経理部長が、三年続けて同じ稟議を出している。「経理二名増員の件」。 添付されているのは、部員別の残業時間の推移と、月次の締めが予定日より遅れた月の一覧である。三年続けて、同じ言葉で返ってくる。「どこも人は足りない。まず効率化の余地を検討してほしい」。 役員が見ているのは、販管費のうち人件費が前年比で何パーセント増えるかという一行だけである。二つの資料は、同じ土俵に乗っていない。乗っていないから、議論は毎回「大変さ」の比べ合いになって終わる。

POINT
測定の話に入る前に、手元にあるものを確認しておく。労働安全衛生法第66条の8の3は、事業者に対し、面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により労働者の労働時間の状況を把握しなければならないと定めている。 この規定は働き方改革関連法により新設され、2019年4月1日に施行された。厚生労働省令で定める方法は、労働安全衛生規則第52条の7の3第1項に置かれており、「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする」とされている。 さらに同条第2項は、「事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、三年間保存するための必要な措置を講じなければならない」 としている。つまり、誰が何日に何時間その場にいたかという客観的な記録は、法律上すでに社内に三年分ある。 管理監督者も裁量労働制の適用者も、把握の対象から外れない。にもかかわらず増員の稟議が通らないのは、この記録が「時間の総量」しか示さないからである。 三年分の記録が答えるのは、経理が何時間働いたかであって、その時間が何に使われ、どれが増え、どれが減らせるものかではない。 足りないのはデータではなく、時間を業務に紐づける一列である。

「忙しい」は測定値ではない

増員の稟議が通らない理由を、決裁者の理解不足に求めても前に進まない。同じ役員会で、他部門の増員は通っている。

工場の増員稟議には、標準時間と生産計画がある。製品一個あたり何分、来期の計画数量が何個、必要な延べ時間が何時間、一人あたりの年間稼働時間で割ると何人。 数字の当否はともかく、議論の土俵はできている。物流も同じで、出荷件数と一件あたりの処理時間がある。受託開発を持つ会社なら、工数の実績が案件ごとに一時間単位で残っている。 営業ですら、訪問件数と商談件数という数え方がある。

経理だけが、残業時間と「締めが遅れた」という結果だけを持って稟議に来る。 残業時間は、業務量ではない。業務量に、その人の速度と、断れなかった仕事と、手戻りの回数を掛けた結果である。 決裁者から見ると、増員で減るのか、やり方を変えれば減るのか、区別がつかない。区別がつかない稟議は、区別がつくまで保留される。

そしてもう一つ、経理には固有の不利がある。経理の仕事は、うまくいっているときには何も起きない。 締まった月の締めは、誰の記憶にも残らない。遅れた月だけが記憶に残り、それは「経理の失点」として記録される。 増員の根拠に遅延の一覧を出すと、人手が足りないことの証拠ではなく、管理が甘いことの証拠として読まれることがある。 遅延の一覧を根拠に使うのは、二重に不利である。

測り方は三つあり、稟議の強度が変わる

では何を測るか。業務量を測る方法は、実務上三つしかない。

第一に、自己申告の工数入力である。担当者に、業務コードと時間を日次または週次で入力させる。費用はほぼゼロで、明日から始められる。 弱点は二つある。入力そのものが業務を増やすこと、そして自分の担当業務を過大に見積もる方向へ、無自覚に偏ることである。増員を求めている部署が自己申告した数字は、決裁者から見て証拠能力が低い。

第二に、観測法である。ワークサンプリングとも呼ばれ、一定間隔で「いま何をしているか」を記録し、その分布から時間配分を推定する。自己申告の偏りが入らない。 弱点は、観測する側の工数がかかること、そして観測されているという事実が行動を変えることである。経理部門に外部の観測者を入れると、費用も社内の摩擦も跳ね上がる。

第三に、システムのログである。ここが、多くの会社で手つかずのまま残っている。

ログはすでにERPの中にある

会計伝票には、必ず入力者と入力日と入力時刻が記録されている。SAPであれば、会計伝票ヘッダに入力者・入力日・入力時刻が保持され、伝票の変更は変更履歴として別に残る。 承認ワークフローを使っていれば、誰の手元に何時間滞留したかまで分かる。債権債務、固定資産、原価、経費精算のいずれも同じである。

このログから取れるものは、自己申告より遥かに硬い。担当者別・伝票タイプ別の件数、月内のどの日に集中しているか、誰が何時に最後の伝票を切っているか、差戻しが何回発生しているか。 そして重要なのは、過去数年分がすでに溜まっていることである。 これから測り始める必要がない。

ただし、ログには写らないものがある。問い合わせ対応、調べ物、会議、監査対応、資料作成、そして「担当者が隣の席に聞きに行った十五分」である。 経理の負荷の相当部分は、伝票の外にある。だからログだけでは足りない。

実務的な組み合わせはこうなる。骨格をログで作り、隙間を自己申告で埋める。 ログで伝票系の業務量を確定させ、そこに写らない業務だけを対象に、期間を区切って自己申告で補う。全業務を自己申告させるより回答負荷が小さく、しかも自己申告の総和がログと矛盾していないかを検算できる。

三つの測り方は、証拠としての強さと費用が逆向きに並ぶ
安いが弱い自己申告の工数入力
費用の安さ ●●●
証拠能力 ●○○
網羅性 ●●●
明日から始められる。ただし増員を求めている部署の自己申告は、決裁者から見て証拠能力が最も低い。単独で稟議に載せない。
硬いが高い観測法(ワークサンプリング)
費用の安さ ●○○
証拠能力 ●●●
網羅性 ●●○
偏りが入らない。ただし観測する側の工数と、観測される側の摩擦が大きい。経理全体に掛けるには重すぎる。
すでにあるシステムのログ
費用の安さ ●●●
証拠能力 ●●●
網羅性 ●○○
伝票の入力者・入力時刻・変更履歴・承認滞留は過去数年分がすでに溜まっている。写らないのは問い合わせ・会議・調べ物だけ。
ログで骨格を作り、写らない業務だけを自己申告で埋める。この組み合わせが最も安く、最も硬い。

一か月測っても、経理の負荷は写らない

測り方を決めても、期間を間違えると使えない数字になる。経理の負荷は、周期の異なる四つの波が重なってできている。

第一の波は月次である。締めの前後に山があり、月中に谷がある。第二の波は四半期で、決算短信と四半期報告に伴う作業が三か月に一度乗る。第三の波は年度決算で、これは年に一度、しかも最も高い。第四の波は税務と法定手続である。法人税の確定申告書の提出期限は、法人税法第74条第1項により各事業年度終了の日の翌日から二月以内と定められている。ここに年末調整、償却資産申告、社会保険の算定基礎届が、それぞれ別の時期に乗る。

この四つの波は、同じ月に重なることがある。 三月決算の会社なら、四月は年度決算の実査と月次締めが重なり、五月は決算作業の終盤と申告書の作成が重なる。「平均すると一人あたり月何時間」という数字は、この構造を消してしまう。 平均で足りていても、重なった月に人が壊れる。

だから、測定期間は最低でも十三か月にする。十三か月あれば、月次十三回、四半期四回、年度決算一回、申告一回が入る。それが現実的でないなら、三点だけを測る。平常月、四半期のある月、年度決算の月。 三点でも、平均一本より遥かに使える。稟議に載せるのは平均ではなく、ピークの月と、その月に何が同時に走っていたかの一覧である。

増員が通らないのは、落ちるものが書いていないから

ここまでで、業務量の数字は揃う。それでも通らないことがある。理由は単純で、増員しなかった場合に何が起きるかが書いていないからである。

決裁者にとって、増員の稟議は「認めるか認めないか」の二択に見える。認めなければ、現状が続くと思っている。 実際には続かない。続かないことを、稟議の側が書いていない。

書くべきは、認められなかった場合に、いつ、何が落ちるかである。候補は四つある。

第一に、締め日である。 月次の報告が何営業日遅れるか。遅れた結果、経営会議の資料がどうなるか。第二に、分析である。 差異の分析、予実の説明、事業部への数字の返し。これらは締切がないので、真っ先に落ちる。落ちても誰も気づかないが、経営の判断の質だけが静かに下がる。 第三に、証跡である。 監査で求められる根拠資料の整備、稟議・議事録・契約書の紐づけ。期中に残さなかったものは、後から作れない。 第四に、期限のある法定手続である。申告、届出、開示。これは落とせないので、他の三つが先に落ちる。

つまり、人が足りない部署では、落ちるものの順番が決まっている。 締切のないものから落ち、最後まで残るのは法定期限だけになる。この順番を、増員が認められなかった場合の帰結として稟議に書く。 書けば、決裁は「増員を認めるか」ではなく「分析と証跡を落とすことを認めるか」に変わる。問いの形が変われば、答える人も変わる。

職務の分離が崩れているなら、それは業務量の稟議ではない

そして、増員の理由が業務量ではないケースがある。ここを取り違えたまま業務量の稟議を出し続けている会社が、かなりある。

人が減ると、最初に統合されるのは兼務してはいけない役割である。起票する人と承認する人。出納を扱う人と記帳する人。マスタを登録する人と伝票を入力する人。忙しい月に一度だけ兼ねたものが、翌月も兼ねられ、半年後には正規の運用として定着する。

これは業務量の問題ではない。統制の問題である。 企業会計審議会が定める「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」は、内部統制の基本的要素の一つとして統制活動を挙げ、経営者の命令及び指示が適切に実行されることを確保するために定める方針及び手続として、権限や職責の付与、職務の分掌を含めている。 職務の分掌は、人が足りているときに守り、足りないときに崩してよいものとして設計されていない。

そして、統制の問題として立てた瞬間に、稟議の性質が変わる。

業務量の稟議は、管理部門の費用の議論である。他部門の増員要求と同じ列に並べられ、優先順位で負ける。 統制の稟議は、財務報告の信頼性の議論である。並ぶ相手が変わり、決裁のルートが変わり、監査法人という第三者が同じ問題を独立に指摘してくる。

実務としてやることは、難しくない。現在、同一人物が担っている「分けるべき組み合わせ」を一覧にする。 いつからそうなったか、なぜそうなったか、代替の統制(上位者の事後承認、システムの制限、モニタリング)で埋めているか。埋めていないものが一件でもあれば、それは増員の稟議に業務量の数字と並べて載せる項目ではなく、単独で上げる項目である。

注意
この整理には副作用がある。職務の分離が崩れていると自ら文書にすることは、監査法人に対する不備の申告になり得る。 期末近くに出せば、その期の評価に影響する。だから出す時期を選ぶ。 期初、あるいは中間の早い段階で、是正計画とセットで出す。是正計画のうち「人を増やす」以外の手段(承認の上位への引き上げ、システムでの権限分離、月次のモニタリング)を先に並べ、それでも埋まらない部分だけを増員として立てる。 順番を逆にすると、増員を通すために不備を材料にしたと読まれる。

増員以外の三択を、こちらから先に潰す

差し戻しの決まり文句は、「まず自動化や外注の余地を検討してほしい」である。この一言で半年が飛ぶ。飛ばさない方法は一つで、こちらから先に潰しておくことである。

第一に、自動化。 対象業務ごとに、自動化の可否と、可の場合の投資額・期間・削減見込み時間を書く。書けない業務は「対象外」と理由を書く。 判断の材料が要る場合、削減効果を稟議で説明できる形に整える方法は別に整理してある(ERPに載るAI機能に追加費用を払う前に、経理の工数削減効果を稟議で示す方法)。重要なのは、自動化で減るのは伝票系の定型業務であって、増えているのが問い合わせ対応と分析なら、自動化しても増員は要るという事実を先に書くことである。

第二に、外注。 どの業務を外に出せるか。出した場合の月額と、社内に残る管理工数。外注は工数をゼロにしない。指示と検収と例外処理は残る。 その残る分を書かない外注案は、実行段階で破綻しやすい。

第三に、廃止。 誰も読んでいない資料、慣習で続いている集計、二重に作っている表。これを自分で出すのが最も効く。 増員を求める部署が「これはやめます」と先に出すと、稟議の読まれ方が変わる。やることを減らす努力を尽くしたうえでの要求だと、証拠付きで示せる。

三つを潰したうえで残る量を、増員として立てる。そして残った量は、人数ではなく時間で書く。 「年間4,200時間が不足」と書いて、それを何人・どの等級・いつからで埋めるかを提案する。人数を先に書くと、人数の議論になる。時間を先に書くと、埋め方の議論になる。

設例

売上高620億円の産業機械メーカーで、経理部は課長を含めて11名だった。過去三年、毎年「2名増員」の稟議を出し、三年とも見送られている。 四年目に着任したCFOが最初にやったのは、稟議の書き直しではなく、測ることだった。使ったのは、ERPの伝票ログである。 過去三期分の会計伝票について、入力者・入力日時・伝票タイプ・変更回数を抽出した。抽出そのものは情報システム部に依頼して二日で終わっている。 分かったのは三つである。第一に、伝票の入力件数は三年で年間8.4万件から11.6万件へ38パーセント増えていた。増分の大半は、二年前に稼働した新工場と、前年に買収した子会社の取り込みによるものである。第二に、月末最終営業日の21時以降に入力された伝票が、三年で2.1倍になっていた。 第三に、差戻し後の再入力が年間で1,900件あり、うち6割が同じ二つの伝票タイプに集中していた。次に、伝票に写らない業務を測った。 対象を「問い合わせ対応・調査・会議・監査対応・資料作成」の五つに絞り、11名に六週間だけ日次の自己申告を実施している。全業務ではなく五つだけなので、入力は一日あたり一分で済んだ。 結果、この五つで一人あたり月平均37時間、部として月400時間強。うち問い合わせ対応が月168時間で、その4割が事業部からの「この数字の中身は何か」という照会だった。 測定期間は十三か月に設定し、決算月と申告月を含めている。ピークは五月で、部の総労働時間が平常月の1.61倍。この月に年度決算の終盤、月次締め、申告書作成、そして株主総会資料の数値確認が同時に走っていた。 稟議はこう組み替えられた。前段に、増員以外の三択の検討結果。経費精算と債務計上の自動化で年間1,100時間、資料の廃止(部内で作成していた17種の集計のうち9種を廃止)で年間480時間、外注は指示・検収の残工数が大きく見合わないため対象外。 合計で年間1,580時間を自力で削った。それでも残る不足を年間3,900時間と算定し、内訳を月別に示した。 後段に、認めなかった場合に落ちるものを、時期とともに書いた。「分析の返し(事業部向けの差異説明)を七月から停止する。監査対応の証跡整備を期中に行わず、期末にまとめて作成する運用に戻す」。 そして別紙として、職務の分離が崩れている三件を、是正計画とともに単独で上げた。うち二件はシステムの権限設定で解消でき、増員を要したのは一件だけである。 決裁は、その回の役員会で下りた。採用は2名で、うち1名は分析専任として事業部からの照会の窓口に置いた。 CFOはこう言っている。三年通らなかったのは、部長の説明が下手だったからではない。三年とも、増員を認めなかった場合に何が起きるかを、こちらが書いていなかったからである。

※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。

決めるのは三つ

第一に、測る方法と期間を先に決める。 骨格はERPの伝票ログから取る。担当者別・伝票タイプ別の件数、月内の分布、入力時刻の分布、差戻しの回数。これは過去数年分がすでに溜まっており、抽出は情報システム部への依頼で足りる。 ログに写らない業務は、問い合わせ対応・調査・会議・監査対応・資料作成のように対象を絞ったうえで、期間を区切って自己申告を実施する。全業務を自己申告させると、回答負荷で精度が落ち、しかも増員を求める部署の自己申告として証拠能力が下がる。 期間は最低十三か月。難しければ平常月・四半期月・決算月の三点で測る。稟議に載せるのは平均ではなく、ピークの月と、その月に同時に走っていた作業の一覧である。

第二に、増員以外の三択を、こちらから先に潰して書く。 自動化は対象業務ごとに投資額・期間・削減見込み時間まで書き、対象外のものは理由を書く。外注は月額だけでなく、社内に残る指示・検収・例外処理の工数を書く。廃止は自分から出す。 誰も読んでいない資料、慣習で続いている集計、二重の表。やめる提案を先に出した部署の増員要求は、読まれ方が変わる。 そのうえで残る不足を、人数ではなく年間時間で書く。人数を先に書くと人数の議論になり、時間を先に書くと埋め方の議論になる。

第三に、認めなかった場合に落ちるものを書き、統制の崩れは別立てで上げる。 人が足りない部署では落ちる順番が決まっている。締切のない分析が先に落ち、次に証跡の整備が落ち、最後まで残るのは法定期限だけになる。この順番を時期とともに書けば、決裁の問いが「増員を認めるか」から「分析と証跡を落とすことを認めるか」に変わる。 そして起票と承認、出納と記帳、マスタ登録と伝票入力のように分けるべき組み合わせが同一人物に統合されているなら、それは業務量ではなく統制の問題である。 是正計画とセットで、期初に単独で上げる。業務量の稟議に混ぜると、管理部門の費用として他部門の増員と同じ列に並び、優先順位で負ける。

まとめ

増員の稟議を通すには、経理も他部門と同じ目盛りで話すしかない。ERPのログで業務量の骨格を作り、ログに写らない業務だけを自己申告で補い、十三か月分のピークの月と、増員しなければ落ちる作業の順番を書く。

職務の分離が崩れているなら、業務量ではなく統制の稟議として、是正計画とセットで期初か中間の早い時期に単独で出す。「まず自動化や外注を」と差し戻される前に、自動化・外注・廃止を自分で潰し、それでも残る不足は年間時間で示す。

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