事業部長の評価指標を見直す会議で、意見が二つに割れた。経営企画は、中期経営計画に掲げた営業利益率10パーセントに合わせて、事業部の主指標も営業利益率にしたいと言う。 率なら規模の違う事業部を同じ物差しで並べられ、値引きの規律も効く。営業本部長は、営業利益の額で見てほしいと言う。 率で縛られると、利益の出る大口の受注まで断ることになるからだ。人事部は、どちらでもよいから来期の評価シートに間に合わせてほしいと言っている。CFOは、この議論が指標の好みの違いに見えて、実は来期から各事業部が何に投資し、何を断るかを決めていることに気づいていた。 率と額のどちらを主指標に置くかで、同じ事業部長が、同じ案件に、逆の答えを出す。

POINT
営業利益の額は、売上高に営業利益率を掛けたものである。資本の効率を見るROIC(投下資本利益率)は、税引後の営業利益率に、投下資本の回転率を掛けたものに分解できる。 率と額と資本の三つは、この二本の式でつながっている。率で評価すると、今の率を下回る案件は、どれだけ額を増やしても評価を下げる。 額で評価すると、その額を稼ぐためにどれだけ資本を使ったかは評価に入らない。東京証券取引所は2023年3月、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請した。これを受けて、ROICや資本コストを中期経営計画に掲げる会社は多い。ところが事業部の評価に下ろす段階で、全社の資本収益性の目標が、事業部の営業利益率の目標にすり替わることが少なくない。 率は資本を見ていないので、この置き換えは全社の目標と事業部の行動をずらす。

率で評価すると、今の率を下回る案件は額を稼いでも断られる

具体的な数字で見る。ある産業用部品の事業部は、売上高200億円、営業利益24億円で、営業利益率は12パーセントである。 この事業部に、二つの案件が持ち込まれた。

一つ目は、既存の顧客向けの保守サービス事業である。3年後に売上高40億円、営業利益3.2億円、営業利益率8パーセントになる計画で、立ち上げに必要な資本は小さい。 実現すれば事業部の営業利益は27.2億円に増えるが、営業利益率は11.3パーセントに下がる。二つ目は、大手の顧客からの年30億円の追加の受注で、値引きの要請があり、営業利益率は9パーセントの見込みである。これも額は2.7億円増えるが、率は11.6パーセントに下がる。

営業利益率で評価される事業部長は、どちらの案件にも乗らない。 額が増え、資本もほとんど使わない案件なのに、評価は下がるからである。これは事業部長の性格の問題ではない。評価の式に対して合理的に振る舞った結果である。

率で評価される事業部長は、もう一つの行動も取る。率の低い顧客や製品から手を引いて、分母を削る。 本社費を配賦した後の営業利益率が5パーセントの顧客向けの売上30億円をやめれば、事業部の営業利益は1.5億円減るが、率は13.2パーセントに上がる。ところが、その顧客に配賦されていた本社費は、取引をやめても全社から消えない。 限界利益で見れば黒字の取引をやめたことになり、事業部の率が上がった分、全社の利益の額は下がる(限界利益と貢献利益の違いと使い方、値引きの下限と撤退ラインを決める)。

率の評価は、先行投資にも厳しい。 新しい事業の立ち上げの年は、人と開発の費用が先に出て、売上は後から来る。率で1年ごとに評価される事業部長にとって、評価の期間の中で回収できない投資は、評価を下げるだけの支出である。

額で評価すると、資本を積み増して額を買う行動が止まらない

それなら額で評価すればよいかというと、逆向きの問題が出る。損益計算書は、利益を稼ぐのにどれだけの資本を使ったかを示さない。

額で評価される事業部長にとって、在庫を厚く持って納期で競合に勝つのは合理的である。得意先の支払サイトを延ばして受注を取るのも、設備を増やして生産能力を先に確保するのも、額が増えるなら評価は上がる。同じ事業部が、営業利益を3億円増やすために、在庫と売掛金と設備で50億円の資本を追加で使ったとする。 資本コストを7パーセントと置けば、その資本の値段は年3.5億円で、増えた利益の3億円を上回る。額の評価では高い点が付き、会社の価値は下がる。

額には、資本の値札を付けて見る。 営業利益から、投下資本に資本コスト率を掛けた額を引いたものが、残余利益である。資本コストを差し引いた後の額を評価すれば、資本を使って額を買う行動に歯止めがかかる。事業部ごとの投下資本は、売掛金、在庫、買掛金、固定資産を事業部に割り当てて作る(事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測る)。資本コスト率を全社一律にするか、事業のリスクで変えるかは、別に決める論点である(ハードルレート(要求収益率)の決め方、全社一律のWACCを使わない理由)。

額に資本の値札を付けると、率と額の両方の欠点を一つの式で抑えられる
営業利益の額
売上高×営業利益率。率を下回る案件でも、額が増えれば評価は上がる
−
投下資本×資本コスト率
在庫・売掛金・設備を積み増すほど大きくなる、資本の値段
=
残余利益
資本の値段を払った後に残る額。資本を使って額を買う行動に歯止めがかかる
率を下回るが資本をほとんど使わない保守事業は、残余利益を増やす。額は増えるが資本を大きく使う受注は、残余利益を減らしうる。

率は価格と原価の規律を見る指標、額は投資と資源配分を見る指標

率と額の議論がこじれるのは、二つの指標を同じ役割で比べているからである。率と額は、効く場所が違う。

率が効くのは、価格と原価の規律である。 製品ごとの粗利率、受注ごとの営業利益率は、値引きが行き過ぎていないか、原価が上がっていないかを見る物差しになる。営業の現場の値引きの判断や、赤字の受注の承認に、率の下限はそのまま使える(赤字受注・大幅値引きは誰がどう承認すべきか、稟議ではなく採算の下限をルールにする)。ただし、率は案件の良し悪しを見る物差しであって、事業部がどれだけ価値を生んだかを測る物差しではない。

額が効くのは、投資と資源の配分である。 人を何人増やすか、どの事業に設備投資を振り向けるかは、その投資で増える額と、そのために使う資本で決まる。全社の経営資源を事業部のあいだで配分する議論に、率を持ち込むと、率の高い小さな事業に資源が集まり、額を稼げる大きな事業が細る。

この区別は、事業部長の評価の式にそのまま効く。主指標に何を置くかは、事業部長にどちらの判断を最も真剣にしてほしいかの選択である。 価格と原価の規律を最優先にしたい事業では率を、成長のための投資を最優先にしたい事業では資本コスト控除後の額を、主指標に置く。もう一方は捨てずに、下限として残す。測ると行動が変わるのが評価指標なので、誘発したい行動から逆算して選ぶ(管理会計KPIの設計、測ると行動が変わる指標と変わらない指標の違い)。

事業のステージで主指標を変え、もう一方を下限として置く

主指標の選び方は、事業のステージで決める。同じ会社の中でも、事業部ごとに答えが違ってよい。

成長の段階にある事業は、残余利益か、その手前の営業利益の額を主指標にする。 新しい顧客や製品を取りに行く投資を評価で罰しないためである。そのうえで、新規の受注の粗利率に下限を置く。 額を追うあまり、値引きで受注を買う行動を止めるためである。下限をかけるのは、事業部全体の率でなく、新しく取る案件の率である。そうすれば、既存の事業の率の高さに新しい案件が引きずられない。

成熟した事業は、営業利益率を主指標にし、額に下限を置く。 市場が伸びない事業で求めるのは、価格と原価の規律と、資本を増やさずに現金を生むことである。率だけで縛ると分母を削る縮小に走るので、営業利益の額が前年を一定以上下回らないことを下限にする。 縮小を選ぶなら、それは事業ポートフォリオの判断として経営会議で決めることであり、評価の式に任せることではない(事業ポートフォリオの見直し方、ROICと成長性で事業を仕分ける手順)。

撤退や縮小を検討している事業は、営業キャッシュフローから維持に必要な投資を引いた額を主指標にする。 この段階の事業に求めるのは、利益の見た目よりも、残された資本をどれだけ早く現金で回収するかである。

どの事業部をどのステージに置くかは、評価の結果が出る前に決め、評価の規程に書く。 結果を見てから指標を選び直すと、事業部長は来期の指標を予想して動くようになり、評価の式が行動を導く力を失う。ステージを変えるときは、中期経営計画の見直しや事業ポートフォリオの判断と同じ場で決める。目標の水準を前年比で置くか、外部の水準に合わせるかも、同じ場で決めておく(KPIの目標水準の置き方、前年比と他社の開示実績を物差しにする場合の違い)。

設例

産業機器の部品メーカー(売上高1,100億円、3月決算、事業部は4つ)。中期経営計画で全社の営業利益率10パーセントとROIC8パーセントを掲げ、事業部長の評価は営業利益率の目標達成度で行っていた。 最大の事業部(売上高420億円、営業利益率12.5パーセント)では、3年続けて、保守サービスへの参入と、大手顧客の追加の受注の両方が見送られていた。いずれも事業部の率を下げる案件だったからである。一方、営業利益率7パーセントの別の事業部は、率の改善のために低採算の顧客との取引を縮め、事業部の率は2年で1.5ポイント上がったが、その顧客に配賦していた本社費が他の事業部に付け替わっただけで、全社の営業利益は増えなかった。 CFOは、事業部ごとの投下資本を作り、資本コスト率を7パーセントとして残余利益を試算した。最大の事業部の見送った案件は、二つとも残余利益を増やす案件だった。 会社は評価の規程を改め、最大の事業部と成長投資を求める事業部は残余利益を主指標にして新規の受注の粗利率の下限を置き、成熟した二つの事業部は営業利益率を主指標にして営業利益の額の下限を置いた。どの事業部をどちらに置くかは、中期経営計画の見直しの時期に経営会議で決め、毎年の評価の前には動かさないことにした。 翌年度、最大の事業部は保守サービスの立ち上げに踏み切り、事業部の率は0.6ポイント下がったが、残余利益は増えた。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、率と額の役割を分ける。 率は価格と原価の規律を見る指標で、案件ごとの判断に効く。額は投資と資源配分を見る指標で、事業部がどれだけ価値を生んだかに効く。率を事業部の成果の物差しにすると、今の率を下回る案件が額を稼いでも断られ、率の低い取引を切って分母を削る行動が起きる。

第二に、額を見るなら、資本の値札を付ける。 営業利益から投下資本に資本コスト率を掛けた額を引いた残余利益で見れば、在庫や設備を積み増して額を買う行動に歯止めがかかる。そのために、事業部ごとの投下資本を作る。

第三に、事業のステージで主指標を選び、もう一方を下限として残す。 成長期は残余利益を主指標に新規の受注の粗利率を下限に、成熟期は営業利益率を主指標に営業利益の額を下限に置く。どの事業部をどのステージに置くかは、評価の結果が出る前に経営会議で決め、規程に書く。

まとめ

率と額のどちらが正しいかを争っても答えは出ない。率は案件の値付けを、資本コストを引いた額は事業部が生んだ価値を測る物差しとして、役割を分けて使う。

来期の評価規程を書く前に、各事業部を成長・成熟・撤退のどのステージに置くかを経営会議で先に決めておく。主指標と下限の組み合わせは、そこから自然に決まる。

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