KPIを20個並べた立派なダッシュボードがあるのに、現場は相変わらず去年と同じ動き方をしている。あるいは逆に、ある数字を追わせた途端、現場がその数字"だけ"を上手に作り始めて、肝心の業績はむしろ悪くなる。経理財務の現場で管理会計を設計したことがある人なら、どちらも見覚えがあるはずだ。
KPIは測った瞬間に現場の行動を変える――それが目的でもあり、罠でもある
まず前提を一つ。KPIを設定する目的は、現場の行動を変えることだ。変わらないなら設定する意味がない。問題は、その変化がこちらの意図通りとは限らないこと。人は「評価される数字」を最短距離で良く見せようとする。これは怠慢ではなく、合理的な反応だ。
経済学者チャールズ・グッドハートは1975年、英国の金融政策を論じる中で「ある統計的な規則性は、それを政策目的でコントロールしようと圧力をかけた途端に崩れる」と述べた。後に人類学者マリリン・ストラザーンが1997年、これを「測定が目標になった瞬間、その測定は良い測定ではなくなる」という今広く知られる言い回しに整理した(いわゆるグッドハートの法則)。管理会計のKPI設計は、まさにこの法則と毎日格闘している。
象徴的な実例がウェルズ・ファーゴだ。同行は顧客一人あたりの商品販売数(クロスセル)を看板KPIに掲げ、行員に厳しいノルマを課した。結果、行員は顧客に無断で口座を開設し始める。
「クロスセル数」という指標そのものは悪くない。悪かったのは、その数字を行動の終点にしてしまったことだ。この「数字を良く見せるために、本来の目的に反する動きをする」現象を、ここでは**ゲーミング(数字いじり)**と呼ぶ。KPI設計とは、ゲーミングを前提に置いたうえで、それでも正しい方向に人を動かす指標を選ぶ作業である。
ゲーミングを前提に、行動から逆算してKPIを選ぶ
教科書的なKPI設計は「目標→KGI(最終指標)→KPI(中間指標)に分解する」と教える。それ自体は正しい。だが現場で効くKPIにするには、分解した各指標に対して必ずこの一問を足すべきだ。
「この数字を最速で良くしたい人は、明日から何をするか」
この問いに対する答えが「会社が本当にやってほしい行動」と一致するなら、そのKPIは生きる。ずれるなら、どれだけ正しそうな指標でも現場を壊す。順番が逆なのだ。
経理財務でありがちな失敗を3つ挙げる。単独指標・分子偏重・コントロール不能――いずれも「対(つい)の指標」か「外す」かで封じる。
速さと正確さは片方だけ締めると必ずもう片方が緩む。額は努力を映さない。比率と滞留が現場の動きを映す。そして動かせない数字を背負わせると、人は数字を諦めるか、説明を巧みにするスキルだけを磨く。だからこそ逆算の実務は、ダッシュボードに載せる前に次の3ステップを通す。
「変えるKPI」と「変えないモニター指標」を仕分ける
ここが本稿の核心だ。すべての数字をKPI(行動を変えさせる指標)にしてはいけない。数字には2種類ある。取り違えると事故が起きる。
営業利益はアウトカムだ。これを部門の月次KPIに直結させると、現場は研究開発費・採用・修繕の先送りという、利益を"今月だけ"良く見せる行動に走る。利益は監視(モニター)し、行動を変えさせるのはその一段手前にあるドライバー――受注の質、原価率、稼働率――に置く。
仕分けの判定基準を、現場で使える3つの問いにする。この3つを全部通った数字だけを、評価・賞与・目標に紐づくKPIに昇格させる。
通らなかった数字は捨てるのではなく、モニター指標として「定点観測するが個人は詰めない」棚に置く。経営はそこを見て異常を察知し、原因(ドライバー)側で手を打つ。監視と操作を分けること――これが設計の背骨だ。
良いKPIにも賞味期限がある――点検して入れ替え続ける
最後に運用の話を一つ。良いKPIにも賞味期限がある。同じ指標を何年も追い続けると、現場はその指標を作る技術だけが上達し、いつの間にか中身が空洞化する。グッドハートの法則は一度きりの罠ではなく、放っておけば必ず再発する慢性疾患だと考えたほうがいい。
KPIは現場を信じる道具ではなく、人は評価される数字を最短で取りに行くという冷めた事実を前提に組む道具だ。その冷めた前提に立てたとき初めて、KPIは数字合わせの装置から、本当に行動を変えるレバーに変わる。
本稿で触れた制度・事例は公開情報(CFPB等)に基づく目安であり、自社のKPI設計にあたっては各社の事業特性と内部統制方針に照らした検討を推奨する。
- KPIの本質は「何を測るか」ではなく、測った瞬間に人の行動が変わること。良い指標も行動の終点にすると壊れる(グッドハートの法則/ウェルズ・ファーゴの不正口座約210万件)。
- 設計は逆算。誘発したい行動を先に決め、それが最短ルートになる指標を選ぶ。各指標は「最短行動3つ→望まぬ行動の点検→対の指標を足す」の3関門を通す。
- 数字は2種類。ドライバー(動かせて業績の原因=KPIにする)とアウトカム/モニター(結果・外部要因=見るだけ)。利益はモニターし、受注の質・原価率・稼働率で動かす。
- 昇格の判定は3つ。①1か月以内に動かせる ②最速行動が会社の望みと一致 ③安い抜け道が無い。通らない数字は捨てずモニター棚へ。
- ゲーミングは慢性疾患。半期に一度、兆候(数字は良いが実感が伴わない/説明だけ上手い/対の指標が悪化)を点検し入れ替える前提で持つ。



