グループの月次会議で、資料の1ページ目に「受注高」と書かれている。合計欄に数字が入っている。会議が始まって10分後、ある子会社の社長が言う。うちは内示ベースで入れています。別の社長が続ける。うちは契約書に押印した分だけです。その場は「では次回までに揃えましょう」で終わり、翌月も同じ会話が起きる。
この状態を、データが汚いと呼ぶのは診断として間違っている。 数字はどれも正確で、それぞれの会社の中では正しく集計されている。壊れているのは集計ではなく、同じ名前を別の定義に与えたまま合計した、その一手である。合計してはいけないものを合計した以上、出てきた数字に意味はない。そして意味のない数字を前に議論しているから、会議の冒頭が毎回定義の話に消える。
「受注」の一語に、四つの変数が隠れている
まず、何がずれているのかを分解する。同じ名前の指標が別物になる原因は、たいてい四つのどれかである。
分子と分母。稼働率を、稼働時間÷所定労働時間で出す会社と、稼働時間÷(所定労働時間-有給取得時間)で出す会社がある。後者のほうが高く出る。どちらも社内では正しい。
時点と期間。受注を、内示を受けた日で立てるのか、注文書を受領した日か、契約書に双方が押印した日か。締め日が20日の会社と月末の会社が混ざれば、同じ月次の数字が10日ずれる。海外子会社が入るとタイムゾーンの問題も乗る。
通貨と換算レート。実績を期中平均で換算するのか、月末レートか、社内の予算レートか。予算レートで換算した実績を、実勢レートで換算した予算と比べている資料は珍しくない(社内為替レート(予算レート)の決め方|海外事業の実力と為替影響を切り分ける)。
除外規則。グループ内取引を含むのか。キャンセル分を遡って落とすのか、当月の減算で処理するのか。再受注を新規に数えるのか。
四つのうち三つは、たいてい誰も明文化していない。 明文化されていないから、担当者が替わるとその会社の中でも定義がずれる。グループでずれる前に、社内で既にずれている。
法令が定義を固定した指標だけが、実際に足せている
社内の話をする前に、外の世界の例を見ておくと設計の勘所が分かる。
有価証券報告書には、2023年3月期から多様性に関する指標が追加された。女性管理職比率、男性の育児休業等取得率、男女間賃金格差である。これらは連結子会社の分も含めて記載され、実際にグループ横断の数字として並ぶ。
なぜ並べられるのか。計算方法や定義を、各社の判断でなく法令の定めに固定したからである。 金融庁は、女性管理職比率等に関する計算方法や定義は、企業負担や統一的な情報提供の観点から女性活躍推進法等の定めに従うこととしている(加えて任意で企業独自に算出した数値等を記載することも可能)と整理している。適用の範囲も明確で、提出会社やその連結子会社が女性活躍推進法等により当該事業年度における公表を行わなければならない会社に該当する場合に、有価証券報告書等において開示が求められる。公表義務のある連結子会社は、重要性に関係なく開示の対象になる。
さらに踏み込んだ一文がある。連結グループで記載する際に、海外子会社を含めた指標を記載するなど女性活躍推進法等と定義が異なる場合には、その指標の定義を記載する、という注記である。
この二行が、グループKPI設計のすべてを言っている。定義を揃えるか、揃えないならその定義を書く。第三の選択肢は用意されていない。 ところが社内のKPIには、揃えてもいないし書いてもいない第三の状態が大量に存在する。
投資家向けのKPIについても同じ規律が働いている。金融庁の「記述情報の開示に関する原則」(2019年3月19日)1-3は、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等、いわゆるKPIがある場合にはその内容を開示することが法令上求められているとしたうえで、望ましい開示に向けた取組みとして、KPIを設定している場合にはその内容として、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、なぜその指標を利用するのかについて説明することが考えられるとしている。セグメント別のKPIがある場合には、その内容も開示することが望ましいとも書いている。
外に出すときには算出方法を書けと言われているのに、内側では書いていない。 この非対称が、経営会議の冒頭10分を毎月食いつぶしている。
必要なのは集計基盤でなく、指標ごとのオーナーである
グループでKPIが揃わないという問題に対して、最も頻繁に選ばれる打ち手がデータ基盤の統合である。そして、この打ち手はかなりの確率で作り直しになる。
理由は単純で、定義が決まっていない状態で統合を始めると、定義を決める作業が実装の中に紛れ込むからだ。子会社Aの受注テーブルから子会社Bの形式に変換するとき、開発者はどこかで判断を下す。内示分を含めるのか、除くのか。判断はコードとして実装され、仕様書には「受注データを取り込む」としか書かれない。こうして暗黙の定義がETLの中に埋まる。埋まった定義は、業務側の誰も読めないため、誰も直せない。
数年後、受注の定義を揃えようという話が改めて持ち上がったとき、現状の定義が何なのかを調べるところから始めることになる。調べるにはコードを読むしかない。読んだ結果、会社ごとに違う判断が入っていたと分かる。そこで作り直しが決まる。
だから順序は逆にする。定義を決めてから基盤を作る。決めるのは人であって、基盤ではない。 必要なのは指標ごとのオーナーで、要件は三つある。第一に、その指標を使って意思決定している人であること。第二に、定義を変える権限を持っていること。第三に、定義を変えたときに過去の数字をどう扱うかの責任を負うこと。
この三つを満たすのは、たいてい事業側の役員か、その指標を所管する本社機能の部門長である。情報システム部門でもデータ部門でもない。 彼らはデータの流通に責任を持つが、意味に責任を持つ立場にない。オーナーが空欄のまま基盤の議論を始めた時点で、その案件は作り直しの予定が入っている。分析軸の設計を先に決めるという発想と同じ構造である(管理会計の分析軸(ディメンション)設計|あとから分解できない粒度を先に決める)。
定義書に書く七つの欄
定義書は分厚くする必要がない。指標1件につき、次の七欄が埋まっていれば足りる。
第一に、指標名。第二に、算式を分子と分母に分けて記載する。「稼働率」ではなく「分子=稼働時間、分母=所定労働時間から有給取得時間を控除した時間」と書く。第三に、収集単位。会社別か、事業別か、拠点別か。どの単位までブレイクダウンできるかをここで確定させる。第四に、時点と期間。認識の起点となる事象と日付、締め日、タイムゾーン。第五に、通貨と換算レート。実績と予算のそれぞれについて、どのレートを使うかを別々に書く。第六に、除外規則。グループ内取引、キャンセル、再受注、見積段階の案件の扱い。第七に、オーナー名と改訂履歴。
そして、これらの欄と並べてもう一つ立てる列がある。合算可否のフラグである。 この指標はグループで足してよいのか、足すと意味を失うのか。足してよいなら、どの範囲までか。売上高は足せる。稼働率は加重平均でしか意味を持たない。顧客数は、同じ顧客が複数社と取引していれば単純合計が重複する。
フラグを立てておくと、資料の作成段階で機械的に止められる。「足してはいけない」と書かれた指標に合計欄を付けた資料は、会議に出る前に差し戻す。 これだけで、冒頭10分の定義議論はかなり減る。
改訂手続きがない定義書は、半年で嘘になる
定義書を作った会社が次にぶつかるのは、作ったきり更新されないという問題である。事業の形は変わる。新しいサービスが増え、課金の形が変わり、定義が現実に合わなくなる。合わなくなった定義書は、無い場合より悪い。誰も見ていない文書が「正」として存在している状態になるからだ。
改訂の手続きは、ゼロから設計する必要がない。会計の世界に既に完成した型がある。会計方針の変更、会計上の見積りの変更、誤謬の訂正という三分類である。どれに当たるかで、遡及するかどうかも開示の要否も変わる(会計方針の変更・見積りの変更・誤謬の訂正|どれに当たるかで遡及も開示も変わる)。
KPIの定義改訂にそのまま当てはめると、次のようになる。
定義そのものを変える改訂は、会計方針の変更に相当する。 受注の認識起点を内示から注文書受領へ変えるような改訂である。この場合、比較可能性を保つために過去の数字を新定義で作り直す。作り直せる範囲がどこまでかを、改訂の決裁と同時に決める。作り直せないなら、いつからいつまでが旧定義かを資料に明示する。
見積りや前提の更新にとどまる改訂は、会計上の見積りの変更に相当する。 稼働率の分母から控除する有給取得時間を、実績値から標準値に切り替えるような場合である。将来に向かって適用し、過去は作り直さない。
そして、これまでの集計が定義書と違っていたと判明した場合は、誤謬の訂正である。 この場合は過去に遡って直し、なぜ違っていたかを記録する。ここを「改訂」と呼んで将来からの適用で済ませると、同じことが繰り返される。
改訂の頻度も先に決めておく。定期改訂は年1回、予算編成の直前に集中させる。期中の改訂は、事業の重大な変化がある場合に限り、オーナーの決裁で個別に行う。 期中に随時変えると、月次の推移が読めなくなる。この規律は、社内の指標を変えたときに外部開示へ波及する経路があることからも要請される。セグメント情報では、事業セグメントの利益の額の測定方法を変更した場合に開示が求められる。社内定義の変更は、社内で完結しない。
定義書は読ませるのでなく、提出様式に埋め込む
定義書を作ってオーナーを決めた会社が、次に直面するのが遵守の問題である。文書を配布し、説明会を開き、各社の担当者が「承知しました」と答える。半年後に集まった数字を見ると、やはりずれている。
原因は理解の不足ではない。提出の作業をしているのは、説明会に出た管理職ではなく、月末に数字を入力する担当者だからである。 担当者の手元にあるのは定義書ではなく、提出用のシートである。シートに書かれていないことは、シートの上では存在しない。
したがって、定義書は読ませるものではなく、様式に埋め込むものとして設計する。連結パッケージの設計思想と同じである(連結パッケージの設計と回収:子会社からのデータ収集を遅らせない運用)。
埋め込み方は三つある。第一に、入力欄のラベルに算式を書く。「稼働率」ではなく「稼働率(稼働時間÷(所定労働時間-有給取得時間))」とラベルに入れる。文字数は増えるが、間違えようがなくなる。第二に、判断が分かれる項目は、判断させずに欄を分ける。受注であれば「注文書受領済」と「内示のみ」を別の欄にし、合計は様式側で計算する。担当者に定義を解釈させないのが要点で、解釈させた時点で会社ごとにずれる。 第三に、合算してはいけない指標には、様式そのものに合計欄を置かない。置けば誰かが足す。
そのうえで、提出後の検算を一つ入れる。前月比で一定幅を超えて動いた指標について、理由の記入を必須にする。定義の解釈が変わった月は、たいていここに現れる。管理会計と財務会計の突合を恒久的な仕組みにしておく発想と同じで、ずれを人の注意力でなく様式で捕まえる(管理会計と財務会計の数字が合わない問題:差異を恒久的に橋渡しする設計)。
全部を統一しない
最後に、この種のプロジェクトが失敗するもう一つの型に触れておく。全社共通の指標辞書を作ろうとして、対象を広げすぎる場合である。
統一のコストは、指標数と会社数の掛け算で効く。20社のグループで100指標を揃えようとすれば、調整の対象は2,000通りになる。定義の合意には、それぞれの会社の業務プロセスの現状確認が要る。半年では終わらず、終わらないうちに事業が変わる。
したがって、統一するのは意思決定に使う十数個に絞る。 絞り方は明快で、グループの経営会議で意思決定の根拠として参照される指標だけを選ぶ。取締役会に上がる指標、資本配分の判断に使う指標、賞与や評価の算定に使う指標。この三つに引っかかるものが、統一の対象である。
残りは「ローカル指標」として明示的に分類し、定義の統一を求めない。ただし、ローカル指標であることを資料の上で明示し、グループ合計を出さない。 分類そのものが統制になる。統一しない判断を明文化しておかないと、現場は「いずれ統一されるもの」として扱い、中途半端な調整が延々と続く。
測ると行動が変わるという性質は、定義がずれていても変わらずに効く。むしろ定義が曖昧な指標ほど、都合のよい解釈を招きやすい(管理会計KPIの設計:測ると行動が変わる指標、変えない指標の見分け方)。統一する十数個を選ぶ作業は、指標を絞る作業でもある(経営ダッシュボードに何を載せるか:CFOが毎週見るべき指標の絞り込み方)。
決めるのは指標の数でなく、オーナーと手続き
第一に、統一する指標を十数個に絞り、それぞれに事業側のオーナーを指名する。 オーナーの要件は、その指標で意思決定していること、定義を変える権限があること、変えたときに過去の扱いに責任を負うこと。情報システム部門やデータ部門はここに入らない。絞る作業は、各社が提出している指標の棚卸しから始める。経営会議の議事録に登場していない指標は、まず提出を止める。
第二に、定義書に七欄と合算可否のフラグを置く。 指標名、分子と分母に分けた算式、収集単位、時点と期間、通貨と換算レート、除外規則、オーナーと改訂履歴。そして足してよいかどうかのフラグ。足してはいけない指標に合計欄を付けた資料は、会議に出す前に差し戻す。 機械的に止められる仕組みにしておくと、議論の時間が数字の意味から事実へ移る。
第三に、改訂手続きを、会計方針の変更・見積りの変更・誤謬の訂正の三分類で設計する。 定義そのものの変更は過去を作り直す。前提の更新は将来から適用する。集計が定義書と違っていた場合は遡って訂正し、原因を記録する。定期改訂は年1回、予算編成の直前に集中させる。この手続きがない定義書は半年で嘘になり、嘘になった定義書は、無い状態より始末が悪い。



