「経理にも生成AIを入れてくれ」と役員会で言われた経理部長が、現場から使いたい業務を募る。返ってくる筆頭は決まって「仕訳の自動化」だ。そこから半年、精度検証を重ね、九割は当たるが残りの一割が読めないという結論に至り、静かに立ち消える。よくある失敗だが、失敗の原因は精度ではない。最も自動化の手段が揃っている工程に、最も出力の揺れる道具を当てにいった、という選定そのものが間違っている。

POINT
経理で生成AIが効くのは仕訳ではない。効くのは、突合で出た差異の原因調査、説明資料や手順書の文書化、社内からの問い合わせ対応という「根拠を作る工程」だ。選定の基準は一つで、AIの誤りが必ず人間の検証を通る工程かどうか。出力が会計処理に直行する工程には入れてはいけない。そして導入が止まる真因は出力精度ではなく、誰が何を根拠に承認したかの証跡が残らないことにある。監査で問われるのはAIが正しいかどうかではなく、統制が効いていることを説明できるかどうかだ。

仕訳に入れると割に合わない

仕訳への適用が合わない理由は三つある。第一に、仕訳は決定論的でなければならない。同じ取引には同じ処理が返る必要があり、同じ入力でも出力が揺れうる道具とは相性が悪い。第二に、判断を要する仕訳は件数が少ない。引当金、収益認識、資産計上の可否といった論点は、月に数件から数十件で、しかも金額が大きく開示に直結する。件数の少ない工程を自動化しても工数は減らず、リスクだけが増える。第三に、件数の多い定型仕訳はすでに手当てされている。ERPの自動仕訳、経費精算システムからの連携、請求書のデータ化。ここに生成AIを重ねても、得られる限界的な効果は小さい。

つまり「AIで仕訳を自動化」という発想は、すでに自動化された領域と、自動化してはいけない領域の両方に向かって突っ込んでいる。狙うべきはその中間、すなわち人間が手で調べて手で書いている工程だ。

選定の物差しは「誤りが検証を通るか」

どこに入れるかは、二つの軸で整理できる。工数の大きさ(件数)と、AIの誤りが人間の検証を必ず通る構造になっているかどうかだ。

入れる場所は「誤りが人の検証を通るか」で決まる
件数が多い(工数が大きい)→
件数多い・誤りが直行
定型仕訳の自動起票。既にERPとOCRの領域で、AIを重ねる意味が薄い
件数多い・検証を通る
残高差異の原因候補出し、社内問い合わせの一次回答。最初に入れる枠はここ
件数少ない・誤りが直行
引当・収益認識など判断を要する仕訳。入れてはいけない
件数少ない・検証を通る
注記や説明文のドラフト、手順書の起こし。効果は小さいが安全に始められる
AIの誤りが必ず人の検証を通る→
効果の大きさより先に、誤りが会計処理に直行しない構造かどうかで絞る。

右上から具体的に見ていく。まず残高の差異調査だ。勘定残高の照合で差異が出た後、明細を突き合わせて原因を特定する作業は、経理が最も時間を溶かす工程の一つで、しかも成果物は「原因はこれです」という文章にすぎない。ここで候補を先に並べさせれば、担当者の仕事は調査から検証に変わる。誤った候補が混じっても、人間が明細で裏を取るまで会計処理には届かない(勘定残高の証憑突合と勘定明細レビュー:四半期レビューに耐える残高保証の作法)。

次に文書化。決算の変動理由の説明文、監査法人からの質問への回答案、手順書の初稿。事実と数字は人間が与え、文章に起こす部分だけを任せる。経理の手順書が更新されない最大の理由は、書く作業そのものが重いことだった。初稿が三十分で出るなら、更新の頻度は変わる(経理の手順書(決算マニュアル)の書き方:使われる手順書と死蔵される手順書の差)。

三つ目が社内からの問い合わせ対応だ。勘定科目の使い分け、旅費規程の解釈、締め切りの確認。件数が多く、内容は既存の規程に書いてある。ただし後述するとおり、規程の版管理ができていない会社では古い規程を根拠に答えてしまう。

引っかかるのは精度ではなく、判断の証跡

監査で問題になるのは、AIの出力が正しいかどうかではない。誰が何を根拠に判断し、承認したかを説明できるかどうかだ。AIの出力をそのまま採用した箇所と、人が直した箇所が区別できなければ、統制が効いていることを示せない。ここを設計せずに導入した会社は、翌年の内部統制評価で必ず戻される。

導入と同時に決めておく証跡の型
  • ① 入力(指示文)と出力を保存する。どのツールのどのバージョンを使ったかも記録に残す
  • ② 作業者の欄とレビュー者の欄を分ける。「AIが出した」と「人が確認した」を一人で兼ねさせない
  • ③ 会社データを外部に出す範囲を規程で決める。未公表の業績数値と個人情報の扱いを明記する
  • ④ 業務記述書・フローチャート・リスクコントロールマトリクスの該当箇所を、AI利用前提で書き換える

④を飛ばす会社が多い。ツールだけ入れて三点セットを放置すると、記述された業務と実際の業務がずれ、評価の場でそのずれが露見する。三点セットは導入の後に直すのではなく、導入と同時に直す(J-SOX財務報告内部統制:3点セットを形骸化させない更新運用の実務)。

現場では
ある会社は、経費精算の内容チェックに生成AIを入れた。規程違反の疑いがあるものを抽出させ、経理が確認して差し戻す運用だ。抽出精度は当初から高くなかったが、問題にならなかった。AIは候補を挙げるだけで、差し戻すかどうかは経理が判断し、その判断がシステムのログに残る設計だったからだ。逆に同じ会社で、仕訳の推奨科目を出す機能は見送った。推奨をそのまま採用したかどうかが記録に残らず、監査で「誰の判断か」を説明できないと分かったためだ。判断基準は精度ではなく、証跡が残る構造かどうかだった。

効かないケース

手順書と規程が整っていない会社では、順番が違う。生成AIは与えられた根拠の上で動くため、拠り所となる文書が古いか存在しない状態では、もっともらしい誤答が量産される。標準化が先で、AIは後だ。

決算が遅い理由が経理の外にある会社も同じだ。他部門からのデータ到着待ちがクリティカルパスなら、経理内部の作業を速くしても締め日は一日も動かない。ボトルネックの外を最適化しても全体は速くならないという、決算早期化が頭打ちになる理由|締め日数の限界と次の一手の見極めで書いたのと同じ構図が、そのまま当てはまる。

導入の順番も逆にしないほうがいい。全社から使いたい業務を募れば、出てくるのは仕訳の自動化だ。効かない場所に期待が集まり、期待外れで終わる。安全な工程を一つ選び、証跡の型と一緒に入れて、動く実物を先に見せる。経理でAIが根づくかどうかは、モデルの性能ではなく、この順番で決まる。

まとめ
経理の生成AI導入が仕訳の自動化から始まって頓挫するのは、すでにERPとOCRで自動化された領域と、判断を要するため自動化してはいけない領域の両方に同時に突っ込んでいるからだ。狙うべきは中間、すなわち人間が手で調べて手で書いている工程で、具体的には残高差異の原因候補出し、決算の説明文や手順書の文書化、社内問い合わせの一次回答になる。選定の物差しは効果の大きさより先に、AIの誤りが必ず人間の検証を通る構造かどうかであり、出力が会計処理に直行する工程は外す。そして導入が止まる真因は出力精度ではなく、判断の証跡が残らないことにある。入力と出力の保存、作業者とレビュー者の欄の分離、外部に出すデータ範囲の規程化、そして業務記述書・フローチャート・リスクコントロールマトリクスの書き換えを、導入と同時に決める。ツールだけ入れて三点セットを放置すれば、翌年の評価でずれが露見する。ただし手順書と規程が未整備の会社では標準化が先であり、決算の遅れが他部門のデータ待ちに起因する会社では締め日は動かない。全社から要望を募るのではなく、安全な工程を一つ、証跡の型ごと入れて動く実物を見せる。根づくかどうかはこの順番で決まる。

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