四月一日付で事業部が三つから四つになった。五月の経営会議で配られた部門別損益には、前年同月比の欄がない。 空欄の理由を問われた経営企画の課長は、新しい事業部の単位で前年の数字がないためだと答える。社長の指示は一言だった。「前年の数字も新しい組織で作り直してくれ」。 経理と経営企画の四人が三週間かけて、過去三年分を組み替えた。割れた旧事業部の売上と費用は、担当者の数や売上の比率で按分している。 六月の会議で、新設の事業部長が手を挙げる。「前年の固定費の按分がおかしい。うちに乗せすぎている」。 按分の前提を巡る議論に三十分が消え、その月の差異の分析には誰も触れなかった。翌年の四月、組織はもう一度変わった。

POINT
組織改編と過去の数字の関係について、会計基準が定めているのは開示の側だけである。企業会計基準第17号第27項は、組織構造の変更等で報告セグメントの区分方法を変更した場合、前年度を新区分で作り直すか、当年度を旧区分でも作るか、どちらかの向きで二組の数字を求めている。 第28項は、それも実務上困難な場合に、その旨と理由の記載を求める。外に向けて求められる範囲は、前年度と当年度の一組までである。 変更の引き金と開示の論点は別に整理してある(セグメント情報の区分は開示だけの話ではない、社内の報告単位がそのまま外に出る)。システムの側も、過去を書き換える作りにはなっていない。SAPの説明によれば、S/4HANAの利益センタ再編成は、将来の有効日を定めて対象を新しい利益センタに付け替え、有効日時点の貸借の残高を振替仕訳で移す方式で、損益計算書の項目は振り替えない。 有効日より前の期間の実績は、旧い利益センタに残る。会計基準もシステムも、過去の管理会計を新組織で作り直すことまでは面倒を見ていない。 社内の組替には、何年遡るか、どの階層まで作り直すかを定めた規定がどこにもなく、だから改編のたびに「できるだけ全部」になり、工数が青天井になる。上限は、自社で先に決めるしかない。

組替の手間は、改編の形で決まる

組替の工数を議論する前に、改編にはいくつかの形があり、形によって組替の手間がまるで違うことを押さえておく。

一つ目は、移管である。 ある課が、事業部Aから事業部Bに丸ごと移る。この場合、その課の過去の数字は、そのまま事業部Bの側に足し替えればよい。旧組織のどの単位が新組織のどの単位になったかという対応表があれば、作業は集計のやり直しだけで済み、数字は実績のまま正確である。

二つ目は、統合である。 事業部Aと事業部Bが一つになる。これは足し算であり、対応表で済む。移管と同じく、過去の数字は実績のまま使える。

三つ目は、分割である。 事業部Aが、A1とA2に割れる。ここで初めて問題が起きる。 過去の伝票には、A1とA2の区別が記録されていない。売上なら顧客や製品から推定できることもあるが、共通で使っていた人件費や設備費は、何らかの基準で按分するしかない。按分した過去の数字は、実績ではなく推計である。 冒頭の会議で揉めたのは、この推計の部分だった。

つまり、組替の手間と数字の信頼性を決めているのは、改編で割れる単位の数である。 移管と統合がどれだけあっても、工数の大半は対応表を作る手間が占める。分割が一つ入るたびに、按分の基準を決め、関係者の合意を取り、推計であることを説明する手間が加わる。そしてこの形は、改編案が固まった時点で分かる。 組替の手間は、改編を決める前に見積もれる。

分割の手間を小さくする手立ても、実は記録の側にある。原価センタや利益センタを、組織図の最小単位より細かく切っておけば、事業部が割れても、多くの場合は細かい単位の付け替えで済む。 分割が移管に変わるのである(SAPの利益センタ会計で部門別の儲けを損益責任の単位で見る設計と判断基準)。組織図と同じ粗さで記録している会社ほど、改編のたびに按分が発生する。

遡る範囲を、三つの線で先に切る

では、どこまで遡るか。決めるべき線は、期間、階層、軸の三つである。

期間は、直近24か月でよい。 根拠は、改編後の一年間に使う比較にある。前年同月比を改編後の十二か月すべてで出すには、改編前の十二か月が要る。加えて、直近十二か月の累計を一年前の同じ期間と比べる比較を、改編後の一年間のどの月でも出せるようにするには、改編前の二十四か月近くが要る。 それより前の数字は、改編後二年目に入れば新しい組織の実績で置き換わっていく。三年、五年と遡っても、その数字が会議で使われる期間はほとんどない。 開示で求められる前年度との一組も、24か月の中に収まる。

階層は、部門の貢献利益まででよい。 売上、変動費、部門で管理できる固定費までは組み替える。本社費や共通費を配賦した後の営業利益は、組み替えない。 配賦の基準そのものが改編に合わせて変わることがあり、過去の期に新しい配賦基準を当てはめた数字は、推計の上に推計を重ねたものになるからである(部門別損益(事業部別P&L)の作り方、管理可能性で段階表示して共通費配賦の対立を防ぐ)。配賦後の数字を過去に遡って比べたいという要望は、組織の業績より配賦の議論に属する。

軸は、製品別と顧客別を組み替えない。 製品や顧客の数字は、製品や顧客を単位として記録されており、組織が変わっても数字そのものは変わらない。変わるのは、どの製品がどの事業部に属するかという束ね方だけである。 製品と顧客を組織とは独立した軸として持っていれば、組替は束ね方の対応表を差し替えるだけで済む(管理会計の分析軸(ディメンション)設計、後から分解できない粒度を先に決める)。製品別の損益を組織の階層の下にぶら下げて持っている会社だけが、改編のたびに製品別まで作り直すことになる。

組替の作業は、改編を決める段階から始まっている。
STEP 1
改編案の段階で形を判定する
移管・統合・分割のどれかを単位ごとに見る。分割の数と、按分が必要な費目を洗い出し、組替の工数を見積る
→
STEP 2
遡る線を決めて告知する
期間は直近24か月、階層は部門の貢献利益まで、製品別と顧客別は組み替えない。改編の発表と同時に社内に示す
→
STEP 3
新旧の対応表を集計側に持つ
過去の伝票は書き換えない。旧単位と新単位の対応を有効期間つきで持ち、集計のたびに当てる
→
STEP 4
推計の部分に印を付けて使う
按分で作った数字は推計と明示し、部門長の評価の基準には使わない。評価は新年度の予算に対して行う
土台土台=原価センタと利益センタを組織図より細かく切り、製品と顧客を組織から独立した軸で記録しておくこと。分割が移管に変わり、製品別の組替が対応表の差し替えで済む。
遡る範囲を先に決めた会社だけが、改編した年も差異の分析を止めずに済む。

伝票は書き換えない。対応表を持つ

組替の方法として、過去の伝票の部門コードを新しい組織に合わせて書き換えようとする会社がある。 システムの中の数字が最初から新しい組織になっていれば、どの帳票を出しても前年比較ができるからである。

これはやめたほうがよい。過去の伝票は、財務会計の帳簿であり、監査の証跡である。 SAPでは、転記済みの伝票の原価センタや利益センタを後から上書きすることは基本的にできず、変えるには振替の伝票を新たに転記することになる。当期に転記すれば当期の部門損益が過去分の振替で歪み、過去の期に転記するなら締めた期を開け直すことになる。 どちらも、管理会計の比較のためだけに財務会計の帳簿へ記録を足す行為で、統制の側で説明を求められる。しかも按分が必要な分割の部分は、伝票単位では付け替えようがない。 前述のとおり、S/4HANA標準の利益センタ再編成も、有効日以降の付け替えと残高の振替で組織変更を扱っており、過去の期間の損益を作り直す機能ではない。

正しい置き場は、集計の側である。旧組織の単位と新組織の単位の対応を、有効期間つきの表として持ち、集計のたびに当てる。 2026年3月までの実績を新組織で見るときは、この対応表で読み替える。按分の基準も、この表の中に比率として持つ。伝票は記録された時点の組織のまま残り、見る側が組織を選べる。

対応表を持つと、改編が繰り返されても過去の読み替えが積み上がっていく。 二回目の改編では、一回目の対応表の上に二回目の対応表を重ねればよい。毎回ゼロから組み替える作業が、表の追加に変わる。 そして対応表そのものが、どの時点でどの組織がどう変わったかの記録として残る。

按分した数字は、推計と書いて評価に使わない

組替の範囲を決めても、分割があれば按分は残る。 残った推計の数字をどう扱うかを、先に決めておく。

第一に、帳票の上で推計であることを明示する。 分割で按分した部分を含む前年の数字には、印を付け、按分の基準を注記に一行書く。実績と推計が同じ見た目で並んでいると、会議の参加者はどちらも実績として読む。 冒頭の会議で按分に異議が出たのは、按分の数字が実績の顔をしていたからでもある。

第二に、推計を含む前年の数字を、部門長の評価の基準にしない。 新設の事業部の業績を前年比で評価すると、按分の基準がそのまま評価を左右する。事業部長が按分に異議を唱えるのは当然である。 改編した年の評価は、新しい組織で作った当年度の予算に対して行う。前年比は分析の参考として見るが、評価の物差しには使わない(予算を人事評価に紐づけると予測が歪む、目標と予測を分けて持つ予算設計)。

この二つを先に決めておくと、按分の基準を巡る議論が、評価の場から分析の場に移る。 按分の精度を上げる意味も変わる。評価に使わないのであれば、按分は傾向を見るための近似でよく、三週間かけて精緻にする理由がなくなる。

組替の手間を、改編の意思決定に入れる

最後に、順番の話である。組替の手間は、改編が決まった後に経理と経営企画が負う作業として扱われがちである。 改編を決める場では、組替の手間は議題にならない。

しかし、改編の形によって組替の手間と比較可能性の損失が変わる以上、それは改編の費用の一部である。 改編案を経営会議に上げるとき、組織図と人事配置と並べて、分割の数、按分が必要な費目、組替の工数、そして前年比が推計になる期間を一枚に載せる。

これを載せると、議論が変わることがある。分割を移管の組み合わせに変えられないか、改編の時期を期中から期首にずらせないか。 期中の改編は、当年度の予算まで組み替える必要を生み、予実の比較まで崩す。毎年のように組織を変えている会社では、二年続けて比較できる数字が一度も揃わないまま、差異の分析が止まり続けていることもある。 組織は変えてよい。ただ、変えるたびに何を失うかを、決める前に見ておく。

組織改編を決める前に、経理と経営企画が一枚にまとめておく七項目
  • 改編の各単位が、移管・統合・分割のどれに当たるか
  • 分割の数と、按分が必要になる費目
  • 遡る期間(直近24か月)と階層(部門の貢献利益まで)
  • 製品別・顧客別の数字が、組織から独立した軸で記録されているか
  • 新旧の対応表を誰がいつまでに作り、どこに持つか
  • 前年の数字のうち推計になる部分と、その注記の方法
  • 改編した年の部門長の評価を、何に対して行うか

決めるのは三つ

第一に、遡る範囲を、期間・階層・軸の三つの線で先に切る。 期間は直近24か月。改編後の一年間に前年同月比と直近十二か月累計の比較を出し続けるにはそれで足り、それより前の数字は会議で使われる期間がほとんどない。階層は部門の貢献利益までで、配賦後の営業利益は組み替えない。 製品別と顧客別は組み替えない。組織から独立した軸で記録していれば、束ね方の対応表を差し替えるだけで済む。企業会計基準第17号第27項が開示で求めるのは、新旧どちらかの区分にそろえた前年度と当年度の一組までで、第28項はそれも困難な場合に理由の記載を求めている。 社内の組替に上限を定めた規定はないので、上限は自社で決めて改編の発表と同時に示す。

第二に、過去の伝票は書き換えず、新旧の対応表を集計の側に持つ。 伝票は財務会計の帳簿であり監査の証跡なので、管理会計の比較のために手を入れない。旧単位と新単位の対応と按分の比率を有効期間つきの表として持てば、改編が繰り返されても表を重ねていくだけで済む。 分割で按分した数字は推計と明示し、部門長の評価の基準には使わない。改編した年の評価は、新しい組織で作った当年度の予算に対して行う。

第三に、組替の手間を改編の意思決定の材料に入れる。 組替の手間と数字の信頼性を決めているのは、改編で割れる単位の数であり、それは改編案の段階で分かる。分割の数、按分が必要な費目、組替の工数、前年比が推計になる期間を、組織図と並べて経営会議に出す。 原価センタと利益センタを組織図より細かく切っておけば、分割の多くは移管に変わる。期中の改編は予算の組替まで生むので、改編は原則として期首に寄せる。

設例

売上高1,450億円の産業用部品メーカー。事業部制をとり、過去五年間で四回の組織改編を行っていた。改編のたびに経営企画と経理が過去三年分の部門別損益を組み替えており、直近の改編では延べ約520時間を要している。 見直しを指示したCFOが最初に確認したのは、組み替えた数字が実際にどこで使われたかだった。経営会議の資料を二年分さかのぼると、組み替えた三年分のうち会議で参照されたのは直近の二十数か月分で、それより前の数字が資料に載ったのは中期計画の策定時の一回だけだった。 次に、直近の改編の中身を形で分けた。改編の対象になった単位は17で、そのうち移管が11、統合が4、分割が2。 520時間のうち約380時間は、この2つの分割に伴う按分の基準作りと、事業部との調整に使われていた。按分が必要になった理由を調べると、分割された二つの事業部では、原価センタが事業部に一つずつしかなく、中の製品群ごとの費用が記録されていなかった。 他の事業部は製品群ごとに原価センタを持っていたため、改編があっても付け替えで済んでいた。翌期に向けて、三つのことを決めている。 一つ目は、組替の範囲の社内規程化である。期間は直近24か月、階層は部門の貢献利益まで、製品別と顧客別の損益は組み替えない。製品と顧客はすでに独立した軸で記録されていたため、組替は製品群と事業部の対応表の差し替えで足りた。 二つ目は、原価センタの切り直しである。製品群ごとに原価センタを持っていなかった二つの事業部について、翌期首から製品群単位に分けた。三つ目は、改編案を経営会議に上げる際の様式の変更で、組織図と人事配置の横に、単位ごとの移管・統合・分割の区分、按分が必要な費目、組替の見込み工数、前年比が推計になる期間を載せる欄を設けた。 翌年の改編案は、当初、二つの事業部の分割を含んでいた。様式に沿って組替の見込みを載せたところ、分割のうち一つは、前期首に切り直した製品群単位の原価センタの付け替えで表現できることが分かった。 ただし原価センタを切り直したのは一年前なので、遡る24か月のうち、切り直し後の12か月は付け替えで済み、切り直し前の12か月は製品群別の売上比で按分している。按分が要る期間は、分割一つにつき24か月から12か月に縮んだ。 もう一つの分割は当初の案のまま残った。その年の組替工数は約110時間で、改編した年の事業部長の評価は当年度予算との比較で行った。六月の経営会議では、前年同月比の欄が埋まった資料が配られ、按分の是非を巡る議論は出ていない。 按分を含む前年の数字には、推計を示す印と按分基準の注記が一行ずつ付いている。次の改編案の様式には、切り直し前の期間が24か月の窓から外れる時期、つまり按分がいつ要らなくなるかを書く欄が一つ加わった。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

まとめ

組織改編で前年同期比が作れなくなるのを全期間の組替で埋めようとすると、工数は際限なく増える。手間を決めているのは割れる単位の数で、移管と統合は新旧の対応表で済む。遡る範囲は、改編を決める前に切っておく。

  • 遡るのは直近24か月、部門の貢献利益まで。製品別と顧客別は組み替えない
  • 過去の伝票は書き換えず、新旧の対応表を有効期間つきで集計の側に持つ
  • 按分した前年の数字は推計と明示し、部門長の評価には使わない
  • 分割の数と組替の工数を、改編案と並べて経営会議に出す

関連記事