取締役会の後の懇談で、会長が切り出す。そろそろホールディングス体制にしたい。 息子を含む次の経営陣に事業会社を一つずつ任せ、自分は持株会社で全体を見る。取引銀行も、事業承継の選択肢として持株会社化を勧めてきている。社外取締役はガバナンスの話を始め、経営企画は新しい組織図の案を持ってくる。 三週間後の経営会議の資料は、持株会社と三つの事業会社の組織図、各社の役員の顔ぶれ、グループの理念の案で、十枚を超えていた。CFOが気づいたのは、その資料に、移行で毎年いくら費用が増えるかも、税金がどう変わるかも、配当をどこから出すかも、一行も書かれていないことだった。 賛成するにしても反対するにしても、財務の立場を数字で示せる人は、会議室に一人しかいない。
実利は資本の機動性ではなく、採算と決裁を法人で切り離せること
持株会社化の利点として挙げられるのは、たいてい三つである。経営と執行の分離、M&Aや事業売却のしやすさ、そして事業ごとの責任の明確化。 このうち、財務の立場から実際に効くものは限られる。
経営と執行の分離は、組織の設計の話であって、法人を分けなくてもできる。 執行役員制や社内カンパニー制で、事業ごとに執行の責任者を置き、取締役会は全社の監督に集中する形は、一つの法人の中で作れる。M&Aのしやすさも、買収した会社を子会社として持つだけなら、今の体制でもできる。
法人を分けて初めてできることは、事業ごとに外の資本と契約の相手を分けることである。 一つの事業に提携先の出資を受け入れる、事業ごとに借入の条件を変える、事業を丸ごと売却する、事業ごとに異なる人事制度や給与水準を持つ。これらは、事業が法人として独立していなければ、交渉のたびに切り出しの作業から始めることになる。 逆に言えば、今後5年のうちにこうした取引の予定がない事業まで法人として分ける財務上の利点は薄い。判断の軸は、組織図ではなく、事業ごとに資本の性格がどれだけ違い、外の資本や相手を入れる予定があるかである(事業別バランスシートの作り方、事業に投下資本を負わせてROICを測る)。
確実に増える本社費を、人と監査の単位で積む
持株会社化の費用は、組織図の上では見えない。見えるのは、法人ごとに必要になる機能を一つずつ数えたときである。
持株会社には、取締役会と監査の機関、経理・財務、法務、人事、IR、経営企画が要る。 同時に、事業会社にも、取締役会と、自社の決算を締める経理と、総務・人事の担当が要る。移行前は一つの本社でまとめて持っていた機能が、持株会社と事業会社の双方に置かれる。すべてを二重にするわけではないが、決算と機関の運営は法人の数だけ要る。
見落としやすいのが、会計監査人である。 会社法第2条第6号は、資本金5億円以上または負債の合計200億円以上の株式会社を大会社とし、第328条は、大会社に会計監査人の設置を求めている。事業会社が株式の譲渡を制限した非公開会社でも、大会社であれば会計監査人は要る。負債の大きい事業を切り出せば、事業会社が大会社になり、単体の監査報酬と、監査に対応する経理の工数が新たに発生する。 上場会社ならもともと連結の監査を受けているが、子会社の単体の会社法監査は別の契約である。
本社費は、増えた人数と監査の報酬を、法人ごとに積み上げて見積もる。 冒頭の会社のように、売上高900億円、営業利益54億円で三つの事業を持つ会社なら、持株会社の新しい機能に20人前後、事業会社側の経理と総務の補強に15人前後、会計監査人の追加と機関の運営費を足して、年に5億円程度の増加はありうる。 営業利益の1割である。この金額を、持株会社化で得られる利点で埋められるかを先に問う(本社費は配賦ルールより先に総額を説明する、コーポレート部門のコストの比べ方)。
持株会社の収入が変わると、法人税と消費税の計算の形が変わる
移行すると、持株会社の収入は、事業の売上から、子会社からの受取配当、経営指導料、グループ内の貸付の利息、不動産の賃貸料に変わる。それぞれの税務の扱いが違う。
受取配当は、法人税法第23条の受取配当等の益金不算入の対象になる。 配当の計算期間を通じて完全支配関係がある完全子法人株式等からの配当は、全額が益金不算入である。その結果、持株会社の課税所得は、経営指導料と利息と賃貸料から本社費を引いた額になり、配当で本社費を賄う設計にすると、税務上は恒常的に赤字になりやすい。 グループ通算制度を使えば、持株会社の欠損は事業会社の所得と通算できるが、使わなければ繰越欠損金として積み上がる(グループ通算制度で先に問われる、子会社別の損益管理)。
経営指導料は、実際に提供した役務の対価として説明できる水準で設定する。 持株会社の費用を賄うために金額を決めると、税務調査で算定の根拠を問われる。法人による完全支配関係のある法人の間では、寄附金とされた部分は支払った側で損金に算入されず、受け取った側でも益金に算入されない。所得の付け替えにはならないが、支払った事業会社の側で損金が消えるので、グループ全体では税負担が増える。 役務の内容、配分の基準、契約書を、移行の前に作っておく(税務調査への備えは期中の記録で差がつく、稟議・議事録・契約書の残し方)。
消費税は、収入の種類ごとに扱いが分かれる。 受取配当は対価性がないので不課税で、課税売上割合の計算に入らない。経営指導料と建物の賃貸料は課税売上である。グループ内の貸付の利息は非課税売上で、課税売上割合の分母に入る。 グループの資金を持株会社に集めて各社に貸すと、利息の分だけ課税売上割合が下がる。課税売上高が5億円を超える場合や、課税売上割合が95パーセント未満の場合は、仕入れにかかった消費税を全額は控除できず、個別対応方式か一括比例配分方式で計算する。持株会社の本社費にかかった消費税の一部が控除できなくなる金額は、本社費の規模と貸付の規模で試算しておく。 多くの会社では大きな金額にはならないが、資金をすべて持株会社で調達して貸し出す設計にすると無視できなくなる。
配当の源泉徴収は、以前ほど問題にならない。 2023年10月1日以後に支払を受ける配当から、完全子法人株式等と、保有割合が3分の1を超える関連法人株式等の配当は、源泉徴収の対象から外れた。それより前は、子会社からの配当に源泉徴収がかかり、法人税から控除されるまで資金が寝ていた。 移行の資金計画を古い資料のまま作っていないかを確かめる。
配当原資の経路が変わる。株式移転の持株会社は利益剰余金ゼロから始まる
財務で最も手当てが遅れやすいのが、株主への配当をどこから出すかである。
株式移転で新しく作った持株会社は、設立時の株主資本を資本金、資本準備金、その他資本剰余金に分けて設定する。利益剰余金はゼロから始まる。 既存の会社が積み上げてきた利益剰余金は、完全子会社になった事業会社の中に残っている。持株会社が株主に配当するには、分配可能額が要る。 設立後の最初の期末で配当を出すなら、事業会社から持株会社への配当を、持株会社の期末までに決議して受け取り、利益剰余金を作っておく必要がある。その配当の決議の時期は、事業会社の分配可能額と、事業会社の借入の財務制限条項が許す範囲で決まる(配当の上限は利益剰余金ではない、分配可能額の検算と減額要因の確認)。
その他資本剰余金を配当原資にする手もあるが、株主の側の税務が変わる。 資本剰余金を原資とする配当は、税務上は資本の払戻しとして扱われ、みなし配当の部分と、株式の譲渡の部分に分けて計算される。個人株主の多い会社や、創業家が大株主の会社では、株主への説明と支払調書の手当てが要る。
会社分割で既存の会社が持株会社として残る方式なら、利益剰余金は持株会社に残る。 配当原資の経路は途切れない。一方で、事業を切り出すための許認可の取り直しや契約の移転、不動産を移す場合の流通税の確認が要る。どちらの方式が軽いかは、配当原資の連続性と、切り出す事業の許認可と契約の重さを比べて判断する。
未上場の会社で、事業承継の文脈で持株会社を検討しているなら、株式の相続税評価も変わる。 財産評価基本通達は、総資産に占める株式等の割合が50パーセント以上の会社を株式等保有特定会社とし、原則として純資産価額方式で評価する(類似業種比準の考え方を一部に使うS1+S2方式との選択はある)。持株会社はこの区分に入りやすいので、移行によって承継する株式の評価額が上がることも、下がることもある。 顧問税理士に移行前後の評価額を試算させてから、承継の手段として持株会社を選ぶかを決める。
社内カンパニー制で足りる会社と、法人を分ける会社の境目
ここまでの費用を積んだうえで、移行するかどうかを事業ごとに判定する。 使う表は、事業別のバランスシートである。
事業ごとに、使っている資本の性格を並べる。 設備が重く長期の借入で賄っている事業、運転資本が大きく短期の資金で賄っている事業、資本をほとんど使わない事業。性格の違う事業が一つの法人に同居していると、借入の条件も、資本コストも、全社で平均した数字で決まる。 事業ごとに調達の条件を変えたいなら、法人を分ける意味がある。
次に、事業ごとに外の資本や提携先を入れる予定があるかを確かめる。 提携先の出資を受ける、合弁にする、将来売却する可能性がある。予定がある事業は、早めに法人として独立させておけば、その取引の準備期間が短くなる。 予定がない事業は、社内カンパニー制で採算と決裁を分け、事業別のバランスシートで資本の責任を負わせれば足りる(事業ポートフォリオの見直し方、ROICと成長性で事業を仕分ける手順)。
全事業を一度に持株会社の下に並べる必要はない。 外の資本を入れる予定のある事業だけを分社し、残りは本体に置く形もある。持株会社化を事業承継の手段として考えているなら、承継の問題と、事業の資本の問題を、別々の判断として取締役会に出す。
売上高900億円、営業利益54億円の建材メーカー(非上場、3月決算)。産業資材、住宅設備、物流の三つの事業を持ち、創業家が株式の7割を持っている。 会長は、事業承継を機に株式移転で持株会社を作り、三事業を事業会社にする案を示した。CFOは、経営会議の前に三つの試算を作った。一つ目は本社費で、持株会社に22人、事業会社の経理と総務の補強に14人、負債が200億円を超える産業資材の事業会社に会計監査人の追加を見込み、年に約5.2億円の増加になった。 二つ目は税務で、持株会社の収入を経営指導料と貸付の利息にした場合の法人税と消費税の変化を試算し、グループ通算を使えば法人税の増加はほぼなく、消費税の控除できない額は年に数百万円にとどまると確かめた。三つ目は配当原資で、株式移転の場合、最初の期末の配当約8億円を出すために、事業会社から持株会社への配当を期中に決議する必要があり、産業資材の事業会社の借入の財務制限条項に抵触しない上限を確かめた。 そのうえで事業別のバランスシートを並べると、外の資本を入れる予定があるのは、物流大手との提携の話が出ている物流事業だけだった。取締役会は、全社の持株会社化を見送り、物流事業だけを会社分割で子会社にして提携先の出資を受け入れる準備に入ることを決めた。 産業資材と住宅設備は社内カンパニー制にし、事業別のバランスシートで資本コストを負わせる形にした。事業承継については、顧問税理士に株式の評価の試算を別に依頼し、持株会社化とは切り離して翌年度の取締役会で議論することにした。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
持株会社化の是非を判断する三つの手順
第一に、持株会社化の利点を、法人を分けて初めてできることに絞って評価する。 経営と執行の分離は社内の設計でもできる。法人を分ける意味は、事業ごとに外の資本と契約の相手を分けられることにある。その予定がない事業まで分けない。
第二に、費用を三つの単位で年額に積む。 持株会社と事業会社の双方に要る機能の人数、分社で大会社になる事業会社の会計監査人、そして受取配当の益金不算入と経営指導料と貸付の利息がもたらす法人税と消費税の変化である。経営指導料は役務の対価として説明できる水準で設定し、契約と算定の根拠を移行の前に作る。
第三に、配当原資の経路を方式ごとに確かめる。 株式移転で作った持株会社は利益剰余金がゼロから始まり、最初の配当原資は事業会社からの配当で作る。会社分割で既存の会社が残る方式なら利益剰余金は残るが、許認可と契約と不動産の移転の手当てが要る。事業承継の手段として検討しているなら、株式の評価の試算を先に取り、承継と資本の問題を別の判断として出す。
持株会社化で確実に得られるのは、事業ごとに外の資本と契約の相手を分けられることである。代わりに本社費は確実に増え、分社で大会社になる事業会社には会計監査人の費用も加わる。受取配当が中心の収入は法人税と消費税の計算の形を変え、株式移転なら持株会社の利益剰余金はゼロから始まる。
移行の是非は全社一律に決めない。事業別のバランスシートに資本の性格と外部資本を入れる予定を並べ、予定のない事業は社内カンパニー制で足りるかを同じ表で判定する。



