二次入札の締切が近づいている。デューデリの報告書は上がってきた。指摘は出たが、致命的なものはない。そこへアドバイザーから連絡が入る。他社がもう一段上を出しそうだ、と。役員会では誰も「降りよう」と言わない。半年かけて積み上げた検討を、自分の口で否定する人がいないからだ。代わりに出てくるのは、シナジーの見直しである。 統合効果をもう一段見込めば、この価格でも説明はつく。こうして上限は事後的に作り直され、価格は必ず提示額の側へ寄っていく。問題は評価の技術ではない。降りる人が交渉の中にいることだ。

POINT
先に押さえるべきは三つある。第一に、上限を超えた価格を承認する権限は、法律の上ではすでに取締役会に固定されている。会社法第362条第4項は「取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない」とし、その第1号に「重要な財産の処分及び譲受け」を挙げる。買収対価が重要な財産の譲受けに当たる規模であれば、価格の決定は取締役に委任できない。にもかかわらず実務では、交渉の場で事実上の価格が決まり、取締役会は追認の場になっている。第二に、取締役が守られるのは結果ではなく過程である。最高裁平成22年7月15日判決(アパマンショップ株主代表訴訟)は、事業再編計画の策定は完全子会社化のメリットの評価を含め将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられているとしたうえで、株式取得の方法や価格についても、取締役において株式の評価額のほか取得の必要性、会社の財産状況、経済情勢等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと判示した。過程が残っていなければ、この保護は使えない。上限価格を交渉前に文書化することは、慎重さの表明ではなく立証手段である。第三に、積み増した分の代償は減損を待たない。企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項は、のれんを資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしている。日本基準では、上限を超えて払った1億円は、減損が起きなくても20年以内に必ず損益へ落ちる。 減損さえ回避すれば済む、という前提は成り立たない。

降りられないのは、降りる人が交渉の中にいるから

価格が競り上がる場面で、社内の誰が「降りる」と言えるかを考えてみる。

経営企画の担当者は言えない。半年の稼働がゼロになる。事業部門も言えない。この案件を持ち込んだのは彼らだ。CFOは言えるが、財務の視点だけで反対すると「成長に後ろ向き」という構図に置かれる。そしてCEOは、たいてい最後まで判断を留保する。留保したまま締切が来ると、提示価格は自動的に上がる。降りるという判断は、誰の職務にも割り当てられていない。

だから上限価格は、交渉が始まる前に、交渉に関わらない人が持つ形で置く必要がある。置く先は取締役会か、独立した委員会か、あるいは社外役員を含む小さな合議体でいい。重要なのは場所ではなく、上限を超えたときに「降りる」と言うことが誰かの職務になっていることだ。

権限の所在は、会社法の側ではすでに決まっている。第362条第4項第1号は重要な財産の処分及び譲受けを取締役会の専決事項とし、柱書は取締役への委任を禁じている。買収対価が重要な財産の譲受けに当たる規模なら、法律の建て付けとしては、上限の設定も上限超過の承認も取締役会の卓上にある。実務がそこから離れているだけである。

運用に落とすときは、日付で縛るのがいちばん確実だ。応札期限の3営業日前に、案件責任者が上限との差額を一枚で報告する。差額がマイナスなら、その時点で降りるか、再決議を求めるかの二択になる。期限の当日に議論を始めると、選択肢は実質的に一つしか残らない。 締切に追われた会議で「降りる」が選ばれることは、まずない。

注意
交渉の場にいる人の利害構造も、先に確認しておきたい。フィナンシャル・アドバイザーの報酬は、成約時に成約額を基準として算定される部分を含むのが通常である。つまり価格が上がって成約すれば報酬は増え、降りれば大きく減る。これは不正でも何でもなく、契約でそう決めているだけだ。問題は、その構造の人が価格の妥当性について社内で最も多く発言する立場にいることである。降りる判断に必要な助言を、降りると報酬が減る人から得ようとしていないか。 対処は、算定と検証を分けることに尽きる。バリュエーションの検証を別の専門家に依頼するか、少なくとも上限の内訳は社内で組み、外部には前提の妥当性だけを問う。

上限は交渉が始まる前にしか作れない

交渉が始まってから上限を作ると、必ず相手の提示価格の側に寄る。人は、目の前にある数字を基準にして考えるからだ。しかも社内では、上限を作る作業と、案件を進めたい動機が同じ人の中にある。

だから上限は、意向表明を出す前に、一つの数字として文書に書く。書き方も決めておく。

上限は「いくらまで出せるか」ではなく「どこから先は買わないか」を書いた数字である。二つに分けて積む。
スタンドアロンの基礎価値
対象会社が自力で生む価値。デューデリで潰した論点はここに反映する。交渉の途中でこの数字を動かしてよいのは、根拠となる事実が変わったときだけ
割り引いた自社固有シナジー
他の買い手も出せるシナジーは、競り合いで必ず価格に吸われる。上限に足せるのは自社にしか出せない分を、実現確度と立ち上がり時期で割り引いた額だけ
=
上限価格(降りる線)
統合コストと想定外リスクの控除まで含めて、検討開始時に一つの数字にして文書化する
上限は交渉の途中では作れない。途中で作られた上限は、必ず相手の提示価格の側に寄る。

二つに分ける理由は、交渉中にどちらが動いてよいかを区別するためだ。基礎価値は、デューデリで新しい事実が出れば動く。動く方向は原則として下である。一方、自社固有シナジーは交渉の途中で増えない。増えたように見えるときは、たいてい実現確度の前提を緩めているだけである。

シナジーを価格に乗せる範囲そのものについては、別に整理した(M&Aの投資判断とPMI設計|買収シナジーを数字の絵に描かない方法)。ここで言いたいのは、乗せる乗せないの前に、上限という一つの数字が、交渉が始まる前に文書として存在するかどうかである。

過程が残っていないと、後から守れない

上限価格の文書化を「慎重すぎる」と言う人がいる。だが、これは慎重さの問題ではない。

最高裁平成22年7月15日判決は、子会社を完全子会社化するために少数株主から1株5万円で株式を買い取った取締役の判断について、株主から価格が高すぎると争われた事案である。最高裁は、事業再編計画の策定が完全子会社化のメリットの評価を含め将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられているとし、株式取得の方法や価格についても、取締役は株式の評価額のほか、取得の必要性、会社の財産状況、経済情勢等を総合考慮して決定することができるとした。そのうえで、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと述べている。

ここで守られているのは、価格が正しかったことではない。評価額を上回る価格を払っても、過程と内容に著しく不合理な点がなければ責任は問われない。裏返せば、過程が記録されていない案件は、この保護の射程に入らない。 「なぜその価格になったのか」を後から説明する材料が、社内に残っていないからである。

だから文書に残すのは、価格そのものではなく判断の構造だ。上限をいくらに置いたか。その根拠は基礎価値とシナジーのどこから来たか。誰がその上限を承認したか。上限を超える場合に、誰の決議で超えるのか。この四つが議事録に残っていれば、結果が悪かった案件でも過程は説明できる。 残っていなければ、結果が良かった案件でも説明できない。

取締役会に上げる資料の作り方も、この観点で見直す価値がある(取締役会に出す財務資料|説明のための資料から、決議を取るための資料へ)。

積み増した分は、減損を待たずに損益へ落ちる

高値掴みの代償は「将来の減損リスク」として語られることが多い。日本基準ではこの語り方が正確でない。

企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項は、のれんについて、資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしている。ただし書きで、のれんの金額に重要性が乏しい場合には当該のれんが生じた事業年度の費用として処理できるとしているが、規模の大きい案件でここに当たることはない。

つまり上限を超えて払った分は、そのままのれんを増やし、償却期間にわたって毎期の営業利益を確定的に押し下げる。減損が起きなくても落ちる。 償却期間を10年に置けば、超過分の10分の1が毎年、営業利益から引かれ続ける。国際会計基準を採用している会社ではのれんの規則的償却はないが、その代わり減損の判定が毎期回ってくる。どちらの基準でも、「減損しなければ問題ない」という言い方は成立しない。

この一点は、上限を超える決議の場で必ず読み上げる価値がある。100億円の案件で20億円積み増すという議論は、抽象的には決着がつかない。だが「20億円を10年で割ると、営業利益が毎年2億円下がり続ける」と言い換えると、議論の質が変わる。買収後の管理指標をどう置くかは、この延長線上にある(のれんと減損を恐れない|M&A後にCFOが管理すべき指標と兆候)。

サインしてからクロージングまでにも、価格は動く

上限価格を守れたと思った案件が、最後に崩れることがある。契約から実行までの間に時間があるからだ。

独占禁止法第10条第2項は、一定の要件に該当する株式取得について、あらかじめ公正取引委員会へ計画を届け出ることを求めている。そして同条第8項は、届出を行った会社は届出受理の日から30日を経過するまでは当該届出に係る株式の取得をしてはならないと定める(公正取引委員会が必要と認める場合には期間の短縮が認められる)。届出を要する規模の案件では、サインからクロージングまでに最低でも30日の空白が制度上生まれる。

この空白の間に、売り手側から追加の要求が来ることがある。運転資本の調整、クロージング前の配当、キーマンの処遇。いずれも金額に換算すれば価格の一部だ。上限価格を「意向表明の価格」に対してだけ設定していると、この局面で歯止めが効かない。

対処は単純で、上限をエンタープライズバリューではなく、最終的に自社から出ていく現金の総額で置くことである。株式価値に加えて、想定される調整項目、アドバイザー費用、統合の初期費用まで含めた総額に上限を設定し、クロージングまで同じ数字で管理する。

上限を超えたときの手続きを、先に表にする

上限は、超えてはならない線ではない。超えるときの手続きが決まっている線である。ここを取り違えると、上限は「守れない目標」として形骸化する。

局面誰が判断するか必要な材料記録として残すもの
上限価格の設定取締役会(会社法第362条第4項第1号)基礎価値の算定根拠、自社固有シナジーとその実現確度・立ち上がり時期上限額と、その内訳の二層区分
交渉中の基礎価値の見直し案件責任者からの起案、CFOの承認デューデリで判明した新事実と、それが基礎価値に与える影響額見直しの事実と方向(下方修正が原則)
上限の超過取締役会の再決議超過額、のれんの増加額、償却期間、年あたりの営業利益への影響超過を認める理由と、賛否の分布
クロージングまでの追加要求上限を総額で管理し、枠内なら案件責任者、枠を超えれば取締役会調整項目の内訳と、総額に対する残枠総額ベースの残高推移
降りる決定交渉に関与していない者を含む合議体上限超過の事実のみで足りる降りた理由と、次に見る案件の条件

最終行が要点だ。降りる決定に必要な材料は、上限を超えたという事実だけでよい。 ここに「本当に降りてよいのか」の再検討を挟むと、その場で上限が作り直される。

上限を置きにくい案件でも、置く数字は別にある

競合に取られると自社の事業が成り立たなくなる、という防衛的な案件では、上限価格の議論が成立しにくい。事業価値の議論をしている限り、取られたときの損失をいくらでも大きく見積もれるからだ。

この種の案件で上限の代わりに置くのは、払ったあとに自社が壊れない線である。買収後のネット有利子負債とEBITDAの比率、借入契約のコベナンツに定めた財務制限条項の水準、格付を維持できる範囲。これらは相手や競合の動きに関係なく、自社の側だけで決まる数字だ(有利子負債はどこまで増やしてよいか|ネット有利子負債/EBITDAで決める資本構成)。

置き方も同じである。検討開始時に、買収後の比率がどこまでなら許容するかを取締役会で決議し、超える場合の資金調達手段(増資、資産売却、他の投資の中止)を先に列挙しておく。「この案件は特別だから上限を置かない」という結論だけは避ける。 特別な案件ほど、事後に説明を求められる。上限を置かなかったという事実そのものが、決定の過程に著しく不合理な点があったかどうかの判断材料になる。

降りた案件だけが、次の上限を作る材料になる

上限価格の精度は、成約した案件からは上がらない。買った会社の実績は自社の統合の巧拙と混ざるからだ。精度を上げるのは、降りた案件のほうである。

だから降りた案件は、記録して終わりにしない。自社の上限、落札額、そのときの想定シナジー。この三つを一行で残し、二年後に対象会社の開示情報で答え合わせをする。上場企業が買った案件なら、のれんの計上額と償却期間、買収後の売上と利益の推移が公表資料から追える。非上場が買った案件でも、決算公告や信用調査の情報である程度は見える。

答え合わせで見るのは、自社が正しかったかどうかではない。自社のシナジーの見積りが、体系的に高いのか低いのかを見る。 三件も並べれば、癖は出る。実現確度を毎回7割に置いている会社の実績が5割なら、次の案件では初めから5割で置けばいい。この補正が入っていない会社では、上限は毎回その場の熱で決まり、案件をこなすほど精度が下がる。投資後の検証を仕組みにするのと、同じ考え方である(投資後のレビュー(ポストオーディット)を仕組みにする:やりっぱなし投資を止める)。

現場では
売上400億円のBtoBサービス会社が、隣接領域の同業を買収しようとした事案がある。対象は売上60億円、EBITDA 7億円。二次入札の締切前に、財務戦略部が上限価格を文書にした。スタンドアロンの基礎価値をEBITDA倍率で7.5倍、52.5億円。自社固有シナジーとして、重複する営業拠点の統合と、自社の受注管理システムへの統合による間接費削減を見込み、年間2.2億円。ただし拠点統合は契約期間の関係で2年目からで、システム統合は3年目からしか効かない。実現確度をそれぞれ7割と5割に置き、立ち上がり時期で割り引いて、シナジーの価値を9億円と算定した。統合の初期費用3億円とキーマン引き留めの想定額を控除し、上限を58億円とした。この58億円は、株式価値ではなく最終的に社外へ出る現金の総額で置いた。アドバイザー費用と契約後の調整項目も枠の内側である。取締役会はこの内訳ごと決議し、上限を超える場合は再決議を要すること、再決議の議案にはのれんの増加額と償却期間および年あたりの営業利益への影響を必ず記載することを併せて決めた。二次入札の直前、アドバイザーから他社が60億円台を出しそうだという情報が入った。事業部門は、営業のクロスセルによる売上シナジーを追加で見込めば説明がつくと主張した。財務戦略部は追加を認めなかった。クロスセルは他の買い手も同じことを言えるため、自社固有シナジーの定義に当たらないという理由である。役員会は上限を維持し、58億円で応札して落選した。案件は他社が63億円で取得した。一年後、CFOはこの判断を検証している。 対象会社の翌期実績は計画を下回り、63億円で買った側は開示上ののれん償却が年3億円台に乗っていた。ただしCFOが社内で強調したのはその点ではない。上限を守ったこと自体ではなく、上限の内訳と、超えなかった理由が議事録に残っていることのほうだと述べた。翌年、別の案件で上限を超える提案が上がったとき、取締役会は前例に倣って再決議の手続きを踏み、超過を承認した。降りる規律とは、降り続けることではなく、超えるときに手続きを通ることである。

文書に書くのは価格ではなく、降りる手続き

M&Aで価格が積み上がるのは、担当者が甘いからでも、評価の技術が足りないからでもない。降りるという判断が、誰の職務にも割り当てられていないからである。

だから検討の初日に決めるのは、いくらまで出せるかではない。三つの手続きだ。第一に、上限を誰が承認するか。会社法第362条第4項第1号が重要な財産の譲受けを取締役会の専決事項としている以上、承認の場は最初から決まっている。第二に、上限を超えたときに何を材料として再決議するか。超過額と、のれんの増加額と、その償却が毎期の営業利益をいくら押し下げるか。この三つが揃わない議案は上程しない。第三に、降りると言う職務を誰に置くか。交渉に関与していない人でなければ、この職務は機能しない。

そして最後に、上限の数字と内訳を文書に残す。最高裁平成22年7月15日判決が保護したのは価格の正しさではなく、決定の過程と内容だった。過程を書いていない会社は、うまくいった案件でも説明できず、うまくいかなかった案件では守られない。 価格の巧拙は結果でしか分からないが、手続きは着手の日に決められる。

まとめ
M&Aで価格が積み上がる原因は評価の技術ではなく、降りるという判断が誰の職務にもなっていないことにある。経営企画は半年の稼働を否定できず、事業部門は自ら持ち込んだ案件を止められず、CFOが単独で反対すれば成長に後ろ向きという構図に置かれる。だから上限価格は、交渉が始まる前に、交渉に関わらない者が持つ形で置く。権限の所在は会社法の側ですでに決まっている。第362条第4項は取締役会が次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができないとし、その第1号に重要な財産の処分及び譲受けを挙げる。買収対価がこれに当たる規模であれば、上限の設定も上限超過の承認も取締役会の専決事項である。上限の作り方は二層に分ける。第一層はスタンドアロンの基礎価値で、デューデリで判明した事実を反映し、動くのは原則として下方向のみ。第二層は自社固有シナジーで、他の買い手も出せるシナジーは競り合いで価格に吸われるため上限には足さず、自社にしか出せない分だけを実現確度と立ち上がり時期で割り引いて加える。この二つに統合の初期費用と想定外リスクの控除を加えた額を一つの数字にし、検討開始時に文書化する。文書化は慎重さの表明ではなく立証手段である。最高裁平成22年7月15日判決(アパマンショップ株主代表訴訟)は、事業再編計画の策定が完全子会社化のメリットの評価を含め将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられているとしたうえで、株式取得の方法や価格についても取締役が株式の評価額のほか取得の必要性、会社の財産状況、経済情勢等を総合考慮して決定でき、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務に違反しないとした。守られるのは価格の正しさではなく過程であり、過程が記録されていない案件はこの保護の射程に入らない。残すべきは、上限額、その内訳の二層区分、承認者、そして超過時の決議要件の四つである。超過の代償は減損を待たない。企業会計基準第21号第32項は、のれんを資産に計上し20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしており、日本基準では積み増した分が減損の有無にかかわらず毎期の営業利益を確定的に押し下げる。超過を議論する場では、超過額とのれんの増加額と償却期間、そして年あたりの営業利益への影響を必ず議案に書く。時間軸にも制度上の空白がある。独占禁止法第10条第2項は一定の株式取得について事前の届出を求め、同条第8項は届出受理の日から30日を経過するまで当該株式を取得してはならないとする。この期間に運転資本の調整やクロージング前の配当、キーマンの処遇といった追加要求が出れば、それは実質的に価格の一部である。したがって上限は株式価値ではなく、アドバイザー費用と統合の初期費用まで含めて最終的に自社から出ていく現金の総額で置き、クロージングまで同じ数字で管理する。最後に、上限は超えてはならない線ではなく、超えるときの手続きが決まっている線である。降りる決定に必要な材料は上限を超えたという事実だけでよく、そこに再検討を挟めば、その場で上限が作り直される。決めるのは価格ではなく、上限を誰が承認するか、超過時に何を材料に再決議するか、そして降りると言う職務を交渉の外の誰に置くかの三つである。

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