投資と株主還元に振り向けられる。

取締役会には、三つの選択肢を同じ表で出す

選択肢は、プライムに残る、スタンダードに移る、非公開化を検討する、の三つである。三つを同じ項目で並べると、格の議論に戻りにくくなる。

並べる項目は、基準に届くまでの株数と期限、そのために使う現金、取引先に頼む売却の株数と相手、資金調達の予定との関係、そして移行や非公開化にかかる費用と手続の期間である。 プライムに残る案には、改善期間に入った場合の1年の工程と、届かなかった場合に何が起きるかも書いておく。スタンダードに移る案には、審査の準備の期間と、東証への相談の時期を書く。非公開化の案は、創業家と取引先の持分が厚い会社では、公開買付けで集める株数が少なくて済むので、比較の対象として外さない。

役員が気にする採用と信用は、別の行として書く。 測れないなら、測れないと書いたうえで、残るために年いくら払うかと並べる。これで、格の問題は、その金額を払う価値があるかという判断に置き換わる(取締役会に出す財務資料、報告のための資料から決議を取るための資料へ)。

移ると決めたら、開示の順番を先に決める。区分の変更の申請、取引先への説明、従業員への説明、投資家への説明の順番を誤ると、社内から先に情報が漏れる。 市場区分の変更の申請は、それ自体が適時開示の対象になりうる決定なので、決定の時点をどこに置くかを事前に決めておく(適時開示の判断基準、「決定」の時点を事前ルールにする方法)。

設例

売上高420億円の産業機械の部品メーカー(プライム市場、3月決算)。2022年の市場区分の見直しでプライムを選び、流通株式比率と流通株式時価総額の不足について、経過措置の下で適合に向けた計画書を3年続けて開示していた。 株主名簿を区分ごとに分けると、創業家の資産管理会社が22パーセント、取引先の事業法人と銀行・保険会社が合わせて30パーセント、自己株式が15パーセントを持っていた。CFOは、自己株式の消却で比率の基準には届くが、流通株式時価総額の基準に届くには、株価が変わらない前提で約170万株を市場に出してもらう必要があることを株数で示した。取引先12社に個別に打診した結果、売却に応じると答えたのは3社、合わせて60万株だった。 残りの株数を株価の上昇で埋めるには、1年で約7パーセントの上昇が要り、過去5年の株価の動きから見て、それを前提に計画を立てるのは難しかった。会社は増資の予定がなく、機関投資家の持分は4パーセントだった。 取締役会は、スタンダード市場への市場区分の変更を申請することを決め、東証に相談したうえで、半年後に移行した。自己株式の消却は予定どおり実施し、以後の自社株買いは、基準のためではなく資本効率の方針として説明することにした。採用への影響を心配する声は役員から出たが、翌年の新卒の応募数は前年とほぼ変わらなかった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、市場区分の選択を、格ではなく資本政策の前提として議論する。 今後5年に株式市場で資金を調達する予定があるか、機関投資家に株主になってもらう意味があるかを先に問う。どちらも否なら、プライムに残る理由に年いくら払うかを決める。

第二に、株主名簿を流通株式の除外の区分ごとに分け、基準に届くまでの株数を逆算する。 比率は自己株式の消却で動くが、時価総額は流通株式の株数と株価でしか動かない。取引先に頼む売却は、相手の名前と株数と期限で書く。

第三に、取締役会には、残る、移る、非公開化を検討するの三つを同じ表で出す。 届く道筋が株数で示せないなら、努力を続ける費用は放出の予告と資金の固定と不確かさの長期化として毎年かかる。移ると決めるなら早く決め、開示の順番を先に決めておく。

まとめ

プライムに残るかスタンダードに移るかは、格ではなく資本政策の前提の選択である。今後5年に株式市場で調達する予定があるか。機関投資家を株主に迎える意味があるか。どちらも否なら、プライムにいる財務上の利点は小さい。

そのうえで株主名簿を、流通株式から除かれる区分ごとに分けて、基準に届くまでの株数を逆算する。比率は自己株式の消却で動くが、流通株式時価総額は株数と株価でしか動かない。届く道筋を相手の名前と株数で示せないなら、移行を早く決めたほうが資本コストは下がる。

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