管理部長が救急搬送された週に、その会社で最初に止まったのは月次決算ではなかった。止まったのは、社会保険の算定基礎届と、月末の支払データの承認と、税理士から届いていた決算前の質問への回答である。三つとも締切が違い、根拠になる法律が違い、そして同じ一人が持っていた。引き継ぎ書は整備されていた。共有フォルダには手順書が二十いくつ並んでいた。それでも止まったのは、手順書に書けるのが作業であって、判断ではないからである。兼務体制は、業務量が限界を超えて壊れるのではない。判断が一人に集中したまま、その一人が席にいなくなった月に止まる。
壊れるのは業務量でなく、判断が同じ週に集中することである
作業と判断を分けて見ると、兼務の限界がどこにあるかが変わる。作業は時間で割れる。人を足せば、あるいは残業を積めば、月末の三日は乗り切れる。割れないのは判断のほうだ。
兼務の管理部長が月末から翌月上旬にかけて下している判断を並べると、性質の違う四種類が同居している。会計上の見積り(貸倒引当金の設定、滞留在庫の評価、賞与引当金の基礎となる支給見込額)。税務の取扱い(資本的支出か修繕費か、消費税の課税区分、交際費の範囲)。労務の適用(割増賃金の算定基礎に含める手当、被扶養者の認定、休職者の社会保険料)。そして対外説明(銀行への月次報告、税理士への論点提示、株主や親会社への説明)。
四つのうち三つは、誤ると後から直すのに数か月かかる。 税務の判断は申告後に修正申告か更正の請求になる。労務の判断は遡及して差額を清算することになる。会計の見積りは、翌期に前期の数字を組み替える話になる。作業のミスは翌日に直るが、判断のミスは期をまたぐ。
そして最も厄介なのは、判断の記録が残らないことである。手順書には「賞与引当金を計上する」と書いてある。書かれていないのは、支給見込額の何を基礎にしたか、なぜその率を使うか、前期と変えたなら何が変わったからかである。一人で決めている限り、根拠を言語化する相手がいない。 言語化されていない判断は引き継げないし、監査人にも説明できない。属人化は、担当者が抱え込んだ結果ではなく、検証者を置かなかった結果として起きる(経理の属人化を解消する手順、担当者が替わっても締まる標準化)。
記帳から外す会社は、二度目の兼務を作っている
負荷を下げようとするとき、最初に外注へ出されるのはたいてい記帳である。切り出しやすく、見積りが取りやすく、効果が説明しやすい。そして外注した翌月、管理部長の負荷はほとんど下がらない。
何が減って何が残るのかを、切り出しの対象ごとに書き出すと理由が見える。
| 外に出す対象 | 実際に減るもの | 残るもの・増えるもの |
|---|---|---|
| 記帳代行 | 伝票の入力時間 | 勘定科目と税区分の判断、月次の質問対応、成果物のレビュー |
| 給与計算代行 | 計算と明細の作成 | 勤怠の確定、支給控除の例外判断、社会保険手続きとの整合 |
| 支払業務の委託 | 振込データの作成 | 支払の承認、資金繰りの見通し、例外支払の可否 |
| 決算の税理士依存 | 申告書の作成 | 見積りの結論、銀行と監査人への説明、税理士への論点提示 |
四行に共通するのは一点である。外に出せるのは作業で、残るのは判断だ。 しかも残った判断は、外注先が増えたぶん問い合わせという形で量が増える。記帳代行を入れて「かえって忙しくなった」という声は、段取りの下手さではなく構造どおりの結果である。委託先の品質を指標で押さえ、引き上げの判断まで持つとなれば、それ自体が新しい管理業務になる(経理業務の委託先管理、記帳代行とBPOの品質を指標で確かめる方法)。
副作用もある。記帳を外に出すと、社内に会計の一次データへ日常的に触れる人がいなくなる。二年もすれば、勘定科目の中身を説明できるのが管理部長だけになる。外注は兼務を解いたのではなく、兼務の対象を作業から判断へ純化させただけである。 純化した結果、その一人が抜けたときの停止範囲はむしろ広がっている。
先に確保するのは、決算の判断と対外説明を担える二人目
順番を逆にする。外に出す前に、中に二人目を置く。二人目に求めるものは三つで、記帳の速さはそこに入らない。
第一に、決算の見積りに自分の名前で結論を出せること。貸倒引当金の見積率をいくつにするか、滞留在庫にいくら引き当てるかを、根拠を書いたうえで決められること。決める権限が与えられているかではなく、決めた根拠を書けるかが要件である。
第二に、税理士・監査人・銀行と一次窓口で話せること。「持ち帰って管理部長に確認します」しか返せない人を置いても、判断の集中は解けない。窓口を分けた瞬間に、管理部長の頭の中にあった前提が、初めて言葉になる。 これが二人目を置く最大の効果で、副産物ではなく本体である。
第三に、管理部長が不在の月を実際に締めた経験があること。これは採用の時点では満たせないので、作りにいく。管理部長が在席しているうちに、意図的に一か月、二人目だけで締めさせる。 病欠や退職で強制的にそれが起きる前に、失敗しても取り返せる状態で一度通す。この一か月で出てくる質問の量が、そのまま引き継げていない判断の量である。
調達手段は三つある。中途採用は、決算を締めた経験と対外説明の経験を両方持つ人を求める分だけ市場が薄く、時間がかかる。内部登用は、総務や営業事務から半年から一年かけて育てる道で、簿記の知識より「分からないことを分からないと言える」性質のほうが効く。三つ目が外部資源だが、ここには限界がある。会計参与は会社法第333条第1項により公認会計士若しくは監査法人又は税理士若しくは税理士法人でなければならず、同法第374条第1項は会計参与が取締役と共同して計算書類等を作成すると定める。共同して作成する立場であって、日常の判断を代わりに下す立場ではない。 決算という一時点には効くが、月次に散らばった判断の集中は解けない。
経理と人事を同じ人に置き続けると、統制は二重に落ちる
兼務のうち、人数を待たずに切るべき組み合わせがある。人事情報の登録と、支払の実行である。
給与計算を担当する人が、同時に振込データを作成し、承認し、送信できる状態は、実在しない従業員を登録して振り込む経路が一本で通ることを意味する。同じ人が労働者名簿も管理しているなら、記録の側も整えられる。経理の内部だけで見れば分掌が効いているように見える会社でも、人事側との境目にこの経路が残っていることは多い。経理三人の中で承認者を分けても、人事マスタの登録権限が一人に集まっていれば、そこが抜け道になる(少人数経理の職務分掌、3〜5人でどこまで内部統制を効かせられるか)。
切り方は二つしかない。登録と実行を分けるか、実行と検証を分けるか。人が足りず前者ができないなら、後者を経営者が引き受ける。振込を実行する前に、総額と件数だけを、経理から回ってくる資料ではなく銀行の照会画面で経営者が見る。所要は五分で、経路の一本化はそれで崩れる。代替統制は、精度ではなく独立性で効く。 同じ資料を二人で見ても統制にはならず、違う経路から見て初めて統制になる(経理の不正を人の運用で防ぐ、連続休暇・ローテーション・兼務解消の実務)。
自立の期限は、社内でなく銀行が決めていることがある
いつまでに二人目を置くのかという期限を、社内の都合で決めると先送りされ続ける。外から効いてくる期限がある。
「経営者保証に関するガイドライン」は、経営者保証に関するガイドライン研究会が平成25年12月に公表し、平成26年2月1日から適用されている。その第4項(1)は、経営者保証なしでの資金調達を希望する場合に求められる経営状況として三つを挙げる。法人と経営者との関係の明確な区分・分離、財務基盤の強化、そして財務状況の正確な把握と適時適切な情報開示等による経営の透明性の確保である。
三つ目の原文はこう書かれている。「主たる債務者は、資産負債の状況(経営者のものを含む。)、事業計画や業績見通し及びその進捗状況等に関する対象債権者からの情報開示の要請に対して、正確かつ丁寧に信頼性の高い情報を開示・説明することにより、経営の透明性を確保する」。要請に対して、というのが肝である。 求められた月に出せるかどうかで判定される以上、管理部長一人の体制では、本人が動ける月しか合格しない。保証の解除が進まない理由が、社長の信用でも財務内容でもなく、経理の要員数であることは珍しくない。
期限は外から来ている。2022年12月23日に経済産業省・金融庁・財務省が公表した「経営者保証改革プログラム」は、金融機関に対し、保証契約を締結する場合に「どの部分が十分ではないために保証契約が必要となるのか」「どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるか」を個別具体的に説明し、その結果等を記録することを求めるとした。これを受けた監督指針の改正は令和5年4月1日から適用され、説明した旨の確認と、その結果等を書面又は電子的方法で記録する態勢が求められている。説明が制度として来るようになった以上、受け止めて手を打てる人が社内に要る。 銀行に持ち込む数字と論点を自前で組み立てられるかどうかが、条件そのものを動かす(銀行交渉の準備、CFOが事前に固める数字と金利・コベナンツの論点)。
売上高38億円、従業員210名の食品加工会社で、管理部長が総務・人事・経理・情報システムを一人で見ていた。部下は経理担当が二名で、いずれも伝票入力と債権債務の消込を担当し、決算の見積りには関与していない。社長は三年前から「経理を強くしたい」と言い続けており、実際に打った手は記帳代行の導入だった。導入から一年、管理部長の残業は月8時間しか減っていない。減ったのは入力の時間で、増えたのは委託先からの科目照会への回答と、上がってきた仕訳のレビューだった。転機は、管理部長が二週間入院したことである。 止まったのは決算ではなく、算定基礎届の提出、月末の支払承認、そして税理士からの棚卸資産の評価に関する質問だった。支払は社長が銀行に出向いて実行し、算定基礎届は社会保険労務士に緊急で依頼し、税理士への回答は退院後に持ち越された。復帰後、社長とCFO代行として入っていた顧問が最初にやったのは、外注先の見直しではなく、判断の棚卸しである。月末から翌月上旬に管理部長が下している判断を書き出したところ、41件あった。うち会計の見積りが7件、税務の取扱いが11件、労務の適用が14件、対外説明が9件。41件のうち、根拠が文書に残っていたのは6件だった。 次に決めたのが二人目の要件である。求人票から「日商簿記2級以上」を外し、「決算の見積りについて自分の判断を文書で残した経験」と「税理士または監査人と直接やり取りした経験」の二つに置き換えた。応募数は減ったが、四か月で一名が決まっている。入社から半年後、管理部長が夏季休暇で不在の月を意図的に作り、その月次を二人目だけで締めさせた。出てきた質問は23件で、そのうち19件は、41件の棚卸しに載っていた判断だった。 残る4件は棚卸しからも漏れていた判断で、いずれも労務の適用に関するものだった。翌年、この会社は主力行との協議で既存の経営者保証の解除に至っている。決め手として銀行から挙げられたのは、月次の試算表が翌月10営業日で安定して出るようになったことだった。管理部長はこう言っている。記帳を外に出したときは、自分の仕事が減ると思っていた。減らなかったのは、外に出したのが仕事の手であって、頭ではなかったからだ、と。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
経理機能を自立させるために決める三つ
第一に、判断を棚卸しして、根拠が文書に残っている件数を数える。 月末から翌月上旬に一人が下している判断を、会計の見積り、税務の取扱い、労務の適用、対外説明の四つに分けて列挙する。件数そのものより、根拠が書かれている割合を見る。ここが半分を切っているなら、人を増やしても引き継げない。
第二に、外注より先に二人目を中に置く。 要件は、決算の見積りに自分の名前で結論を出せること、税理士・監査人・銀行の一次窓口に立てること。記帳の速さは要件から外す。そのうえで、管理部長が在席しているうちに不在の月を意図的に作り、二人目だけで一度締めさせる。強制的にそれが起きる前に、取り返しのつく状態で通しておく。
第三に、人事情報の登録と支払の実行を、人数を待たずに切る。 分けられないなら、経営者が振込前に総額と件数を銀行の照会画面で見る。同じ資料を二人で見ても統制にならず、違う経路から見て初めて統制になる。
そのうえで、作業を外に出す。順番を守れば外注は効き、逆にすると外注は判断の集中を純化させる。 期限を社内で決めると先送りされるので、経営者保証の解除や借入条件の見直しといった外の期限に紐づけておく。
兼務の体制が止まるのは、判断が一人に集中したまま、その人が不在になった月だ。自立までの順番は次のとおり。
- 月末から翌月上旬に一人が下している判断を棚卸しし、根拠が文書に残っている割合を数える
- 記帳を外に出す前に、二人目を社内に置く
- 二人目には、見積りに自分の名前で結論を出す、税理士・監査人・銀行の窓口に立つ、管理部長の不在月を実際に締める、の三つを求める
- 人事情報の登録と支払の実行は、人数を待たずに切り分ける
期限は社内で決めず、経営者保証の解除や借入条件の見直しといった社外の予定に紐づける。



