事業を増やすのは決断が要らない。新規も買収も「やる」と言えば前に進む。だが、どの事業から資本を引くか——この決断だけは、誰も自分から口にしない。結果、5つも6つも事業を抱え、どれにも薄く資本を配り、どれも中途半端に伸び悩む。これは戦略の不在ではなく、「やめる基準」の不在だ。本稿では、事業ポートフォリオを「成長性」と「資本収益性(ROIC)」の2軸でマッピングし、伸ばす・維持・縮小・撤退の4象限に仕分ける。ただし有名な成長率×市場シェアの図(PPM)の焼き直しでは終わらせない。狙いは絵を描くことではなく、ROICスプレッド——稼ぐ力が資本の値段をどれだけ上回っているか——を軸に、実際に資本を動かす判断まで接続することだ。
なぜPPMの「絵」では資本が動かないのか
事業の仕分けと聞いて多くの人が思い浮かべるのが、BCGが生んだ成長率×市場シェアのマトリクス(PPM、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)だ。花形・金のなる木・問題児・負け犬の4分類は、確かに直感的でわかりやすい。だが、この道具は批判も多い。理由ははっきりしている。
第一に、軸が「市場成長率」と「相対市場シェア」の2つしかなく、収益性そのものが図に入っていない。「シェアが高い=キャッシュを生む」という前提も、実際には怪しい。高シェアを維持するために投資を続け、むしろキャッシュを食う事業はいくらでもある。第二に、事業間の依存関係を無視する。一見「負け犬」でも、別の成長事業に顧客や技術を供給している事業はある。つまりPPMは、CFOが本当に答えたい問い——「この事業は、投じている資本に見合うリターンを生んでいるのか」——に直接は答えてくれない。市場の話はしてくれるが、自社の資本効率の話をしてくれないのだ。
なお、PPMの後継としてマッキンゼーとGEが「業界の魅力度×事業の強み」を複数要素で採点する9マスのマトリクス(GE-McKinsey)も生まれた。軸を多面的にした点は前進だが、ここでも収益性は「強み」の一要素に薄められてしまう。CFO視点で組み替えるなら、収益性を脇役にせず、主役の軸に据え直す必要がある。
判断軸はROICそのものではなく「ROICスプレッド」
縦軸にROIC(投下資本利益率=事業に投じた資本がどれだけ効率よく利益を生んでいるか)を、横軸に成長性を置く。ROICを使う最大の理由は、これが「事業そのものの稼ぐ力」を資本の量で割り戻して横並びにできる唯一の指標だからだ。売上や営業利益の絶対額では、巨額の資本を寝かせている事業と少ない資本で回している事業を公平に比べられない。経済産業省の伊藤レポート(2014年)以降、日本でもROEに加えてROICが「稼ぐ力」の指標として注目されてきたのは、この横並び比較ができるからにほかならない。
ただし、ROICを単独で眺めても判断は下せない。ROIC 8%は高いのか低いのか。答えは「資本の値段による」。ここで決定的に効くのが、もう一段深い概念——ROICスプレッドだ。これはROICからWACC(加重平均資本コスト=株主と債権者に支払うべき資本の値段)を引いた差を指す。式にすればこうなる。
ROICがWACCを上回っていれば、投じた1円が値段以上のリターンを生んでいる=価値を創造している。下回っていれば、会計上は黒字でも資本コストを賄えていない=価値を破壊している。
だから4象限の境界線は、横軸が「自社の平均成長率」、縦軸が「その事業のWACC」になる。漠然と上下左右に分けるのではなく、各事業のROICが、その事業固有のWACCを超えているかどうか——これが仕分けの本当の基準だ。
実務上の注意も添えておく。WACCは全社で一律ではない。リスクの高い新規事業と安定した既存事業では資本の値段が違う。事業ごとにハードルレート(最低限超えるべき収益率)を分けてこそ、スプレッドの比較は意味を持つ。この一律WACCの危うさは制度の側からも突かれてきた。
2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂(補充原則5-2①)が、上場企業に「事業セグメントごとの資本コストも踏まえた事業ポートフォリオの検討」を株主に説明するよう求めたのは、まさにこの一律WACCの危うさを突いている。
4象限の処方箋——置き場所ごとに打ち手が決まる
軸が定まれば、各事業の置き場所と処方箋が見えてくる。鍵は、判断基準をシェアではなくスプレッドに置き換えることだ。
最も悩ましいのは低ROIC×高成長の「見極める」象限だ。鍵は「限界ROIC」——追加で投じる資本のリターンがWACCを超える道筋が描けるか。描けるなら集中投資で「伸ばす」へ引き上げる。描けないなら、成長は価値破壊の加速装置になる。逆に最も着手が遅れるのが低ROIC×低成長の「縮小・撤退」象限だが、ここから引いた資本こそが「伸ばす」象限への燃料になる。
マップを描いて終わらせない——資本を実際に動かす
本題はここからだ。経済産業省が2020年7月に公表した「事業再編実務指針(事業再編ガイドライン)」は、日本企業で事業の組み替えが進まない理由を率直に挙げている。取締役会で事業ポートフォリオの基本方針が定められていないこと、そして財務的な規律づけを含む「やめる基準」がないこと——この2つだ。
裏を返せば、組み替えを動かす条件もこの2つに尽きる。第一に、ROICスプレッドという財務規律を、撤退・縮小の発動基準としてあらかじめ取締役会で握っておくこと。「スプレッドが2期連続マイナスなら見直しに入る」といった事前のルールがあれば、その場の情緒や事業部の抵抗に流されにくくなる。第二に、引いた資本の行き先をセットで決めること。撤退は目的ではない。低スプレッド事業から回収した資本を高スプレッド事業へ移し替える——この資本の移動こそがポートフォリオ組み替えの実体だ。
抱えすぎて全部に薄く張る状態から抜け出す道は、新しい事業を足すことではない。各事業のROICがWACCをどれだけ上回っているかを測り、下回る事業から資本を引き、上回る事業へ寄せる。その規律を、絵ではなく取締役会の意思決定ルールに落とし込めるかどうか。そこにCFOの仕事の核心がある。



