期末監査の最終週、海外の販売子会社で在庫の評価損が3億円出る。本社の経理部が知ったのは、監査法人の現地チームからの連絡だった。 経緯を聞くと、現地の経理マネージャーは第2四半期の時点で滞留在庫の一覧を作り、現地社長に上げていた。社長は、下期の販促で売り切るので本社にはまだ上げなくてよいと言った。 経理マネージャーは、それ以上は動かなかった。彼女の人事評価を書き、賞与を決め、翌年の契約を更新するのは、現地社長だからである。 本社のCFOは、組織図の上では彼女と点線でつながっている。点線の先に、評価表を書く権限は一つもなかった。
実線を現地社長に置くと、悪い数字が遅れて届く
子会社の経理責任者の実線を現地社長に置くのは、多くの会社で自然な形である。子会社は法人として独立しており、経理はその法人の管理部門の一つだからである。 この形には、はっきりした強みがある。
経理が、現地の事業の意思決定の場にいる。営業会議で値引きの条件が議論されるとき、在庫の積み増しが決まるとき、大口の取引先の与信が問題になるとき、経理責任者は同じ部屋にいて、数字の影響をその場で言える。 支払や与信の承認は、現地の決裁権限の範囲で現地の時間帯のうちに終わる。現地の業務は、止まらない。
弱みは一つで、そして致命的である。悪い数字が、現地社長を経由してしか本社に届かない。 滞留在庫、回収の遅れている債権、期末に押し込んだ売上、合意していない値引き。これらは多くの場合、現地社長自身の業績評価に直結している。 経理責任者がそれを最初に見つけても、上げる先は、その数字で評価される本人である。
冒頭の経理マネージャーは、隠したわけではない。上げる相手に上げたうえで、その相手の判断に従った。 本社から見れば遅延だが、現地の組織の中では、指揮命令系統どおりに動いている。評価表を書く人の判断に逆らって本社に直接連絡する行動は、この形の組織では、職務に忠実な行動として扱われない。 悪い数字が経営に上がってこない構造は、事業部の予測でも同じ形で起きる(着地見込みの下方修正が遅れる原因、悪い数字が経営に上がらない評価の構造)。子会社の経理では、それが報告の経路そのものに埋め込まれている。
実線を本社CFOに置くと、現地の業務が止まる
では、実線を本社CFOに引き替えればよいか。悪い数字は早く届くようになる。 経理責任者が第一に報告する相手が本社であれば、滞留在庫の一覧は第2四半期のうちに本社の机に載る。
代わりに、逆向きの失敗が始まる。
第一に、経理が現地の事業情報から外れる。 現地社長から見ると、経理責任者は本社に直接報告する人、つまり本社の目になる。値引きの交渉や在庫の判断は、経理がいない場で先に決まり、経理には結果だけが回ってくる。 悪い数字を早く上げる経路を作ったはずが、悪い数字が生まれる場面から経理が遠ざけられる。
第二に、承認と支払が本社待ちになる。 実線を本社に置いた会社は、たいてい承認の権限も本社側に寄せる。時差のある国では、現地の午後に出た支払依頼の承認が、本社の翌朝まで動かない。 現地の取引先への支払が遅れ、現地社長の不満が本社に向く。
第三に、経理チームが二つに割れる。 責任者の実線は本社にあるが、その下の担当者の評価は現地で行われている。責任者の指示と現地社長の指示が食い違ったとき、担当者は評価表を書く側に従う。 責任者は、部下のいない管理職になる。
同指針の地域軸組織の取組例に、各国CEOとグループの機能別ヘッドへのダブルレポーティング体制という表現がある。二つの線を同時に持たせる形は、この両方の失敗を避けるために取られている。 ただし、二本の線のどちらが実線でどちらが点線なのかは、組織図の描き方では決まらない。
組織図の線は、評価表を書く人の線に負ける
実線と点線の区別を、組織図の上の線の種類として決めている会社は多い。だが、人が実際に誰の顔を見て働くかを決めているのは、線の種類ではない。 次の四つの権利が、誰の手にあるかである。
第一に、評価権。 人事評価の評価表を書き、評点を付けるのは誰か。第二に、報酬の決定。 賞与の額と昇給を最終的に決めるのは誰か。第三に、任免。 採用、配置換え、契約の更新、解任を決めるのは誰か。第四に、日常の業務指示。 今日の優先順位を決め、決裁権限の範囲の承認をするのは誰か。
組織図で本社CFOに実線を引いても、評価表を書くのが現地社長なら、その経理責任者の実線は現地社長にある。逆に、組織図では現地社長の部下として描かれていても、評価と任免の権限を本社CFOが持っていれば、実質的な実線は本社にある。 本社から出向している経理責任者が典型で、出向元の人事評価を受ける限り、組織図がどう描かれていても本社の方を向く。
グループガイドラインが「レポートラインや人事評価権者などをできる限り分離」と書き、東芝の改善策が「人事権」の移管だったのは、この構造による。線を引き替える議論を、四つの権利をどこに置くかの議論に置き換える。 そうすると、実線か点線かという二択が、四つの権利の組み合わせの設計に変わる。
同指針に紹介された取組例には、以前は子会社のゼネラルカウンセル(法務担当役員)が子会社社長に報告していたが、それでは子会社の方を向いてしまうので変えた、という趣旨の記述もある。向いてしまう、という言い方が正確である。 人は、自分の評価と雇用を決める人の方を向く。
雇用主は子会社のまま、という制約
四つの権利を本社CFOに寄せようとすると、すぐに一つの制約に当たる。現地採用の経理責任者の雇用契約の相手方は、子会社である。 本社CFOは、その人の雇用主ではない。評価も報酬も任免も、法的には子会社の中で決まる。
だから、本社CFOに権利を寄せる設計は、子会社の内部の規程と決議を通して組むことになる。 子会社管理規程で、子会社の経理責任者の任免を親会社の承認事項にする。子会社の人事評価規程で、経理責任者の評価の最終評価者を、親会社のCFOの同意を要する形にする。子会社の取締役会で、その規程を決議させる。 形の上では子会社が決め、実質では親会社の同意がないと決まらない、という構造である。
子会社からの報告体制の整備そのものは、親会社の取締役会の決定事項として置かれている(子会社の経理をどう配置するか、本社集約・出向・現地採用の判断基準)。2026年7月21日に改訂されたコーポレートガバナンス・コードも、原則4-4の解釈指針で、取締役会はグループ全体を含めた内部統制や全社的リスク管理体制を適切に構築するとともに、内部監査部門を活用しつつその運用状況を監督すべきであるとしている。 経理責任者の任免と評価の権利を子会社の規程に落とすことは、この体制の中身の一つとして取締役会に上げられる。
四つの権利を、子会社ごとに配る
では、四つの権利をどう配るか。一律の答えはない。 子会社ごとに、避けたい失敗の向きが違うからである。見るべきは三つである。
第一に、現地社長が誰か。 本社からの出向者か、現地で採用した経営者か、買収した会社の元の経営者か。買収先の元の経営者が社長を続けている子会社は、悪い数字が本社に届かない失敗の重さが最も大きい。 同指針も、M&Aで取得した海外子会社について、本社の目が行き届かないリスクに触れている。本社からの出向者が社長なら、社長自身が本社の評価を受けているので、悪い数字を抱え込む動機は相対的に弱い。
第二に、子会社の数字の性質。 在庫と売上債権が大きく、見積りと判断の余地が大きい販売子会社は、悪い数字が生まれやすい。本社の製品を仕入れて売るだけで、在庫も債権も薄い子会社は、そもそも抱え込む数字が少ない。
第三に、現地の決裁の速さがどれだけ事業に効くか。 現地の取引先への支払や与信の判断が遅れると、そのまま失注や取引停止につながる事業では、承認を本社に寄せる費用が大きい。
この三つで見ると、配り方の型はだいたい決まる。悪い数字の遅延が重い子会社では、任免と評価の最終権限を本社CFOに置き、日常の業務指示と決裁権限内の承認は現地社長に残す。 評価の一次評価で、現地社長に業務への協力の観点から意見を書かせる余地は残す。現地の決裁の速さが重く、抱え込む数字の少ない子会社では、四つとも現地社長に置き、本社CFOとの間には報告項目と期限だけを定める。
点線を点線のまま効かせる二つの装置
四つの権利の配り方を決めても、点線の側に何も持たせなければ、点線は飾りになる。点線を効かせる装置は二つある。
一つ目は、直通の定例である。 本社CFOと子会社の経理責任者が、現地社長を同席させずに話す場を、月次で固定する。臨時の直接連絡は、上司の判断に逆らう行動に見えるので、担当者は使わない。 定例なら、上司を飛ばした行動ではなく、決められた手続になる。議題は、報告項目の数字の確認と、判断に迷っている見積りの論点に絞る。
二つ目は、報告の期限を報告項目の側に書くことである。 滞留在庫、延滞債権、期末の大口取引、合意前の値引きといった項目について、把握した月の締めから何営業日以内に本社に報告するかを子会社管理規程に書く。期限が規程にあれば、経理責任者が本社に上げるのは社長の判断に逆らう行動ではなく、規程に従う行動になる。 同時に、期限内に上げた悪い数字を、上げた人の評価で減点しないことも書く。
グループガイドラインは、悪い情報ほど下から上へ早く上げさせることで不正を萌芽の段階で摘める、と書いている。早く上げさせるには、上げる行動が、上げる人にとって安全でなければならない。 経理の評価項目そのものを、ミスの有無だけで測る減点主義から切り替えておく必要もある(経理の人事評価が機能しない理由と、ミスの減点を成果指標に変える方法)。
売上高1,900億円の産業用機器メーカー。海外に販売子会社が7社あり、うち3社は買収で取得した会社で、元の経営者が社長を続けていた。 子会社の経理責任者は、組織図では全社とも現地社長の直属で、本社CFOとは点線でつながっていた。評価表を書き、賞与を決めていたのは、7社とも現地社長である。 きっかけは、冒頭と同じ形の事案だった。買収で取得した東南アジアの販売子会社で、期末監査の最終週に滞留在庫の評価損3.1億円が判明した。 現地の経理マネージャーは第2四半期に一覧を作って社長に上げており、社長が下期の販促での売り切りを理由に本社への報告を止めていた。本社はまず、7社すべての経理責任者の実線を本社CFOに引き替える組織図の改定を行った。 半年後、二つの問題が出た。一つは、2社で支払依頼の承認が本社の時間帯を待つようになり、現地の取引先から支払遅延の苦情が出たこと。 もう一つは、実線を引き替えた後も、経理責任者の評価表を書いていたのが現地社長のままだったことである。買収した3社のうち1社では、経理責任者が値引きの条件を決める会議に呼ばれなくなっていた。 CFOは組織図の議論をやめ、四つの権利の配り方を子会社ごとに決め直した。買収で取得した3社と、在庫と債権の大きい1社の計4社は、経理責任者の任免と評価の最終権限を本社CFOに置いた。 一次評価は現地社長が業務への協力の観点で書き、最終評価と賞与の決定には本社CFOの同意を要する形である。日常の業務指示と、現地の決裁権限の範囲の支払承認は、現地社長に戻した。 残る3社は、本社の製品を仕入れて売るだけで在庫も債権も薄く、四つの権利をすべて現地社長に置いたうえで、報告項目と期限だけを定めた。子会社管理規程を改定し、滞留在庫・延滞債権・期末の大口取引・合意前の値引きの四項目について、把握した月の締めから5営業日以内に本社へ報告することと、期限内の報告を報告者の評価で減点しないことを書いた。 改定した規程は、7社それぞれの取締役会で決議している。あわせて、4社の経理責任者と本社CFOの月次の定例を、現地社長を同席させない形で始めた。 翌期、4社のうち2社から、期中に計1.4億円の在庫と債権の論点が報告期限内に上がり、いずれも四半期の決算で処理された。支払承認の遅延の苦情は、承認を現地に戻した翌月から出ていない。
※設例。会社、数値は説明のために置いた架空のもので、特定の会社の実績ではない。
決めるのは三つ
第一に、実線か点線かを、組織図の線ではなく四つの権利の置き場所で決める。 評価権、報酬の決定、任免、日常の業務指示。組織図で本社CFOに実線を引いても、評価表を書くのが現地社長なら、実際の実線は現地社長にある。 経済産業省のグループガイドラインが、管理部門と事業部門との間でレポートラインや人事評価権者などをできる限り分離し、親会社と子会社の管理部門を直接のラインとして通貫させることを挙げ、東芝の改善策がCFOの人事権の本社CFOへの移管だったのは、線と人事の権限が一緒に動かなければ意味がないからである。同指針のアンケートで、レポートラインの直結と人事・業績評価の最終権限の両方を親会社の第2線に持たせている企業は16パーセントにとどまる。
第二に、配り方を、避けたい失敗の向きで子会社ごとに変える。 実線を現地社長に置けば現地の業務は滞らないが悪い数字は社長を経由して遅れ、本社CFOに置けば悪い数字は早く届くが経理が事業の場から外され承認が本社待ちになる。現地社長が買収先の元の経営者か、在庫と債権が大きいか、現地の決裁の速さが事業に効くかの三つで、どちらの失敗が重いかを判定する。 悪い数字の遅延が重い子会社では任免と評価の最終権限を本社CFOに、日常の業務指示と決裁権限内の承認を現地社長に置く。雇用主は子会社のままなので、この配分は子会社管理規程と人事評価規程に書き、子会社の取締役会で決議させる。
第三に、点線の側に、直通の定例と報告期限を持たせる。 本社CFOと経理責任者が現地社長を同席させずに話す月次の場を固定し、滞留在庫や延滞債権などの報告項目ごとに、把握した月の締めから何営業日以内に本社へ上げるかを規程に書く。期限が規程にあれば、本社に上げる行動は社長に逆らう行動ではなく規程に従う行動になる。 そして期限内に上げた悪い数字を、上げた人の評価で減点しないことを同じ規程に書く。実施基準が評価項目の例に、問題があっても指摘しにくい組織構造や慣行への改善と、勤務評価の公平性を並べているのは、この二つが同じ問題の表と裏だからである。
子会社の経理責任者が向くのは、組織図の線の先より、評価表を書き賞与と任免を決める人の方だ。実線か点線かは、評価権・報酬の決定・任免・日常の業務指示の四つをどこに置くかで決める。買収先の元の経営者が社長を続けている、在庫と債権が大きいといった、悪い数字の遅れが重い子会社では、任免と評価の最終権限を本社CFOに置き、業務指示と決裁権限内の承認は現地社長に残す。
自社の子会社で、経理責任者の評価表を実際に書いているのは誰か。それを一覧にしたうえで、報告項目ごとの報告期限と、期限内の報告を減点しないことを子会社管理規程に書き、子会社の取締役会で決議させる。



