第3四半期の着地見込みで、営業利益が予算を4億円下回ることがわかった。CFOは各事業部に、残りの3か月で費用を見直すよう求めた。1週間後に集まった削減案は、どの事業部もよく似ていた。 階層別の研修の延期、資格取得の補助の停止、受注管理システムの改修の先送り、新製品の試作の翌期への繰り延べ、採用広告の停止。合計すると4億2,000万円になり、予算は守れる。工場の設備の更新は、1件も削減案に入っていなかった。 すでに発注済みで止められないものもあるが、理由はそれだけではない。設備の更新を止めても、今期の利益はほとんど増えない。CFOは一覧を見て、2年前にも同じ項目を削ったことを思い出した。そのとき延期した研修は、今も再開していない。

POINT
利益目標を守る局面で、教育費とシステム投資と研究開発が最初に削られるのは、部門長の見識の問題ではない。削った額が、そのまま当期の利益になるからである。 設備は貸借対照表に載り、当期の損益に出るのは減価償却費だけなので、投資を止めても当期の利益は償却の数か月分しか動かない。無形の投資は違う。「研究開発費等に係る会計基準」は、研究開発費をすべて発生時に費用として処理するとしている。自社で利用するソフトウェアは、将来の収益獲得又は費用削減が確実と認められる場合に資産に計上するが、要件定義、データの移行、利用者の教育、クラウドサービスの利用料の多くは費用になる。人材育成の支出を資産に計上する定めは日本基準にない。国際財務報告基準でも、IAS第38号第69項が、訓練活動の支出を発生時に費用として認識する支出の例に挙げている。 会計のこの扱いは、外部への報告としては筋が通っている。問題は、同じ営業利益で部門を評価していることである。社内限りの管理帳簿で無形の投資を資産として持ち、償却と残高を部門の損益に負わせれば、削っても当期の評価はほとんど良くならない。 削る理由が消えるわけではないが、削る順番は変わる。

削られる順番は、会計処理で決まっている

冒頭の削減案を、当期の利益への効き方で並べ直すと、順番の理由が見える。

1億円の設備の更新を止めた場合、耐用年数が10年なら、当期の費用は年に1,000万円しか減らない。 第3四半期の終わりに止めれば、効くのは残りの3か月分で、250万円である。1億円の研修と開発の委託を止めれば、当期の費用は1億円減る。同じ1億円の判断で、利益への効き方は40倍違う。削る側が迷う余地はない。

営業利益で評価される部門長にとって、無形の投資から削るのは合理的な行動である。 止めても今期の売上は落ちない。効果が失われるのは来期以降で、そのときの責任者は自分でないかもしれない。削ったことは、損益計算書のどこにも残らない。費用が減り、利益が増えたという結果だけが残る。

削られた投資は、戻りにくい。翌期の予算は、削った後の実績を出発点に組まれるからである。 延期した研修を再開するには、新しい費用の増加として起案し直さなければならない。冒頭の会社で2年前の研修が再開していないのは、誰かが反対したからではない。再開を起案する人がいなかった。設備であれば、更新を延ばすと故障と不良という形で催促が来る。育成とシステムの遅れは、催促に来ない。

研究開発については、テーマごとに累計の投下額を持つ台帳の作り方を、研究開発費の管理会計、帳簿に残らない累計投下額とテーマ単位で開発を止める基準で扱った。ここで扱うのは、その台帳を部門の評価の利益につなぐ方法である。

管理帳簿で資産として持つ範囲を、先に絞る

社内限りで無形の投資を資産として持つとき、最初に決めるのは範囲である。広く取りすぎると、費用のほとんどが資産になり、管理上の利益は誰も信じない数字になる。

対象にするのは、三つの条件を満たす支出に限る。一つ目は、効果が1年を超えて続くと見込まれること。二つ目は、案件として起案され、目的と金額が承認されていること。三つ目は、金額が一定の基準を超えていることである。毎年同じように発生する維持の費用は、入れない。 システムの保守料、法令で義務づけられた定例の教育、既存製品の小さな改良は、当期の費用のままにする。

類型は三つに分けておくと扱いやすい。一つ目は、システムである。 基幹システムの刷新や業務システムの導入で、制度会計では資産にならなかった部分を対象にする。要件定義の委託費、データの移行、利用者の教育、クラウドサービスの初期設定がこれに当たる。制度会計でどこまでが資産になるかは、契約の切り方で変わる(ソフトウェアとクラウド利用料の会計処理、資産計上できる範囲は契約の切り方次第)。管理帳簿では、契約の形にかかわらず、導入の案件に投じた総額を持つ。

二つ目は、人材育成である。 対象は、計画を立てて行う育成に限る。経理の担当者を管理会計の担い手に育てる1年の計画、設計者に新しい解析の手法を習得させる外部の講座、次の工場長の候補を海外の拠点に出す費用などである。日常の指導や、単発の講習は入れない。

三つ目は、研究開発と新しい事業の立ち上げである。 テーマの台帳がすでにあるなら、そこに載っているテーマの投下額をそのまま使う。

範囲の承認は、起案した部門に任せない。対象に入れるかどうかは、経営管理か経理の側が決める。 資産に入れれば当期の評価が良くなるので、起案する側には、何でも投資と呼ぶ動機が生まれる。

償却の年数は類型ごとに固定し、残高に資本コストを掛ける

資産として持った投資は、償却する。年数は、類型ごとに一つに決め、案件ごとに変えない。 システムは5年、人材育成は3年、研究開発はテーマの性格に応じて3年か5年、といった置き方である。この年数に、制度上の根拠はない。自社で決める数字である。正しい年数を探しても答えは出ない。大事なのは、年数が毎年変わらず、部門によって違わないことである。 案件ごとに年数を交渉できるようにすると、利益が苦しい部門ほど長い年数を主張する。

残高には、資本コストを掛ける。設備の投下資本に資本コストを掛けて部門の損益に負わせている会社なら、同じ率を無形の投資の残高にも掛ける。掛けなければ、資産に入れた瞬間に費用が消え、投資は多いほど評価が良くなる。 償却と資本コストの両方を負わせることで、設備を買った場合と同じ重さになる(事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測る)。

回収は、起案のときに書いた効果の指標で追う。システムなら削減する工数や短縮する日数、育成なら対象者が担うようになった業務、開発なら次の関門を通ったかどうかである。効果が出ないことが明らかになった投資と、中止した案件は、残高をその期に一括で落とす。 育成の対象者が退職した場合も同じである。落とした額は、投資を決めた部門の管理上の損益に出る。効果を確かめる手順は、設備投資の事後の検証と同じ枠で回せばよい(投資後のレビュー(ポストオーディット)が行われない原因と、事後検証を仕組みにする方法)。

同じ1億円の育成とシステムの投資を期中に止めたとき、部門の評価の利益はどう動くか
BEFORE
営業利益で評価する
止めた1億円がそのまま当期の利益になる。止めたことは損益のどこにも残らず、翌期の予算は削った後の水準から組まれる
→
AFTER
無形投資を資産として持つ管理上の利益で評価する
止めても当期に減るのは償却の数か月分だけである。すでに積んだ残高の償却と資本コストは、止めた後も部門に残る
削っても評価が良くならなければ、無形の投資は削減案の先頭から外れる。全社の利益を守るために削る判断は、CFOが投資の取りやめとして決めることになる。

評価は管理上の利益で、対外の約束は制度の利益で持つ

管理帳簿を作っても、部門の評価が営業利益のままなら、行動は変わらない。部門の業績評価に使う利益を、無形の投資を資産として持った後の利益に切り替える。

制度の営業利益から管理上の利益への道筋は、三行で書ける。制度の営業利益に、当期に支出した対象の投資額を足し戻し、当期の償却額を引き、残高に掛けた資本コストを引く。この三行を、月次の報告で制度の営業利益と並べて出す。 二つの利益の差が何から生まれているかを毎月説明できなければ、管理上の利益は別の帳簿の数字として疑われる(管理会計と財務会計の数字が合わない原因と、毎月説明できるブリッジ表の作り方)。

全社の営業利益は、対外的に公表した予想であり、守る必要がある場面は残る。冒頭の会社のように、着地が予算を下回る見込みになれば、どこかで費用を減らす判断は要る。変わるのは、その判断の見え方である。 営業利益だけで管理している会社では、無形の投資の削減は、各部門の費用の見直しとして下から上がってくる。管理上の利益を持っている会社では、部門には削る動機がないので、全社の利益のために投資を止めるかどうかは、CFOが経営会議に諮ることになる。どの案件を止め、残高のうちいくらを落とし、いつ再開するのか。議事に残る形で決めた取りやめは、翌期の予算で再開を検討する項目として残る。

目標と見通しを分けて持つ会社なら、取りやめを決める材料も早く出る(予算を人事評価に紐づけると予測が歪む、目標と予測を分けて持つ予算設計)。

管理帳簿の資産を、外部への開示と混ぜない

管理帳簿の資産は、社内の評価のための数字である。財務諸表にも、税務の申告にも、関係しない。 この線は、帳簿を作る最初の段階で書いておく。

混ざりやすい場所は二つある。一つは、投資家向けの説明である。 無形の投資を足し戻した利益を、調整後の利益として決算説明の資料に載せたくなることがある。載せるなら、定義を公表し、毎期同じ定義で出し、制度の利益との差を示すことが前提になる。社内の評価のために決めた償却の年数は、外部に説明できる根拠を持っていない。社内の数字として使うにとどめるほうが安全である。

もう一つは、人的資本の開示である。 有価証券報告書に研修の費用や時間を記載している会社では、管理帳簿の育成の投資額と、開示の数字の出所が別になりやすい。対象の範囲が違うのはかまわないが、元になる支出の記録は一つにしておく。同じ研修の費用が、二つの集計で違う金額になっていると、どちらの数字も説明できなくなる(人的資本開示の数字を財務と同じ統制に乗せる、有報の指標を集計表から出さない)。

監査人には、管理帳簿の存在と目的を伝えておく。制度会計の資産計上の判断に、管理帳簿の区分を持ち込んでいないことを示せればよい。

設例

包装機械のメーカー(売上高540億円、3月決算、3事業部)。過去5年のうち3年で、下期に費用の削減を指示しており、そのたびに研修と業務システムの改修が止まっていた。 設計部門では、解析の手法を扱える技術者が増えず、外部への委託費が5年で1.8倍になっていた。経営管理部は、効果が1年を超え、起案して承認され、1件500万円以上の支出を対象に、管理帳簿を作った。初年度に対象になったのは、基幹システムの刷新のうち費用処理した3億1,000万円、計画的な育成の8,000万円、開発テーマの6億4,000万円だった。 償却は、システム5年、育成3年、開発5年に固定し、残高には事業部の投下資本と同じ6パーセントの資本コストを掛けた。事業部長の評価は、この調整を入れた管理上の利益に切り替え、月次の報告には制度の営業利益との差を三行で載せた。翌年の下期、全社の営業利益は予想を2億円下回る見込みになった。事業部から上がってきた削減案に、研修とシステムの改修は入っていなかった。 CFOは、開発テーマのうち関門を通過できていなかった2件の中止を経営会議に諮り、残高の9,000万円を、その事業部の管理上の損益に落とした。中止で減る下期の支出だけでは差を埋めきれず、残りは公表している業績予想の修正で対応した。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

無形の投資を守るために決める三つ

第一に、管理帳簿で資産として持つ範囲を絞る。 効果が1年を超え、案件として承認され、一定の金額を超える支出に限る。維持の費用は入れない。範囲を決めるのは、起案した部門ではなく、経営管理か経理である。

第二に、償却の年数を類型ごとに固定し、残高に資本コストを掛ける。 効果が出ない投資と中止した案件は、残高をその期に落とし、決めた部門の損益に出す。

第三に、部門の評価を管理上の利益に切り替え、制度の営業利益との差を毎月三行で示す。 管理帳簿の資産は、財務諸表にも開示にも持ち込まない。

まとめ
教育費、システム投資、研究開発が利益目標のために先に削られるのは、削った額がそのまま当期の利益になるからである。効果が1年を超える承認済みの案件に絞って、社内限りの管理帳簿で資産として持ち、固定の年数で償却し、残高に資本コストを掛ける。部門の評価はこの管理上の利益で行い、制度の営業利益との差を毎月示す。外部への開示とは混ぜない。

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